162「魔獣ヒュドラ戦①」
魔獣ヒュドラとの交戦から3日後。
アルタイル軍の第一部隊の半分が消滅していた。
昨日、到着した第二部隊も苦戦を強いられている。
投入された兵力は合わせて2万ほどになるが、それでも魔獣ヒュドラを攻略出来ていない。
「このまま戦闘を続けていても状況が悪くなるばかりだ」
「新たに投入した六連式機関砲も全く効かないんだ。俺達に勝ち目はないぞ」
「無駄死にはしたくない。撤退しよう」
第一部隊と第二部隊の指揮官達が弱音を吐きはじめる。
それも無理はない。
何せ魔獣ヒュドラは圧倒的に強いのだ。
9つの頭を持っており死角がそもそもない。
その上、デスブレスの攻撃を受けただけで即死に至ってしまう。
近づこうにもデスブレスの猛攻にあい近づけずにいる。
魔法で間接攻撃を仕掛けてみるが耐性を持っているので弾かれてしまう。
新たに投入した六連式機関砲でさえも堅牢な装甲の前には歯が立たないのだ。
アルタイル軍にはもう、手の打ちようがなかった。
「だが、俺達が撤退したらアルタイル王都は滅亡してしまうぞ」
そこへ魔窟から這い出して来たグランが駆け寄って来た。
「お前達、何を迷っているんだ。魔獣ヒュドラを目の前にいるんだぞ。まさか逃げる算段を立てていたのか!」
「グラン様、ご無事だったのですか?」
「私があの程度で死ぬとでも思ったのか?」
「いいえ。グラン様がご無事ならなによりです。しかし、戦況は最悪です」
戦場を見渡せば魔獣ヒュドラの猛攻に苦戦しているアルタイル軍が目に移る。
「新たに投入した六連式機関砲は全く通用しません。その上、デスブレスの攻撃で近づけないばかりか、耐性を持っているので魔法攻撃も効きません」
しかし、ここで魔獣ヒュドラを止めることが出来なければアルタイル王国は滅亡する。
何としてでも魔獣ヒュドラの進撃を止めなければならない。
「こちらの残りの戦力はいかほどか?」
「騎士団が5000名、銃撃隊が4000名、魔術師が3000名、プリ―ストが3000名の計1万5000名です」
「戦力としては申し分ないな」
だが、これだけの戦力を投入しても魔獣ヒュドラの足元にも及ばないとは。
こちらには戦術に長けた策士がいない。
それが押されている一番の原因だろう。
しかし、ここで悔やんでいる暇はない。
今ある条件で魔獣ヒュドラを退けなければならないのだ。
「グラン様、どうしましょう?」
「闇雲に攻撃を仕掛けていてもダメだ。近接攻撃が出来ないのなら間接攻撃をメインにするんだ」
「しかし、六連式機関砲も魔法も効果がないのですよ」
「それでも攻撃の手を緩めるな。何としてでも我々の手で魔獣ヒュドラの進撃を止めるんだ!」
グランには戦術を立てられるほどの技量はない。
過激派時代に培って来た戦い方は対人間戦のモノだ。
アトスの傍で戦いを見て来たが戦術を立てられるまでには至っていない。
一昼夜で身に着けられるほど戦術は簡単ではないのだ。
しかも、対モンスター戦ではまた別の戦い方が要求される。
せめて、ここにアトス様がいてくれたら戦況は変わっていたかもしれない。
だがしかしアトス様の片腕として君臨して来たグランのプライドもある。
ここで兵士達に尻込みをしている姿を見せる訳にはいかないのだ。
今のグランに出来ることは兵士達の士気を高めること。
「アルタイル王国の命運は私達に委ねられているのだ!今こそ、アルタイル軍の誇りを見せる時だ!」
グランの言葉に指揮官達の士気が高まる。
指揮官達は戦場へ向かい兵士達にグランの言葉を伝える。
すると、アルタイル軍の士気が高まり動きがよくなって行った。
「おい、お前。アルタイル城へ向かい第三部隊の追加派遣を要請してくれ。それと補給部隊を頼む」
「はっ!」
グランは使いの者を出して伝令を伝えさせる。
この要請はあくまで長期戦を考慮したものだ。
既に魔獣ヒュドラと交戦してから3日も経っている。
時間をかければかけるほどこちらは不利になって行く。
しかし、魔獣ヒュドラとて長期戦を出来るだけの体力もないはず。
だから、攻撃の手を緩めることもなく戦い続けるのだ。
例え、アルタイル軍に魔獣ヒュドラを討伐する力はなくとも、足止めすることは出来る。
それだけが今のアルタイル軍に出来ることなのだ。
時を同じくしてグルンベルグ軍は魔窟の東側から近づいていた。
はるか向こうに戦火が確認出来る。
魔獣ヒュドラとアルタイル軍が交戦をしていた。
「どうやら間に合ったようだな」
「だけどよ、アルタイル軍は押されていないか?」
「それだけ魔獣ヒュドラが強いってことだ」
状況を見ても魔獣ヒュドラに分があるように見える。
ざっと見てもアルタイル軍は1万5000程度。
それなりの戦力にも関わらず押されているなんて。
魔獣ヒュドラは魔獣キマイラよりも強いと言うことなのか。
「よし、お前達、隊列を整えよ!」
ラクレスの指示で兵士達が漣の陣形を組みはじめる。
ガルドは第一列の騎士団を統率し、エリザは第二列の両サイドの魔術師部隊を統率。
ラクレスは第三列の槍部隊を統率し、ルーンは第四列の両サイドのプリ―スト部隊を。
プリシアは第二列の中央の混成部隊をを統率する。
そして陣形を保ちながら戦場へ向かった。
攻撃圏内まで近づくと進軍を一時停止させる。
そしてラクレスがグルンベルグ国旗をはためかせながら宣誓する。
「我らはグルンベルグ王国の騎士なり!アトス国王の要請を受けて参った!参戦することを許可いただきたい!」
グランには予想もしていないことが起こった。
なんとグルンベルグ王国に支援に駆け付けたのだ。
アトス様が予め要請していたことはわかったが、それでも他国の支援を要請するなど普段ではないことだ。
それはアルタイル王国の弱さを晒すようなもの。
国の弱さを晒せば他国に隙を与えてしまう。
なのでどんなに不利な状況に陥っても他国に支援を要請することなどないのだ。
そうまでしても支援を要請したのならば、それだけ魔獣ヒュドラの存在を脅威と捉えたこと。
アトス様の判断は間違っていなかった。
現に2万の兵を投入しても魔獣ヒュドラを討伐出来ていないのだから。
「我はアルタイル王国の第一騎士団長のグランである!そなた達の要求を快く受け入れよう!我らと共に戦おうぞ!」
すると、疲弊していたアルタイル軍の士気が一気に高まる。
「グルンベルグ軍だ。グルンベルグ軍が応援にやって来たぞ!」
「これなら勝てる!あの魔獣キマイラを消滅させたのだからな!」
これで魔獣ヒュドラを討伐する目途が立ったと言うもの。
グルンベルグ軍と言えば魔獣キマイラを消滅させた実績がある。
その上、巧みな戦術を立てられる策士がいる。
グルンベルグ軍の支援要請はこの上ない力となるのだった。
私は戦況を見守りながら頭の中で戦術を立てていた。
魔獣ヒュドラは9つの頭を持っていて死角がまるでない。
その上、口から吐き出すデスブレスは即死に至る攻撃だ。
魔獣キマイラと同じで魔法耐性も衝撃耐性も持っている。
堅牢な装甲はアルタイル王国が誇る六連式機関砲さえ弾いている。
以上の事情を考慮した戦術が必要になる。
波状攻撃を仕掛けるにしても近づけなければ意味はない。
まずはプリ―ストのプロテクションを展開しつつ攻撃圏内まで近づく。
そして弓部隊達の酸倍弾を装着した矢で防御力を落とす。
次いで魔術師達の天空の雷で麻痺させる。
準備が整ったらガルド達で波状攻撃を仕掛ける。
プリ―スト達のスピカをかけることも忘れてはならない。
耐性を無効化出来なければガルド達の攻撃も効かないだろう。
これでイケるはずだ。
「よし、進軍開始だ!」
私の合図でグルンベルグ軍が隊列を組みながら進撃をはじめる。
そして魔法攻撃圏内まで近づくとルーン達に指示を出す。
「ルーン、プロテクションを展開して魔獣ヒュドラの攻撃に備えよ!」
「わかりましたわ。みなさん出番です」
ルーン達プリ―ストは一斉に魔法の詠唱に入る。
次いでプリシア達に指示を出す。
「プリシア、酸倍弾で魔獣ヒュドラの防御力を落とせ!」
「待ってました。みんな行くよ!」
プリシアを先頭に弓部隊が一斉に酸倍弾をつけた矢を放つ。
矢は円弧を描きながら魔獣ヒュドラに向かって飛んで行く。
そして魔獣ヒュドラに着弾すると爆発しながら酸をまき散らした。
魔獣ヒュドラの装甲はジュワジュワと白い煙を上げながら爛れて行く。
すると、魔獣ヒュドラがデスブレスで対抗して来た。
「ガルド!散会して攻撃を回避せよ!」
ガルド達は方々に散らばりながらデスブレスを避けて行く。
しかし、最前列にいた騎士の一部がデスブレスの直撃を受けた。
ガルド達は即死した騎士達を抱えて後退をはじめる。
そしてルーン達プリ―ストにリザレクションを要求した。
「ルーン、リザレクションを頼む!」
「わかりましたわ!」
「ルーン、待て。今はプロテクションの展開の方が優先だ!」
「しかし、タクトさん。時間をかければ生存確率が下がってしまうのですよ!」
私の指示にルーンは真っ向から反対をして来る。
そこへアルタイル軍の第三部隊と補給部隊が到着をした。
「回復なら私達に任せてくれ」
「頼む」
アルタイル軍の補給部隊は安全圏内まで下がるとデスブレスの直撃を受けた騎士達の回復に入る。
それはもちろんアルタイル軍側で犠牲になった兵士達の回復も行った。
この一撃で犠牲になったグルンベルグ軍の騎士は300名ほど。
思っている以上にデスブレスは危険な攻撃のようだ。
私達グルンベルグ軍は体制を整え攻撃に入る。
「「天より降り注ぎし光、星光の束となりて、かの者を守らん『プロテクション!』」」
ルーン達プリ―ストがプロテクションを放つとガルド達最前列の目の前に光の壁が競り立つ。
それは右と左の部隊に分かれて展開して魔獣ヒュドラのデスブレスを弾く。
さすがの魔獣ヒュドラも1×1000倍のプロテクションは壊せないようだ。
「よし、進軍開始!」
私達グルンベルグ軍はプロテクションに守られながら攻撃圏内まで近づいて行く。
そして残りのプリ―スト1000名にスピカの魔法の詠唱に入らせる。
同時にエリザ達魔術師に攻撃の指示を出す。
「よし、エリザ。天空の雷の魔法を頼む!」
「任せてよ。私達の魔法で気絶させてあげるわ!」
エリザ達魔術師は一斉に魔法の詠唱に入る。
すかさずプリシア達弓部隊に攻撃の合図を送る。
「プリシア、絶えず酸倍弾で魔獣ヒュドラの防御力を落としてくれ!」
「みんなやっちゃって!」
プリシアはハンドバズーカに酸倍弾を装填して発射させる。
弓部隊も酸倍弾を取り付けた矢を一斉に放つ。
酸倍弾は魔獣ヒュドラに着弾すると爆発し酸をまき散らした。
移動式大砲のような大きな爆弾ではないので溶かせる範囲も狭い。
なので絶えず酸倍弾を放つことでカバーしなければならないのだ。
弓部隊が放った矢は雨あられとなって魔獣ヒュドラに着弾していた。
一方でアルタイル軍はと言うと私達の戦い方を真似て部隊を展開させている。
騎士団を最前列に、魔術師とプリ―スト達を後列に。
銃撃隊はその後ろから攻撃をしている。
そのおかげか前よりも犠牲者の数が少なくなっていた。
しかし、まだ戦い方がわかっていないようで手をこまねいている。
私が直接指揮をとれればいいのだが、今は出来ない。
グルンベルグ軍の指揮で手一杯なのだ。
残りのプリ―スト達が詠唱を終えて1×1000倍のスピカを放つ。
「「宇宙の星々より生まれし光、神聖なる清流となりて、かの者を結びを解き放て『スピカ!』」」
巨大な泡が魔獣キマイラを包み込むと圧縮されて行く。
そして魔獣キマイラを象るようにコーティングされると艶やかさが増した。
次いでエリザ達の詠唱が終わる。
「タクト、いいわよ」
「よし、エリザ!天空の雷で魔獣ヒュドラを貫け!」
「「空かける声は神の声、地を走る声は悪魔の声、天と地の旋律は、冥府の理なり『天空の雷!』」」
魔獣ヒュドラの上空に稲妻を走らせた黒い雲が辺り一杯に湧き上がる。
次の瞬間、辺りが明るくなると同時に無数の紫色の稲妻が収束して魔獣ヒュドラを貫いた。
1×2000倍の天空の雷を受けた魔獣ヒュドラは白い煙を上げながら沈黙をする。
「よし、ガルド!一斉攻撃だ!」
「おうよ、この時を待っていたぜ。あいつの首をぶった切ってやるぞ!」
ガルド達は一斉に駆け出して魔獣ヒュドラに切りかかって行く。
今度は100連爆裂剣にこだわらずに決めるようだ。
「ぶった切ってやる!奥義『大車輪!』」
ガルドは高く飛び上がると大剣を垂直に掲げる。
そして体を高速回転させて大車輪を放った。
ガルドの大剣は魔獣ヒュドラの首を捉えて肉を抉り出して行く。
それでも斬撃は首を掠めただけで深くは傷つけられなかった。
「こいつ硬いぞ。筋肉まで鋼鉄のようだ」
ガルドの言葉通り他の騎士達が放った爆裂剣の斬撃も僅かでしかない。
思っていた以上に魔獣ヒュドラの装甲は堅牢のようだ。
「第二陣、進撃開始!」
ガルド達第一陣が左右に散会して行くと入れ替わるように第二陣が攻撃を開始する。
プリシアは爆弾を装填すると魔獣ヒュドラの近くまで接近して必殺技を放つ。
「粉々に砕け散れ!『爆裂粉砕!』」
プリシアが放った爆弾は着弾すると激しく爆発を起こす。
しかし、肉は抉りだすまでには至らず肉を焦がしただけだった。
「こんなに硬いのはじめて」
弓部隊は絶えず酸倍弾を撃ち続けている。
それでも肉まで溶かすまでには至らない。
魔獣ヒュドラの鱗が分厚過ぎて効果がないのだ。
次いでラクレス達第三部隊が攻撃を開始する。
「切るのがダメならば突くだけだ!奥義『次元裂波!』」
ラクレスは掲げた槍先に覇気の渦を巻き起こらせて魔獣ヒュドラに突き立てる。
突き刺した槍は高速回転をしながら肉を抉りだして行った。
それでも槍が突き刺さったのは皮膚の表面まで。
ラクレスの奥義を持ってしても、その程度までとは。
槍部隊の水渦衝に至っては装甲に弾かれるばかりだった。
これではいくら攻撃を仕掛けて行っても致命傷を与えるまでには至らない。
もっと効果的な攻撃方法を考えなければ、時間がかかるばかりだ。
私はすぐさま次の戦術を組み立て直した。




