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23「ひと時」

馬車の荷台はジャイアントアントの胃袋でいっぱいになっていた。


「おい、おやじ。これじゃあ俺達の乗る場所がないぞ」

「胃袋をどけて適当に座ってくれ」

「どけてくれっていったって」


ガルドはブツクサ文句を言いながら胃袋を放り投げる。

水風船のようにタップタップと音を立てる胃袋。

ジャイアントアントの胃袋と言うことを考えなければカワイイモノだが。


「こんな馬車には乗れないわ。私は前に行く」

「私もそうします」


エリザとルーンは青い顔をしながら前へ乗り込む。


「タクトはこっちに乗るよね?」

「前はいっぱいみたいだからな」


プリシアは嬉しそうに胃袋の上にダイブする。

すると、ポヨポヨと胃袋がしなってプリシアを受け止める。

それが胃袋でなければ私も真似をしたいところだが。

止めておこう。


「それじゃあヴェールズに向けて出発するぞ」


ところで馬車が何で出発できたかを言えば……。

ジャイアントアント戦でジャイアントアントが馬車にぶつかってくれて馬車を動かしたのだ。

馬車を破壊されなかったうえに溝から抜け出せるなんて運の良いことだ。

幸先が良いと言う感じ。


馬車は三日三晩走り続けてグラハム地方とノーベン地方の国境まで辿り着いた。

国境と言っても壁がある訳でも兵士が見張っている訳でもない。

ただ地伝いに山脈が広がっているだけだ。

明確な仕切りがなければ勝手に領土を広げられそうだが、ここには山岳地帯で誰も寄りつかない。

開拓できない場所ならば各国もそんなにシビアにならないのだ。


「ここからは山越えだ。道が悪くなるから覚悟しておけよ」

「こんな山道を行かなくちゃいけないの。空模様が怪しくなって来たわよ」


不安げに空を見上げるエリザの視線の先を見ると、鈍色の雲の塊が山頂を覆っていた。


「運が良ければ嵐に巻き込まれずに山を越せるはずだ」

「運任せですか?」

「旅ってモノはそう言うモノなんだよ」


どこぞの誰が言っていた理論なのか?

今は嵐に巻き込まれないことを祈るばかり。

道が悪いうえに片側は底の見えぬ崖。

これで嵐に巻き込まれでもしたら奈落の底へ真っ逆さまだ。


「モンスターはいないよな?」

「さあな。ここはあまり人が寄つかない所だからな」

「でも、行商人は通るんだろ?」

「行商人はもっと北へ行ったルートを通っている。時間はかかるが安全だからな」


私達は旅に時間をかけたくない理由で最短のルートを来たのだ。

何せ女性陣がお風呂だのと騒ぎ出したから。

急がば回れと言うことわざがあるがエリザ達には通じない。

まあ、汗臭いのも嫌なものだからわからないでもないが。


「雨が降って来たらお風呂に入らなくて済むね」

「プリシア。雨はシャワーじゃないのよ。雨にだっていろんな不純物が混じっているから汚いのよ」

「エリザの言う通りだ。雨で濡れたら体も冷えるしな」


私の指摘にプリシアは頬を膨らませてブー垂れる。

そんなやりとりも気にせず呑気なガルドはいびきをかいて寝ていた。

と、パラパラと荷台の幌が音を立てる。


「旦那。雨が降って来やしたぜ」

「雨だ。雨!」


プリシアはパラパラとリズム良く音を立てる雨に夢中。

手足をバタバタさせながら雨音と合奏をしている。


「雨宿りできる場所はないのか?」

「この辺じゃないな。もうちょっと先に行けばあるかもしれねえが」

「とりあえず雨をしのげる場所を探そう」


ヨゼフはたずなを引き馬を歩かせる。

雨宿りできそうな場所を探しながら前に進んで行った。

と、馬車が急に止まりヨゼフが驚愕の声をあげる。


「旦那。がけ崩れですぜ。これじゃあ前に進めないですぜ」


私は馬車から飛び降りて現場を確かめる。

土砂は山道を覆い尽くしていて反対側の崖へと流れている。

この土砂をどかすだけでも小一時間はかかるだろう。

しかも、今は土砂降りだ。

仕方がない。


「さっき見かけた脇道で雨をしのごう。あそこなら開けているし土砂崩れの心配もない」

「わかりやした」


ヨゼフはたずなを引いて馬を引き返らせた。


脇道で雨宿りをしてから一時間は立っただろう。

相変らずガルドはいびきをかいて寝ている。

こんな環境で眠っていられるガルドの神経はだいぶ図太い。

少し羨ましくも思えるが、私がガルド化したら、このパーティーは続かないだろう。


「雨。ぜんぜん止まないわね」

「山の天気は変わりやすいと言うからな。もうしばらくの辛抱さ」


エリザはどんよりと曇った空を見上げながら不安げな顔を浮かべる。

私の言葉も届かないような、そんな顔をしていた。


「それよりエリザはどこ出身なんだ?」

「私?私はグラハム地方のミントスと言う街よ。グルンべルグ王都から、さらに東に行ったところ。田舎町だから何もないけどね」


エリザは覇気のない目でつまらなそうに話す。

聞いてはまずかったのだろうか。

エリザは好んで自分の話をしてくることはない。

それ故に謎めいているのだが、それは見た目からも言える。

紺色の三角帽子とゆったりめのローブを身に纏った如何にも魔法使いの風貌。

しなやかな長い金色の髪と対比するような緑色の瞳がそう感じさせるのか。

まあ、乙女にはいろいろと秘密があるものだ。


「ねぇ、タクト。タクトの話を聞かせてよ?私はまだ知らないから。タクトは何で策士になったの?」

「策士は私の生きる道だ。逃げるも反るも定められた運命だから逆らえない」

「窮屈ね」


プリシアの言葉は最もだった。

策士の家計に生まれた私は策士以外の職業には就けない。

これは幼い頃より言い聞かされて来た現実だ。

正直、辞めたいと思ったことは何度もある。

周りの他の友達は将来を自由に選択できることに嫉妬したものだ。

しかし、いくら悩んでも現実は変えられない。

ならば、現実に抗うよりも流れに身を任せる。

それが一番の正解だと思うようになって行った。

今では策士になったことを後悔していない。

それよりも策士としての頂点を目指そうとさえ心に決めている。


「運命ってのは受け入れると案外、楽になれるのさ」

「へ~ぇ。大人なんだね、タクトって」

「運命か……」


エリザが大きなため息をつきながらボソリと呟く。


「どうした、エリザ?」

「別に……」


あからさまに意味ありげな様子をしていた。

しかし、ツッコんで話を聞くのも野暮だし、そこはスルーすることに決めた。


「旦那、雨が小降りになって来ましたぜ」

「それじゃあ土砂を片づけるか。ガルド、プリシア、力を貸してくれ」


いびきをかいているガルドを叩き起こして土砂崩れの現場に向かう。


「土砂を片づけるって言ってもいちいち土砂を掻き分けていたら何時間かかるかわからないぞ」

「そこもちゃんと考えてある。プリシア、こことこことここに爆弾を仕掛けてくれ」

「わかったわ」


私の計算通りならプリシアの爆弾で土砂を吹き飛ばせるはずだ。

よく爆弾を埋め込んで壁を破壊しているのを見たことがある。

あの要領で土砂を吹き飛ばすのだが、少しでも間違えたら大惨事になりかねない。

私は念入りに現場を確認しながらプリシアに指示を出した。


「本当に、こんなのでうまく行くのかよ?」

「大丈夫だ。私の計算通りならばな。よし、プリシア爆弾を爆発させてくれ」

「じゃあ、火を点けるから離れていてね」


プリシアは導火線に火を点けると急いで現場から離れる。

次の瞬間、プリシアの爆弾が爆発し土砂を舞い上げた。

思っていたよりもうまく行って土砂は片側の崖の下へ落ちて行った。

後は残りの土砂を掻き分けるだけ。


「ここからはガルドの出番だ。馬車が通れるように土砂を掻き分けてくれ」

「任せておけ。建設現場で培った力を見せてやるぜ」


ガルドは腕を捲りスコップで土砂を掻き分けて行く。

筋骨隆々の体形はどこから見ても建設現場の作業員だ。

サミトスの街で見せた手際の良さからも長い間経験を積み重ねて来たのだと言うことがわかる。

細身の私は少しガルドを見習った方がいいのかもしれない。


「おらおらおらー!」

「ガルド、モグラみたい」


力任せに土砂を掻き分けるガルドを見てプリシアがツッコむ。

そんな例えも現場の雰囲気をなごませてくれた。

私達は力を合わせて土砂を掻き分けた。

泥だらけになりながら一時間も作業をすると、馬車が通れそうな道が出来た。


「これくらいでいいだろう」

「旦那達、馬車に乗ってくれ。出発しますぜ」


私達は馬車に戻り荷台に乗り込もうとする。

と、エリザが私達の姿を見て行って来た。


「タクト達、その格好は何?」

「何だ?何か変か?」

「顔中泥だらけじゃない」


私はガルド達と顔を見合わせてお互いを見やる。

エリザの言う通りガルドもプリシアも顔に泥がついていて。

見るからに泥んこ遊びをした子供の様だった。


「ガルド、面白い」

「プリシアだって似たようなものだろ」

「これじゃどこかで風呂に入らないとダメだな。おやじさん、開けた場所まで行ったら教えてくれ」

「あいよ」


私達を乗せた馬車は再び山道を登って行った。


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