170「魔獣フェンリル戦④」
魔獣フェンリルと構えるタクト達。
正面にヴェズベルト軍、北側にグルンベルグ軍、南側にアルタイル軍が配置。
魔獣フェンリルの魔法圏内のギリギリまで進軍させてある。
後は出撃の合図を送るだけ。
プリムは落ち着かない様子で辺りをキョロキョロと見回している。
無理はない。
先陣を切って魔獣フェンリルに向かって行くのだ。
恐怖を感じない方がおかしいと言うものだ。
私はプリムと視線を合わせると静かに頷いた。
「それでは進軍開始!」
私の合図でヴェズベルト軍が『逆さ扇の構え』を保ちながら進軍を開始する。
同時にプリムは白銀の十字架に魔力を注ぎはじめた。
プリムの魔法圏内に入るまで逆算して時間を計算している。
そうすれば魔法発動のタイムラグを小さくできる。
まあ、あくまで魔獣フェンリルが動かなかった場合のことだが。
魔獣フェンリルは周りの様子を見ながら身構えている。
こちらの動きを探っているかのようだ。
このまま魔獣フェンリルがプリムに食らいついてくれれば、こちらの流れになる。
私はじっとその時を待った。
しばらくすると魔獣フェンリルが動き出す。
私はそれを確認するとルーン達プリ―ストとアルタイル軍のプリ―スト達に指示を出した。
「ルーン、『サイレンス』だ!アルタイル軍のプリ―スト達は『スピカ』だ!」
「わかりましたわ」
ルーン達プリ―ストとアルタイル軍のプリ―スト達は魔法の詠唱に入る。
魔獣フェンリルはプリムの前まで駆け寄ってから問いかけた。
「ニンゲン、カクゴハデキテイルナ」
魔獣フェンリルの刺すような視線がプリムに突き刺さる。
それは心の奥底を見透かすような鋭く冷たい視線。
プリムは魔力を注ぎ込むことに意識を集中させる。
そうでもしないと恐怖で崩れてしまいそうだったからだ。
そして魔獣フェンリルは容赦なく掲げた右手を振り下ろす。
その瞬間、
「プリム様!」
マリア―ヌが飛び出して来て攻撃を受け止めた。
しかし、魔獣フェンリルの力が優ってマリア―ヌは吹き飛ばされる。
「くぅ……まだだ。私がプリム様をお守りする!」
マリア―ヌは立ち上がると魔獣フェンリルの前に立ちはだかった。
「マリアーヌ……」
「チョコザイナ」
魔獣フェンリルは左手を掲げて勢いよく振り下ろす。
すると、今度はガルドが攻撃を受け止めた。
「ガルド!」
「お前にばっかりいい格好をさせられるかよ!」
ガルドはマリア―ヌと肩を並べて魔獣フェンリルの前に立ちはだかる。
マリア―ヌに続いてガルドまでも。
これでは戦術の意味がないだろう。
わかっているのか。
私がひとり憤慨しているとラクレスは私の肩に手を置く。
「彼らは兵士としては失格だ。だが、人としては正しい」
そのラクレスのひと言は私の心に突き刺さった。
私とてプリムをおとりにしたくてした訳ではない。
あくまで魔獣フェンリルに勝つために必要だった選択だ。
だが、その判断は人として正しくない選択だった。
仲間をおとりに使うなんて。
ましてや15歳の少女を生け贄に捧げるなんてあってはならないことだ。
「私は……」
「策士は時に非道にならなければならない。それはあの娘もわかっているはずだ」
「ラクレス」
「さあ、策士タクトよ。我らを勝利に導いてくれ」
私は気を持ち直すとグルンベルグ軍とアルタイル軍に進軍の合図を送った。
魔獣フェンリルはマリア―ヌ達に気をとられていて背後ががら空きだ。
今なら確実に『サイレンス』を発動できる。
魔獣フェンリルの魔法を封じこめさえすれば、こちらに流れを引き寄せられる。
グルンベルグ軍とアルタイル軍は確実に距離を縮めて行った。
「おら、かかって来い!俺の奥義を食らわせてやる」
「私の奥義で沈めてやる」
ガルドとマリアーヌは剣を構えながら魔獣フェンリルを挑発する。
そこへヴェズベルト軍の騎馬隊とグルンベルグ軍の騎士団が駆けつける。
「マリアーヌ様、私達も助太刀いたします」
「お前ら」
「先生、抜け駆けなんてズルいですよ。死ぬときはみんないっしょでしょう」
「レイム、お前」
ガルド、マリア―ヌ。
そして、ヴェズベルト軍の騎馬隊とグルンベルグ軍の騎士団が魔獣フェンリルの前に立ちはだかった。
「オロカナ」
魔獣フェンリルは身構えると魔力を集中させて行く。
そして全方位魔法を放とうとした瞬間。
「「永遠の契りは楽園への誘い、無情の約束は冥府への誘い、混沌の海は沈黙の理なり『サイレンス!』」」
ルーン達プリ―ストの『サイレンス』の方が先に魔法を発動させた。
魔獣フェンリルの体に無数の呪文が浮かび上がると白銀色の光を放つ。
そして全ての呪文を唱えるが如く、魔獣フェンリルの魔法を封じこめた。
同時にアルタイル軍のプリ―スト達が『スピカ』を発動させる。
「「宇宙の星々より生まれし光、神聖なる清流となりて、かの者を結びを解き放て『スピカ!』」」
巨大な泡が魔獣フェンリルを包み込むと徐々に圧縮して行く。
そして魔獣フェンリルを象るように泡がコーィングされた。
よし、これで第一段階は終わった。
すぐにプリムが『聖女の力』が発動させる。
「私の前にひれ伏せ。魔獣フェンリルよ!」
プリムの言葉に反応して魔水晶がエネルギーを解放させる。
それは凄まじい圧力となって魔獣フェンリルを押しつぶす。
魔獣フェンリルは圧力に耐えられずに地面に突っ伏した。
「ニンゲンノブンザイデ」
魔獣フェンリルは圧力に抵抗しながらも地面に食い込んで行く。
一気に畳み込むぞ。
私はすぐさまルーン達グルンベルグ軍のプリ―ストとアルタイル軍のプリ―スト達に指示を出す。
「ルーン、今度は『チャクラ』を頼む。アルタイル軍のプリ―スト達も『チャクラ』だ!」
ルーン達プリ―ストとアルタイル軍のプリ―スト達はすぐに魔法の詠唱に入る。
「エリザ達グルンベルグ軍の魔術師達は『エクスプロード』を。アルタイル軍の魔術師達は『神の裁き』を頼む!」
エリザ達魔術師も魔法の詠唱に入った。
「ねえ、タクト。私達は?」
「プリシア達弓部隊は『毒霧弾』を、アルタイル軍の銃撃隊は魔獣フェンリルの目を狙え!」
「OK。任せてよ」
プリシア達弓部隊は『毒霧弾』を装着すると一斉に矢を放つ。
『毒霧弾』は着弾すると爆発して大量の毒ガスをまき散らす。
魔獣フェンリルは成す術もなく『毒霧弾』の餌食となった。
毒効果がどれだけ魔獣フェンリルに効くのかはわからないが、じわじわと体力を削れるだけでもいい。
しかし、アルタイル軍の銃撃隊の攻撃には目を閉じて抵抗していた。
そこへエリザ達魔術師が『エクスプロード』を放つ。
「「我に宿りし魔神の力、蒼き炎は空を燃やし、紅の炎は大地を焦がす、その力は根源成り『エクスプロード!』」」
魔獣フェンリルの頭上から赤色の光が降り注ぐとエネルギーが一点に圧縮して行く。
それは赤色の水晶玉の如く、まばゆい光を放ちながらエネルギーを溜め込む。
そして臨界点まで達すると一気にエネルギーを解放した。
魔獣フェンリルは逃げることも出来ず『エクスプロード』の直撃を受ける。
噴煙が晴れると魔獣フェンリルの体から白い煙が上がっていた。
続いてアルタイル軍の魔術師達の『神の裁き』が放たれる。
「「右手には聖剣を、左手には聖扇を、天秤に計られし正義の調べは、神が下した断裁なり『神の裁き!』」」
魔獣フェンリルの周りの風が疾風に変わると連撃となって襲いかかる。
それは嵐の如く、魔獣フェンリルの体を切り刻んで肉を抉って行った。
魔獣フェンリルは呼吸を整えながら溢れる血を止める。
よし、2つとも直撃だ。
そこへルーン達プリ―ストとアルタイル軍のプリ―スト達の『チャクラ』が発動される。
「来たぜ。この感じ」
「うっ、力が漲る」
「悪くはない」
ガルド達は湧き上がるエネルギーを感じながら興奮をし出す。
そして大剣を掲げるとレイムに尋ねた。
「レイム、『100連爆裂剣』をお見舞いするぞ!」
「先生、いつでも準備はOKです」
「おっしゃー!行くぜ『100連爆裂剣!』」
ガルドは大剣を勢いよく振り下ろして『爆裂剣』を放つ。
それに続くようにレイム、グルンベルグ軍の騎士団へと繋ぐ。
『100連爆裂剣』は魔獣フェンリルの傷跡を広げて大きな斬撃の痕を造った。
マリア―ヌも負けじと『紫電一閃』を繰り出す。
そしてラクレスは『次元裂波』を放つのだった。
三者三様の攻撃に魔獣フェンリルの体はズタボロになる。
そして唸るような低い声を発した。
「ニンゲンノブンザイデ。コシャクナ」
「いい加減諦めろ。お前は終わりだ」
ガルドの言葉に憤慨したのか魔獣フェンリルは力を振り絞って立ち上がる。
そして全エネルギーを一点に集中させると一気に解放させた。
それは『聖女の力』を無効化して弾き飛ばしたのだった。
「『聖女の力』を無効化させただと!」
「コノテイドノチカラデ、ワレヲタオセルトオモウナ」
プリムは力尽きて、その場に倒れ込む。
すぐさま駆け寄ったマリアーヌはプリムを、そっと抱きしめる。
「プリム様、よくぞ頑張られました」
「マリアーヌ。私、やったわ」
「はい、プリム様」
マリア―ヌは目にいっぱい涙を溜めてプリムをしっかりと抱きしめた。
アラジンは戦局を見守りながらタクトの戦術に関心する。
おとりを使うと思っていたがまさか聖女をおとりに使うとは。
大胆な判断に正直、官服した。
しかし、こうでなくては面白くない。
私の予想の上を行く存在でなければ満足は出来ないのだ。
「さて、もう十分に楽しませてもらった。あとはあいつを始末するだけ」
アラジンは魔槍ヘルスピアを手に取ると戦場へ向かって歩き出す。
そして魔獣フェンリルの前まで来るとタクトを褒め称える。
「さすがは私が認めた者だ。素晴らしい戦いであった。だが、まだ詰めが甘いようだな」
「アラジン!」
アラジンは魔槍ヘルスピアの切っ先を魔獣フェンリルに向ける。
「さて、お前は用済みだ。消えろ」
「ナニサマノツモリダ」
「私は神だよ」
「神だと?」
そう、私は神だ。
死者の魂を蘇らせることが出来るのだからな。
アラジンは魔槍ヘルスピアを掲げると死者を呼び出す。
「甦れ、我が僕達よ!」
地面の中から無数の人魂が浮かび上がって来ると亡霊に姿を変える。
それはこの戦場で散って行った兵士達の亡霊だ。
その数にして1万6000強。
「エミリア!」
マリア―ヌは亡霊達の中にいたエミリアの亡霊を見て驚愕する。
その表情には精気はなく死人そのものだった。
「グランもいるぞ!」
「あの力は一体……」
驚愕している私達をよそに魔獣フェンリルはボソリと呟く。
「グングニル二トリコマレタカ。オロカナ」
「さあ、足掻いてみせよ。魔獣フェンリル!」
アラジンが魔槍ヘルスピアを振り下ろすと亡霊達が一斉に魔獣フェンリルに襲いかかる。
それをなぎ倒すように魔獣フェンリルはアラジンに向かって行く。
「私を直接、狙うつもりか。面白い」
アラジンは魔槍ヘルスピアの切っ先を魔獣フェンリルに向け構える。
そこへ魔獣フェンリルが噛み殺そうと食らいついて来た瞬間を狙って空に舞い上がる。
そして魔獣フェンリルの眉間に魔槍ヘルスピアを突き刺した。
「消えろ!」
次の瞬間、魔獣フェンリルの中からエネルギーが煙のように溢れ出す。
それは湯水の如く、とりとめもなく大量に。
魔槍ヘルスピアは魔獣フェンリルのエネルギーを根こそぎ吸収して行くと一回り大きくなった。
そして魔獣フェンリルは跡形もなく消え去る。
所詮、魔獣と言えどもこの程度。
私の敵ではない。
策士タクト達は目の前で起きた現実を受け入れないでいる。
まあ、無理もない。
死者が蘇って亡霊兵士となったのだから。
それに一番驚いているのは魔槍ヘルスピアの力だろう。
魔槍ヘルスピアは殺した者のエネルギーを吸収する力がある。
まるで、ドラキュラが人間の生き血を啜って力を手に入れるように。
エネルギーを吸収することで自らを進化させて行くのだ。
魔獣フェンリルのエネルギーを吸い取った魔槍ヘルスピアはさらに強力になった。
これで亡霊兵士達の力も強くできると言うもの。
後は策士タクト達との決戦だけだ。
アラジンは魔槍ヘルスピアをタクトに向けると宣誓布告をする。
「さて、我々の決着をつけようぞ!」
と。




