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65「アンナ女王」

王室の椅子に腰をかけ午後の紅茶を嗜む。

この時間はアンナ女王にとってほっと息をつけるひと時だ。

白銀のストレートの髪を後頭部で纏めて凛としたいでたち。

白い素肌と対照的な燃えるような真っ赤なネイルが鮮やかに映える。

女王の地位に就いてからと言うもの心が休まる時間はない。

その原因のひとつが隣国、サンドリア王国のブレックス国王だ。

サイドブルーに兵を派遣しては領海侵犯を繰り返している。

以前のサイドブルーの一件で懲りたはずなのだが諦めが悪い。


王室のドアがリズムよくノックされる。

アンナ女王が右手を翳すと、傍にいた侍女が王室のドアを開ける。


「第一騎士団のマリアーヌ・クレスフォーンです。女王様にご報告があり参りました」


マリア―ヌはドアの前で敬礼をして敬意を払う。

金髪の長い髪をまとめ白銀の兜を脇に抱えている。

端正な顔立ちで美しいと言う言葉がよく似合う。

アンナ女王が右手で合図をするとマリアーヌが傍まで来た。


「シグの街に入港したサンドリア王国の騎士達はサンドリア王国へ戻って行きました。酒場でちょっとした揉め事がありましたが、それ以外は何もありません」

「ブレックスの犬が帰りましたか」


アンナ女王は紅茶を啜りながら優しい口調で尋ねる。


「それで彼らはどうしましたか?」

「シグへ入港した後、マネチェの村を経由し、現在、こちらに向かっております」

「向こうから来てくれるとは手間が省けますね」

「しかし、一つだけ問題が……」


マリアーヌの言葉にアンナ女王の顔がキリッと変わる。


「素性のわからない冒険者がひとり一緒です。名をカイザルと言います」

「カイザル……聞いたことない名前ですね」


アンナ女王は難しい顔をしながら考え込む。

アンナ女王は息のかかった騎士達を各地に派遣し情報を得ている。

鎧を脱ぎ街人に扮し情報を収集している。

隣の家の子供が生まれたと言う小さなことから領海侵犯などの大きなことまで。

全ての情報を網羅して統治に役立てている。

徹底的に情報収集することこそ国政を安泰させる秘訣だと考えているからである。

その情報網にも引っかからないカイザルの出現はアンナ女王にとって大きな問題であった。


「カイザルと言う者も魔水晶を狙っているのでしょうか?」

「間違いないでしょうね。マリア―ヌ、カイザルと言う者の動向を監視し、逐一報告しなさい」

「はっ!」


カイザルと言う者が魔水晶を狙っているならば、いずれダルタウロ鉱山へ向かうはず。

しかし、魔水晶は聖女の白銀の十字架にしか反応はしない。

そのこともカイザルは知っていると見た方がいいだろう。

彼らと一緒にいるプリム・グラッセの身の安全を確保しなくては。


「それとプリム・グラッセの身を守りなさい。けっして白銀の十字架を他の者に奪われないようにするのです」

「はっ!」


マリアーヌはピシッと敬礼をすると王室を後にした。

魔水晶は魔石の魔力を凝縮させたような鉱石の一つで紫紺色に輝く。

どのように生成されたのかはわからないが、ヴェズベルト王国では国宝として扱って来た。

聖女の魔道具として用いられ、聖女の白銀の十字架と対になっている。

どちらが欠けても、その力は発揮されない。

故に聖女の存在はヴェズベルト王国では重要な位置づけとなっていた。


「レイチェル……。あなたはよい仕事をされました。あなたが残した宝物は必ずや私の手で守りますから安心しなさい」


アンナは目を細めて窓から遠くを見やる。

雲一つない青い空は茜色に染まりはじめていた。





数十年前。

ヴェズベルト王都の王女の部屋で二人はドレスを選んでいた。


「アンナ。これなんかどうかしら?」

「そんなフリルがいっぱいついたドレスなんて、私に似合わないわ」

「そうかな。いかにもお姫様っぽくて良いのに」

「レイチェル。私は子供じゃないのよ。もっと大人っぽいのを選んでよ」


アンナがムキになるとレイチェルはクスクス笑いながら答える。

今夜はアンナ王女の18歳の誕生パーティーが開かれることになっている。

側室達や料理人達は朝から大忙し。

ヴェズベルト王国あげてのパーティーと言うことで各地から公爵たちが集まる。

アンナ王女を祝福するプレゼントを持って。


プレゼントと言えば聞こえはいいが早い話が献上物である。

献上物は領土を納めている公爵たちの力を象徴するものなので、みんな力を入れて献上物をかき集める。

ある者は極上の酒を千人分。

ある者は精巧につくられた天剣を。

中には領土の所有権を持って来る者までいる。

その返礼を兼ねてヴェズベルト城では公爵たちを料理で振る舞う。


「それより今夜のパーティーはゲルドフ公爵様も来るのかしら?」

「もちろんいらっしゃるわよ」

「あれれ。随分、嬉しそうじゃない」

「そ、そんなことないわよ」


レイチェルがからかうとアンナは頬を赤らめる。

ゲルドフ公爵はアンナと婚約することが決まっている。

いわゆる許嫁。

ゲルドフ公爵は公爵の中でも地位が高く力を持っている。

しかもイケメンで若くてたくましい。

どこをとっても見劣りしないのだ。


今夜の誕生日パーティーは婚約披露パーティーでもある。

アンナの父親であるゴッツオ国王が密かに準備していた。

ゴッツオ国王にとってアンナは大切な一人娘。

他に子供はおらず、幼き頃から手塩に育てて来た。


アンナの夫となる者は将来の国王の座に就く。

そのため婿選びは慎重に慎重を重ねるものだった。

公爵の中でも一番の力を持っていて素性のしっかりした者でなければならない。

その選抜を抜けて来たのがゲドルフ・シュタイン公爵だった。

領土を発展させる事業を積極的に行ったり、貧しい者には仕事を与えたりするなど手腕には光る物がある。

民衆からの支持も厚く信頼できる若者であった。

アンナとの婚約を薦めたのもゴッツオ国王だった。


「アンナ。いるかい?」


廊下からゴッツオ国王が扉をノックする。

アンナは身なりを整えると扉を開いて国王を迎え入れた。


「お父様、何か御用でしょうか?」

「これをお前にと思ってな」

「これはお母様のドレスじゃない」

「今夜は、お前の晴れ舞台だ。エリザベスも喜んでくれる」


ゴッツオ国王が差し出したエリザベスの純白のドレスを受け取るアンナ。

懐かしそうに抱きしめるとドレスの残り香を楽しんだ。


「お母様の匂いがする」

「エリザベスがいたらきっとお前に渡すだろうと思ってな」

「ありがとう、お父様。今夜はお母様のドレスにしますわ」


アンナはドレスを手に取りながらクルクル回って喜ぶ。

その顔はまるではじめておもちゃを買い与えられた子供の様な微笑みだ。

純真で無垢で汚れがなくて。

レイチェルも自分のことのように喜んだ。


エリザベスはアンナの母親で王妃。

アンナを産んだ後、若くして病気で亡くなってしまった。

それ以来、アンナは王都で大切に育てられたのだ。


「それでは国王様。アンナは支度があるので」

「おっ、そうだったな。では、私は外で待っている」


レイチェルは国王を外に出すとアンナの支度を手伝った。





その数日後、ゴッツオ国王が急な病で床に伏せた。

病気はエリザベスがかかっていたものと同じで国王の体を蝕んで行った。

どんな最高の医者でも薬でも治せず国王は苦しんだ。

同時に持ち上がったのが王位継承問題だ。

国王が亡くなれば王位継承はひとり娘であるアンナが受け継ぐことになる。

しかし、その頃は女王の誕生を誰も望んでいなかった。

アンナが女王に君臨したら、すぐに隣国に攻めこまれて国が滅んでしまうと。

許嫁のゲドルフ公爵に白羽の矢が立ったが、正式に婚約の儀を交わした訳でない。

保守派はそのことをまつりたてて婚約を破棄させてしまった。

アンナ自身も結婚に踏み切れずにいたのでゲドルフ公爵とはそれっきの間柄に。

そしてゴッツオ国王の葬儀が行われると国民すべてが喪に服した。


ゴッツオ国王の葬儀の翌日にアンナが女王に君臨する。

それは父親の弔い合戦とも呼べるものだった。

保守派の大反対を買ったがアンナ女王は聞く耳を持たなかった。

穏健派大臣達の助言も無視して、自分が考えるように国政に取り組んだ。

その冷ややかな態度は親友であるレイチェルにも向けられた。


「アンナ、あなたは変わったわ。ゴッツオ国王が亡くなったことは悲しいことだけど、あなたまで変わる必要があったの?」

「王位を継承することは、そう言うことなのよ、レイチェル」


アンナの諦め交じりの言葉に口を噤むレイチェル。


「今のあなたは本当のアンナじゃないわ。優しかった頃のアンナに戻って」

「……」


レイチェルの悲痛な叫びにアンナは黙って背中を向ける。

そして女王としての命令を告げた。


「レイチェル、あなたはあなたの役目を果たしなさい。聖女として私の元で尽力を尽くすのです」




あの時からアンナは変わった。

優しいお姫様ではなく冷徹な女王へと変貌した。

アンナ女王の徹底された知略と行動でヴェズベルト王国はひとつにまとまりはじめる。

画期的だったのは女性で構成された騎士団の誕生させたことだ。

積極的に女性の活躍の場を広げ、大臣にも女性が起用された。

それまでの古い体制が一新され、新しい体制が築かれた。

そのことによってアンナ女王への求心力が高まり権力を強めて行った。

変わったのは政治だけではない。

民衆達の間にも女性の活躍の考え方が広がり、あらゆる職業で女性のリーダーが誕生した。

アンナ女王の誕生はヴェズベルト王国を一新させた。


しかし、良いことばかりではない。

ヴェズベルト王国に長く仕えて来た聖女がいなくなってしまったのだ。

レイチェルと結婚するはずだった公爵は不慮の事故でなくなってしまった。

レイチェルは深い悲しみに飲まれて泣き暮れていた。

そんなレイチェルの悲しみを癒したのがマネチェ村の農夫。

身分は違えど二人はすぐに打ち解けて行った。

王都ぐらししか知らないレイチェルにとって農夫の暮らしぶりが新鮮だったのだ。

そしてしばらくして二人の間に女の子が生まれた。

それがプリムの母親のアニーだ。

レイチェルはアニーを産んだ後、しばらくして病気で亡くなった。

その病気はゴッツオ国王と同じ病気だったと言う。





「レイチェル。今の私を見たらあなたは何と言うでしょうね。この国は変わりました。私も変わりました。そして未来も変わるのです」


アンナ女王は顔をほころばせると小さく笑った。


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