43「しばしの休息」
宿屋に戻ったエリザはベッドで横になったまま。
食事を運んで来ても一口も口にせず。
ただ、横になったまま寝込んでいた。
「エリザさん。少しは口にしないと病気になってしまいますわよ」
「……」
ルーンは食事の乗ったお盆を持ったまま立ち尽す。
そしてテーブルの上に食事を乗せると、そのまま部屋を出た。
「ルーン。エリザの様子は?」
「何も変わりませんわ。ノースブルーから戻って以来、ベッドで横になったままで」
「よほど父親の死がショックだったのだろうな」
「仕方ないよ。私だってお父さんが亡くなったら、あんな風になっちゃういそうだし」
「エリザは、しばらくそっとしておいてやろう」
私達はエリザを部屋に残して宿屋を後にした。
「グスっ……お父さん」
エリザは布団の中で人知れず涙を流した。
私達は大通りを彷徨うように歩いていた。
「これからどうします?」
「酒を飲むって気分でもないしな」
「こんな気分じゃ何もする気になれないよ」
ルーンもガルドもプリシアも魂の抜けた様子でお互いを見合わせる。
確かにエリザのことを考えたら何もする気も起きない。
しかし、私達が沈んでいてもはじまらない。
「そうだ!ここには商人の学校があったよな?見学に行ってみないか?」
「いいですけど、見学をしてどうするつもりですの?」
「私も策士の学校を卒業した身だから興味があってな」
「なら、行こう」
ヴェールズの街の北側にある商人の学校は生徒300人の大きな学校だ。
6歳から入学でき10年間学んだ後、16歳で卒業して行く。
幼いうちから商人感覚を身に着けることはとても大事なことだ。
私も幼い頃から英才教育を受けて来たことで策士となれた。
まあ、私の場合、策士以外の選択肢はなかったのだが。
商人の学校は石造りの建物で出来ており教会のような造り。
生徒は頭にターバンを巻き白いローブを羽織っている。
いかにも商人らしい制服だ。
見た目を整えることも大事なことだ。
商人へのモチベーションを上げることができる。
「これが学校か。私は学校へ行ったことがないから憧れるな」
「俺も学校へは行っていない。家が貧乏だったからな」
「私は魔法学校へ通っていましたわ。懐かしい」
ルーンは懐かしそうな目で商人の卵たちを見やる。
すると、学校から駆けて来た生徒がルーンにぶつかった。
「痛っ」
「悪い、悪い」
「ちょっと待ちなさい」
「痛たたた。何だよ、お前?」
プリシアは生徒の腕をつかむと捻り上げた。
「人にぶつかっておいてごめんもなし?」
「悪かったよ。ごめんな」
「何?その言い方。もっと本気で謝ってよ」
プリシアは生徒の腕をキツク捻り上げる。
生徒は顔を顰めながらルーンに頭を下げる。
「プリシアさん、離してあげてください。私は大丈夫ですから」
「ルーンがそう言うなら」
「痛ててて……こいつ本気でやりやがって」
生徒は手を振りながらプリシアを睨みつける。
「キミはこの学校の生徒かい?」
「そうだ。俺様こそは大商人ダルク様だ」
「何が大商人よ。ただの生徒じゃない」
「将来、大商人になるって意味だ」
呆れ顔のプリシアにダルクは大きな口を叩く。
年頃で言えばプリシアより年下の様だ。
おそらく12歳ぐらいだろうか。
「で、その大商人がこんな所で何をしているのよ」
「あっ忘れてた。こんなことをしている場合じゃない。あばよ」
ダルクが駆け出して行くと後ろから他の生徒がダルクを追い駆けて行った。
何かやからしたみたいだ。
すると、学校から先生らしき人物がやって来た。
「あなたがたは?」
「怪しい者ではありません。ちょっと商人の学校に興味があったものですから」
「そうですか。なら、見学でもしていかれますか?」
「学校に入れるの?行く行く」
私達は先生に連れられて商人の学校へ入って行った。
三階建ての建物の中はいくつかの教室が並んでいる。
一部屋30名ほど入れて決まった教室はない。
その日に来た順番で好きな教室を選べる仕組みになっているそうだ。
「ここが教室です。学年ごとに階数が分かれているだけで年齢の区別はありません」
「そんなので大丈夫なのでしょうか?」
「この学校へは16歳までなら、いつでも入学できるため年齢の区別は設けないことになっているのです」
「なら、6歳と10歳が同じ教室で学ぶってこともあるわけ?」
「そうです。その方が相乗効果が高まって吸収率も上がるのです」
伊達に商人の学校を開いている訳ではないらしい。
全て計算されて授業が組まれているようだ。
さすがは商人の学校と言ったところか。
「ここが調理室です」
「料理もするの?」
「料理と言うより解体作業を覚える場所です。商人はモンスターの素材も扱いますから」
先生は冷静に言っているがモンスターの解体なんて大人でも手が引けるものだ。
それを子供の頃からやらせるなんて徹底されている。
この学校の卒業生は頼もしい商人になっているのだろう。
「ここが体育館です」
「運動もするのかよ?」
「商人と言ってもお金の勘定をするばかりではありませんからね。長旅に耐えられるだけの体力も必要です」
商人と言う商売は思っていたよりもハードみたいだ。
長旅に同行しては商品を売買する。
そればかりではなくモンスターが狩れれば解体もする。
言うなれば冒険者よりもキツイ商売なのかもしれない。
モンスターを討伐して報酬金を頂いている私達は優雅なものだな。
「あら、ダルク。また、賭け事をしたのね。今度ちゃんと叱ってやらないと」
ダルクは中庭で他の生徒達に追いかけ回されていた。
「ダルクってどんな生徒なんですか?」
「ダルクは赤ん坊の時に教会に捨てられていた子で両親はいないのです」
「マルクと同じね」
「この学校では珍しくありませんわ。両親が事故でなくなったり、病気で手放したりして」
「無責任な親もいるのですね」
ルーンは残念そうな顔を浮かべて窓の外を見やる。
「子供に鞭を入れて働かせるよりはマシですわ。学校に入れば給食はありますし、学習できますからね」
「将来は安泰と言う訳ですか。それでもやるせませんわ」
「あなたはいいところのお嬢様のようですから、そう思うのかもしれません。しかし、追い詰められている子供達にとっては、この学校はオアシスのようなものなのですよ」
先生は目を細めて遠目を見やる。
その様子から一番、矛盾を抱えているのだろうと言うことが伝わって来た。
私達は先生に案内されながら一通り学校を見学すると校門まで先生が見送ってくれた。
「それじゃあこれに募金をお願いします」
「えっ、これってそう言う仕組みなのですか?」
「この学校はブレックス国王の支援で成り立っていますが、最近は支援金が滞っていましてね。何でも噂によればブレックス国王が軍事力を強化しているためだとか言う話です」
やはりな。
ブレックス国王の召喚命令も軍事力強化の一因だったようだ。
それにしても今さら軍事力を強化して戦争でも起こすつもりなのか。
「募金を」
「あ、ああ。じゃあ1万ゴールドを寄付するよ」
「ありがとうごさいます。これでみんなの給食が賄えますわ」
先生は満面の笑みを浮かべながら募金箱を確かめる。
「今日はありがとうごさいました」
「こちらこそ。また、気が向きましたら遊びに来てください」
私達は先生に見送られながら学校を後にした。




