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167「魔獣フェンリル戦①」

いきなりアラジン率いるサンドリア軍が進撃を開始した。

プリ―スト部隊を先行させて魔獣フェンリルを取り囲むように四方を囲む。

そして魔術師部隊もプリ―スト舞台とは90度ずれるように四方を固める。

騎士団はアラジンを守るように四方の外で構えている。

部隊の配置が終わるとアラジンが口火を切った。


「プリ―スト部隊、プロテクションを展開せよ!」

「ここでプロテクションなんて、いったいどんな意味があるんだ」


守れたとしてもプリ―スト部隊だけ。

プリ―スト部隊とずれて配置されている魔術師部隊や騎士団までは庇えない。

私の驚きをよそにサンドリア軍のプリ―スト部隊は魔法の詠唱に入る。

同時にアラジンは魔術師部隊にも指示を出した。


「魔術師部隊、エクスプロードを放て!」


アラジンの指示を受けてサンドリア軍の魔術師部隊が魔法の詠唱に入った。

魔獣フェンリルはサンドリア軍の様子を伺いながら構えている。

すぐに攻撃に転じそうにもない。

それだけ余裕があると言うことなのか。

戦場がヒリヒリとした緊張で包まれた。


サンドリア軍のプリ―スト部隊の詠唱が終わるとプロテクションを展開する。


「「天より降り注ぎし光、星光の束となりて、かの者を守らん『プロテクション!』」」


しかし、プロテクションを展開させたのは自分達の前ではなく魔獣フェンリルの周り。

四方から光の壁が競り立って行くと四角錐状に魔獣フェンリルを取り囲んだ。


「プロテクションで魔獣フェンリルの動きを封じただと!アラジンの奴、何て作戦を立てるんだ!」


魔獣フェンリルは慌てた様子もなくアラジンを睨みつけている。

そこへサンドリア軍の魔術師部隊の詠唱が終わり1×4000倍の『エクスプロード』を放った。


「「我に宿りし魔神の力、蒼き炎は空を燃やし、紅の炎は大地を焦がす、その力は根源成り『エクスプロード!』」」


魔獣フェンリルの頭上に赤色の雲が湧き上がると一筋の閃光が降り注ぐ。

その光は周囲のエネルギーを巻き込みながら赤々と輝き一点に集中して行く。

そして臨界点まで達すると一気にエネルギーが解放された。

『プロテクション』に阻まれて爆風は四角錘の中で生き場をなくす。

その効果もあって『エクスプロード』の破壊力は何倍にも膨れ上がった。

『プロテクション』が解けると黒い煙が外に開放される。

その中から魔獣フェンリルが姿を現した。


「カンガエタナ。シカシ、ワレノマエデハムダトイウモノ」


魔獣フェンリルの体はどこも傷ついておらず白銀の毛が太陽の光を浴びて輝いていた。

魔獣フェンリルは魔法を操るだけに魔法耐性がかなり高いようだ。

あの魔獣ヒュドラさえ1×5000倍の『エクスプロード』には沈黙したのだ。

1000倍少ないとは言え魔獣フェンリルはビクともしていない。

そればかりか手ごたえのある我々に喜びすら感じているようだ。

魔獣フェンリルは周囲を取り囲んでいるサンドリア軍を見やると全方位魔法を放った。


『ダイヤモンドダスト!』


一瞬で半径100メートル四方が氷の世界へと変わる。

サンドリア軍のプリ―スト部隊4000名と魔術師部隊4000名も氷像と化してしまった。


「無詠唱でダイヤモンドダストだと!」


しかも攻撃範囲は魔術師達が放つダイヤモンドダストよりも、はるかに広い。

これでは死角がないと言っても過言ではないじゃないか。

私が感嘆の声を上げている一方でアラジンは余裕気な表情を浮かべている。

はじめからこの攻撃を受けることを予想していたかのような顔だ。

アラジンの奴は何を考えているんだ。


「騎士団よ、追撃の開始だ!」


アラジンの合図でサンドリア軍の騎士団2000名が魔獣フェンリルに向かって行く。

剣を振りかざして次々に『破砕剣』を放つ。

しかし、魔獣フェンリルはもろともせず、かぎ爪で騎士団をなぎ倒して行く。

あれだけいたサンドリア軍の騎士団2000名もすでに半数までに減っていた。


「これでは全滅してしまう。アラジンは撤退命令を出さないつもりか」


アラジンは顔色ひとつ変えることなく悠然と構えている。

まるでこうなることを予想していたかのように。

ものの十数分の間にサンドリア軍は全滅してしまった。


「やるじゃないか、魔獣フェンリル。我がサンドリア軍を一瞬で沈黙させるとは。だが、これは余興に過ぎない。戦いはこれからはじまるのだよ」

「余興ってどう言う意味だ。味方の兵士が殺されたのだぞ」

「さて、次はお前らの番だぞ。策士タクトよ、私が満足する戦いを見せてくれ」


アラジンは悠然と構えながら私達を見やる。

まるで国王にでもなったかのような立ち振る舞いだ。

それはさておき、端から戦術を立てなおさなければならなくなった。

魔獣フェンリルが全方位魔法を使える以上、迂闊に近づけない。

仮にプリ―スト部隊を先行させて攻撃を仕掛けても魔法で追撃されてしまう。

アラジンがとった四方の構えも有効なのだが全方位魔法の前では逆効果だ。

しかし、唯一の救いは魔法を連射出来ないことだろう。

ならば、おとり作戦が有効だ。

おとりを先行させて魔法攻撃を誘発させる。

そして魔法が発動した後に一斉に攻撃を仕掛ける。

その間に『サイレンス』を発動出来れば魔獣フェンリルの魔法を封じることが出来る。


私はガルドを見やりながらおとり役を誰に決めるか考える。

おとりと言えばガルドだが、ガルドは近接攻撃の主力故におとりにすることは出来ない。

この戦いで言うおとりは魔獣フェンリルの注意を惹きつけるのではなく、魔獣フェンリルの魔法の餌食になると言うこと。

つまり犠牲になると言うこと。

なのでガルドではダメなのだ。

ならばレイムと言うことも考えられるがレイムは経験が少な過ぎる上に若い。

おとり役を任命することは心苦しい。

だとするならば……。

私とグランの目が合った。

グランであれば指揮もとれるし、おとり役としては適任だ。

しかし、他国の騎士団長をおとり役にするなどかつてないことだ。

今は協同戦線をとっているとは言え共に戦っているのだが。

すると、グランが何かを感じ取って私の所へやって来た。


「何か策があるのだろう。聞かせてくれ?」

「おとり作戦をとろうかと考えている」

「おとり?」

「魔獣フェンリルは連続して魔法を放てない。だから、おとりを使って魔法を誘発させて隙を作るんだ」

「いい考えじゃないか。何か問題でもあるのか?」

「ただおとりになる者は魔獣フェンリルの魔法の餌食になる。つまり、犠牲になるんだ」


私の告白を受けてグランの顔が青く変わる。


「犠牲。それはつまり死ぬと言うことか……」

「戦闘の最中ではリザレクションは使えない。たとえ戦闘が終わってからリザレクションをかけたとしても時間が経ち過ぎていて助かる見込みもあるかわからない」

「……」


これは作戦と言うよりも私に命を授けろと言っているようなものだ。

どんな非情なことを言っているとわかっていても有効な作戦はこれしかない。

これまでにたくさんの経験を積んで来た兵士でさえ首を縦に振ることはないだろう。

「死にに行ってください」と言葉をかけられて素直に従う者はいない。

私が難しそうな顔を浮かべているとグランが肩に手をあてて告げた。


「その役、私が引き受けよう」

「本当か?」

「私はタクトのような戦術は立てられない。アルタイル軍を率いても、それだけでは勝利には導けない。しかし、タクトなら出来る。私の代わりにアルタイル軍を勝利に導いてやってくれ」


グランが手を差し伸べて来たので私は固く握り返した。

その手からは覚悟を決めたような決意が感じられた。


「ありがとう、グラン。必ずアルタイル軍、いや我らに勝利をもたらせてみせるよ」


さっそくグランはアルタイル軍の元へ戻るとおとり役の兵士を選出した。

犠牲は少ない方がいいのだがおとり役として成り立たせるため兵力を少なく出来ない。

そこでグランが選出した部隊は騎士団2000名だ。

もちろんおとり役であることは伏せておいてある。

あくまで先発隊として任命したのだと言うことにしておいた。

残りの部隊はグルンベルグ軍の傘下に入ることが決まったのだ。


グランがいなくなった以上、アルタイル軍を率いる指揮官が必要となる。

ガルドが適任なのだが、主力であるガルドは外せない。

ならばラクレスが打倒だ。

ラクレスなら経験も豊富だし、アルタイル軍とも相性がいい。

私はラクレスを呼び出すと作戦の説明をした。


「わかった。グランの変わりは私が果たそう」

「頼むよ」


これで戦術は完成した。

後は実行に移すだけ。

おとり部隊を率いるグラン達騎士団2000名は正面に陣取り。

その後ろにラクレス率いるアルタイル軍が並ぶ。

北側から攻め込むグルンベルグ軍は左手に並び。

南側から攻め込むヴェズベルト軍は右手に陣取った。

私は各部隊の指揮官を目を合わせる。

そして、進撃の合図を送った。


「攻撃の開始だ!」





グランは、この戦いに全てをかけていた。

アトスが王位の座に就いてからと言うものグランは唯一の味方をなくした。

アルタイル軍の第一騎士団長と言う座は重責が重くグランには枷となっていたのだ。

過激派時代は周りの者達は全て従順に従ってくれて部隊はまとまっていた。

しかし、アルタイル軍にとって代わるとそうはならなくなった。

マクミニエル政権に忠誠を誓っていた兵士達も多く、グランを受け入れようとはしい。

表向きにはグランに従う振りを見せていたが、裏では統制を乱すばかりだったのだ。

それを力でねじ伏せたのがアトスだった。

歯向かう者はアトス政権の敵とみなし処罰の対象にして行った。

何人かの反発者が処刑されたことで反対する兵士達もいなくなった。

本来であれば兵士達を統制するのはグランの役目のはずなのに、アトスの力を借りることは本意ではなかったのだ。

全てはグランの力量のなさから来たことだ。

グランはアトスの手を煩わせてしまったことに悔い病んでいたのだ。

そのことがおとり役を引き受ける後押しとなっていたことは言うまでもない。

人類の勝利を導くために死をも顧みず魔獣ヒュドラに向かって行く。

そんな雄姿がグランにとっての誇りだったのだ。


「私達は死にに行くのではない!アルタイル軍の勝利を掴むために戦うのだ!」


グランはおとり部隊の騎士団2000名を鼓舞するように叫んだ。

魔獣フェンリルは様子を伺いながら構えている。

動き出す気配はない。

こちらの動きを見極める作戦のようだ。

グランは剣を引き抜いて魔獣フェンリルに突進して行く。


「我らで突破口を開くのだ!アルタイル軍の誇りを見せようぞ!」

続くように騎士団2000名も剣を振りかざして切りかかった。


「この剣で滅せ。奥義『雷虎招来!』」


グランの翳した剣に無数の稲妻が走る。

そして剣を振り下ろすと同時に雷を纏った虎の幻影が生まれ、衝撃波となって魔獣フェンリルを切り刻んで行った。

続くように騎士団2000名の『雷神剣』がさく裂する。

しかし、魔獣フェンリルの固い剛毛に弾かれてしまう。

魔獣ヒュドラ程の堅牢さはないようだが、ただの必殺技では傷のひとつすらつけられないらしい。

グランは再び剣を掲げて『雷虎招来』を放つ。

何度も何度も諦めずに奥義を叩き込む。

それでも魔獣フェンリルの固い剛毛を切り落とすだけに終わる。


「なんて固いやつだ。だが、私達はこれでは終わらない!攻撃を一点に集中させるんだ!」


グランは騎士団2000名を鼓舞すると魔獣フェンリルに奥義を放つ。

続くように騎士団2000名が『雷神剣』を同じ場所に放って行く。

それはガルド達の『100連爆裂剣』を彷彿させるような連続攻撃だ。


「おっ、あいつ。やるじゃないか。だけど、まだまだだな。連撃と言うのは間を空けちゃイケないんだ。間が空くと隙が生まれるからな」


ガルドは関心した様子で『100連爆裂剣』の神髄を語る。

それでも見よう見真似た割にはうまく行っているようだ。

絶え間なく雷撃が魔獣フェンリルを捉えた。

しかし、魔獣フェンリルはものともしないように悠然と構えていた。


「キカヌナ」

「くぅ……」


グランは改めて当初の目的を想い出す。

目的はあくまで魔獣フェンリルの魔法を誘発させることだ。

魔獣フェンリルの討伐はタクト達がしてくれる。

ならば一か所に固まっているよりも散会した方が誘発出来ると言うもの。


「よし、散会して各個攻撃だ!」


グランの合図で騎士団2000名は散会しながら魔獣フェンリルを取り囲む。

すると、魔獣フェンリルはそれを待っていたかのように全方位魔法を放った。


『ダイヤモンドダスト!』


魔獣フェンリルを中心にして放射状に氷の世界と姿を変える。

グラン達騎士団2000名は避ける間もなく、一瞬で氷像と化してしまった。


グランは心の中で思う。

「これでいい。これでいいのだと」

我々は人類を勝利に導くためにおとり役を買ったのだ。

それは自分達が弱いからではない。

弱ければおとり役と聞いただけで逃げ出しているだろう。

強さとは力の強さ、剣技の巧みさだけを言うのではない。

何よりも大切なのは心の強さだ。

それは過激派時代にアトスの側近をやって来た時から学習していた。

一国の軍隊に比べて過激派の戦力は比較にならないほど僅かなものだ。

そんな条件の中でアルタイル軍を打ち破って行くには確かな戦術と心の強さがモノを言う。

どんな状況に追い込まれても仲間を信じられる確かな心の強さが戦況を変えるのだ。

アトスはそれを熟知していた。

だから過激派のリーダーが務まったのだ。

そんなアトスの姿を一番近くで見て来たグランだからこそ、この役を買えたのだ。

グランは信じている。

策士タクトが、アルタイル軍が魔獣フェンリルを消滅させることを。

人類の勝利を目撃できないことは少し物悲しいのだが。





アラジンは戦況を見守りながらタクトの戦術を読む。


「あいつ等はおとり役か」


タクトが率いる三国の部隊は陣形を組んだまま魔獣フェンリルの全方位魔法の圏外にいる。

そのことから考えてもグラン達は魔獣フェンリルの魔法を誘発させるためのおとりであることは間違いない。

仲間を犠牲にする戦術をとるとは策士タクトも覚悟を決めたようだ。

しかし、魔獣フェンリルはそれほど甘くはないぞ。

魔法が連射出来ないことは間違いないようだが、あの様子からすればまだ奥の手を隠しているようにも見える。


「さあ、どう戦うのだ。策士タクトよ」


アラジンにとってタクト達が勝利しようが敗北しようが関係ないこと。

ただ面白い戦いが見れればそれでいいのだ。

タクト達が敗北したのならば、アラジンが自ら戦えばいいだけの話。

今のアラジンは魔獣フェンリル以上に危険な人物だったのだ。





そんなことも露知らず、タクトは華々しくも戦場で散って行ったグラン達に敬意を表す。

グラン達はただの捨て駒ではなく、勇士そのものだ。

それは別れではなく、グラン達の意志も引き連れて戦場に赴くために。

これは終わりではなくはじまりなのだ。

グラン達が命を投げ出して作ってくれた機会を活かすために、私達は戦わなければらない。

命を散らすためではなく、人類を勝利に導くため。

魔獣フェンリルの脅威から世界を取り戻すために。

タクトは黒紫刀を天に掲げると全部隊に進撃開始の指示を出した。


「全軍、進撃開始だ!」


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