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168「魔獣フェンリル戦②」

グルンベルグ軍は北側から、ヴェズベルト軍は南側から、アルタイル軍は西側から進軍をはじめる。

魔獣フェンリルは、その様子を伺いながら狙いを定めるように身構える。

そして魔法圏内まで近づくと私はルーン達プリ―ストに指示を出した。


「ルーン、『サイレンス』で魔獣フェンリルの魔法を封じろ!同時に『スピカ』で耐性を無効化せよ!」

「わかりましたわ。右方のプリ―ストは『サイレンス』を、左方のプリ―ストは『スピカ』を詠唱してください!」


ルーンの指示を受けてプリ―スト部隊は、それぞれの魔法詠唱に入る。

すると、その様子を眺めていた魔獣フェンリルがこちらに向かって来た。


「プリシア!『煙幕弾』で魔獣フェンリルをかく乱せよ!」

「ルーン達には近づけさせないよ」


プリシア率いる弓部隊が『煙幕弾』を装着した弓を用意する。

プリシアはハンドバツーカに『煙幕弾』を装填して照準を定める。


「混乱しちゃって『煙幕弾!』」


プリシアを筆頭に魔獣フェンリルに向かって『煙幕弾』が雨嵐の如く降り注ぐ。

『煙幕弾』が着弾すると真っ白な煙を放出し、魔獣フェンリルの視界を奪った。

しかし、魔獣フェンリルは煙を掻き分けて足を止めることなくルーン達の方へ向かって来る。

そこへラクレス率いるアルタイル軍の銃撃隊の砲撃が側面から入った。

魔獣フェンリルは足を止めてラクレス達の方を見やる。

銃弾は魔獣フェンリルの顔に狙いを定めて集中的に射出される。


「さすがはラクレスだ。プリシア、『煙幕弾』を絶えず放て!」

「ほいさー。『煙幕弾!』」


再び魔獣フェンリルに『煙幕弾』が土砂降りのように降り注ぐ。

そして白い煙を放出しながら魔獣フェンリルを覆い尽して行った。


「やったー!」

「まだだ」


魔獣フェンリルはラクレス達を無視してこちらに向かって走って来た。

何が危険なのかわかっているかのようだ。

しかし、気が付くのが遅い。

ルーン達プリ―ストは詠唱を終えて『サイレンス』と『スピカ』を同時に放った。


「「永遠の契りは楽園への誘い、無情の約束は冥府への誘い、混沌の海は沈黙の理なり『サイレンス!』」」


魔獣フェンリルの体に無数の呪文が浮かび上がる。

それは呪文を黙読しているかの如く、白銀色の光を放ちながら魔獣フェンリルを覆い尽して行く。

そして全ての呪文を読み終えた瞬間、まばゆく輝き魔獣フェンリルの魔法を封じこめた。


「「宇宙の星々より生まれし光、神聖なる清流となりて、かの者を結びを解き放て『スピカ!』」」


巨大な泡が魔獣フェンリルを包み込むと徐々に圧縮されて行く。

そして魔獣フェンリルを象るようにコーティングされると艶やかに変わった。


「よし、魔獣フェンリルの魔法を封じこめた。耐性は無効化されている、次はプリムだ!」


私はプリシアに信号弾を撃たせる。

すると、ヴェズベルト軍が陣形を保ちながら進軍をはじめた。





マリア―ヌはグルンベルグ軍から放たれた信号弾を確認すると部隊に指示を出した。


「ヴェズベルト軍、進軍開始!」


マリア―ヌの合図を受けてヴェズベルト軍が一斉に進軍をはじめる。

『二重五芒星の構え』を保ちながらプリムの攻撃圏内まで部隊を進める。

マリア―ヌがタクトから『二重五芒星の構え』を説明された時に躊躇った。

プリムの身を第一に考えているマリア―ヌにとっては守備力が落ちると判断したからだ。

プリムを中心に部隊を配置したほうが守備力は増せる。

しかし、それではいざ攻撃に転じる時に都合が悪いのだ。

マリア―ヌの判断を止めたのはプリム自身だった。

マリア―ヌの気持ちは嬉しいが自分もひとりの戦士だと言いのけた。

その言葉と覚悟にマリアーヌは騎士としての誇りを感じたのだった。

プリム様はもう子供ではない。

ひとりの戦士なのだと。

そしてマリア―ヌはプリムに仕えるため、ここにいるのだと。

プリムの魔法攻撃圏内まで近づくとマリア―ヌは部隊を停止させた。


「プリム様、お願いします」

「わかりました」


プリムは静かに目を閉じると白銀の十字架に魔力を集中させる。

白銀の十字架に魔力が注ぎ込まれる度にキラキラと輝きを増して行く。

そして一閃の光を魔水晶に照射させると魔水晶はエネルギーを圧縮させて行った。

そのただならぬ魔力を感じた魔獣フェンリルは踵を返してプリムに向かって駆けて行く。


「奴が来たぞ。プリム様をお守りするのだ!」


マリア―ヌ達騎馬隊3000名は集合すると壁を造るように展開をはじめる。


「ここから先は行かせん!奥義『紫電一閃!』」


マリア―ヌの掲げた剣に紫色の稲妻が走り出す。

チリチリと震える空気を裂くように鋭い一撃を放った。

しかし、その瞬間、魔獣フェンリルは空高く飛び上がりマリア―ヌの攻撃をかわす。

そして体を捻って着地するとヴェズベルト軍の背後に回った。


「エミリア!プリム様をお守りするのだ!」


『二重五芒星の構え』のおかげで魔獣フェンリルの前にはエミリア率いる騎士団が1000名いる。

エミリアはプリムの護衛を専門に行うためマリアーヌが任命していたのだ。

エミリアはマリア―ヌに次ぐ剣の達人。

相手が魔獣フェンリルとて引けをとることはないだろう。

エミリアは剣を掲げると騎士団達を鼓舞する。


「我らの目的はプリム様をお守りすること。魔獣フェンリルを近づけさせるな!」


エミリアは剣を掲げると魔獣フェンリルに奥義を放つ。


「燃え尽きろ『烈風炎刃!』」


エミリアの翳した剣に煉獄の炎が纏わりつく。

それは全てのものを焼き尽くす地獄の炎。

エミリアが剣を振り払うと炎の衝撃波が魔獣フェンリルを捉えた。

エミリアの一撃は魔獣フェンリルの眉間に斬撃の痕を残す。

すると、魔獣フェンリルはエミリアに向かって鋭い爪を立てた。


さらりと包丁で豆腐を切るが如く、エミリアの首が吹き飛ぶ。

血飛沫を上げながら空を舞うとプリムの足元に転げ落ちた。


「キャァァァー!」


プリムの声ならぬ悲鳴が辺りに響きわたる。

同時に魔水晶に集められた魔力が暴走をはじめ辺りのものを飲み込みはじめた。

マリア―ヌはすぐさまプリムの所に駆け寄る。


「プリム様、落ち着いてください!」

「キャァァァー!」


マリア―ヌの声も聞こえないようでプリムは恐怖と驚きと悲しみが混じった顔を浮かべながら声ならぬ声で叫んでいた。


「プリム様、落ち着いて下さい!」


暴走をはじめた魔力が治まる気配もなく、周りにいた魔術師部隊や騎士団を飲み込んで行く。

それは底のないブラックホールにでも吸い込まれるかのようだ。

魔獣フェンリルも足を踏ん張って堪えているがズルりズルりと飲み込まれはじめる。

このままでは部隊が全滅する。

身の危険を感じたマリアーヌはプリムから白銀の十字架をはぎ取った。


「プリム様!」


すると、暴走していた魔力が終息して行きブラックホールが消えてなくなった。

プリムは目にいっぱい涙を溜めながら肩で大きく息をしている。

マリア―ヌはプリムを引き寄せると強く抱きしめた。


「エ、エミリアが……」

「エミリアは騎士として散ったのです。プリム様のせいではありません」


その言葉にプリムの体の緊張が解けて大泣きをしながらマリア―ヌに抱きついた。

マリア―ヌは泣きじゃくるプリムを抱きしめながら母のように優しく語りかける。


「プリム様。まだ、戦いは終わっていません。さあ、立ち上がってください」

「私、もう戦いたくない。もう、人が死ぬのを見たくない」

「プリム様は選ばれた人なのです。プリム様がいなければ人類は勝てないでしょう。みんなを守るためにも戦うのです」

「マリアーヌ」


マリア―ヌは優しくも強い言葉をかけてプリムを奮い立たせる。

その言葉に応えるようにプリムは立ち上がった。





聖女の魔力の暴走は魔獣フェンリルにとっても意外な出来事だった。

聖女の力は重力系の魔法で相手を押しつぶす力。

それが暴走をしたら全てを飲み込むブラックホールに変わったのだ。

おかげで魔力の半分をもっていかれてしまった。


「アノチカラモ、ニンゲンニハスギタチカラダ。ショウメツサセルヒツヨウガアル」


まずは目の前にいる、この娘を押しつぶすべきか。

それは造作もないこと。

しかし、それよりもこちらに向かって来る奴らの相手をするべきだな。

人間達にいかにこの戦いが愚かであるのかわからせる必要がある。

そのためにはことごとく潰す必要があるのだ。

魔獣フェンリルはプリムをよそに向かって来るタクト達に構えた。





目の前で起きた出来事にタクト達も動揺していた。

聖女の魔力が暴走し、ブラックホールと化したのだ。

ヴェズベルト軍の魔術師部隊4000名と騎士団1000名が一瞬で飲み込まれてしまった。

魔獣フェンリルは大きく肩で息をしながら呼吸を整えている。


「おい、何だよ。あの力は。ヴェズベルト軍を飲み込んだぞ」

「プリムの魔力が暴走したんだ」


聖女の魔力は強力だが、強力であるが故に安定させることが重要のようだ。

エミリアの死を目の当たりにしてプリムの感情は揺さぶられた。

それで感情をコントロールできなくなり暴走を起こしたのだ。

ヴェズベルト王国は最強の力を得たようだが、それはもろ刃の剣でもあることに違いない。


「だが、魔獣フェンリルもただでは済まなかったようだ」

「タクト、これからどういう作戦をとるつもりだ。プリムは使えないぞ」


プリムの聖女の力で魔獣フェンリルの動きを止めてから総攻撃を仕掛ける予定でいたが、変更せざるを得ない。

魔獣フェンリルは思っている以上に身のこなしが軽い。

エリザ達魔術師達に魔法を放たせるにも動きを止めなければまともに当たらない。

ならばガルド達を先行させて注意を惹きつける必要がある。

その間にエリザ達魔術師部隊に魔法の準備をさせるのがいいだろう。


「よし、プリシア。ラクレス達に攻撃開始の信号弾を上げてくれ!」

「わかったわ。」


プリシアは信号弾を装填すると空に向かって砲撃する。

信号弾は空で弾けると2色の煙を放った。

その合図でラクレス率いるアルタイル軍が進軍をはじめる。

グルンベルグ軍と挟み込むように魔獣フェンリルへ向かって行った。


「ルーン、『チャクラ』の準備だ!」

「わかりましたわ」


ルーン達プリ―スト部隊は移動をしながら魔法の詠唱に入る。

同じようにしてアルタイル軍のプリ―スト部隊も魔法の詠唱に入った。

この調子ならば魔獣フェンリルの所まで近づいた段階で『チャクラ』を放てる。

すぐにガルド達の攻撃に移れるはずだ。

魔獣フェンリルは呼吸を整えながら周りの様子を確認する。

既に周りを包囲されていることに気づいたようで、その場で身構えた。





アラジンは事の顛末を予想しながら戦いを楽しんでいた。

それはテーブルの上でチェスを楽しむかのように。


「あそこで聖女の魔力の暴走なんて意外なことだ。だが、これで面白くなったと言うもの」


おそらく魔獣フェンリルは聖女の魔力の暴走で力の半分ぐらいを失っただろう。

これでタクト達も魔獣フェンリルと互角に戦えるようになったはずだ。

ただ、動きを止める者がいなくなったことは痛いな。

プリムが再び聖女の力を発動させるには時間がかかるし、何よりも制御できるかわからない。

ヴェズベルト軍の騎士の死を目の当たりにしたのだ。

普通の者ならば錯乱して崩壊してしまうだろう。

ただ、逃げ出さずに戦場に残っていることは救いだが。


「さて、策士タクトは総攻撃に舵をとるのかだ」


既にグルンベルグ軍もアルタイル軍も魔獣フェンリルを取り囲んでいる。

しかし、先ほどの戦いで見た通り魔獣フェンリルは身のこなしが軽い。

その上、さっきの聖女の魔力の暴走で『サイレンス』と『スピカ』の魔法の効果が切れたようだ。

そのことに策士タクトは気づいていないようだ。

まあ、アラジンが気づけたのも魔槍ヘルスピアのおかげなのだが。

恐らく魔獣フェンリルはグルンベルグ軍達の攻撃を誘発させるはずだ。

そして、十分引きつけてから魔法を放つ。

サンドリア軍が滅びた時と同じ構図となる訳だ。


「気づけねば全滅が待っている」


まあ、そうなってくれてもアラジンにとっては都合がいい。

何せ僕が増えるだけなのだから。

策士タクトの亡霊などこの上ない力となるだろう。

それに歴戦を戦い抜いて来た剣士ガルド、魔術師エリザ、プリ―ストルーン、爆弾使いプリシア。

どれをとっても僕にしておくのは惜しいばかりの人材だ。


「さあ、策士タクトよ。もっと私を楽しませてくれ」


アラジンは強かな顔を浮かべながら戦況を見守った。





タクト達グルンベルグ軍とアルタイル軍は魔獣フェンリルを取り囲むと攻撃の準備に入る。

ルーン達プリ―スト部隊は一斉に騎士達に『チャクラ』をかける。

いつものようにガルドは湧き上がるエネルギーに興奮しながら雄たけびを上げる。


「来た来た来た。これだよ、これ!」


ラクレスも『チャクラ』をかけられたようで力を漲らせている。


「よし、攻撃開始だ!プリシア達弓部隊と銃撃部隊はけん制攻撃だ。同時にエリザ達魔術師は魔法の詠唱に入れ!」


私の合図を受けてプリシア達弓部隊は『酸倍弾』を装着し一斉に矢を放つ。

同じようにアルタイル軍の銃撃部隊が砲撃を開始した。

エリザ達魔術師部隊は一斉に魔法の詠唱に入る。

魔獣フェンリルは頻りに体を動かしてプリシア達の攻撃をやり過ごす。

ダメージを与えるまでには至らないが注意は引きつけられている。


「よし、ガルド!魔獣フェンリルを翻弄しろ!」

「言われるまでもない。レイム、行くぞ!」

「はい、先生!」


ガルド達は魔獣フェンリルに向かって一斉に駆け出す。

剣を振り抜いて『100連爆裂剣』を放つために。

逆側からはラクレス率いるアルタイル軍の騎士団も攻撃体制に入る。

照準を合わせるかのように槍の切っ先を魔獣フェンリルに定める。

アルタイル軍もラクレスに続くように剣を掲げて。

これで終わりにする。

誰もが、そう願っていた。


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