175「アラジン戦④」
グラン達に起きた変化はアラジン本人にも表れていた。
頭の裂くような激痛がアラジンを襲ったのだ。
「くぅ……あ、頭が」
アラジンは激痛に耐え切れずにその場に蹲る。
「ま、まだ支配が完全でないと言うのか」
その激痛の先には本物のアラジンの意識がある。
完全には消滅出来ておらず眠ったままのアラジンの意識があった。
アラジンは精神の奥底で目を覚ました。
辺りは真っ暗で目の前に外の様子が映像で映し出されている。
見るからに戦場のようだ。
戦っているのは合同軍と亡霊兵士達。
その中に策士タクトの姿があった。
「これはどう言うことだ。何で私はここにいるんだ」
アラジンの意識は手足をばたつかせるようにもがく。
しかし、手足は動かずに動かした感覚だけが伝わって来た。
その様にアラジンは実情を悟る。
「これは私の意識の中の出来事か。ならば私は死んだと言うことなのか」
それにしては感覚だけが伝わって来るのはどう言うことなのか。
明らかに手足を動かしている感覚を感じる。
ならば、アラジンは意識だけの存在へ変わってしまったと言うことか。
今、体を動かしているのはアラジンではない。
別の意識。
そう、嫌な感覚が一緒に同居していた。
「この嫌な感覚は何なのだ?」
嫌な感覚はアラジンの意識を蝕むかのように食らいついて来る。
アラジンはそれから逃げるように暗闇の海へ飛び出した。
太陽の光の届かない暗い海の底から這い上がるように上へ上へと目指す。
しかし、嫌な感覚が足を引っ張り奈落の底へ沈め込めようとする。
アラジンは必死に抵抗しながら上へと目指した。
どれだけ泳いだのだろう。
気がつくと海の上まで来ていた。
相変らず嫌な感覚はアラジンの足を引っ張っているが。
それから逃れるようにアラジンは海岸まで上がった。
ドーム状のポッカリとした空間の外壁には外の情景がリアルに描き出されている。
「これは今起こっている出来事なのか」
合同軍と亡霊兵士が激戦を繰り広げている。
まさに今、亡霊兵士達が押されはじめて来たところだった。
「合同軍を率いているのは策士タクトのようだが亡霊兵士を率いているのは誰だ?」
辺りを見回しても指揮官らしき人物の姿はない。
代わりに魔槍ヘルスピアを握りしめるアラジンの腕が映った。
「まさか!私が指揮しているとでも言うのか」
すると真っ暗な海の底から黒い手が幾つも伸びて来る。
それはアラジンの体を掴み取ると海へ引きずり込みはじめた。
「は、離せ!」
アラジンは必死に抵抗するが黒い手はアラジンに絡みつき離れない。
そして抵抗も虚しくアラジンの意識は再び海の底へ沈んで行った。
アラジンの意識を再び奈落の底へ沈めた魔槍ヘルスピアはアラジンの体を取り戻し、大きく肩で息をする。
ハアハアハア。
「まさか、まだ生き残っていたとは」
アラジンの肉体を支配したことでアラジンの意識はなくなっていると思っていた。
しかし、実際は奈落底で生きのびていたのだ。
人間の分際で魔槍ヘルスピアに抵抗するなどあってはならないことだ。
しかし、これで再び奈落の底へ沈んだ。
「この戦いが終わったら完全に消滅させてやる」
魔槍ヘルスピアは再び立ち上がると新たな戦術を組み上げる。
策士タクトの新たな戦術で形成が変わってしまった。
騎馬隊の侵入を許したことで亡霊魔術師達を次々と消滅させられている。
このままほっておけば間違いなく形成が逆転してしまうだろう。
まずは騎馬隊の快進撃を止める必要がある。
指揮をしているのはあの子娘のようだが騎士ではないようだ。
馬に乗れる者が他にいなかったのか。
まあ、そんなことはどうでもいい。
こちらは『扇の構え』で亡霊兵士を前衛に亡霊魔術師を後衛にの二段構えだ。
敵の騎馬隊はその間に入り込んでしまっている。
亡霊兵士達を戻そうにも敵の騎士団の猛攻に合っていて動かせない。
ならば新たな僕を呼び出すのが打倒だろう。
この戦いの中でもいくつもの命を奪って来た。
ざっと見積もっても敵の兵士の3000強は殺しているのだ。
その者達に騎馬隊の討伐にあたらせよう。
アラジンは魔槍ヘルスピアを掲げると魔力を注ぎ込んだ。
「さあ、蘇れ。我が僕達よ!」
魔槍ヘルスピアが赤く輝くと大地から亡霊兵士達が姿を現した。
そしてアラジンの命じるまま騎馬隊の討伐へ向かった。
プリシア達騎馬隊は新たに出現した亡霊兵士達に押されていた。
それはプリシア達の退路を断つように側面から仕掛けて来たのだ。
プリシア達騎馬隊はすっかり亡霊兵士達に取り囲まれてしまう。
「何よこいつら。次から次へと湧いて出て来て。これじゃあキリがないじゃない!」
プリシアがいくら文句をいっても状況は変わらない。
しかし、プリシア達騎馬隊の快進撃で亡霊魔術師を2000程消滅させていた。
それでもまだ敵の亡霊魔術師は1万4000程いる。
その内の4000は『サイレンス』で魔法を封じられているのだが。
新たに蘇った亡霊兵士は騎馬隊800、騎士団1000、槍部隊700、弓部隊200、銃撃隊300、魔術師部隊500、プリ―スト部隊100の計3600だ。
この戦いで殺された合同軍の兵士達がそっくりそのまま蘇ったのだ。
「タクト、どうするのよ。これじゃあ私達もやられちゃうわ」
プリシアはターゲットを変更して追撃して来る亡霊兵士の相手をするように命じた。
しかし、カウンター攻撃だけでは思うように成果が上がらない。
援護射撃をして来る銃撃隊の弾丸は亡霊兵士達の幽体化を誘うだけで着弾していない。
ここへ来て明らかに形成が変わってしまったのだ。
それは戦況を見守っていたタクト自信わかっていた。
アラジンが新たな亡霊兵士達を蘇らせたことでプリシア達がピンチに追い込まれてしまった。
このまま戦いを続けていても、こちらが不利になるのは目に見えている。
亡霊兵士達は湯水の如く、途絶えることなく次から次へと蘇らせられるのだ。
ならば、これ以上戦いを続けることに意味はない。
この戦いに勝利する方法は2つ。
アラジン率いる亡霊兵士軍を消滅させるか大将であるアラジンを仕留めるかだ。
前者はすでに無理であることは証明された。
ならば、アラジンを仕留めるしかない。
私は黒紫刀を手に取ると覚悟を決める。
「プリム」
「何?」
「指揮は任せた」
「指揮なんて急に言われてもわからないわ。ねぇ、タクト。タクトってば!」
私は馬に跨ると戦場を駆け抜けてアラジンの所へ向かった。
急に目の前に現れた私に動揺することなくアラジンは悠然と構えていた。
こうなることをはじめからわかっていたかのような表情だ。
「来ると思っていたよ」
「これ以上無駄な戦いを続けていても意味がないからな」
「私を討ち取って勝利を掴む選択にしたと言う訳か。ハハハ」
「何がおかしい?」
「策士でしかないお前に何が出来ると言うのだ?」
アラジンは魔槍ヘルスピアの切っ先を向けて豪語した。
「それはお前だって同じだろ」
「ハハハ。これは一本とられた。私も策士だったな」
「やはり、お前はアラジンではないな」
「そうさ。私はアラジンではない。アラジンを支配している魔槍ヘルスピアだ」
私は黒紫刀を静かに抜いて切っ先をアラジンに向ける。
「アラジンを支配して何が望だ?」
「私は戦いが好きなのだよ。世界を戦乱へ貶めてブラッド・ウォーを再び起こすのだ」
「ブラッド・ウォーだと?」
「そうだよ。人間ほど戦いに飢えた種族は他にはいない。互いに有利に立つために軍事力を強化させて行く。そして世界の覇権を握るため戦争を起こすのだ」
「お前が言うほど人間は愚かではない!」
私の言葉を受けてアラジンの口元が緩む。
「愚かでない人間が何故、ブラッド・ウォーを起こしたのだ?」
「それは……」
「お前が思っている人間は理想形なんだよ。実際の人間は醜くて愚かな生き物なんだよ」
「だが、人間は学習する。再びブラッド・ウォーの起きない世界を創れるはずだ」
「それは無理な話だ。なぜならば私がいるのだからな。ハハハ」
アラジンは高らかに笑いながら勝ち誇った。
やはり決着はつけなければならないようだ。
しかし、アラジンの命を奪うまでのことはしたくない。
なぜなら今のアラジンは魔槍ヘルスピアに操られているだけなのだ。
アラジンを殺すことなく魔槍ヘルスピアの呪縛から解放させるしかない。
「アラジン、私と勝負しろ!」
「端からそのつもりだ!」
私とアラジンはお互いの武器を向けながら構えた。
お互いに睨み合いながら間合いを計る。
アラジンの魔槍ヘルスピアの方がリーチが長い。
しかし、懐に飛び込めば私の方が有利だ。
次の瞬間、私は勢いよく飛び出した。
「この間合いなら」
私は刀の背に左手を押しあててアラジンの横腹に切りつける。
すぐさまアラジンは反応し槍の柄で攻撃を受けとめた。
「甘いんだよ」
そして私の腹を蹴って吹き飛ばす。
「ぐふっ」
私は腹を押さえながら刀を突き立てて立ち上がる。
「ぜんぜん、基本がなっていない。戦いは初めてか?」
「実戦ならこなして来たさ」
「なら、お前のセンスの問題だな」
今度はアラジンが魔槍ヘルスピアで刺突を放ってくる。
寸のところで攻撃をかわすが魔槍ヘルスピアの刃先が私の頬を掠める。
すぐさま右足を踏ん張って腰を入れながら黒紫刀を大きく振り払った。
「まだまだ」
アラジンは後ろの飛びのいて攻撃をかわすとカウンター攻撃を仕掛けて来た。
アラジンの刺突の連撃が私を襲う。
私は黒紫刀で攻撃を受けかわしながら後退して行く。
その内の数発が私の手足に直撃した。
「うっ……」
「どうした。もう終わりか?」
傷口から赤い鮮血が溢れ出す。
ズキズキする痛みと心臓の鼓動が耳元まで伝わって来る。
ここでルーンでもいてくれれば『キュア』で傷を回復させることが出来たのに。
アラジンは魔槍ヘルスピアの力で何倍にも攻撃力がアップしている。
ただの一撃を受け止めただけでも手がジンジンとなる。
まるでガルドの『爆裂剣』を受け止めた時と同じよう。
このままでは私の敗北は目に見えている。
あまりに力の差があり過ぎるのだ。
すると、急にアラジンが頭を抱えて蹲った。
「くぅ……頭が」
「何だ?」
「私に逆らうつもりか!人間の分際で。消えろ!」
アラジンは誰かに叫びながら苦しみ出す。
もしかして支配は完全じゃないのか。
だったら、まだアラジンを救えるかもしれない。
「おい、アラジン!聞こえているんだろ!そんな奴に負けるな!その体はお前のものだ!」
「わ、私は……」
元のアラジンが意識がチラつく。
しかし、魔槍ヘルスピアが力でアラジンの意識を抑えこむ。
「この体は私のものだ。お前のような下等な人間は消えてなくなれ!」
アラジンの意識は再び深淵へと沈む込んで行く。
やはり呼びかけるだけじゃダメみたいだ。
アラジンの意識を呼び覚ます強いモノがなければ……。
その隙をついてアラジンが魔槍ヘルスピアを私の胸に突き立てた。
「死ね!」
魔槍ヘルスピアの切っ先が私の懐を捉える。
しかし、胸の手前で懐に仕舞ってあったドミトスから受け取った首飾りが魔槍ヘルスピアを止めた。
これが因果と言うものだろうか、アラジンは槍先に刺さっていた首飾りに翻弄される。
「くぅ……な、何だ。こいつは。私の中からあいつが這いだして来る」
アラジンは頭を抱えながら、その場に跪く。
「そいつはアラジンとドミトスを繋ぐ絆だ」
「き、絆だと?」
「そうだ。お前にはわからないかもしれないがな、人間には絆と言う切っても切れないものがあるんだ。アラジン、聞こえているんだろう?いつまでもそうしていないで早く出て来い」
私の呼びかけにアラジンは狼狽しながら反応を返す。
「ド、ドミトス……。ナイト・メ……ア。策士……。アラジン……」
「ドミトスは言っていたぞ。使命は果たしたとな。お前を最後まで信じていたんだ。わかるだろ、アラジン」
「ええい、煩い奴らめ。消えてなくなれ!」
魔槍ヘルスピアはアラジンを強引に抑え込むと切っ先を私に向ける。
寸の所で黒紫刀の腹で攻撃を払いのけた。
魔槍ヘルスピアが不安定になりはじめた。
アラジンを完全に抑え込むことが出来なくなっている。
今がチャンスだ。
しかし、アラジンの精神が肉体を取り戻さないと終わらない。
このまま説得を続けていても無理だと言うことはわかる。
ならば、魔槍ヘルスピアの支配からアラジンを解放させるにはどうすればいいのだ。
私はアラジンの握っている魔槍ヘルスピアをじっくりと観察する。
すると、槍の先端の方に赤々と輝く魔石を捉えた。
「あれか」
赤い魔石は点滅しながら煌々と輝いている。
まるで心臓が鼓動を打っているかのようだ。
あの赤い魔石を破壊すればアラジンは解放されるかもしれない。
一か八かだがかけてみる必要がある。
私は黒紫刀を構えると切っ先をアラジンに向けた。
「アラジン、今助けてやる」
「させん。さぜんぞ!」
魔槍ヘルスピアはアラジンを抑えこむとアラジンの体を操り立ち上がる。
魔槍ヘルスピアの切っ先を私に向けて攻撃体制に入った。
次の一撃で勝敗は決まる。
私が勝つか、魔槍ヘルスピアが勝つか。
私はマリア―ヌに師事を受けてから毎日欠かさずに鍛錬を積んで来たのだ。
実戦で使うことはなかったが、それでも戦いの中でシュミレーションはしてきたつもりだ。
それがどれほどの成果を生むのかはここで試される。
私が魔槍ヘルスピアの魔石を破壊することができればアラジンを解放出来る。
魔槍ヘルスピアの暴走を止めるしか方法はないのだ。
再び世界が戦乱に陥らないように。
この一撃に全ての想いがかかっている。
私は黒紫刀を鞘に納めると抜刀の構えをとる。
「何だ?戦う前から降参か?賢いじゃないか」
「言ってろ」
両者の間に凛とした空気が漂いはじめる。
私は深く一呼吸をすると精神を黒紫刀に集中させて行く。
そして、
「行くぞ!」
「消えろ!」
私が踏み込むとアラジンも魔槍ヘルスピアで刺突を放ってくる。
黒紫刀を引き抜き根元で攻撃を受け流すと一気に黒紫刀を引き抜く。
そして右足で踏ん張って黒紫刀の軌道を変えると魔槍ヘルスピアの魔石へ一撃を加えた。
「なんと!」
魔石に無数の亀裂が入ると粉々に砕け散った。
すると、アラジンは精気を失って、その場に倒れ込んだ。
同時に1万5千の亡霊兵士達は煙のように消え去った。
私はアラジンの所へ駆け寄り抱き起す。
「おい、アラジン。しっかりしろ!」
「わ、私は……」
「気がついたか」
「お前は策士タクト。何でこんなところにいるんだ?」
「それはこっちの台詞だ」
アラジンは体を起こして辺りを見回す。
そして転がっていた魔槍ヘルスピアを見やった。
「私は魔槍ヘルスピアに取り込まれていたのか?」
「そうだ。魔槍ヘルスピアがお前を支配していた。この戦いも魔槍ヘルスピアが起こしたものだ」
アラジンはいたたまれない顔をするとドミトスの残した首飾りを手に取った。
「私の選択が全ての間違いのはじまりだ。仲間を犠牲にしてまで手に入れるものではなかった」
「亡くなった者はもう二度と帰らない。だが、お前がこの先どう生きるかによって変わるのもだ」
「私がどう生きるか?」
「そうだ」
アラジンは首飾りを握りしめながら静かに笑い声をあげた。
「お前に諭されるとはな。策士タクトよ、これは借りにしておく。再び会う時はお互い敵同士だ」
「私達は手をとり合えないのか?同じ策士じゃないか」
「国に策士はひとりいれば十分なのだ。それに私は陰派の策士だ。お前とは違う」
「これ以上、何を言っても無駄のようだな」
アラジンはおもむろに立ち上がると首飾りを懐にしまう。
「どこへ行くつもりだ?」
「さあな」
アラジンはそれ以上何も言わず風のように消えて行った。
さっきまでそこにあった魔槍ヘルスピアは跡形も残さず消えている。
戦場を見渡すとこちらにかけて来るガルド達の姿があった。
戦いは終わった。
アラジン、いや、魔槍ヘルスピアの敗北で幕を閉じたのだった。




