76「プリムの叫び」
その頃、カイザルとプリムはアルタイル王国に入国していた。
王都は高い外壁に囲まれていて、中央にアルタイル城が聳え立つ。
城を取り囲むように建物が並んでいるのだが、城を中心に放射線状に8本の大通りが走っている。
きれいに区画整理された街並みは、全て計算し尽くされて出来ている。
酒場がならぶ歓楽街、宿屋が並ぶ宿泊街、商店が並ぶ商店街、武具店並ぶ武具店街と。
他に市場、教会、駅舎、ギルド、食堂、マルシェなどの施設が備えられていた。
「さすがはミッドガル最大の都市だな。規模が半端じゃない」
カイザルは街並みを見渡しながら関心する。
と、隙をついてプリムが走り出す。
しかし、両手首に巻きつけられたロープに阻まれる。
「離してよ!」
「おい、おとなしくしろ!騒ぐんじゃない!」
「離さないと叫ぶわよ」
こちらを見ている街の人達の目を気にしてプリムを裏路地に連れて行く。
「おい、いい加減にしろ!でないと殺すぞ!」
「殺したければ殺せばいいじゃない。あなたに捕まっているよりマシよ!」
「こいつ!」
カイザルは思いっきりプリムの頬を叩きつける。
プリムの頬は赤く腫れて唇から血が流れる。
それでもプリムは鋭い眼差しでカイザルを睨みつけた。
「そんな目で俺を睨んでも無駄だ。お前はすぐに売られるんだからな」
カイザルはプリムの胸ぐらを掴んで壁に押し付ける。
すると、プリムのお腹がグーッと鳴った。
「お前はこれから俺の娘として振る舞え。そうすれば飯は食わしてやる」
カイザルはプリムを連れて表通りに出ると食堂を探す。
目の前に飛び込んで来たのはテラス席のある大衆食堂だった。
カイザルは窓際の席に着くと店員に注文をする。
「いらっしゃいませ。何にいたしますか?」
「若鳥の姿焼きと野菜スープを頼む。大盛でな」
「若鳥の姿焼きと野菜スープですね。そちらのお客様は?」
「……」
プリムは黙ったままカイザルを睨みつける。
すると、店員が不審そうな顔でカイザルを見て来た。
「同じものをくれ。早くだ」
「畏まりました」
店員は慌てて厨房に戻って行く。
そして厨房の中で他の店員達に何かを話していた。
「お前のせいで疑われたじゃないか。まあ、いい。お前とはあと少しの付き合いだからな」
「私をどうするつもりよ?」
「お前は知らなくてもいいことだ」
ここでプリムに話しても問題はないのだが、知らせぬ方が恐怖を抱いていいだろう。
何せ聖女と魔水晶を持っているのだ。
牙でも剥かれれば作戦に支障を来す。
あいにくプリムは自分が聖女であることを自覚していないのが幸いだが。
「お待ちどう様です。若鳥の姿焼きと野菜スープです」
「おお、やっと来たか。下がっていいぞ」
カイザルは店員を追い払うと若鳥の姿焼きにがっつく。
プリムを連れ去ってからまともな飯にありつけなかっただけに、飯が体に染み渡る。
肉汁が口いっぱいに広がり、この上ない気持ちに満たされる。
その様子を羨ましそうに見つめるプリムがいた。
「食わないのか?なら、俺が食べるぞ」
生唾を飲み込んだプリムは若鳥の姿焼きにがっついた。
腹を空かせた野良犬のごとく骨まで貪りつく。
その様子を見ていた周りの人達がギョッとしたようにプリム達を見やる。
「おい、何だ!見世物じゃないんだ!あっちへ行け!」
カイザルは周りの客達を追い払うように言った。
料理はアッと言うまに空になりカイザルは満足気な顔を浮かべる。
それはプリムも同じで膨れたお腹を摩っていた。
「よし、行くぞ!」
カイザルはテーブルの上に食事代を置くと、プリムを連れて店の外に出る。
辺りはすっかり陽が落ちて西の空が茜色に染まりはじめる。
カイザルは大通りを通り抜けて宿屋街へ足を向けた。
「今日はここに泊まるぞ」
二階建てのこじんまりとした宿屋の前で足を止める。
そして宿屋の受付を済ませると部屋に案内される。
もちろん部屋はひとつでカイザルと一緒だ。
宿屋の受付には親子であると伝えたので問題はなかった。
そして、後で酒を持ってくるように頼んだ。
「ふー、久しぶりにベッドで寝られる。お前は床だけどな。ガハハ」
カイザルは椅子にプリムを縛りつける。
プリムが逃げ出さないようにするために。
もちろんプリムの両手は縛ったまま。
カイザルはプリムに縛り付けたロープを握る。
もし、ここでプリムに逃げられでもしたら大金を得るチャンスが失われてしまう。
魔水晶だけではあいつは満足しないからだ。
と、部屋のドアがノックされ受付の女性が酒を運んでくる。
カイザルは扉を少し開けて酒を受け取ると、すぐに扉を閉めた。
「こんなところを見られたら疑われてしまうからな」
カイザルは酒瓶の蓋を開けてラッパ飲みで酒を飲む。
久しぶりの酒が体中に染み渡り疲れを癒してくれる。
アルタイル王国の自慢の酒らしく味ものど越しも一級品。
これならば何倍でもイケそうだ。
大金が手に入ったらたらふく飲もう。
カイザルはそう決めた。
夜空に月が煌々と照らす頃になるとカイザルは眠りに落ちる。
アルコールのせいもあってすっかり熟睡状態。
プリムはこの時を密かに待ち望んでいた。
靴のかかとから小さなナイフを出すとロープを切りはじめる。
シーフをやって入た時に身に着けた護身用のナイフだ。
シーフをやって入る者ならば当たり前のように仕込んでいるものだ。
シーフは金品を盗むため敵に捕まりやすい。
だから念には念を入れて前もって準備しておくのだ。
「外れた」
プリムは器用に腕に縛られていたロープを切る。
そしてロープをほどいて手首を摩った。
手首はすっかりロープの痕がついて擦り切れている。
ジンジンとした痛みが走ったが、我慢して逃げ出す準備をはじめた。
カイザルは熟睡しているようでぜんぜん気づいていない。
逃げるならば今がチャンスだ。
プリムはカイザルの手から魔水晶の入った袋をはぎ取ると、そっと出口に向かう。
しかし、袋にしぱってあったロープがぴんと伸びてカイザルの腕を引っ張ってしまった。
「マズイ」
「何が不味いんだ?」
カイザルはプリムの背後から肩を掴む。
そして、思いっきり平手でプリムの頬を叩きつける。
「何回言えばわかるんだ。俺から逃げようだなんて無駄だ!」
プリムは目に涙を浮かべながらカイザルを睨みつける。
その瞳には憎しみと憎悪が溢れ出していた。
「今度、逃げ出したら本当に殺すからな」
カイザルは椅子にプリムをグルグル巻きに巻き付ける。
両手ばかりではなく、両足も。
そして靴を脱がせて遠くに放り投げた。
「俺は寝るからな。朝まで大人しくしていろよ」
カイザルはベッドに横になるとすぐに眠りについた。
プリムはひとりシクシクと泣きながら夜空を見上げる。
それは遠く離れてしまったマネチェ村にいる母親を想って。
本当はシーフになんかなりたくなかった。
マネチェの村で畑をやりながら母親とのんびり暮らすことを望んでいた。
しかし、母親が病に伏せるとそうも言っていられない。
何とかお金を稼いで母親の病気を治す必要があったからだ。
プリムは改めて思う。
シーフになんてならなければこんなことになることもなかった。
拭えない後悔ばかりが頭を駆け巡る。
「お母さん……」
夜の静寂の中にプリムの悲し気な声が響き渡った。




