169「魔獣フェンリル戦③」
ガルドは大剣を振りかざして、
「成仏しやがれ『100連爆裂剣!』」
『爆裂剣』を魔獣フェンリルに向ける。
その時、
『プロテクション』
ガルドの攻撃を避けるかのように光の壁が競り立って行く。
それは魔獣フェンリルを包み込むようにドーム状にプロテクションが展開された。
ガルドは勢い余ってプロテクションへ大の字にぶつかる。
「ふげっ」
「何やってんのよ、ガルド」
プリシアが呆れ顔でガルドに文句を言う。
「こいつ、プロテクションなんて張りやがって」
「こうなってしまっては手の打ちようがない」
ラクレス達アルタイル軍も足を止め魔獣フェンリルを取り囲む。
「畜生。俺の見せ場を奪いやがって。正々堂々と勝負しろ!」
ガルドは大剣でプロテクションを叩きながら文句を言う。
ここへ来てプロテクションを展開させるなんて、それだけ体力を消耗していると言うことか。
しかし、こうなってしまえばガルド達の攻撃は届かない。
だが、エリザ達魔術師がいる。
「エリザ、『デモンズハンド』で魔獣フェンリルの動きを止めろ!」
「「冥界を支配せし覇王、その大いなる力を解放し、現世に降臨せよ『デモンズハンド!』」」
大地が大きく揺れはじめると魔獣フェンリルの足元から土の巨人の手が伸びて来る。
そして魔獣フェンリルを握りつぶそうとした瞬間、魔獣フェンリルは空に飛び上がって攻撃をかわした。
巨大な手は魔獣フェンリルの所まで届かずに空を切る。
「そんなのあり!空へ逃げるなんて卑怯よ!」
エリザは憤慨しながらひとり叫んでいる。
魔獣フェンリルの対応力は、さすが最強と豪語するだけのことはある。
しかも天をとるなど、戦いの基本を押さえている。
魔獣とは言えど関心したものだ。
しかし、こうなってしまえばこちらの打つ手は限られてくる。
プリシア達弓部隊と銃撃隊でけん制攻撃とエリザ達魔術師とルーン達プリ―ストに魔法攻撃しかない。
『ドラゴンブレス』や『天空の雷』のような最上級魔法がすぐに思いつくが、魔法をかわされた時のことを考えておかなければならない。
魔獣フェンリルは身軽なうえ宙に浮ける。
確実に相手を捉えてかつ、連射できる魔法で攻めるのが効果的だ。
下級魔法になるが『ファイヤーボール』や『サンダーボルト』あたりが丁度いいだろう。
ルーン達プリ―ストには『ホーリーランス』が手頃か。
どちらも大ダメージは期待できないが1×数千倍の魔法の威力になるから問題ないはず。
プリシア達弓部隊には絶えず『煙幕弾』で魔獣フェンリルの視界を奪わせる。
そして銃撃部隊は援護射撃に徹っしさせる。
ガルド達は待機していてもらうが、いつでも攻撃をとれる体制をとらせておく。
「よし、プリシア、『煙幕弾』で魔獣フェンリルの視覚を奪え!銃撃部隊は援護射撃だ!」
「へへへ~ん。ガルドはそこで指を咥えて見ていてよ。私達が代わりに倒してあげるから」
「畜生。俺だって空を飛べたら」
「ガルドに白い翼なんて似合わないわよ」
悔しがっているガルドにプリシアはムフフと笑いながら半目で見やる。
「プリシア、聞こえなかったのか!攻撃を開始しろ!」
「聞こえてるってば。『煙幕弾』でしょ。消えちゃって『煙幕弾!』」
プリシアは照準を合わせると魔獣フェンリルに向けて『煙幕弾』を放つ。
同じようにして弓部隊も『煙幕弾』を装着した矢を一斉に放った。
『煙幕弾』が着弾すると大量の白い煙を放出する。
すると、魔獣フェンリルは煙を避けるように場所を移動する。
「あ~ん。動かないでよ。動いたら意味ないでしょ!」
「プリシア、それでもいい。絶えず『煙幕弾』を放て!」
私の指示にプリシアは不満そうな顔を浮かべていたが『煙幕弾』を連射した。
動きの素早い魔獣フェンリルの視界を奪えるとは思っていない。
あくまで魔法の詠唱時間を稼ぐための攻撃なのだ。
「よし、エリザ、『ファイアーボール』で攻撃だ!ルーンは『ホーリーランス』を頼む!」
「何よ、タクト。頭でもおかしくなった?『ファイアーボール』なんて下級魔法じゃない。そんなので魔獣フェンリルを倒そうっての?」
「説明は後だ。魔法を詠唱しろ!」
「もう、強引なんだから」
エリザはブツクサ文句を言いながら魔法の詠唱に入る。
それに習うように各軍の魔術師達も続く。
ルーン達プリ―スト部隊も一斉に魔法の詠唱に入った。
「タクト、あいつを引きずり下ろしてくれ。奥義をぶちかましてやる」
「安心しろ。ずっと空にいる訳でもない。攻撃するには地上に降りて来なければ……って。マズイ、みんな撤退しろ!」
「急に何よ。今、魔法の詠唱中なのよ」
「魔法なんてどうでもいい。今すぐ、ここから離れるんだ!」
私の叫びも虚しく魔獣フェンリルは全方位魔法を放った。
『アースクエイク』
大地が唸るように大きく揺れ出すと大地に無数の亀裂が入る。
亀裂から地割れを起こし、奈落の底へ兵士達を飲み込んで行く。
私達は逃げる間もなく『アースクエイク』の餌食となった。
ほぼ直撃と言っていいだろう。
グルンベルグ軍とアルタイル軍の兵士の3分の1が犠牲になってしまった。
「みんな、大丈夫か!」
「こっちは大丈夫だ」
「私も何とか」
「私も大丈夫ですわ」
「プリシアは?」
辺りを見回してみるがプリシアの姿がない。
まさか……。
と思っていると亀裂の間からひょっこり顔を出すプリシア。
「ちょっとタクト。私を勝手に殺さないでよ」
「何だ、いたのか。驚かせるなよ」
「何よ、その言い方。私がいちゃマズいみたいじゃない。タクトは、私が無事で嬉しくないの?」
「そんなことはないさ。プリシアが無事でよかったよ」
「はじめから素直に言えばいいのよ」
私が申し訳なさそうに謝るとプリシアは満足気に言った。
ラクレスもレイムも無事だったようで他の兵士達を助けている。
しかし、こちらの犠牲は計り知れない。
ざっと見たところ被害状況は。
グルンベルグ軍は騎士団1200名、槍部隊800名、弓部隊1000名、魔術師部隊600名、プリ―スト部隊1200名の計4800名。
アルタイル軍は騎士団600名、銃撃隊1600名、魔術師部隊1200名プリ―スト部隊900名の計4300名。
ヴェズベルト軍は戦場からは慣れた場所にいたので魔法の犠牲者はいない。
しかし、聖女の魔力の暴走による犠牲者は大きい。
魔術師部隊4000名と騎士団1000名が消滅してしまった。
再び戦うにしてもまずは体制を立て直さなければならない。
私は怪我人を優先して救助するように指示を出す。
そして、ルーン達プリ―ストの回復作業を急がせた。
アラジンは安全圏内から戦況を見守っていた。
予想通りに戦況が動いたから驚きものだ。
やはり魔獣フェンリルはタクト達の攻撃を誘発して来た。
その策にまんまとハマりタクト達は大ダメージを負ってしまった。
策士としては落第点だ。
だが、これでますます戦いも面白くなって来たと言うもの。
「部隊の3分の1を失った上で立る戦術とは如何に」
それぞれの軍を統合して新たな部隊として立ち上げれば頭数は揃う。
しかし、軍隊とはそれぞれの国の特徴を持ったもの。
それをひとまとめにして統制するのは困難なことだ。
どんな優秀な指揮官であったとしても難しいのが現実だ。
ならば、小規模になった部隊を指揮して反撃を仕掛けるのが打倒だろう。
だが、それまでの攻撃方法と同じ作戦はとれない。
小規模ならば小規模なりの戦術を立てる必要があるのだ。
いずれにしても聖女の力は再び使うだろう。
聖女の力をなくして、この難局は乗り越えられない。
それも魔獣フェンリルは予想してくるはず。
その上で対抗策を練って来るはずだ。
聖女の力の発動には時間がかかる。
そこが一番の問題だ。
魔獣フェンリルは無詠唱で全方位魔法を放てる。
先ほどのように敵を十分に引きつけてから魔法を放つことも出来るのだ。
まずは『サイレンス』で魔法を封じこめるのが先決か。
「策士タクトが考えそうな一手だ」
『サイレンス』で魔法を封じこめるのはさほど難しいことではない。
プリ―スト達も十分いるし、先ほどの通りやればいいだけの話。
ただ、注意しなければならないのは魔獣フェンリルも対策をとると言うこと。
初見の戦術ならば予想が出来ないが、一度見た戦術は手に取るように予想が出来る。
高い知性を持っている魔獣フェンリルならばたやすいことだ。
だから裏をかくことも出来る。
おとり作戦を再び使って。
兵士を犠牲にするおとり作戦は普通はとらないものだ。
ましてや兵力を3分の1も削がれたとなればなおのこと。
魔獣フェンリルもそう予想するだろう。
安易に近づけば全方位魔法の餌食になるだけなのは目に見えているから。
だからこそおとり作戦を実行する価値はあるのだ。
魔獣フェンリルの裏を掻くことが出来れば形成を逆転させることも可能だ。
しかし、仲間の命を大事にするタクトにその判断が出来るかが問題だが。
「さあ、策士タクトよ。お前の力を見せてくれ」
アラジンは強かに笑いながら戦況を見守った。
魔獣フェンリルが追撃をして来なかったおかげで怪我人の回復作業は終わった。
それは王者としての余裕からなのか、情けをかけたのかはわからないが。
どの道、こちらとしては有意義な時間になった。
まず、改めて各部隊の状況を確認する。
グルンベルグ軍は騎士団1300名、槍部隊2000名、弓部隊1000名、魔術師部隊1400名、プリ―スト部隊800名の計6500名。
ヴェズベルト軍は騎馬隊2700名、プリ―スト部隊2000名の計4700名。
アルタイル軍は騎士団1400名、銃撃隊1400名、魔術師部隊3800名、プリ―スト部隊3100名の計9700名。
全軍合わせても3万8000名から2万900名まで約1万弱も減ってしまった。
残る部隊だけで戦術を立てなてはならない。
グルンベルグ軍はもはや近接攻撃がメインの部隊とは言い難い。
それにヴェズベルト軍に至っては致命的だ。
主力の魔術師4000名を失ったことは大きい。
その穴を埋めるのがプリムになることは間違いない。
いや、聖女の力なくしては、この難局を乗り越えられることがないだろう。
その上で考える戦術がカギになる。
魔獣フェンリルの最大の特徴は魔法を無詠唱で放てること。
それは部隊を全滅させるほどカバーできる全方位魔法であることも猶予しなければならない。
先ほどはグランのおとりがあったから魔獣フェンリルの隙をつくことが出来た。
しかし、詰めが甘かった。
プリムの存在に気づかれて逆に隙をつかれてしまったのだ。
この損失は至らない戦術を立てた私の責任だ。
おとりとなったグランや犠牲になったエミリアのためにも魔獣フェンリルを仕留める必要がある。
魔獣フェンリルはまたプリムを狙って来るだろう。
ならばプリムを護衛する戦術が必要になる。
しかし、プリムの護衛に兵を避けるほど余力もない。
近接攻撃が減少した結果、マリア―ヌ達の騎馬隊は主力に置きたい。
なので必然とプリムを守る者は少なくなってしまう。
マリア―ヌは反対するだろうが、これも魔獣フェンリルに勝つためなのだから諦めてもらおう。
先ほどと同じように『サイレンス』で魔法を封じこめるのが先決なのだが、魔法圏内まで近づかないといけない。
それに魔獣フェンリルの魔法を誘発させることが必要となる。
また、おとり作戦を出来ればいいのだが、これ以上犠牲は出したくはないのが本音。
なのでおとり作戦でない方法を考える必要がある。
ガルド達を先行させても、おとり作戦とは変わらないし危険だ。
何よりも近接攻撃が集中した時点で全方位魔法を放たれたら部隊は全滅してしまう。
魔獣フェンリルの魔法が発動するまえに『サイレンス』で魔法を封じこめることが出来れば。
魔法の同時発動は?
ダメだ、全方位魔法の餌食になるだけ。
それならばプリムを先行させて注意を惹きつけるのはどうだろう。
『サイレンス』と『聖女の力』を天秤にかけた時に魔獣フェンリルはどちらを優先するか。
間違いなく『聖女の力』だろう。
プリムを先行させた後、プリ―スト部隊に『サイレンス』の詠唱に入らせれば時間は十分に稼げる。
その代りプリムに危険が及ぶことは避けられない。
しかし、ひとり相手ならば魔獣フェンリルも全方位魔法を使わないだろう。
そこが魔獣フェンリルの隙を作ることに繋がる。
それならばヴェズベルト軍の陣形は自ずと決まって来る。
『逆さ奥義の構え』だ。
プリムを頂点に騎馬隊の3部隊を扇状に配置する構え。
圧倒的にプリムが危険になるが騎馬隊の機動力があればカバーも出来る。
グルンベルグ軍は『盃の構え』でいいだろう。
プリ―スト部隊の欠落を魔術師部隊で補う形に配置すれば問題ない。
アルタイル軍も『鏃の構え』でイケるはずだ。
しかし、銃撃隊の代わりにプリ―スト部隊を最前列に移動させることになるが。
この戦術はプリ―スト部隊がカギになる。
如何にして『サイレンス』の魔法を素早く放てるかが課題だ。
そのためには部隊の最前列に移動させる必要がある。
アルタイル軍のプリ―スト達には『スピカ』を放たせる。
リズムよく攻撃体制をとることも重要だ。
私が戦術の概要を説明すると、さっそくマリア―ヌから反対の声が上がった。
プリムを危険に晒すような戦術には乗れないとのことだ。
しかし、これ以外の戦術はないのも事実。
私は食い下がるようにマリアーヌを説得する。
それでもマリア―ヌは首を縦に振らなかった。
すると、その様子を黙って見ていたプリムが口を開いた。
「タクト、その戦術で行こう」
「プリム様!何をおっしゃられているのかわかっているのですか!」
「マリアーヌの心配はもちろんわかっているわ。けど、これしかなんだよね?」
プリムは少し悲し気な顔で私の顔を見やる。
私は黙ったまま首を縦に振り応える。
するとプリムは全てを察したように告げた。
「私がやらなければ他の誰がやるの?マリア―ヌもわかっているでしょ。私は心配していないわ。だってタクトが考えた戦術だもの」
「プリム様……。ならば私もお供いたします!」
「ダメよ。マリア―ヌがいなくなったら誰が騎馬隊を指揮するの?」
「そ、それは……」
覚悟を決めたプリムの答えに言葉を詰まらせるマリアーヌ。
拳を握りしめながら必死に耐え凌いだ。
「マリアーヌ、頼んだぞ」
「タクト、プリム様が殺されたら生かしてはおかないからな」
「わかってる」
私もマリアーヌと同じ気持ちだ。
もし、仮にプリムを死なせることがあれば私とて立ち直れないだろう。
だからこそ、この戦術は成功させる必要があるのだ。
魔獣フェンリルとて、この戦術の意味は推し量れないだろう。
わざわざ奥の手を危険に晒すような戦術を立てるなどあり得ないからだ。
知性の高い魔獣フェンリルだからこそ読みを誤る可能性が高い。
魔獣フェンリルとて奥の手は最後にとっておきたいだろう。
この戦術はきっとうまく行く。
私はそう確信していた。
「よし、決戦の準備だ!各隊、体制を整えよ!」
私の号令と共に兵士達が気合を入れる。
同時に武器を手に取り雄たけびを上げた。
それは最後の決戦に向けての覚悟と決意の表れだった。




