36「もうひとりの策士」
歴代から伝わる戦術帳は対モンスターを想定したものが多い。
しかし、それは戦争にも応用が効くもので策士の中でも対人戦を得意とする宗派もあった。
かつて策士がもてはやされていた時代。
策士は二つの宗派に分かれていた。
ひとつは対モンスター戦を想定した戦術を得意とした陽派。
もうひとつは対人間戦を想定した戦術を得意とした陰派だ。
陽派は需要が高く世界各地に勢力を広めて行った。
一方で陰派は戦争が舞台なので軍事力強化のため国に集められた。
陽派がモンスターを狩って行きモンスターの勢力が落ちて行くと、各国は武器をとり争いをはじめた。
世界の覇権を握るための争いは300年もの間続き、多くの血で染められて行った。
別名ブラッドヴォーと呼ばれる血の戦争は策士達の活躍によって生み出されたものだ。
皮肉なことに策士の力が戦況を長引かせて多くの命を犠牲にして行った。
ブラッドヴォー以降、各国は戦いから手を引き平和条約を締結させる。
それは戦争で犠牲になった者達への弔いと冷戦を迎えるためのものだった。
戦争から身を引くことになった陰派の策士達は国から追われて世界へ散って行った。
それ以降、陰派の策士達は自然消滅するようにその数を減らして行く。
そして、策士すらも必要とされなくなる時代を迎えると、策士は数えるほどしかいなくなった。
「こいつにまた新たなページが刻まれることになるだろう」
アラジンは戦術帳を手にしながら窓からヴェールズの街を見やる。
陽はすっかり落ちていて夜空には星々が煌めいている。
窓から差し込む月明かりがアラジンの肌を青白く染めた。
「アラジン様、各部隊のリーダーが揃いました」
「よし、それでは作戦会議と行こう」
アラジンは戦術帳を抱えながら会議室へ急ぐ。
作戦はこうだ。
ヴェールズ攻略は二段構えの戦術で行く。
東門から攻める主力部隊を展開させ敵の注意を惹く。
同時に北の城壁から攻める奇襲部隊を展開して街へ侵入する。
街の警備を見る限り東門に警備が集中している。
北の城壁には見張りがいるくらいで警備は手薄。
そこを突くのだ。
まさか警備兵も城壁を乗り越えてやって来るとは想定していないだろう。
「ですが、国も馬鹿ではありません。王都から警備兵の増強があると言う情報を得ました」
「それは確かか?」
「間違いありません」
アラジンは腕を組みしばらく考え込む。
東門の警備が増強されたとなったらおとり役の主力部隊も注意を惹きつけることも憚られる。
こちらの全戦力は100だ。
70をおとりに使えば、残り30で奇襲をかけることになる。
注意を惹くにはそれなりに戦力が必要だ。
かと言って奇襲の戦力を省くと奇襲にならない。
「よし。奇襲を二部隊に分ける!」
おとり役に80の戦力を投じて注意を引き付ける。
そして奇襲は20になるのだが、二手に別れて10と10で行う。
北から攻める第一部隊と南から攻める第二部隊に分けて。
奇襲部隊の戦力は分散されるが、敵を混乱させることが見込める。
「しかし、そんな少ない戦力で奇襲ができるのでしょうか?」
「奇襲はあくまで敵を混乱させることが目的だ。奇襲部隊だけで街を占拠しようとは考えていない」
アラジンの言葉に各部隊のリーダーは口を噤む。
各部隊のリーダーはアラジンが語らなかった言葉の意味を悟った。
「この戦いは我らが覇権を握るための大事な戦いだ。気を引き締めてかかれ」
「「ナイトメアのために!」」
アラジンが気合を入れると各部隊のリーダーは曲刀を翳して忠誠を誓った。
「この戦いで私の真価が問われる。策士として生まれたこの使命を果たすために」
私は策士の家計に生まれた。
それも人々から頼りにされている陽派ではなく、人々から後ろ指さされる陰派として。
子供の頃は周りの友達から煙たがれた。
人殺しの家族として扱われ石を投げられる毎日。
何が悪いんだ、それは私のせいではない。
与えられた運命に嘆きながら変えられない事実に憂いていた。
私の祖父は耐えられなくなり街から出て森へ籠った。
策士とは国の身勝手な理由によって誕生したもだ。
お前がこの先、生きていくには何かと苦労があるだろう。
しかし、忘れてはならない。
私達は選ばれた家系なんだと。
そう、祖父は口を酸っぱくさせながら言っていたことを覚えている。
祖父は街から逃げることで生き延びた。
だが、それは事実を認めることに他ならない。
私は違う。
これを手にして馬鹿にして来た奴らに一泡吹かせるのだ。
これは聖戦だ。
私の運命をかけた神聖なる戦いなのだ。
「目に見ぬものを見せてやるわ」
アラジンは酒の入ったグラスを掲げるとひと煽りして飲み干した。
夜風を感じながら外を見やる。
もわんと生温かな風が頬を撫でた。
「どうしたのタクト。そんな難しい顔をして?」
「ん?ちょっと考えごとをしていただけだ」
「そんな顔をしていたら運が逃げちゃうよ」
プリシアは寝間着姿で私の隣に並ぶ。
今は夜の10時。
ガルド達はすっかり酔ってしまいグースかいびきをかいて寝ている。
プリシアはおしっこで目を覚ましたのだと言う。
「それより、こんな時間にどうした?」
「あっ、忘れてた。漏れる、漏れる」
プリシアは股に手をあてながら階段を駆け下りてトイレに向かった。
「騒がしい奴だ」
それにしてもこの静けさはひと時のものなのか。
これだけ発展した街なのに夜の静けさには驚かせられる。
虫の音が聴こえるほど静寂に包まれていた。
「何もなければよいが……」




