160「地獄から這い出しものよ」
このところアルタイル王国では不穏な空気が漂いはめていた。
アトス政権はうまく進んでいたのだが、頻繁に地震に見舞われるようになった。
アルタイル王国は火山帯にあるので地震など珍しくないのだが。
それでも地震の大きさや発生回数は異常なものだった。
信仰心の強い者達は神の怒りだと恐れ慄き、仲間を集めて神に祈りを捧げる毎日を送っていた。
その事に憂慮したアトスは地震発生源となっている魔窟へ調査隊を派遣する。
しかし、調査隊は何日経っても戻らなかった。
「グラン、報告が上がって来ないが調査のほうはどうなっているのだ?」
「依然、第一調査部隊の消息は不明です。なので第二調査隊を派遣を調整中です」
アトスは難しい表情を浮かべてグランを見やる。
1週間前に魔窟へ派遣した第一調査隊が今だ戻らないのは何か理由があるはずだ。
魔窟の中でモンスターに遭遇したと言うことも十分考えられる。
そのため学者以外にも護衛用の騎士達50名ほど同行させてある。
なので全滅したと言うことは考えにくい。
だとするならば魔窟の中で何があったのか。
魔窟の地下には灼熱の溶岩が流れている。
地殻変動に巻き込まれて奈落の底へ落ちてしまったのか。
いずれにせよ第二調査隊の派遣は慎重を要する。
「グランよ。第二調査隊の派遣はひとまずお預けだ。まずは魔窟で何が起こっているのかを調べなければならない。騎士団1000名を動員して魔窟を調査させろ。安全が確保でき次第、第二調査隊を派遣する」
「畏まりました」
「それと民衆達に向けた演説を行う。民衆達の不安を払拭せねば、いずれ暴動にすら発展するやも知れぬ。そうなる前に手を打っておくのだ」
「さすがはアトス様ですね。すぐに手配をいたします」
グランはアトスに敬礼をするとさっそく演説の準備にとりかかった。
ここへ来ての問題勃発は政権を運営をする上でも障害となる。
まずは民衆達が混乱を起さないように啓発する必要がある。
アルタイル王国は安泰であると示すことが何より重要なのだ。
国王であるアトスが宣言することで民衆達も納得する。
国王たる者、何時も冷静さを欠いてはならない。
その後で問題を徐々に明らかにする。
いきなり全てを明かすと混乱を起しかねないからな。
恐らくただの地殻変動でないことは明らかだ。
「何が起こっているんだ。このアルタイル王国に」
アトス政権を揺るがせるような予期せぬことが起こりはじめていたことに気づくのはすぐだった。
翌朝、アルタイル城の前には王都の民衆達が押し寄せていた。
みんな不安げな表情をしていて覇気がない。
中にはプラカードを掲げてデモ行進をする者達もいる。
世の中が混沌に陥ると自然発生的に生まれるのがデモだ。
どんなに良い政権であってもデモがなくなることはない。
それは民の不満であり、政府にとって無視できない声なのだ。
アトス政権は、それを心得ていてデモを弾圧したりなどしない。
幅広く民の声を吸い上げることで政策に活かしている。
そこが前マクミニエル政権とは大きく違ったところだ。
「皆の者、今日ここへ集ってくれたことに感謝の意を示めそう。ありがあとう!」
アトスはアルタイル城のテラスから集まった民衆を見降ろす。
すると、民衆達の中からアトスに向けた声が届く。
「それよりも一体何が起こっているんだ。説明してくれ!」
「魔窟に調査隊はどうした。なぜ、戻って来ないのだ!」
「毎日、毎日、地震だなんてただ事じゃない。もう、この国は終わるんだ!」
悲鳴にも近い民衆達の声を受けてアトスは答えを返す。
「この国が終わることはない。この地震はただの地殻変動だ。安心するがいい!」
アトスの言葉に民衆達の間からどよめきが湧き起る。
この地震がただの地震でないことくらい民衆達も知っているだろう。
しかし、大事なことは民衆達の不安を払拭すること。
たとえ、それが嘘だったとしても、この場では正しいのだ。
「そんな言葉で騙さるものか!本当は調査隊は全滅したのだろう!」
「それは本当か?全滅って何があったんだ。教えてくれ!」
「神がお怒りになられているのだ!怒りを鎮めるためには生け贄が必要だ!」
民衆達は輪をかけたように混乱をはじめる。
すると、グラムが心配した様子でアトスの元へ駆け寄る。
「暴言を吐いている民衆を排除しましょうか?」
「力による解決では何も生まれない。我らの言葉を届けることが一番の方法だ」
アトス政権がうまく行っていても全ての民衆達が受け入れている訳でもない。
反アトス政権を掲げる反発者達も中にはいる。
だが、幸いなことに少数であることが救いだ。
反発者の扇動が大きくなる前に民衆達を納得させる必要がある。
「地震の発生源は魔窟だ。魔窟への調査に新たに騎士団1000名を動員する。魔窟の調査を速やかに行い、アルタイル王国の安全を保障することを約束しよう!」
民衆がどこまで理解してくれるかわからないが、手の内を明かすことも時には必要と考える。
政権を運営する上では禁じ手とも言える行為なのだが。
これまでのやり方にはとらわれないこともアトス政権の方針のひとつなのだ。
「やっぱり魔窟が震源だったのか」
「なら、魔窟のモンスターが溢れ出て来たってことか?」
「わからない。だけど、ただごとでないことは確かだ」
不安に陥っている民衆達を裂くようにひとりの男が言った。
「騎士団が1000名も派遣されるんだぞ。アトス様に任せておけば大丈夫だ!」
すると、民衆達の間からポジティブな言葉が叫ばれる。
「鉄壁のアルタイル軍が立ち上がったのだ。何も恐れることはない!」
「アトス様は私達を救ってくれる。マクミニエル政権を打倒し、この国を解放したくれたようにな」
肯定派と否定派が二手に分かれて睨み合う。
一触触発の場を制するようにアトスが剣を掲げて告げた。
「民の不安は我々の不安。民の喜びは我々の喜び。ならば、我々は民のために全力を尽くそう!全てはアルタイル王国のために!」
「「アルタイル王国のために!」」
アトスの言葉を受けて警備していた騎士達が復唱して一斉に敬礼をする。
そしてアトスは民衆達に背を向けると城の中へと入って行った。
翌朝、騎士団1000名が魔窟へと向かった。
もちろん騎士団を率いているのは第一騎士団長であるグランだ。
アトスは引き止めたのだが、グランは自ら志願して魔窟調査部隊に加わった。
アトスとしては右腕でもあるグランには城に残っていたかっただろう。
しかし、第一騎士団長の座に就いているグランとしては何としてでも、この問題を解決したかったのだ。
それはアトス政権の屋台骨を揺るがしかねない問題と受け取っていたからだ。
グランの思うに魔獣ヒュドラが目覚めたのではないかと予想を立てていた。
もし、それが本当であるならばアルタイル王国は存続の危機に見舞われる。
それをはっきりさせるためにも自分の目で見て確かめたかったのだ。
「魔窟の半径10キロメートル圏内には人を近づけさせるな!」
グランの指示で騎士団が慌ただしくゲートを作りはじめる。
ゲートと言ってもロープを張って見張りが立つと言った簡易的なもの。
見張りは100メートル間隔で立ち並び警備をする。
ざっと100名ほどの騎士達が警備にあたった。
「それでは部隊を3つに分ける。第一部隊は魔窟内の調査。第二部隊は後発隊として3日後に出発せよ。第三部隊は地上で待機だ。メンバーの選抜はこちらで済ませる。心してかかれ!」
騎士団900名で魔窟の調査に出掛けることも考えたが、全滅した時のことを考えて改めた。
なので部隊を300名ずつ3つに分ける方法をとったのだ。
もちろんそれはリスクを回避するための作戦でもある。
グランの予想している通り魔窟内に魔獣ヒュドラがいたら部隊の全滅は免れないだろう。
部隊を3つに分けておけば被害を少なくできる。
なので第一部隊のメンバーは騎士団の中でも腕の立つ者達を選出した。
「それでは調査へ向かうぞ」
「グラン様も行かれるのですか?」
「もちろんだ。お前達だけに任せておけるか」
「しかし、それでは指揮をとる者がいなくなります」
「指揮はお前に任せる」
「私なんかに務まるものではありません」
「簡単だ。私達が戻らなかったらアトス様にそのことを伝えるんだ。それだけでいい」
ここでグランが予想していることを騎士達に告げるのは酷と言うもの。
魔獣ヒュドラが魔窟の中にいるとわかれば混乱を起すはずだ。
いくら鍛え抜かれた屈指の騎士団と言えど魔獣相手には怯んでしまうものだ。
まず、大事なことは事実をアトス様に報告すること。
魔獣ヒュドラがいるにしてもアトス様ならば対策を考えてくれるはずだ。
「では、行くぞ!」
グラン達騎士300名は隊列を組みながら魔窟の中へ消えて行く。
その様子を見ていた他の騎士達の顔色は不安が渦巻いていた。
それもそのはず。
魔窟の奥からは大地を震わせるような不気味な唸り声が聞こえて来る。
一歩踏み出そうとするグランの足取りもおぼつかない。
心の底から湧き上がって来る恐怖でいっぱいだったのだ。
「ここからは外の明かりが届かない。これからが本番だ」
そう言ってグランは松明を翳して魔窟の中へと歩みを進める。
中にはモンスターの気配は全く感じない。
魔窟と言えばモンスターの巣でもあるのにも関わらずにだ。
どこかの冒険者達が魔窟のモンスターを全て狩ったのだろうか。
そんなことは普通あり得ない話である。
魔窟のモンスターは全て狩ったとしても、どこからともなく湧いて来る。
なのでモンスターがいなくなることはないのだ。
「それにしても暑いな」
歩いてから5分ほどしか経っていないが服が汗でびっしょりだ。
魔窟の地下には溶岩が流れているから暑いのは仕方ないが、それにしても異常なくらい暑い。
地面も熱を持っていて触っただけで火傷しそうなくらいに温まっている。
これはただならない状態にあることはグランにもわかった。
第一階層を抜けて第二階層へと進んで行く一行。
第二階層にやって来てもモンスターの姿がない。
辺りを見回してもモンスターがいた形跡すら見当たらなかった。
「グラン様、モンスターがどこにもいません。これは普通じゃありませんよ」
騎士達は辺りを見回しながら酷く警戒をしている。
異常さを感じているのはグランばかりでない。
アルタイル王国でも一二を争う手練れ達でも恐怖を感じるようだ。
どことなしか、その声も小さく震えている。
それでもグランは歩みを止めなかった。
ここで引き返すことは騎士の恥じ。
アルタイル王国の旗を背負っている以上は前に進むしかないのだ。
そしてグラン達は第三階層、第四階層を抜け魔窟の最下層までやって来た。
ここにもモンスターの姿は全くない。
本来であれば最下層は火竜の巣と化しているはずなのだが。
しかし、不気味な唸り声は聞こえて来る。
耳を塞ぎたくなるような大きな音で。
その声の先には地獄の穴がぽかりと口を開けている。
まるで見るものを地獄へと引き込もうとするかのように。
「グラン様、それ以上近づくのは危険です」
「案ずるな。唸り声の正体を突き止めるまでは帰れない」
グランは騎士からロープを受け取ると手頃な岩に括りつける。
「この穴の底へ行くつもりですか?」
「もちろんだ。私が戻らなかったらアトス様に伝えてくれ」
「無茶です、グラン様」
「私はアルタイル王国の第一騎士団長だ。このくらい恐るるに足りぬ」
不安がる騎士にグランは強がってみせる。
ここでグランが怯めば騎士達の間に不安が広がる。
そんな状態ではまともに戦えもしないだろう。
この穴の先に何があるのか。
それをはっきりさせるためにもグランが向かう必要があるのだ。
「ならば、私も連れて行ってください!」
「ならぬ!犠牲はひとりでいいのだ」
けっして格好つけている訳ではない。
もしものことを考えるとひとりである方が都合がいいのだ。
「一時間したら、この場から去れ。そしてアトス様に全てを報告するんだ」
グランはロープを腰に巻き付けるとゆっくりと巨大な穴の底へ降りて行った。
巨大な穴の底へ近づけば近づくほど唸り声は大きくなって行く。
それは大地を震わせるほどの巨大な音になっている。
握っているロープも自然と小刻みに震えている。
「まだ、100メートルぐらいか」
下を覗き込むと漆黒の闇が辺りを包んでいる。
目も暗闇に慣れて来て薄っすらと見えるようになって来た。
目を凝らしてみると地面がうごめいているように見える。
黒光りをした大きな鱗が波を打って。
すると、暗闇の中でギョロリとした真っ赤な瞳がグランを睨みつけた。
その瞳は2つではない。
方々に散らばりながら18も見える。
「まさか!」
グランの予想は当たっていた。
夢なら覚めてくれ。
グランは心の中で叫んだ。
しかし、現実はそう簡単に覆るものではない。
18もの真っ赤な瞳をぎらつかせ魔獣ヒュドラはグランを睨みつけた。
「アトス様に知らせなければ」
そう思ってグランがロープを強く握ったその時。
魔獣ヒュドラが巨大な穴を這いあがって行った。
9つもある頭を器用に動かしながら最下層へ出る。
すると、騎士団の断末魔が辺りにこだました。
それは一瞬の出来事であった。
魔獣ヒュドラが姿を現した瞬間、300名もいた騎士が全滅したのだ。
魔獣ヒュドラの口から吐き出されたデスブレスによって。
と言うよりもデスブレスで燃え尽きてしまったと言った方が早いだろうか。
グランは必死にロープにしがみつきながら凌いでいた。
しばらくすると魔獣ヒュドラの気配が消えて辺りが静まり返る。
グランは必死にロープをよじ登り最下層へ戻って行く。
そして最下層へ辿り着いた時には300名の騎士達は跡形もなく消え去っていた。
転がっている鎧や剣はドロドロに溶けて元の形状をなくしている。
グランは地面に両手を投げ出し大きく項垂れる。
「全滅だなんて……」
感傷に浸っている場合でない。
魔獣ヒュドラが、ここにいないのならば地上へ向かったはず。
地上に待機させている騎士団700名をしても魔獣ヒュドラは止められないだろう。
もしかしたら既に全滅されているかもしれない。
アルタイル王都へ向かわれる前にアトス様に報告しなくては。
グランは勢いよく立ち上がるとひとり地上へ向かった。
そのはるか遠い地上から騎士達の悲鳴が聞えて来たのは言う間でもない。
歩みを進めるグランの足を止めるような出来事にグランの心は折れかける。
それでもアトスに伝えるためだけに地上を目指したのだった。




