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27「逃げの選択」

クルの街の朝は肌寒い。

白い靄が立ち込めていて吐く息も白く染まる。

ヨゼフの馬車が宿屋の前に横づけに止まった。


「旦那、出発しますぜ」

「今行く」


私は二階の窓からヨゼフに言うと、まだ寝ているガルド達を叩き起こした。


「おい、ガルド。出発だ。起きろ」

「ううん。何だよ、もう朝か。もうちょっと寝させてくれよ」

「寝るなら馬車でしろ」


ガルドは毛布にくるまりグダグダしている。

その横で涎を垂らしながらプリシアが幸せそうな顔をしていた。

昨日、酒場から運んで来てそのままベッドに寝かせたからガルドとプリシアは同じベッド。

まあ、二人とも酔っ払っているから問題ないのだけど。


「タクトさん。私達は準備できましたわ」

「なら、先に行ってヨゼフを呼んで来てくれ。ガルド達を運ぶに手が必要だから」


ルーンとエリザはヨゼフを呼びに外へ向かった。

しばらくするとヨゼフがやって来た。


「旦那、何か用入りで」

「ガルド達を運ぶから手伝ってくれ」


私とヨゼフはガルドを担いで馬車まで運ぶ。

そして次にプリシアをおんぶして馬車まで運んだ。


「それじゃあ出発しますぜ」


ヨゼフは馬に鞭を入れて馬車を走らせる。

これからは交易路を通りながら最西部のヴェールズを目指す。

開拓されている道だけに順調に進めそうだ。

それでも一週間はかかるだろうとのこどだった。

馬車は山脈から流れ出す川沿いの道を通りながら進んで行く。


「ところでエリザ。昨日のことなんだが」

「な、何よ」


私の突拍子もない質問にエリザは動揺する。


「いや、何でもない」


人には話せないことがあるものだ。

やっぱりエリザから話して来るのを待った方がいいだろう。

闇雲に質問して気まずくなってもまずいからな。


「ガルドさん達、気持ちよさそうに眠っていますね。あれからいつまで飲んでいたのですか?」

「ルーン達が宿屋へ戻ってからすぐだよ。ガルドは眠ってるし、プリシアは悪酔いしてるしで大変だった」

「それはご苦労様です」


ルーンはクスクス笑いながらガルド達を見やった。


小一時間、馬車を走らせると山道を抜けて広い平野へ出た。


「旦那。ここまで来ればヴェールズはもうすぐですぜ」


馬車の荷台から周りを見ると広大な平野が広がっている。

今まで山越えをしていただけに久しぶりに見る景色だ。

見慣れた風景に安堵感さえ覚える。

故郷に戻って来たようなそんな感じがした。


と、向こうから馬車を走らせる音が聞こえて来る。

荷台から外を覗くと他の馬車の行列が出来ていた。


「この馬車もヴェールズに向かうのか?」

「そうですぜ。ノーベン地方ではよく見る光景ですから」


よく見ると先頭の馬車と後方の馬車には冒険者達が乗っている。

モンスターや山賊対策のため行商人が雇ったのだろう。

冒険者はモンスター討伐以外にも護衛で稼ぐこともできる。

まあ、モンスター討伐に比べたら賃金は安いが。

それでも貴重品の護衛となると破格の値段がつくこともあるのだ。


しばらく進むと北の方角に大きな街が見えて来た。


「ヨゼフ。あの街は何という街だ?」

「あれはキビルの街ですぜ。交易路の中継地点を担っている街ですぜ。寄って行きますか?」

「いや、先を急ごう」


馬車の行列はキビルの街へ足を向ける。

キビルの街で補給を受けるのだろう。

私達はクルの街で補給を済ませたばかりだから必要でない。

先を急いでヴェールズを目指した。


10キロ進んだくらいだろうか、急に馬車が足を止めた。


「どうした、ヨゼフ?着いたのか?」

「旦那、あれを見てくれ。この先は砂漠地帯ですぜ」


馬車から飛び降りて前を見やると辺り一面砂漠が広がっていた。


「ここからは馬じゃキツイな。迂回してヴェールズを目指す方法もありますけど、どうします?」

「そうだな。これ以上、時間をかけても疲労を蓄積するだけだからな」

「なら、キビルの街まで戻ってラクダを借りますぜ」


私達は来た道を引き返してキビルの街へ向かった。

さっきの馬車の行列も馬からラクダに変えるためにキビルへ向かったのだろう。

はじめての場所はうまく行かないものだ。


キビルの駅舎の人も慣れているのかすぐにラクダを用意してくれた。

そして私達はヴェールズへ向けて出発する。

キビルの街で聞いた話だが、ヴェールズ周辺の砂漠地帯には地獄アリと言うモンスターが生息しているらしい。

全長は小さい物でも5メートル。

大きいものならば10メートルになるらしい。

何でもすり鉢状の穴を掘り、獲物が転げ落ちて来るまで砂の中で待っているのだと言う。

出来れば出くわしたくないモンスターだ。

ただでさえ足場が悪い地形だけに戦闘にでもなったら不利だ。

私はヨゼフに注意しながら進むように促した。


砂漠越えは思っていた以上に過酷なものとなった。

日中は太陽がギラリと照りつけ体力を奪って行く。

夜は夜で凍えるような寒さに襲われて。

一日の寒暖差は疲労した体には応える。

それでも私達の馬車は砂漠地地帯の真ん中ぐらいまでやって来た。


「旦那。ここいらで休憩しやすぜ」


ヨゼフは太陽が避けられそうな岩場に馬車を止める。

ラクダも休ませないとすぐに体力が尽きてしまう。


「思っていた以上にキツイな」

「これが砂漠の怖さですぜ」

「それよりもここ何日もお風呂に入っていないから、その方が気になるわ。私、臭くない?」


エリザはしきりに体の匂いを嗅ぎながら臭くないか確かめる。

女性でなくても何日も風呂に入れないのは気がめいる。

日中は汗ダクになるし、夜は夜で寝汗をかく。

はやくヴェールズの街へ行って風呂でさっぱりしたい気分だ。


「ヨゼフ。あと、どのくらいでヴェールズに辿り着けそうだ?」

「そうだな。三日三晩走れば辿り着くと思うが」

「三日三晩か……」

「まあ、ヴェールズは逃げやしません。のんびり行きましょうぜ」


ここへ来てヨゼフの言葉に気持ちを救われる。

下手に急いで不運に見舞われるても仕方ないし。

一歩ずつのんびり行くのが正しいのだろう。


「ねえ、タクト。お腹空いた」


プシリアがお腹を摩りながら尋ねて来る。

そう言えば朝から何も食べていないかった。

食料も底をつきかけて来ていて、今ある食料は干し肉と少しばかりの米だけ。

三日は持ちそうな量だが、少しばかり心もとない。

どこかで食料を調達できればいいのだが。


ゴーっと音を立てながら目の前の砂地に小さなくぼみができる。

そして、どんどん広がって大きなくぼみが出来上がった。


「何だ?」

「地獄アリですぜ」


――地獄アリ――

種類:単体で行動する大型の昆虫。

全長:5メートル

知性:低い

耐性:なし

弱点:太陽の光に弱い

特徴①:すり鉢状の巣を作る

特徴②:砂に潜っている

生息場所:砂漠地帯

倒し方:おとりで巣から誘い出す


ヨゼフは慌ててくぼみからラクダ達を遠ざける。

ひとたびくぼみにハマったら逃れられるのは難しいだろう。

ただでさえ足場が悪いうえに、砂が滑り落ちる仕組みになっている。

もがけばもがくほどハマって行く。

その名の通り地獄そのものだ。


「こんな所で地獄アリかよ。ツイてない」

「地獄アリだが何だか知らねえが、俺の大剣の錆にしてやる」

「ガルド。うかつに近づくな!飲み込まれるぞ!」


ガルドは一歩踏み出した足を引き戻す。


「ここは戦闘を避けて逃げるのが得策だ」

「何だよ、タクト。モンスターを目の前にして逃げるつもりか?」

「逃げるが勝ちってことばもあるくらいだからな。勝利を収めるには必要なことだ」

「ちぃ、仕方ないな」


ガルドはブツクサ文句を言いながら大剣を納める。

そして馬車に乗り込んでその場から離れた。


「旦那。正しい判断でしたね。普通はそうそう出来るものじゃありませんぜ」

「私はみんなの命を預かっているからな。あたり前のことだ」

「安心しましたわ。タクトさんがあそこで戦いを選択していたら、私はタクトさんのことを信じられなくなっていたかもしれません」


ルーンはほっと安心した顔を浮して笑みを浮かべる。

以前の私だったら迷わず戦っていたかもしれない。

策士として大成することに躍起になって。

ルーン達との経験がなかったら間違った判断をしていただろう。

これは私が成長した証なのだろうか。


馬車は三日三晩走り続けてヴェールズの街へやって来た。


「あそこに見えるのがヴェールズですぜ」


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