72「出発」
ミグの街の宿屋はこじんまりとしていて食堂が隣接されていた。
私達は部屋に荷物を置くと食堂で夕食を済ませる。
プリシアは実家に泊まるそうで、今夜は家族水入らずの時間だ。
「家族っていいですわね。いつでも帰りを待ってくれているなんて」
「ルーンにもいるじゃないか。教会のシスター達が家族だろ」
「そうでしたわね。けど、本当の家族の温かさを知ってみたいですわ」
「お前は孤児なのか。私とそう変わらないな。まあ、親がいたってそんなにいいものじゃないぞ」
マリアーヌの言葉には重みが感じられた。
ルーンといい、マリアーヌといい、マルクといい、ダルクといい。
時代が流れても経済が発展しても親に恵まれない子供は多い。
貧困から来る問題なのだが、今だに解決を見ない。
国の政策でも取上げられているが、保護の手が届いていないのが現実だ。
それなのに国は軍事力を強化することばかり考えている。
モンスターのいる世界だからある程度の軍事力は必要だが、必要以上の軍事力は戦争を呼び込む。
同じことを繰り返しても何も変わらないのが政治だ。
「タクト、そんなに難しい顔をしてどうしたの?」
「ちょっと考え事をしていただけだ」
「それよりタクト、この酒を飲んでみろよ。うまいぞ」
ガルドはミグの街の地酒を薦めて来る。
「こいつは口当たりが軽いな」
「だろ。これなら何杯でも行けそうだ」
「私にも飲ませてみろ」
マリアーヌはガルドから酒瓶を取り上げるとグラスに注ぐ。
そして一口で地酒を飲み干した。
「こいつはうまい。ヴェズベルト王国に献上される酒には劣るがいい線は言っている」
「何だよ、お前もイケる口なのか」
「騎士団では定期的に宴会が開かれていたからな」
アンナ女王の提案で宴会は催されていたらしい。
普段、王国に仕える騎士団を労う意味を込めてのものだったようだ。
ヴェズベルト王国の騎士団は王都に配属される者達と地方に配属される者達とに分かれている。
王都に配属された騎士団は王都の警護。
地方に配属された騎士団は情報収集が主な仕事だ。
はじめはどの騎士も地方に配属されるのだが、経験を積むことで昇格して行く。
マリアーヌもはじめは地方へ配属されていたそうだ。
なので情報収集に関しては長けている。
「騎士団って厳しいものかと思っていたけど、案外そうでもないのね」
「鞭ばかりじゃ人は育たないさ」
「アンナ女王様は、その辺のことを心得ていたのですね。さすがですわ」
「アンナ女王様は苦労人だからな。その辺の国王よりも育成には長けている」
「それがヴェズベルト王国の国力と言うことか」
私達は雑談をしながら酒を楽しんだ。
翌朝、宿屋の前にプリシアが迎えに来ていた。
なぜかリアカーを引いて。
リアカーには農産物が山ほど乗っている。
「何だよ、その荷物?商売でもはじめるのか?」
「お土産だよ。お父さんが持って行けって」
お土産にも程がある。
プリシアのお父さんが気を利かせくれたのはわかるが。
気持ちだけでいいのだけど。
まあ、国境を超える時に役立つかもしれない。
行商人を装えばミッドガル地方の検問も通りやすくなるだろう。
なにせミッドガルのマクミニエル国王は堅物でよそ者が国に入国するのを良しとしない。
ドワーフの技術が流出するのを恐れてのことだが。
まあでも貧弱な土地しかもたないミッドガルは嫌でも農産物を輸入しなければならない。
他国との交易はなくてはならないのだ。
「よし、ガルド。お土産を馬車に積んで出発するぞ」
「何だよ。力仕事は俺任せか?」
「ブツクサ文句言っていないでよ。みんなガルドを頼りにしているんだから」
「そ、そうか」
エリザのフォローにガルドは照れ笑いをする。
そして鼻歌を歌いながら農産物を馬車に乗せた。
さすがエリザだ。
ガルドが単純な性格でよかった。
私達は馬車に乗り込みミッドガル地方の国境を目指した。
「さてと、おやつおやつ」
「プリシアもう食べるのか?」
「だってお腹が空いちゃったんだもん」
プリシアは農産物の中からトウモロコシを一つ取り出す。
手慣れたようにスルリと皮を剥くと、色鮮やかな黄色のトウモロコシが現れた。
プリシアはトウモロコシに被りつく。
「モグモグ。あー、おいしい。お父さんのトウモロコシ最高。タクトも食べる?」
「私はいいよ。朝飯を食べたばかりだからな」
「俺はもらおうかな」
「ガルド。さっきご飯を食べたばかりじゃない」
「見てたら腹が減って来ちゃってな」
エリザは呆れ顔でトウモロコシに被りつくガルドを見やった。
「お前達はいつもこんな感じなのか?」
「こんな感じって?」
「こう言う雰囲気で旅をしているのかってことだよ」
「まあ、旅には慣れているからな。それがどうしたのか?」
私が不思議そうに尋ねるとマリアーヌは剣に手をあてる。
「私はずっと騎士団にいたからな。旅はいつも緊張を伴うものだった。こんな風にのんびりすることはなかった」
「そうか。騎士団は遠征や護衛がメインだから仕方ないさ。まあ、その分この旅はのんびりしていてくれ」
「そうさせてもらうよ」
騎士団長をやっていれば他の騎士よりも気を張るものだ。
何せマリアーヌは騎士団の中でも最上級の第一騎士団長だったからな。
余計にプレッシャーがあったのだろう。
戒律も厳しいし、所作も騎士らしく振る舞わなければならない。
騎士達をまとめ、指揮をとり、いかんなく力を発揮する。
何か問題が起これば全てマリアーヌの責任になってしまう。
騎士の世界も苦労が絶えない世界なのだと改めて思った。
と、急に馬車が止まる。
馬車は順調に進みミグの街の東にある胞子の森へ辿り着いていた。
「どうしますか?このまま胞子の森を進みますか?行商人達は迂回ルートを通りますけど」
「そうだな。迂回ルートはどのぐらい時間がかかるんだ?」
「胞子の森を抜けるよりも3日余計にかかりますね」
「3日か……」
あまり時間をかけ過ぎてもプリムの捜索が遠ざかるだけ。
このまま胞子の森を抜ける道を行った方が時間短縮になる。
しかし、胞子の森と言うぐらいだからモンスターもいると見た方がいいだろう。
「このまま胞子の森を抜けよう」




