94「カイザル拘束」
アルタイル王国の執務室で一息を入れているアトスに報告が届く。
「アトス様。ナイルの街付近でカイザルを拘束しました」
「カイザルをか。で、カイザルは今どこだ」
「こちらへ向けて護送中です」
「そうか」
カイザルを拘束したのならマクミニエルに伝えるのは後回しの方が都合がいい。
まずはカイザルの目的を吐かせることが先決だ。
「マクミニエル国王には私から報告しておく。カイザルをアレスクロに護送しろ」
「アレスクロにですか?」
「そうだ」
「しかし……」
アトスがひと睨みすると使者は慌てて執務室を後にした。
いきなりアルタイル王国へ護送されて来ても後の処理が大変だ。
まずは私の息のかかったアレスクロのアジトでカイザルを拷問する。
そしてサラーニャのババアの企みを明らかにするのだ。
アトスは一足先にアレクスロの仲間達に向けて伝書鳩を放った。
遅れてヴェズベルト王国にもカイザル拘束の一報が入った。
応接室でティータイムをしているアンナ女王の元へエミリアが駆けつける。
「そんなに急いでどうしたのです?」
「アンナ女王様。ミッドガルへ向かった同胞よりカイザル拘束の情報が入りました」
「何ですって!」
アンナ女王は紅茶の入ったティーカップを殴るように置いて立ち上がる。
「それで、プリムは一緒だったの?」
「カイザルはひとりのようです。代わりに大金を所持していたとのことです」
「大金を」
カイザルは誰かに頼まれてプリムと魔水晶をさらったことはこれで明らかになった。
カイザルに依頼した人物からプリムと交換に大金を得たのだろう。
それが誰なのかはわからないが、ヴェズベルト王国から聖女と魔水晶を奪って喜ぶ人物が黒幕だ。
恐らくは隣国のブレックス国王が一番怪しい。
「それでマリア―ヌから何か情報は?」
「マリアーヌはナイルの街へ向かった模様です」
「ナイルの街と言えば国境付近の街じゃない」
その先にプリムがいると見て間違いないだろう。
国境を目指したと言うことはプリムはグラハムに渡ったのかもしれない。
グラハムのダゼル国王とは友好関係を築いている。
アンナ女王直々の頼みならばある程度まで許容してくれるはず。
しかし、聖女と魔水晶のことは伏せておかなければならない。
アンナ女王の企みを知れたらダゼル国王も黙ってはいないだろう。
それにあの策士のタクト達はダゼル国王と面識があるようだった。
これからプリムを救出するうえで役立ってくれるはず。
しかし、アンナ女王が描いたシナリオに気づいただろうか。
マリア―ヌを同行させるために、あえてマリア―ヌを除隊させるシナリオを描いた。
策士タクト達がプリムを救出しても、ヴェズベルト王国に連れて来るとは限らないからだ。
アンナ女王の企みに気づいていたらマネチェ村へプリムを帰すはず。
「エミリア。ミッドガルに渡った同胞たちをグラハムに向かわせなさい。プリムがノーベンへ渡る前に救出するのです」
「はっ。すぐに手配いたします」
エミリアはアンナ女王に敬礼すると応接室を後にした。
これでマクミニエル国王がどう出て来るのか。
カイザルの引き渡しを条件に何か要求をしてくるかもしれない。
このところアルタイル王国も情勢が不安だ。
徹底的な監視で過激派の活動を封じているようだが、過激派が動き出すのも時間の問題だろう。
アンナ女王は目を細めて窓から外を見やった。
アレスクロの過激派のアジトの牢獄にカイザルは閉じ込められていた。
椅子に座らされかつ手足を鎖で縛られていて身動きが取れない。
「おい、お前達。俺をこんなところに拘束して何が目的だ?」
「……」
カイザルの質問に過激派は答えない。
「マクミニエル国王の差し金か?答えろ!」
牢獄へアトスが入って来る。
「随分、騒がしいじゃないか」
「アトス様。さっきから騒いでいまして」
「フン。お前がカイザルか」
アトスはカイザルの髪を掴んで顔を上に向ける。
「お前は誰だ?」
「私か?私はアルタイル王国の第一騎士団長にして過激派のリーダーのアトスだ」
「第一騎士団長で過激派のリーダーだと?フフフ。マクミニエルもとんだ食わせ物を飼っているんだな」
アトスはカイザルの頭を振り投げるように手を払った。
「それよりお前の目的は何だ?」
「話すと思うのかよ」
アトスは過激派の部下達に合図をすると部下達が棒でカイザルの腹を突いた。
「ぐふっ。ゴホゴホ」
「お前の目的は何だ?」
「誰が言うかよ」
カイザルは必死に抵抗するが過激派の部下達から暴行を受ける。
顔は青く腫れて口から血を流している。
「強情な奴だ。素直に吐けば苦しまずに済むのだけどな」
「や、やめっ」
アトスはナイフをカイザルの太ももに突き立てるとそのまま手前に引く。
傷口から赤い血がドバっと流れ出してカイザルは悲鳴を上げて痛みに耐える。
「さあ、話す気になったか?」
「ち、畜生。好き勝手やりやがって」
「まだ、状況がわかっていないようだな」
アトスは冷酷な眼差しでカイザルの太ももの傷口を手で広げる。
カイザルはうめき声をあげながら激しく悶えた。
「わ、わかった。話すから、その手を離してくれ」
「やっと学習したようだな。じゃあ、話せ」
アトスはカイザルを追い込むように傷口をワシ掴みにする。
カイザルは奥歯を噛み締めて痛みに耐えた。
「ヴェズベルト王国から聖女と魔水晶を奪って来るように頼まれたんだ」
「聖女と魔水晶?」
サラーニャのババアは聖女と祀り立てて軍事力を強化するつもりか。
だから表立って聖女と魔水晶のことは伏せてカイザルの拘束を要求して来たのか。
ヴェズベルト王国が軍事力を強化したらアルタイル王国にとっても脅威になる。
マクニミエル政権を崩壊させても、こちらにも影響が残るな。
「それで誰に頼まれたんだ?」
「そいつはわからない。だけど、ヴェズベルトに恨みを持っている奴の仕業だと思う」
ヴェズベルトに恨みを持っていると言えばブレックスだろう。
サウスブルーの戦いでは苦虫を噛み潰しただけに恨みも計り知れない。
聖女と魔水晶を手に入れてヴェズベルトに侵攻するつもりなのか。
あり得る話だ。
権力に固執しているブレックスならば十分考えられる線だ。
サンドリア王国とヴェズベルト王国が衝突すれば、こちらにとっても都合がいい。
平和条約のもと近隣の国は戦争の鎮圧に軍隊を派遣することになる。
そうなればアルタイル王国の警備が手薄になり、マクミニエル政権を崩壊させやすくなる。
「フッフフフ。フハハハ」
「何がおかしい?」
「天機は我々に向いて来たのだよ」
とりあえずカイザルの身柄はアルタイル王国に送還させよう。
それでマクミニエルにサラーニャのババアへ法外な要求をさせるのだ。
カイザルの身柄を引き渡す代わりに10億ゴールドをよこせと。
もともと軍事力が大きいヴェズベルト王国だけに法外な金銭を要求することで軍資金の低下を狙う必要がある。
ブレックス率いるサンドリア軍とパワーバランスを拮抗させる必要があるからな。
ちなみに10億ゴールドは国家予算の10分の1にあたる。
それだけ削られたらいくら大国と言えどもただでは済まないだろう。
まあ、カイザルにそれだけの価値があるかが問題だが。
「よし、お前達。この男をアルタイル王国に護送しろ」
「畏まりました」
「おい、立て」
「傷口ぐらい手当してくれてもいいじゃないか。このままだと化膿して腐ってしまう」
「まあ、いいだろう。お前に死なれてもこっちの都合が悪くなるだけだからな」
過激派の部下達はカイザルの傷の手当てをはじめる。
カイザルは終始、痛がっていたがなんとか応急手当は済んだ。
そしてアルタイル王国の馬車に乗せてアルタイル王国まで護送した。
「マクミニエル国王様、カイザルを拘束しました」
「そうか。カイザルを拘束したのか」
マクミニエル国王は玉座に座りながら難しい顔を浮かべる。
さて、あの子娘の要求に答えることはできたが、今度はこちらの要求を飲んでもらわなければ。
今は国内の情勢が芳しくない。
過激派のアジトの制圧のために兵を派遣してもらうのもありだな。
すると、アトスが一歩前に出て助言を与えて来た。
「マクミニエル国王様。カイザルはヴェズベルト王国から聖女と魔水晶を奪ったようです。聖女と魔水晶の行方はわかりませんが、ヴェズベルト王国は軍事力を強化させようと目論んでいます。ヴェズベルト王国の軍事力強化は我が国にも脅威となります。そこでカイザルの身柄を引き渡すことを条件にヴェズベルトに法外な金銭を要求しましょう」
「法外とはいかほどだ?」
「10億ゴールドです」
マクミニエル国王はアトスの進言を聞くなり大笑いをして応える。
「ククク。大きく出たな、アトスよ。10億ゴールドと言えば国家予算の10分の1。それだけ要求されたら小娘も困惑するだろう。小娘の苦しむ顔が目に浮かぶようじゃ」
マクミニエルは素に戻るとアトスに質問して来た。
「しかし、あの男にそれだけの価値があるかが問題じゃな。ただのコソ泥程度に10億ゴールドを払うのかだ」
「聖女と魔水晶はヴェズベルトにとっては死活問題。その行方を知っているカイザルは、それだけの価値があろうかと」
アトスの言い分はわかる。
しかし、小娘も馬鹿じゃない。
もう既に聖女と魔水晶の行方を掴んでいるかもしれない。
アルタイル王国にも既に小娘の息のかかった人間が入り込んでいるようだからな。
それでも軍資金の補充はアルタイル王国にとっては重要だ。
過激派を抑えこむにも、何かと資金がかかる。
ここはアトスの進言を飲んで小娘に金銭を要求するのが吉だ。
10億ゴールドと言わずとも1億ゴールドでも手に入れば軍資金を増やすことが出来る。
「よし、わかった。アトス、ヴェズベルトとの交渉に入ってくれ」
「畏まりました」
アトスは玉座の間を後にすると、さっそくヴェズベルトに打診した。




