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46「はじめての行商」

マルセイの街はヴェールズと比べるととても小さい。

クルの街ほどの大きさがある中に所狭しと店がひしめき合っている。

クルの街同様、市場はたくさんの行商人で賑わっていた。


「おい、お前。その箱を降ろせ」

「俺にはガルドって言う名前があるんだ。ちゃんと名前で呼べ」


ガルドはブツクサ文句を言いながら、ダルクに言われるままリンゴの箱を馬車から下ろす。

中のリンゴは思っていたほど痛んでおらず新鮮さを保っていた。


「さあ、このリンゴをいくらで買ってくれる?」

「いらっしゃいって。何だヴェールズのガキじゃないか」

「ガキとは何だよ。客に向かって」

「今朝からヴェールズのガキが品物を買ってくれって煩いんだ。大した品物でもないのに要求だけは一人前で」


ダルクを嫌そうな目で見やりながら市場のオヤジは愚痴をこぼす。

ダルク以外にも学校の生徒が行商に来ているとは思わなかった。

おおかたスタンリーの森を避けて、他の道を来たのだろう。

マルセイの街に一番近い道は私達が来たスタンリーの森を通り抜ける道だ。

森を迂回する道もあるが遠回りになってしまう。


「俺様より先に来た奴がいるなんて」

「鬼蜘蛛に足を取られていたんだから仕方ないだろう」

「まあ、いいさ。売り上げが高い者が勝ちだからな。それでこのリンゴをいくらで買ってくれる」


仕方なさそうに市場のオヤジがリンゴの鮮度を確かめる。

ひとつ手に取って色艶を見たり、一切れ切って味を確かめてみたり。

すると、市場のオヤジは足元を見るように言って来た。


「15ゴールドだ。それ以上は負けられない」

「15ゴールドだって!?このリンゴは10ゴールドで買ったんだぞ。そんな安いなんてあるか!」

「何を言っても無駄だよ。リンゴはそこら中に溢れているからな。お前達、ヴェールズのガキが溢れるほどリンゴを運んで来たからな」


ダルクは悔しそうな顔をしながら奥歯を噛み締める。

そんな姿を見ていたら少しだけ同情が湧き起り。

私は市場のオヤジに頼み込んでいた。


「おじさん。もうちょっとなんとかならないか?このリンゴは命がけで運んで来たものなんだ」

「みんなそう言うんだよ。命がけとか何とか言っちゃって、本当は楽をして運んで来たのに嘘を言うんだ。そう言えば高く買ってくれると勘違いしているから厄介なんだ」


私は嘘一つもついていない。

けれど、市場のオヤジはそれ以上何も聞く耳を持たない。

よほど同じことを客から言われて来たのだろう。

しかし、たった5ゴールドじゃダルクの負けは確定だな。

死ぬ思いをして来たのに、そんな結果じゃあんまりだ。

すると、マルクがガルドに指示を出して鬼蜘蛛の繭玉を運びだして来る。


「おい、オヤジ。この鬼蜘蛛の繭玉を買ってくれ」

「鬼蜘蛛の巣だって!?どこでそんなものを」

「さっき、スターリンの森で狩って来たんだ。新鮮だぞ」


詰め寄るダルクをそのままに市場のオヤジは鬼蜘蛛の繭玉に飛びつく。

そして繭玉から鬼蜘蛛の糸を引きはがし太陽に翳してみる。

鬼蜘蛛の糸はキラキラと輝きながら、空を透かして見せた。

市場のオヤジのゴクリと唾を飲み込む音が聞えて来る。

今度はナイフを取り出し鬼蜘蛛の糸の強度を確かめた。

ナイフを突き立てても切ろうとしても弾かれるばかり。

横に沿わせるとナイフの刃が毀れてしまった。


「こいつは上物だ。こいつを買ってやる。いくらがいいんだ?」

「そうだな。1万ゴールドなら売ってやってもいいぜ」

「1万だな。買った!」


さきほとまで渋っていたとは思えぬほど気前のいい市場のオヤジ。

よほど鬼蜘蛛の繭玉の価値に気づいたのか。

私は行商には詳しくないから相場がどれほどのものかわからない。

1万ゴールドは高いのか安いのか。

ダルクは提示された金額に満足しているようでニコリと笑っている。

一方で市場のオヤジもニンマリと笑みを浮かべていた。

後で知ったことなのだが、鬼蜘蛛の繭玉の相場は2万~3万なのだそうだ。

ダルクは市場のオヤジにしてやられたのだが、商売と言うモノはお互いが納得すれば成立する。

高かろうが、安かろうが関係ないのだ。


「1万か。グフフ。勝負は俺様の勝ちだ。よし、お前達、ヴェールズに戻るぞ」


私達は馬車に1万ゴールドを乗せるとヴェールズに向かって旅立った。

来た道を戻るだけだから難なくヴェールズまで戻ることが出来た。

それもこれも行きがけに鬼蜘蛛を対峙したおかげだ。

それ以降、スタンリーの森で行方不明になる行商人は減った。


「お前達、ご苦労。これは護衛料だ。ありがたく受け取ってくれ」

「2千か。けちってるな」

「いらないのか?なら、こいつは俺様がもらっておく」

「おい、ガルド。余計なことを言うな」

「お前は話がわかるようだな。楽しかったぞ。また、頼むぞ」


私はありがたくダルクから2千ゴールド受け取る。

ガルドは不服そうだったが、何ももらえないよりマシだ。

まあ、この後、鬼蜘蛛の討伐の報酬をギルドで頂くのだが。


「ダルク。戻ったのですね。それで成果は?」

「見てくれ3千ゴールドだ」

「さ、3千ゴールドですって!」


学校の先生はダルクが差し出した3千ゴールドに目を丸くする。

呆気に取られているようで開いた口が閉まらない。

そしてダルクを疑うように質問をして来た。


「ダルク。正直に言いなさい。このお金はどうしたのですか?」

「何だよ。疑っているのかよ。俺様が不正をしたと思っているのか」


ダルクは学校の先生を睨みつけながら唇を尖らせる。

まあ、学校の先生が疑うのも無理はない。

3千ゴールドと言う大金は普通の子供じゃ稼げない。

モンスターを討伐するくらいのことをしなければ手に出来ない金額だから。


「そうは言っていません。私は真実が知りたいのです」

「だから、言ってるじゃないか。俺様が鬼蜘蛛の繭玉を売って稼いだんだ」

「鬼蜘蛛ですって!そんな危険なことをしたのですか!」

「仕方ないだろう。勝つにはこれしか方法がなかったんだから」


学校の先生は膝から崩れ落ちおいおいと泣いている。

それはダルクを危険な目に追いやってしまった責任を感じたからだろう。

ダルクは学校の先生を見やりながら肩にそっと手を置く。


「俺様は無事だったんだ。それでいいじゃないか」

「ダルク……」

「で、勝負は俺様の勝ちだよな?」


食らいつくように尋ねて来るダルクに学校の先生は頭を立てに振り大きく頷く。


「やったぜ!これで俺様も行商人の仲間入りだ」


後で学校の先生から聞いた話だが、優勝すると行商人の見習いの資格が与えられるそうだ。

だから、ダルクは躍起になって勝負にこだわっていたのだ。

しかし、ダルクが稼いだ金は1万ゴールド。

私達に支払った護衛料を引いても8千ゴールドはある。

学校の先生に提示した金額は3千ゴールド。

それは学校に没収される。

でも、あと残りの5千ゴールドはどうするつもりなのか。


「ダルク。残りの金はどうするつもりだ?」

「デカい声を出すな。バレるだろ。あとで教えてやるよ」


ダルクは急に声を小さくして耳打ちして来た。

学校の先生は、そんなやりとりも気にかけずに深々と頭を下げて謝って来た。


「みなさま、ダルクがご迷惑をおかけしたようで。ダルク、あなたもお礼を言いなさい」

「もう、お礼はしたからいいのさ。それより許可証をくれよ」

「それは校長先生にご報告してからです」

「ちぇっ、ケチ」


こんな反応は子供そのものだ。

学校の先生といるとより子供らしさが際立つ。


「それじゃあ、私達はこれで失礼します」

「じゃあな、ダルク」

「ダルクさん、立派な行商人になってください。応援しています」

「じゃあね、ダルク」


私達は学校を後にしてギルドへ向かった。

もちろん鬼蜘蛛討伐の報酬金を頂くためだ。

そうそう、ダルクが残していた金は貯金にするらしい。

金のことに関しては大人並みの抜かりのなさだ。

まあ、行商人を目指すのならば金にシビアでないとな。


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