90「村長の頼みごと」
翌朝、宿屋の前に荷馬車を引いた村長が私達を待っていた。
「こんな朝早くに何か用ですか?」
「お主達の腕を見込んで頼みごとがあるんじゃ」
「頼み事?」
立ち話も何なので部屋に村長を招き入れる。
ルーンがルームセットの紅茶を淹れて私と村長に差し出す。
「で、頼み事とは何ですか?」
「アレスクロの街まで荷物を届けて欲しいんじゃ」
「荷物を運ぶなら行商人に任せればいいじゃないか?」
ガルドが椅子をくるりと回して背もたれを前に座る。
「アレスクロの街まではモンスターが多くて行商人だけでは不安じゃ。だから、腕の立つお主達の力が必要なんじゃ。頼みを聞いてくれないか?」
「私達は人を探しているんだ。悪いが断るよ」
「人探しならなおのことアレスクロの街へ行くのがいい。アレスクロの街は交易の拠点になっている街じゃ。多くの行商人達や冒険者達が集まる。きっと探している人物の情報も得られるはずじゃ」
私はガルドと顔を見合わせる。
「どうする、タクト?」
昨日、マリア―ヌがプリムに関する情報収集をしたが何も得られなかった。
宿に帰って来るなりガックリと肩を落とし酒を煽っていたからな。
荷物運び程度なら、無理な頼みでもない。
情報収集がてらアレスクロの街に向かうのもありだ。
ただ、村長が私達を選んだ理由がしっくり来ない。
護衛の冒険者を雇って行商人に任せれば済むはずだ。
それをわざわざ私達に任せるのは……。
何か他に狙いがあるのか、道中、強力なモンスターが待ち構えているのか。
いずれにせよ村長がわざわざ私達にお願いをして来たのだから応えない訳にもいかないだろう。
私は村長の頼みを受けることにした。
「こいつをアレスクロの街まで運べばいいんだな」
「おい、そんなにげっとに扱うな。壊れたらどうするんじゃ」
ガルドが木箱をバンバン叩くと村長は顔色を変えて怒った。
壊れるようなものが積んであるのか。
「村長、この箱の中には何が入っているんですか?」
「ゴホン、ゲホゲホ。お主達には関係ない物じゃ」
私の質問に急に慌てて咽る村長。
聞えなかった振りをしてそっぽを向いた。
明らかに怪しい。
私達に荷物運びをさせるくせに中身を明かさないなんて。
「おい、村長。ヤバいモノじゃないだろうな?」
「そいつは装飾品の加工に使う材料が入っているだけじゃ」
ここで問い詰めても埒が明かなさそうなので、それ以上質問をすることを止めた。
「東に進めばアレスクロの街まで辿り着ける。馬の足で1週間ほどじゃ」
「1週間。結構長旅ね」
「途中、聖戦の跡地イスタルがあるから寄ってみるのもいいじゃろう。食料と水は多めに必ず持って行くんじゃぞ」
「任せておけ、村長。すぐに行って帰って来るさ」
私達はさっそく大量の食糧と水を確保するとアレクスロ街へ向けて馬車を走らせた。
「さっきの村長の態度、おかしくなかったか?」
「何かを隠していることだけは確かだな。この箱を開けてみるか?」
箱を開けることは簡単だが、それでは村長の信用を失うことにもなる。
村長は私達を信用して荷物を預けたのだ。
もし、村長の言う通り装飾品を加工する材料が入っていたとしたら目も当てられない。
今すぐに箱を開けたいと言う衝動に駆られそうになるが、グッと堪えてその場を凌いだ。
「それよりプリム達、どこへ行ったんだろうね」
「ミッドガルに逃げ込んだのは間違いないが、足取りがまったく掴めない」
「もう、この国にはいないんじゃないか?」
その可能性も捨てきれない。
プリムを連れ去られてからだいぶ時間が経つ。
その間にミッドガルを抜け出せたとしてもおかしくない。
サラーニャには戻らないはずだから、グラハムに抜けたと見るべきか。
グラハムに渡ればダゼル国王の支援を受けられる。
しかし、聖女と魔水晶のこととなれば話は変わってくるかもしれない。
グラハム地方はサラーニャ地方とは隣接していないから対立こそ少ないが、サラーニャが聖女の力を借りて軍事強化することは他人ごとではないはずだ。
世界のパワーバランスが崩れれば再び戦争にもなりかねない。
ブラッドウォーの再来か。
「どうしたのタクト。ひとりで難しい顔をしちゃって?」
「いやなに。ちょっと考えごとをしていただけだ」
「タクトって、よく考えごとをしているよね。もしかして私達のうちで誰にしようか迷ってるとか?」
「な、何言っているんだ。そんなことある訳ないだろ」
プリシアの冗談に思わず動揺してしまう。
不意を突かれたってやつだ。
プリシアはニヤニヤしながら捲くし立てる。
「タクトはもちろん私よね。もう、お母さんにも紹介しちゃったし、お父さんもいいってさ」
「お前達は、そう言う仲だったのか」
マリア―ヌは関心したようにくっついている私とプリシアを見やる。
「マリアーヌ、違うわよ。プリシアが勝手に言っているだけ」
「もしかして焼きもち?」
「そ、そんなんじゃないわよ」
プリシアのツッコミにエリザは顔を赤らめて否定する。
すると、その様子を見ていたルーンが口を開いた。
「タクトさんには、もう決めた人がいるんですよね。そうですよね、タクトさん」
「なっ、何を言い出すんだルーン。そんなのいる訳ないじゃないか!」
すると、横になっていたガルドがボソリと呟く。
「いやー、いいよな。タクトばかりモテちゃってさ。俺だって体をはって頑張っているのに、誰も見向きもしてくれない。タクトなんか指示を出すだけなのにさー。世の中、不公平に出来ているよな。モテる奴はとことんモテて、モテない奴はとことんモテない。少しはモテない男のことも考えろってんだ」
その言葉で周りの空気がどんよりと重くなる。
私は重くなった空気を打ち払うかのように話題を振った。
「それより魔窟でモンスターを討伐した報酬なんだけど、全部で370万ゴールドにもなったんだぞ」
「それは聞いたよ」
「370万ゴールドもあればガルドの好きな酒をたらふく飲めるぞ」
「いくら飲兵衛でも、そんなにも飲めるわけないだろ」
「じゃあ……」
ひとり荒んでいるガルドは私の言葉も届かないよう。
私がひとりあたふたしているとエリザが口火を切った。
「ガルド、いつまでふてくされているのよ。一番年上でしょ。もっとシャキッとしなさい!」
「エリザはタクトが好きだからタクトに味方しているんだろ?」
「だったら何なのよ!」
「はい、認めた。タクトと出会った時から、そうじゃないかと思っていたんだよ。何せタクトはイケメンだしな」
すると、やり取りを見かねたルーンがガルドの頬を叩いた。
「ガルドさん、いい加減にしてください。ガルドさんの、そう言うウジウジしたところが嫌われるんですわ。一番年上なんですから私達のお手本になれるように振る舞ってください」
ガルドは目を丸くしてルーンを見やる。
豆鉄砲をくらったハトのようだ。
モテるモテないは別にして、ガルドの気持ちもわからない訳ではない。
毎日コツコツと努力していても、誰にも気づかれないと、それはそれで寂しい。
誰かに褒められるためにしている努力ではないが、少しは褒めてもらいたいのが心情だ。
ガルドは剣士として私達を支えてくれている。
ガルドがいなかったら今の私達はないだろう。
みんなも心の中ではガルドに感謝している。
たまにはわかりやすく労うことも必要だなと。
まあ、私がモテを教授することはできないのだが。
私達がくだらない話で盛り上がっているうちにに馬車は聖戦の跡地であるイスタルへ近づいていた。
聖戦の跡地だけあって、ただ荒廃した大地が広がっているだけ。
草木もなければ花すらない。
死の大地と言う言葉が相応しいだろうか。
乾いた風が土煙を上げて流れて行く。
そこに生命の伊吹は全く感じられなかった。
「ここが聖戦の跡地ってわけ」
「跡地って言うよりも、聖戦後って感じだな」
「死体がないだけで凄惨さは残っている」
辺りを見回すといたるところに折れた剣や槍が地面に突き刺さっている。
そればかりか岩には血飛沫がこびりついていて生々しさが残っている。
ここで多くの兵士達が犠牲になったことは見てとれた。
「聖戦って結局、エルフ王が終わらせたんだろう」
「聖槍グングニルの力でな」
「なら、聖戦がはじまる前にでも聖槍グングニルを持ってやって来れば聖戦は起こらずに済んだことになるよな」
「そう言うことになるな」
エルフ王が聖戦が起こる前に現れなかった理由はわからない。
聖槍グングニルが魔獣を封じ込める力があることは知っていたはずだ。
自分達の国が巻き込まれることを恐れたのか、人間達に力を貸すのが嫌なのか。
ドエルがどんな国王なのかわからない。
いずれにせよ食えない国王だということには変わりない。
ひとり高みの見物をしながら人間達の戦いを行く末を見守っていただなんて。
神にでもなったつもりなのだろうか。
「エルフ王の協力を得られないなら、一層のこと聖槍グングニルを奪ってきたらいいんじゃないか」
「それじゃあ盗賊と一緒じゃない」
「しかしよ。聖槍グングニルがあれば無駄な戦いはしなくて済むんだぞ」
「それはそうだけど」
エルフ王に懇願しても取り繕ってはくれないだろう。
人間達とは交流を断っている現状から考えても力を貸してくれる保証はない。
ダゼル国王を通して、お願いしても聞いてはくれないだろう。
そもそも聖槍グングニルは誰にでも扱えるものなのか。
魔水晶と聖女のような関係性があったのなら聖槍グングニルを手に入れるだけではダメだ。
もし、エルフ王にしか扱えないものであるならば絶望的になる。
エルフ王がなぜそこまで人間を毛嫌いする理由はわからないのだが。
「聖槍グングニルを手に出来たとしても扱えるかどうかはわからないと言うことだな」
「絶望的ね」
「シケた話は止めよう。聖戦の中心部が見えて来たぞ」
馬車の前方を見やると底の見えない大きなクレーターが四つ見えて来た。




