176「戦乱の後で」
最終決戦から一週間後。
グルンベルグ城は慌ただしく動いていた。
アルタイルでの戦争が契機となりグルンベルグ王国、アルタイル王国、ヴェズベルト王国の三国が平和条約の締結に急いでいた。
平和条約の締結と言っても利権がらみの条約で各国とも手探りで駆け引きをしている。
資源の豊富なアルタイル王国は資源の輸出とドワーフの技術を切り札に。
農産物の豊富なヴェズベルト王国は農産物の物流を切り札に。
工業の発展しているグルンベルグ王国は貿易を切り札に交渉を進める。
ログ達の入国でドワーフ技術をある程度手に入れたグルンベルグ王国だったが、それ以上にドワーフの技術は欲っしていた。
それはヴェズベルト王国でも同じようで最終決戦で投入された六連式機関砲に注目が集まっていた。
アトス政権はそこを突いてドワーフの技術提供を切り札に交渉をはじめるのだった。
交渉は3日に渡り続いたが何とか三国による平和条約の締結に至った。
グルンベルグ王国は工業技術の相互開発を条件にアルタイル王国から更なるドワーフ技術の提供を引き出した。
ヴェズベルト王国は農産物の輸出を条件にアルタイル王国から資源の輸入とドワーフ技術の提供を手に入れた。
一番得をしたのはアルタイル王国であろうか。
隣国と平和条約を締結出来たばかりでなく、工業技術開発と農産物を確保できたのだ。
それはアルタイル王国を今後発展させて行くのにも欠かせないものである。
魔獣ヒュドラ、魔獣フェンリル、アラジンの反乱で消耗したアルタイル王国にとって復興が何より優先課題。
そこへ平和条約の締結はアトス政権にとってもアルタイル国民にとっても大変な支援となった。
ダゼル国王はこの戦いで犠牲になった兵士達を弔い国をあげて喪に服することを決めた。
それはしんみりしたものではなく、ちょっとしたお祭りが催された。
グルンベルグ王国では死者に後悔を抱かせることがないよう、みんなで祝って送り出すと言う風習がある。
なので、1週間ほどグルンベルグ王国の街はお祭り騒ぎになった。
その後は魔獣キマイラに破壊されたサミトスの街を復興させることに勢力が注がれた。
ほとんどの住民は殺されてしまったので新たに住む住民は他の街から移動して来た者達ばかり。
一年中寒い地域だけあって、最初は戸惑っていたのだが、1週間もすると暮らしに慣れはじめた。
後は定住を促進するためにも仕事の開発が必要となる。
そこでダゼル国王が命じた仕事は林業だった。
サミトス周辺の山々は杉が豊富にあり木材に優れている。
グルンベルグ王国を上げて木材を使った建物を建造することで需要を押し上げたのだ。
グルンベルグ王国は歴史的に見ても石造りの建物が主流だ。
そこへ木材を使った建物の登場で新規性を見出し、さらなる経済の発展に繋げて行く作戦。
木材は軽くて丈夫で加工しやすいので住民の民家を中心に取り入られて行った。
今はまだ、その数は少ないが、いずれは木材の住宅が当たり前になるだろう。
それは国内に限ったことではない。
いずれは隣国であるアルタイル王国やサンドリア王国に輸出することになるのだ。
とり分けアルタイル王国やサンドリア王国は木材が少ない。
必ずや貿易の要となることは予想できていた。
一国の王と言うものは多義に渡る視野が必要になる。
玉座に座って頷いているだけが仕事じゃない。
ダゼル国王は長きに渡る政権運営でそのことを熟知していた。
一方でヴェズベルト王国の葬儀は違っていた。
グルンベルグ王国のようなお祭りをする風習はなく国民すべてが数日間喪に服す。
とりわけ第二騎士団長であるエミリアを弔う葬儀はヴェズベルト軍あげてのものとなった。
マリア―ヌをはじめ騎士団長達と騎士団、魔術師部隊は正装を纏い武器を空に掲げて追悼の意を示す。
アンナ女王は黒い喪服を纏い黒のベールで顔を隠す。
プリムもそれに習って黒の喪服姿で葬儀に参加する。
プリムにとってはエミリアの死はいたたまれない出来事であった。
自分を庇って命を散らしたものだからなおのこと。
その光景が蘇って夜な夜なうなされる日々を過ごしていた。
この葬儀に参加することで少しでもエミリアの魂を送り出せたら救いだろう。
そんなプリムを一番心配していたのは他ならぬマリア―ヌだった。
マリア―ヌの力が及ばなかったことでエミリアを死に追いやってしまったことは否めない。
あの時、魔獣フェンリルを止めることが出来ていればエミリアは命を落とさずに済んだ。
同じ釜の飯を食べて来た者だからこそ思うことでもあった。
けれど、全ての責任を負うのはアンナ女王の役目。
アルタイル王国に軍を派遣することを決めたのもアンナ女王自身だ。
派兵することで多少ならぬ犠牲が出ることは覚悟していたが、身近な者がなくなると気が気でなくなる。
今ここでこうしてエミリアの遺体と向き合えるのも女王としての責務から来るものだ。
女王たる者、兵士達の前で弱さを見せてはならない。
気高く気丈で立ち振る舞う姿勢が兵士の士気にも繋がることゆえに。
心で泣いて顔で平然を構えるのが女王としての務めなのだ。
アンナ女王が白菊をエミリアの遺体の上に乗せると騎兵隊のラッパの音が鳴り響く。
マリア―ヌ達騎士団は剣を天に翳してエミリアの魂に敬意を払う。
そしてラッパの音が空に消え去るまで祈りをささげるのだった。
多くの犠牲者を出したアルタイル王国でも国をあげての葬儀が行われた。
とりわけ右腕であるグランを失ったアトスは喪失していた。
アトスが今の座につけたのも過激派時代にグランが力を貸してくれたおかげだ。
その盟友とも言える友を失ったのだ。
ショックは計り知れないものとなった。
しかし、アトスは国王として立ち上がらなければならない。
アルタイル王国の復興は目の前に迫っているのだから。
何より国王が沈んでいたら国民達が不安を覚える。
そんな姿は国民の前で見せてはならないのだ。
アンナ女王と同じで気丈に振る舞わなければならない。
アトスは心の中で悲しみを抱えながらも政権運営に邁進することで迷いを打ち払った。
建造物への被害はなかったが魔獣ヒュドラの復活で魔窟が破壊されてしまった。
そのままでいるとモンスターが次々と湧いて出てきてしまう。
なので、魔窟の再興を図ったのだ。
再興と言っても魔窟全体を再生するものではなく、入り口を修復するだけにとどまった。
それにあわせて常駐させる兵士達も配備する。
魔窟は魔石がとれる鉱山の側面も持っているので塞ぐことは出来ない。
だからモンスターとうまくつき合って行く必要があるのだ。
モンスターが生み出されるのは魔窟の最下層にある大穴から。
そこはかつて魔獣ヒュドラが眠っていた場所だ。
以前は魔獣ヒュドラがいたことでモンスターの発生は止められていた。
しかし、魔獣ヒュドラが消え去ったことでモンスターの発生を止めるタガがなくなったのだ。
これからアトス政権は魔窟から発生するモンスターの対応で追われることになるだろう。
それでも魔窟を封じることは出来ないのだ。
サンドリア王国では違っていた。
アラジンの独断でサンドリア軍が派遣されたので国民への伝達は限定的なものだった。
と言うよりもほとんど情報は入って来ない状況になっていた。
魔獣が消滅されたこともアラジンが反乱を起こしたことも知らない。
若き国王であるニックスでさえ知らぬことだったのだ。
知っているのは一部の大臣だけ。
だが、その大臣達はニックスを手玉に取り政権を乗っ取ろうとしている。
幼きニックス国王ではサンドリア王国を統治することは出来ないのだ。
アラジンと言う参謀がいればニックス国王でも大丈夫だったが、今はアラジンがいない。
サンドリア王国の行く末は大臣達の手にかかってしまっているのだ。
本当の意味でサンドリア王国が復興するには十数年の時が必要だろう。
ニックス国王が成人になるまではサンドリア王国の混乱は続く。
グルンベルグ王国に亡命したブレックスが戻って来ることも予想されたが、独裁政権の復活には国民が納得しない。
何よりも虐げられて来た大臣達は受け入れないはずだ。
そのためかサンドリア王国の国境では検問が厳しくなっている。
この対応こそが大臣達の不安の現れなのだ。
しかも、隣国と平和条約を結べなかったことは大きい。
ひとり出遅れした格好だ。
資源に乏しく農産物にの恵まれないサンドリア王国の貧しさは際立っている。
唯一、収益を得られているのがヴェールズが結んだ自由貿易協定だ。
そのおかげで何とか崩れずに持っている。
しかし、他国が軍事力を強化させる度に軍事費がかかって来る。
貿易で得た収益のほとんどは軍事費に使われることになるだろう。
それではいつまで経ってもサンドリア王国は豊かにならない。
真の意味でサンドリア王国が豊かになるためには大胆な改革が必要なのだ。
それはいずれサンドリア王国の国民によって成し遂げられるはずだ。
変化は国だけではなかった。
私達にも変化があった。
これまでの魔獣戦やアラジン戦のことが評価されてダゼル国王から重要な役職を命じられていた。
魔獣キマイラ戦で『100連爆裂剣』を開発したガルドはその功績が認められてグルンベルグ軍の軍事部門最高顧問に任命された。
もちろんガルドは二の返事で了承する。
出会った頃は鈍ら剣士であったガルドがここまで成長したことは共に旅をして来た仲間である私にとっても嬉しいことだ。
ガルドは最高顧問に命じられた後も剣術の鍛錬は行っている。
それは剣士として騎士達のお手本にならねばと考えているからだ。
とりわけガルドを慕っているレイムはガルドをお手本に修練に励んでいる。
いつか自分もガルドのような剣士になろうと思っているようだ。
そのレイムも昇格を果たしたのだ。
グルンベルグ軍の騎士団の特効隊長として任命された。
それはラクレスの提案でもあった。
ガルドと共に戦ってきたからこそ学んだことも多いはず。
それに『100連爆裂剣』を支えたひとりでもあることが昇進の糧になったのだ。
昇進にレイムは家族を上げてお祝いをしたそうだ。
アルフォーツ家はじまって以来の大事件となったことは久しい。
今ではガルドもレイムも軍服を纏って仕事にあたっている。
『100連爆裂剣』を開発したガルドは新たな必殺技習得のための訓練を積んでいる。
最高顧問になったからと言って机上で書類とにらめっこをしているのが性に合わないようで、もっぱら訓練場で騎士団に混ざり実戦訓練を積んでいる。
その破天荒な態度が騎士団達にウケて以前よりも士気があがったらしい。
エリザにも宮廷魔術師団長の地位が約束された。
しかし、エリザはその地位を蹴ってしまう。
何でもお堅い仕事は向かないと言っていたそうだ。
これまで歴戦を経て来たエリザになら師団長は務まるはずなのだが。
戦うことに嫌気がさしてしまったのだろうか。
何せ何人もの犠牲者を見て来たのだ。
普通なら戦いから身を引いてもおかしくない。
けれど、最後までエリザは戦いに身を投じた。
それは私達と言う仲間がいたからだろうと信じたい。
最終決戦の前夜で私といっしょに旅をすると言っていたが、そのままになっている。
数日後、エリザは忽然と姿を消してしまったのだ。
私達に何の挨拶もせずに。
戦いが終わったら実家に戻ろうとか言っていたから実家に戻ったのかもしれない。
けれど、つれない対応だ。
別れが苦手だからそっといなくなったのか。
それとも嫌気がさしてしまったのだろうか。
拭えない気持ちだけが残った。
ルーンにもエリザ同様の話が舞い込んで来た。
しかし、ルーンは戦いが終わったら孤児の救済にあたると言っていたのですんなり断った。
そして、ダゼル国王に直談判をして孤児救済のための資金援助を取り付けた。
その行動力ひとつをとってもルーンは出来る女性のひとりになっている。
私達が順調に旅を進められて来たのもルーンのおかげなのかもしれない。
幼き頃は孤児として育ち、クロースと出会ってプリ―ストになった。
そのクロースを失ったことで一時は喪失していた。
私の戦術を疑い噛みついて来ることもあった。
しかし、一緒に旅を続けて来たことで疑いが信頼へと変わった。
今ではかけがえのない絆さえ生まれている。
私達はこの先に何があろうとも仲間として手をとり合うだろう。
今度は、私達が成長して来たようにルーンは孤児達に手を差し伸べている。
ルーンなら孤児達を救えると信じている。
もちろん私も協力は惜しまないつもりだ。
これまでに稼いできた報酬金の全てをルーンのいる教会に寄付した。
お金だけがすべてではないが、今の私に出来ることはこれくらいだ。
プリシアにも軍事兵器開発部門の顧問の話が舞い込んだ。
当初はプリシアも了承していたのだが、ひょんなことからその地位を蹴って実家に戻って行った。
何でも戦いに疲れたから実家で野菜でも作りながらのんびりしたいと言うことだった。
正直言って勿体ないと思ったのが本音。
プリシアの持っている知識と技術があればログ達と組んで最強の兵器も開発出来たはず。
それを蹴ってまでのんびり暮らしたいなんて、プリシアらしいと言えばらしい。
そんな自由奔放な性格が羨ましく思える。
意外にも恋多き乙女であったが最後はすんなりと身を引いた。
それは私がはっきりと態度を示さなかったことが原因だろう。
プリシアだっていっぱしの乙女だ。
恋のひとつやふたつしていてもおかしくない。
けれど、こうもあっさりいなくなると寂しさを覚えるのは勝手だろうか。
もう少しだけプリシアと旅をしていたかったとさえ思えた。
そして私にはグルンベルグ軍の参謀の地位が与えられた。
もちろん嬉しいことではあったのだが、まだ策士としては大成していない。
なので丁重にお断りをさせていただいた。
その判断にはラクレスをはじめダゼル国王も反対の意を示した。
これまでの歴戦から考えればラクレス達がそう思うのも無理はない。
魔獣キマイラを討伐出来たのもアルタイル王国を救えたのも私の戦術があったおかげだ。
グルンベルグ軍の軍事力を強化させるうえで策士は外したくはなかったのだろう。
私が他の国へ寝返って参謀を務めることはない。
けれど、策士を失うことを一番恐れていたのはダゼル国王だった。
一度、成功体験を知ってしまえば、そこから離れられなくなるものだ。
ダゼル国王はこれまでの戦いで勝利を掴んで来たのだ。
しかし、判断するのは私だ。
ダゼル国王は最後まで首を縦には振らなかったとしても私の決意は変わらない。
そんな私の姿勢に官服したのかダゼル国王もラクレスも引き留めはしなかった。
そして私は新たな旅に出る。
「行くのか、タクト?」
「ああ、私の旅は終わっていないからな」
「寂しくなるな」
「それはお互い様だ」
私とガルドは向き合いながらこれまでの旅を思い浮かべる。
「結局、最後はひとりになったな」
「ガルドの言った通りだ」
「女ってのは焦らしてばかりいると冷める生き物なんだ」
「万年フラれ男のガルドに諭されるなんて皮肉なものだ」
「誰が万年フラれ男だ!」
私の冗談にムキになってガルドは手を回して首を絞める。
そんなやりとりももう終わる。
これからは私ひとりの旅がはじまるのだ。
「どこへ行くつもりだ?」
「最果ての地、サイゲール大陸に向かう予定だ」
「サイゲール大陸か」
「ガルドは行ったことはあるか?」
「ないな。噂によると人ならぬものが住む大陸って話だ」
「人ならぬものか……」
その言葉を聞くとアラジンのことが想い出される。
アラジンはあの戦いの後、姿を消してから目撃情報は上がっていない。
サンドリア王国に戻ってナイト・メアを復活させたのだろうか。
それならば何かしら情報が上がって来てもおかしくはない。
何もないってことは私と同じように旅に出たと考えるべきか。
アラジンとはまたどこかで出会う気がする。
しかし、今度出会う時は敵でないことを祈りたい。
アラジンは出会った唯一の策士であったが手腕は秀でていた。
魔槍ヘルスピアの力がなかったとしても苦戦をしいられたことは間違いない。
この先でもし他の策士と出会っても戦いになることだけは避けたいのが本音だ。
最終決戦で心底疲れ果ててしまったからな。
「タクト、頑張れよ」
「ガルドもな」
「俺はいつでも全力だぜ」
「ガルドに出会えてよかったよ」
「俺もだ」
私とガルドは腕をつき合わせて別れの挨拶をした。
こうして私の新たな旅ははじまった。
最果ての地、サイゲール大陸を目指して。
その先で待っているのは何事であろうとも私は崩れない。
それはこれまでガルド達と培って来た経験があるからだ。
ガルド達もこれまでの経験を糧にして成長して行くだろう。
私達はどこまでも強くなれる可能性を秘めているのだから。
最後までお読みいただきありがとうございました。
これで「駆け出し策士の戦術帳」は終了となります。
次回は一風変わった作品を掲載する予定です。
また、次の作品でお会いできることを祈っております。




