レッスン2『冴えない俺がリア充世界を覗いたら』
勢いでインストールはした。
しかし加工とか背景とかどの曲にすれば良いかとか、考えることが多すぎて投稿する前に寿命がつきてしまいそうだ。いざダンス星人になる! と意気込んだものの実際にアプリを入れると身体が硬直してしまう。
しかもこれって世界中に発信されるってコトだよな……?
膨大な桁のインストール数を思い出す。
これだけ多くのプレイ人口がいるって……それだけの人数が世界に顔を晒しているって認識で正しいのだろうか。
「ああ、なるほど」
スクロールを続けていると素顔を晒さずに自作らしい漫画を上げている人やあるある系の動画を出している人もいた。
なるほど……広告でしか見たことがないからダンスのイメージが強かったけれどそれ以外もちゃんとあるんだな。少し安心はしたが市川リンは『一緒に踊りたい』だなんて言っていた。
「やっぱダンスだよなぁ」
市川リン。学力校内トップとして常に成績上位を独占している上に華奢な身体から繰り出される抜群な運動能力。ハイスペックかつ天真爛漫で明るい彼女は、愛想も良くたくさんの人から慕われているのがよくわかる。そんな彼女のことだろう。クラスの中心的存在として降臨するのに時間はかからなかった。そして、どんなものでも積極的に喰いついていく好奇心溢れる人物であるが彼女の最大の特徴というのはダンス。
ダンスに関する情熱は桁違いで、暇させあれば友達と撮影ばっかりしている。
それでいてダンス部からの勧誘も「時間がないから」と断るものだから謎めいた存在である。
普段からぼっちとして過ごしている俺とは対照的で――だからからだろうか。彼女を見た途端、今まで受け入れていた日常が急にちっぽけでつまらないものだと理解させられた。
彼女の大きな存在に、少なからず俺も影響を受けていたのだ。
そういえば、いつだかクラスメイトが話していた会話で気になるものがあった。
「リンちゃんって普段なにして過ごしとるのー?」
「えーと……ほんとダンスしかしてない! 一日中踊ってるからみんな呆れてる!」
「なにソレ―! リンちゃん投稿数ものすごいもんね。家族のゲスト出演も近いかもね!」
「……えー。勘弁してー」
リア充どうしの中身のない会話だがたまたま記憶していた。彼女のダンスの凄さはよく耳にしていたし気になっていたからだ。
疑問に残る部分というのは不自然な間である。彼女は家族の話になると数秒だけ表情が暗くなることがある。そしてあんな人気者であるのに関わらず誰も彼女の家に遊びに行った話はないとどころか家の場所を知っている者がいないらしい。
個人的に可愛すぎるから『市川リンコレクター』として情報は収集していた。キモいかな、キモいよね。まあ、そんなわけで家族とは不仲なのかなと考えている。
もちろんここからは彼女のプライベートに関することだからこれ以上は模索しないと決めている。彼女の事情をなんとか察している人もいるみたいだからな。
そんなわけでコソコソ隠れて彼女を観察していた非リアの俺にとっては、これから堂々と彼女に接することが出来る空前絶後の大チャンスなのだ。
しょうがない。ここは動くしかない。
今素晴らしいプランを思いついてしまった。
ダンスは勢いとキレが必要だと聞く。
それは実践あるのみだ。家の中でコソコソ練習しているのもしょうがない。
市川リンをフォローして彼女を模範したダンスを『お外』で踊るッ!
こんな負け組のような生活はやめよう。
外で思いっ切り曲を流して下手なりにダンスをして、そして市川リンに認めて貰おう。
ちょうど明日は土曜日だ。
見てろよ世界。今日から俺はダンサーだ。