50「エサの準備」
「このあたりがサウスブルーだ」
どの方角を見渡しても島らしき姿は見えない。
そればかりか海は瑠璃色に染まり鮮やかな景色を生み出していた。
こんなところにオクトパスがいるなんて想像できない。
「おい、船長。こんなところにオクトパスがいるのか?」
「俺はお前たちをサウスブルーまで連れて来ただけだ。オクトパスなんて知らないよ」
「よし、ここで待とう」
私は船長に碇を降ろすように頼むと、さっそく準備をはじめた。
「何をしているんだ?」
「エサだよ。オクトパスを釣り上げるんだ」
「マジかよ、タクト!」
まあ、釣ると言っても釣り竿で釣る訳じゃない。
エサを海にまき散らして誘い込むのだ。
エサになるのは普通の魚じゃないけど。
「まずはハンマーヘッドを釣り上げる」
――ハンマーヘッド――
種類:群れで行動する大型のサメ
全長:3メートル
知性:低い
耐性:なし
弱点:お腹
特徴①:耐衝撃性がある弾力のある表皮に覆われている
特徴②:海面上には姿を現さない
生息場所:サウスブルー
倒し方:釣り上げて腹を裂く
ハンマーヘッドはどの海域にも生息しているモンスター。
攻撃性は低くく滅多に船を襲うこともない。
しかし、マグロやタイを大量に食べるため害獣として認識されている。
「なら、今夜はハンマーヘッドのかば焼きだね」
「マルク。ハンマーヘッドを食べる気なの?」
意外そうな顔でマルクを見つめるプリシアにツッコミを入れたい。
それはお前もそうだろうと。
その横でガルドはお腹を摩りながら竿の準備をしている。
「ハンマーヘッドは俺が釣り上げてやる」
「ガルド、粋がるのはいいが船酔いは大丈夫なのか?」
「もう慣れた。それにこの船は揺れが少ないしな」
大型船をチャーターして正解だったよう。
小型船ならば、このくらいの波の揺れでも船酔いをしていたに違いない。
ハンマーヘッド戦でガルドの活躍を期待したいだけに状況はいいようだ。
もちろん部隊の騎士達にも働いてもらうのだが。
騎士達は3名で一組になり船から竿を降ろす。
エサは食用に保存しておいたマグロ。
勿体ない気もするがハンマーヘッドが全部、返してくれる。
モンスターと思えば気がひけるが、魚と思えば口にもできる。
けれど、エリザとルーンは違っていた。
「私、ハンマーヘッドを食べるなんて嫌よ」
「安心しろ。ハンマーヘッドも魚だ」
「魚と言われましてもモンスターですよね。私も遠慮させていただきますわ」
まあ、無理強いしてもしょうがない。
海には他の魚もたくさんいる。
エリザ達には他の魚を食べてもらおう。
竿を投げてから30分。
どの竿にも辺りが来ない。
「おい、本当にハンマーヘッドがいるんだよな?」
「ハンマーヘッドは海流に乗って泳ぐ性質がある。このポイントに入ればいずれやって来るさ。だろ、船長」
「よくわかっているじゃないか」
「船長のおかげだよ」
私達が雑談に盛り上がっているとガルドの竿にアタリが来た。
「おお、来たぞ!」
「ガルド、泳がせて様子を見るんだ」
「わかった」
ガルドは釣り糸を伸ばして魚の動きを確かめる。
食いついた魚は大物らしく竿が大きく撓っていた。
「こいつは大物だな。慎重にやれよ」
しばらく様子を見ていると引きが緩くなる。
そのタイミングを見計らってガルドは竿を引き上げた。
うまい具合に釣り針が獲物の口を捉える。
ガルドは立ち上がり力いっぱい竿を引き上げる。
「くう。持って行かれる!」
屈強なガルドでも歯がたたないほど強い引き。
私達はガルドの竿を持って一緒に引き上げた。
すると、海面にハンマーヘッドが姿を現す。
「その調子だ!」
「どりゃあああ!」
ガルドは力いっぱい竿を引き上げる。
その勢いに乗ってハンマーヘッドが海面上にジャンプする。
「デカい!」
ハンマーヘッドは再び海の中に消えて行く。
しかし、ガルドは竿を離さずに引き上げる。
ハンマーヘッドも釣られないように抵抗をする。
ガルドとハンマーヘッドの攻防は長く続いた。
「次に上げた時がチャンスだ。一斉に腹を目掛けて剣を突き立てろ」
騎士達は剣を抜いて待ち構える。
そして、ガルドは再び竿を引き上げた。
ハンマーヘッドは海面上に姿を現しジャンプする。
大型船を飛び越すように甲板に打ちあがった。
「よし、今だ!」
「うぉぉぉぉ!」
騎士達は一斉にハンマーヘッドに飛びつき剣を突き立てる。
ハンマーヘッドはバタバタしながら必死に抵抗をした。
数名の騎士達は尾ひれで弾き飛ばされてしまう。
それでも騎士達は立ち上がりハンマーヘッドにとどめをさす。
いくら強いハンマーヘッドと言えど海から出れば赤子と同じだ。
私達にされるがまま息を引き取った。
「ハンマーヘッドを仕留めたぞ!」
騎士達は歓喜の雄たけびを上げる。
はじめての海上戦で勝利を収めて気持ちが高ぶっているようだ。
けど、これで騎士達の信頼を買えたのも事実。
いくらブレックス国王の命令だからと言って知らない相手に従うのには抵抗があるだろう。
作戦を成功させるためにも、これはこの上ない機会になった。
風向きは私に向いている。
使者も満足そうな顔で様子を見守っていた。
マルク達、船乗りは手際よくハンマーヘッドを捌いて行く。
魚だから捌き方も一緒。
あっという間にハンマーヘッドは切り身と化した。
「弾力のあるいい白身だ。どれ」
船長は刺身でハンマーヘッドの切り身を頂いて満足そうな顔を見せる。
私も船長に薦められるまま切り身を頂いた。
弾けるような弾力ある身に淡白な味が広がる。
これを肴に一杯やりたいものだ。
「エリザも食べてみろよ。うまいぞ」
「私は嫌よ!」
「タクトさんが言うなら、私も」
ルーンは切り身を一切れとると口の中に放り込む。
そして少しの咀嚼の後、満足そうな顔を浮かべた。
「本当、おいしいですわ。タイのような淡白な白身で。これならお鍋にも合いそう」
エリザは切り身を見やりながら生唾を飲み込む。
それでも一口も手につけることはなかった。
エリザは思ってた以上に美食家のようだ。
いいところのお嬢様だから舌が肥えているらしいけど。
まあ、この味は食べた者にしかわからないもの。
今度、鍋に混ぜて食べさせてみようか。
騎士達も各々に切り身を食し満足そうな顔を浮かべる。
中には家族へのお土産と言って船乗り達に干物を頼んでいる。
この航海で船乗り達と騎士達の距離が近づいたよう。
まあ、剣を置けば騎士達も普通の人間だ。
国家に忠誠を誓っているだけに、それが壁となっているのだ。
「よし!休憩はここまでだ。オクトパスをおびき出す準備をはじめるぞ!」




