166「天から降りて来た使者」
戦場の緊張感は溶けて三国の兵士達は安堵の表情を見せる。
仲間達と抱き合って喜ぶ者、他国の兵士と固く握手をする者。
喜び方も三者三様だ。
ガルドは地べたに座り込み大きく肩で息をしている。
「なんとか片付いたぜ」
「魔獣キマイラよりも苦戦しましたね」
「頼みの高粒子砲がなかったからな」
「にしても最後のエクスプロードは圧巻でしたね。魔獣ヒュドラがチリになってしまったんですから」
「あれだけの規模のエクスプロードは俺もはじめて見たぜ」
エクスプロードを放った場所を見やると黒焦げになった大きなクレーターが出来ていた。
「残る魔獣はフェンリルだけですね」
「そうだな。だけど、しばらくの間は休息をとりたい」
ガルド達も兵士達もみんな全力を出し過ぎた。
その場に座り込んだり鎧を脱いで横になっている者までいる。
それだけ魔獣ヒュドラ戦が困難だったことを表している。
聖女の魔力で魔獣ヒュドラの動きを封じこめたところまではよかったが、その後が大変だった。
何せ魔獣キマイラを凌ぐほどの堅牢な肉体の前には必殺技が効かなかったのだ。
チャクラで身体能力を上げてかつ、同じ場所を攻撃することで何とかダメージを与えるまでに至った。
おかげで兵士達はすっかり疲弊してしまった。
とにもかくにも戦いが終わったことが何よりだ。
自国へ戻ったら兵士達にはたっぷりと休暇を与えよう。
そこへアルタイル軍の騎士団長グランがやって来る。
「私はアルタイル軍の第一騎士団長のグランだ」
「私はグルンベルグ軍の第一騎士団長のラクレスだ」
グランが差し出した手をラクレスは固く握り返す。
「君があの戦術を立てたのか?」
「いや、私ではない。戦術を立てたのは策士タクトだ」
ラクレスは横に立っていた私をグランに紹介する。
「グルンベルグ軍の策士をしているタクトだ」
私が差し出した手をグランが握り返す。
「君は策士なのか!只者ではないと思っていたが策士だったとは。それにしても鮮やかな戦術だった。あの魔獣ヒュドラを殲滅するまでに至ったのだからな」
「それはみんなの協力があったからです。けっして私ひとりでの力ではありません」
「そう言う風に謙遜するところが策士の品格を保ってる。素晴らしい」
グランは満面の笑みを浮かべながら私を褒め称える。
過激派出身の騎士団長と聞いていたが荒々しさは全く感じない。
それよりも落ち着いた品格さえ備えている。
騎士団長と言うよりも、どちらかと言えば側近に向いているようだ。
そこへマリア―ヌがプリムを連れてやって来る。
「久しぶりだな、タクト」
「マリアーヌ!」
「タクト、会いたかった」
「プリムまで」
プリムは勢いよく私に抱き着いて来る。
その横でグランがマリア―ヌに挨拶をする。
「私はアルタイル軍の第一騎士団長のグランだ」
「私はヴェズベルト軍の第一騎士団長のマリアーヌだ」
グランが差し出した手をマリア―ヌが固く握った。
「この度の支援要請に応じてくれて感謝する」
「隣国のピンチだ。手を貸すのが常套だろう」
「そちらの娘が聖女なのか?」
「聖女のプリムです」
プリムは畏まったようすで自己紹介をする。
すると、グランは驚いた顔でプリムを見やる。
「そんなに若い娘なのにあれだけの力を持っているのか……」
「やらんぞ。プリム様はヴェズベルト王国の聖女なのだからな」
グランも聖女の力を欲していたのは間違いない。
しかし、マリア―ヌの前で口にするほど愚かではないようだ。
グランはプリムを見やりながら終始、感心したように頷いていた。
「で、これからどうするのだ。アルタイル軍はかなりの被害が出ているだろう?」
「5000ほどの犠牲者が出てしまった。これもそれも私の技量のなさからだ。犠牲者を埋葬した後、私達はアルタイル城へ戻る。そう言うお前たちどうするのだ?」
「私達グルンベルグ軍もグルンベルグ王国へ戻る」
「せっかく来てくれたのだしもてなしでも出来ればいいのだが」
「無理はするな。今は何よりも兵士達の休息が必要だ」
グルンベルグ軍も多少なりとも犠牲者が出ている。
数にすれば300程度だが、それでも損害は大きい。
ルーン達プリ―ストは今だ怪我人たちの回復作業に追われているぐらいだ。
それはヴェズベルト軍も同じようでプリ―スト達が忙しく動き回っていた。
「マリア―ヌ達もヴェズベルト王国へ戻るのか?」
「戦いが終われば戦場に兵士はいらない。速やかにヴェズベルト王国へ戻るよ」
「そうか。プリム、これでお別れだな」
「またヴェズベルト王国へ来てよ」
「ああ、時間が出来たらな」
プリムの差し出した手を私は握りしめた時。
空から思いもかけない来客が現れた。
それは白銀の毛並みで覆われた全長50メートルほどの白狼。
三つに分かれた立派な尻尾をはためかせて地上にいる私達を下目に見やっていた。
「あいつは何だ!」
「あいつは魔獣フェンリルだ!」
「魔獣フェンリルだって!何でそんな奴がいるんだよ!」
「私に聞かれてもわからない」
私達は驚愕の表情を浮かべながら剣の柄に手をかける。
すると、魔獣ヒュドラが低い声で語りかけてきた。
「ヒュドラモフガイノナイヤツダ。ニンゲンニホロボサレルナド。タダ、ミトメナケレバナラナイヨウダ。オマエタチノチカラヲ」
「魔獣フェンリルよ。私達は無駄な争いは好まない。このまま立ち去ってはもらえぬだろうか!」
ラクレスが一歩前に出て魔獣フェンリルに語りかける。
「ソレハデキナイ。ワレラハニンゲンヲセンメツスルタメニヨミガエッタノダ」
「魔獣と人間が共に生きることなどあり得ないと言うのか!」
「ニンゲンラシイオロカナカンガエダ」
「ラクレス、そんな奴に話しても無駄だ。ここで殺っちまおうぜ」
「ガルド、冷静になれ。立て続けに魔獣戦を出来るほど余力はないんだぞ」
「しかしよ、戦いは避けられないだろう」
私は兵士達を見やりながら覚悟を決める。
兵士達はすっかり疲弊していて戦える状態ではない。
しかし、ここで魔獣フェンリルに背を向ければ間違いなく殲滅される。
逃げることも退くことも出来ない私達の選択肢は戦うだけしか残されてはいない。
しかし、ラクレスは食い下がるかのように魔獣フェンリルに語りかけ続ける。
「ここでむざむざ殺される道を選ぶこともないだろう!」
「ワレガニンゲンニマケルトデモイウノカ?オオキクデタナ、ニンゲン」
「私達はこれまでに魔獣キマイラ、魔獣ヒュドラと打ち破っていたのだ。お前を倒すことぐらい出来るぞ!」
「ククク。オモシロイコトヲイウ。キマイラモヒュドラモワレノアシモトニモオヨバヌカトウセイブツダ」
魔獣フェンリルは勝ち誇った様子で暴言を吐く。
その話が本当ならば魔獣フェンリルは最強の魔獣と言うことになる。
明らかに他の魔獣達よりも知性が高いように見えるが。
その雄姿を見ていても王者としての貫禄が伝わって来る。
「ラクレス、これ以上の戦闘は無理だ。何とか回避する方向へ話を持って行ってくれ」
「わかっている。お前が王者と言うならば戦う意志のない人間を殺しても意味がないだろう」
「タタカイニイミナドイラナイ。ソコニアルノハゾウオダケダ」
「ならば聞く。お前が言う憎悪とは何だ?」
「カンタンナコトダ。ニンゲンタチガモッタチカラダ。チカラハハメツシカヨバナイ。ソレハオマエタチガヨクシッテイルダロウ」
魔獣フェンリルが言っているのはブラッド・ウォーのことだろう。
聖戦が起こるよりもはるか前に人間が起こした凄惨な戦争だ。
その惨劇から各国は冷戦を迎えたのだが、今だに軍事力強化を続けている。
それは他国よりも優勢に立ち交渉を有利に進めたいからなのだから終わりを見せることもない。
いずれ再びブラッド・ウォーが再来することも予想できる。
しかし、それを回避するために魔獣達が人間を殲滅することなどあってはならない。
むざむざと殺されるほど人間は愚かではないのだ。
「確かに我々はかつて愚かな戦争を起こした。だからこそ、反省出来るのだ。再びブラッド・ウォーの起こらない世界を創れるはずだ!」
「ニンゲンハオナジアヤマチヲクリカエスイキモノダ。ムダニチシキヲエタサンブツダ」
「くぅ……」
「ならば、聞こう。お前達ならば平和な世界を創り出せると言うのか?」
私の問いかけに魔獣フェンリルは暫し考え込む。
そしておもむろに口を開いた。
「ダレニトッテヘイワデアルコトヲテイギシナケレバナ」
「それは人間のいない世界を創るってことか?」
「ニンゲンガイナケレバアラソイハオコラナイ」
「タクト、これ以上、話しても無駄だ。俺達には戦う以外の選択肢はないんだよ」
ガルドが大剣の切っ先を魔獣フェンリルに向けて呟く。
振り返ると兵士達も武器を手に取り構えていた。
しかし、気力だけで勝てるほど魔獣フェンリルは弱くはない。
ここは一旦戦闘を回避して日を改めてから戦うのが常套だろう。
「これ以上の戦闘は無意味だ。無駄に命を捨てるな!」
「しかし、あいつはやる気なんだぞ」
戦うしか道はないのか……。
私が答えに迷っていると思わぬ人物からの声がかかった。
「何を迷っている、策士タクト。そいつは人類の敵だ!」
「お前は……アラジン!」
「アラジンだって!」
アラジンの方を見やるとサンドリア軍の兵士達が悠然と並んでいた。
その数にして1万。
サンドリア国旗をはためかせながら戦闘体制をとる。
「魔獣は人類にとって脅威でしかない。我々は生き残るために戦うのだ」
「それはわかっている。だが、今はその時ではない」
「殺らなければ殺られるだけだ」
アラジンン言葉は最もだ。
魔獣フェンリルと出会ったことで私達には戦うことが定められている。
逃げ出せば皆殺しにされるだけ。
ならば立ち向かって生き残る道を選ぶべきなのだ。
たとえ多くの犠牲者を出したとしても。
ただ、頭ではそうわかっていてもいざ決断となると心が揺らぐ。
私の決断次第で兵士達の運命も決まるのだ。
「決断をしろ!」
「……」
するとラクレスが私の肩に手を置いて小さく呟いた。
「策士タクトよ。兵士達はみんな、覚悟は出来ている。戦場へ来た時から命を懸けて来たのだ。ここでノーと示したら兵士達の顔に泥を塗ることになるんだ。だから決断しろ」
「わかったよ。ラクレス」
私は魔獣フェンリルに向き直ると声高らかに宣言した。
「魔獣フェンリルよ、私達と勝負しろ!」
「ハジメカラソノツモリダ」
魔獣フェンリルは地上に降り立つと悠然として構えた。
私はすぐさま頭の中で戦術を組み立てる。
魔獣フェンリルと言えば魔法を使う魔獣だ。
見た目からしても装甲は魔獣ヒュドラ程ではないようだが油断は出来ないだろう。
こちらの兵力は三国合わせて4万弱。
兵力としては申し分ない。
しかし、魔獣ヒュドラ戦で疲弊していることを考慮しなければならないことも事実だ。
本当なら魔獣フェンリルとは戦えないほどの状態にある。
今武器をとっている兵士達も気力で立ち上がっているに過ぎない。
その上で戦術を立てる必要があるのだ。
まず部隊構成を振り返る。
グルンベルグ軍は騎士団2500名、槍部隊2800名の近接攻撃要員5300名。
弓部隊2000名、魔術師部隊2000名、プリ―スト部隊2000名の間接攻撃要員6000名。
合わせて1万1300名だ。
うち魔獣ヒュドラ戦の犠牲者は700名。
ヴェズベルト軍は騎馬隊2700名、騎士団1000名の近接攻撃要員3700名。
魔術師部隊4000名、プリ―スト部隊2000名の間接攻撃要員6000名。
合わせて9700名。
うち魔獣ヒュドラ戦の犠牲者は300名。
アルタイル軍は騎士団4000名の近接攻撃要員4000名。
銃撃隊4000名、魔術師部隊5000名、プリ―スト部隊4000名の間接攻撃要員1万3000名。
合わせて1万7000名。
うち魔獣ヒュドラ戦の犠牲者は5000名。
各国の部隊を混成部隊として戦場に投入することは頂けない。
戦い慣れていないし統制もとれなくなってしまう。
だから、魔獣ヒュドラ戦と同様に各国それぞれで戦闘してもらうことになる。
魔獣フェンリルが魔法攻撃がメインとなるとまずは魔法を封じこめる必要がある。
それにはプリ―ストの最上級魔法『サイレンス』が有効だ。
しかし、そのためには魔法攻撃圏内までプリ―スト部隊を進軍させなければならない。
となれば必然的にプリ―スト部隊が要の陣形をとる必要がある。
グルンベルグ軍は近接攻撃を主とした部隊構成だ。
プリ―スト部隊を最前列に配置するならば『盃の構え』が打倒だろうか。
プリ―スト部隊を1000名ずつ最前列の左右に配置する。
その内側に弓部隊1000名ずつを左右に配置。
中央へ騎士団を1000ずつ3部隊を盃の形に配置。
続けて槍部隊を1000名ずつ3部隊を配置。
最終列に魔術師部隊1000名ずつを2部隊配置する。
これで『盃の構え』は完成だ。
この陣形は敵を中央へ引き込むための受け身の陣形になるのだがプリ―ストを要にするならばもっとも効果的だ。
グルンベルグ軍のプリ―スト部隊に『サイレンス』を唱えさせるのでヴェズベルト軍もアルタイル軍もプリ―ストを要にする陣形をとる必要もない。
であるとするならば陣形は、それぞれの特徴を生かした陣形が効果的だ。
ヴェズベルト軍はプリムをメインとしているが機動力のある騎馬隊と魔術師が主力の部隊構成だ。
プリムを守ることを最優先にしているため『櫓の構え』をとっているが、これでは騎馬隊の機動力を活かし切れていない。
騎馬隊の機動力を最大限活かすのならば『二重五芒星の構え』がいいだろう。
騎馬隊1000名の3部隊を五芒星の頂点と左右に配置する。
後方の左右にはプリースト部隊の1000名ずつを2部隊配置。
これで外側の五芒星は完成する。
あとはプリムを中心に内側の逆さ五芒星を完成させる。
最後尾になる頂点は騎士団1000名を配置。
残りの四点は魔術師部隊1000名ずつを4部隊配置すれば完成だ。
これでプリムを護衛しつつ、騎馬隊の機動力を最大限に活かせる。
アルタイル軍は間接攻撃がメインの部隊構成だ。
前面攻撃に特化した『三傘の構え』も効果的だが魔法攻撃を得意とする魔獣フェンリルには別の陣形が必要になる。
攻撃に特化した『鏃の構え』が打倒だろうか。
弓なりに銃撃部隊1000名ずつを4部隊配置。
その後ろに魔術師部隊1000名ずつを5部隊配置する。
プリ―スト部隊1000名ずつの4部隊は並列して配置し。
近接攻撃の騎士団は最後尾に1000名ずつ4部隊を配置すれば完成だ。
機動力のない騎士団を最後尾に配置するのは問題があるように思えるが、魔法を詠唱している間に十分に前線まで移動できるから問題ないのだ。
後は戦術だ。
魔獣フェンリルがどのような魔法を使って来るのかわからない現段階では対策の立てようがない。
なので各国、陣形を保ちながら進撃を開始するのが打倒だろう。
まずグルンベルグ軍は正面から。
ヴェズべルト軍は北側からアルタイル軍は南側から進撃させる。
3方向から同時に進軍させることで魔獣フェンリルをかく乱出来る。
そこへグルンベルグ軍のプリ―スト達に『サイレンス』を唱えさせる。
その間にアルタイル軍の銃撃部隊に、けん制攻撃を仕掛けさせる。
同時にグルンベルグ軍の弓部隊は『煙幕弾』で魔獣フェンリルの視界を奪う。
そこへプリムの『聖女の力』を発動させ魔獣フェンリルの動きを封じる。
『サイレンス』が発動した後は『スピカ』で耐性を無効化。
そして『チャクラ』で騎士団達の身体能力を上げつつ、魔術師部隊は最上級魔法の詠唱に入らせる。
最上級魔法は付加効果のある『天空の雷』や『ドラゴンブレス』あたりが有効か。
そして各国の騎士団、騎馬隊、槍部隊で総攻撃を仕掛けさせる。
これでイケるはずだ。
一方でアラジン率いるサンドリア軍はどんな戦術を立てて来るのか見ものだ。
見る限りでは部隊構成は騎士団が2000名、魔術師部隊が4000名、プリ―スト部隊が4000名の計1万名だ。
珍しくも間接攻撃を主力とした部隊構成だ。
何か意味があるのだろうか。
陣形が四方の構えであることも気になる。
四方の構えと言うのは部隊を四方に配置する陣形のひとつ。
前後左右からの攻撃に素早く対応できる特徴があるのだが。
次の投稿は月曜日になります。
訂正:次の投稿は水曜日になります。




