150「生き残り」
サウスブルーから離れた海域でクロード達の救命艇は漂流していた。
うまく海流に乗れてサウスブルーを離れることが出来た。
しかし、周りは海ばかりで今どこにいるのかさえ分からない。
食料も水もすでに尽きており酷く衰弱していた。
「これで終わるのだろうか……」
虚ろな目で辺りを見回すと水平線の向こうに船の影が見えた。
「船か……」
クロード達はおぼろげな意識の中で小さく呟く。
助けを呼ぶ気力も体力も残っていない。
ただ救命艇の上で横になっているのがやっとだった。
薄れゆく意識の中で男たちの叫び声が聞えていた。
「おい、あそこに人がいるぞ!」
「船を近づけろ!」
船乗り達が漂流していたクロード達を救出する。
甲板の上まで引き上げるとクロード達の意識を確かめる。
「おい、しっかりしろ!」
「うぅ……」
「意識があるぞ!」
「船室へ運べ!」
船乗り達はクロード達を担いで船室へ運んで行く。
ベッドに寝かせドクターに診療してもらう。
「ドクター、様子はどうだ?」
「ただ衰弱しているだけだ。水と粥を用意しろ」
「水と粥だな」
ドクターの指示を受けて船乗りは厨房へ駆けて行く。
そして料理長に粥を注文して水を用意させた。
「ドクター、粥と水を持って来たぞ」
ドクターは水を受け取るとクロードの口へ運ぶ。
「ほれ、口を開けろ。水だ」
「うぅ……」
クロードは微かに唇を動かして何か話そうとする。
しかし、力が入らないようで声にならなかった。
すると、ドクターはスプーンに水を掬って強引にクロードの口へ流し込む。
クロードは口をパクパクさせながら水をゴクリと飲み込んだ。
「これは時間がかかりそうだな。シグまであと何日じゃ?」
「3日で着くだろう」
「3日か。船長に言ってなるべく早く着くように頼んでくれ。ちゃんとした病院で診ないと回復までには至らないだろう」
「わかった。船長に伝えるよ」
ドクターの伝言を伝えに船乗りは船長室へ向かった。
ドクターはクロードの剣の柄に彫り込まれていたサンドリア王国の紋章を見やる。
「ふー。これはとんだ拾い物をしたようじゃ」
救助されたクロード達はドクターの配慮でヴェズベルト王都の王立病院に運ばれていた。
救助された兵士達の中で生き残ったのはたったの30名。
他の多くの兵士達はすでに手遅れだったのだ。
意識を取り戻したクロードは静かに目を開ける。
「う、うぅ……」
辺りを見回すと見慣れない光景が目に飛び込んで来た。
いくつもベッドが並び病人達が横になっている。
その間を縫うように看護婦達が忙しくが行き交っている。
クロードは重い体を起こして呟いた。
「ここは……」
すると、看護婦のひとりが大きな声でドクターを呼ぶ。
「先生、目覚めましたよ!」
「やっと目を覚ましおったのか」
見ると白い顎髭を蓄えた頭の禿げ上がった白衣の老人がやって来た。
クロードの手首を掴み脈を測る。
そして蝋燭をクロードの顔の前に近づけると覗き込むように顔色を確かめた。
「脈拍は平常。顔色もいいようだし大丈夫じゃろ」
「ここはどこだ?お前は誰だ?」
クロードはドクターの胸ぐらを掴みあげて問いかける。
「いきなり何をするんです!あなたは病人なんですよ!」
「それくらい元気があれば、もう大丈夫じゃ」
看護婦がクロードの手を振り払うとドクターは服の皺を伸ばしながらニコリと笑った。
クロードには訳がわからなかった。
覚えていることはサウスブルーの海で漂流していた記憶だけ。
どうやって自分が助かったのか、どうやってここまで運ばれて来たのかさえわからない。
しかし、冷静になって周りを見渡すと、ここが病院だってことはわかる。
ならば、サンドリア王国へ戻って来たのだろうか。
「ここはどこだ?」
「ここはヴェズベルト王国のセントクロス病院じゃ」
「ヴェズベルトだと!ここはサンドリア王国じゃないのか!」
「そんなに興奮しないでください。まだ病み上がりなんですから」
再びドクターに掴みかかるクロードを看護婦が押さえる。
ここがヴェズベルト王国なら状況は悪い。
サンドリア軍の兵士が敵対国の人間に救助されたのだからな。
人道的な立場から助けたのだとしてもただで送還することはないはずだ。
回復したら尋問され、投獄されることもあり得る。
場合によっては処刑すら考えられるのだ。
クロードがひとり思慮を巡らせて青い顔をしているとドクターが言った。
「そんなに心配することはない。アンナ女王様はお優しいお方じゃ。けっしてお主をないがしろにすることはないはずじゃ」
「そうですよ。アンナ女王様のようにお優しい女性は他にいません」
すでに女王の耳にも入っていることか。
これは考えようによってはうまく働くかもしれない。
アンナ女王に全てのことを話して協力を得るのだ。
噂通りの人物ならばクロードの言葉にも耳を貸してくれるはず。
クロードはドクターに向かって叫んだ。
「アンナ女王に会わせてくれ!」
「アンナ女王様に会わせろっと言ったって」
「女王様には簡単には会えないわ」
すると、マリア―ヌと女騎士達がクロードの元へやって来た。
「お前がクロード・バーンだな」
「おい、お前。ヴェズベルト王国の騎士だよな?アンナ女王に会わせてくれ」
「私といっしょに来い!」
マリア―ヌはクロードの手を振りほどくと部下達に合図を送る。
部下達はクロードの脇を抱えると強引に抱き起して歩かせた。
「おい、城へ行くのか?」
「着いて来ればわかる」
マリア―ヌは外に止めていた馬車にクロードを乗せると城へ向けて走らせた。
クロードはヴェズベルト城の玉座の間に連れて来られる。
入り口でマリアーヌが敬礼をすると玉座の前までクロードを連れて行く。
そしてクロードを膝まづかせてアンナ女王へ声をかける。
「クロード・バーンを連れて来ました」
「ご苦労さまです」
アンナ女王は優しい声で労うと右手を上げてマリア―ヌを下げさせる。
「しかし!」
マリア―ヌが躊躇っているとアンナ女王は優しく微笑んで頷く。
顔は微笑んでいるが目は鋭くも突き刺すような冷たい目をしていた。
これがアンナ女王が女王たる所以なのか。
只者ではないことはクロードにもすぐにわかった。
「あなたがサンドリア王国の第一騎士団長クロード・バーンですね?」
「そうだ」
「あたなにお聞きしたいことがあります。あなたは何故サウスブルーで漂流していたのですか?」
ここで嘘をつくことも可能だが、ヴェズベルト王国は情報収集に長けている。
クロードが名乗る前にクロードの本名を知っていたことからしても、全て承知していると見た方がいいだろう。
それでもあえてクロードの口から言わせるのは根拠を得たいからに他ならない。
当事者でもあるクロードの話ほど確かなものはないからな。
「我がサンドリア軍はサウスブルーで魔獣ポセイドンと交戦していた。その戦闘の最中に魔獣ポセイドンの反撃を食らってサンドリア軍は全滅してしまった。ただ、アラジンの乗っていた母艦を残してな」
「そのアラジンと言う男はサンドリア軍の指揮官なのですか?」
「そうだ。だが、あいつはサンドリア王国の者ではない。ただの盗賊だ」
「ただの盗賊がサンドリア軍の指揮官になったと?」
「そうだ」
アンナ女王は顔色ひとつ変えることなく話を聞いている。
その様子からしてもクロードの話を信じているようだ。
「それで魔獣ポセイドンはどうなったのです?」
「聖槍グングニルを手にしたアラジンによって消滅させられた」
「聖槍グングニルはエルフ王国に保管されていたのではないのですか?」
「アラジンが奪って来たんだ。どうやって奪ったのかまではわからないが、アラジンは聖槍グングニルを持って戻って来た」
アンナ女王は難しそうな表情を浮かべて黙り込む。
クロードの話を疑っているのか、それとも他に何か思うことがあるのか定かではない。
しかし、クロードが話したことは全て事実なのだ。
「しかし、アラジンが聖槍グングニルを使おうとした時、聖槍グングニルは変形して別の武器に変わった。同時にアラジンから禍々しい覇気が溢れ出した。あの覇気はこの世のものとは思えないほど邪悪に包まれていた」
「……」
「そしてアラジンは変形した聖槍グングニルの力で騎士の亡霊達を蘇らせて魔獣ポセイドンと戦ったんだ。あの力は邪悪そのものだった」
「でたらめを抜かすな!亡霊が蘇るなどあってたまるか!」
傍で話を聞いていたマリア―ヌがクロードの言葉を否定するように叫んだ。
「本当だ!これは全部、本当の話なんだ!信じられないかもしれないが事実なんだ!」
すると、アンナ女王がマリア―ヌを制止て尋ねて来た。
「あなたの話を信じましょう。しかし、なぜアラジンと言う男はサンドリア軍を見捨てたのですか?」
「アラジンはもともとサンドリア王国を乗っ取るためにやって来た奴だ。邪魔な私達を始末するために見捨てたんだ。我らの同胞達もみんな殺されてしまった」
「そのアラジンと言う男が聖女の件にも関わっているのですか?」
「そうだ。みんなアラジンが企てた計画なんだ。聖女と魔水晶を奪わせたのもアラジンが指図した。ブレックス国王は今やアラジンの傀儡になってしまっている。私はサンドリア王国を救いたいんだ。力を貸してくれ?」
これで話せることは全て話した。
後はアンナ女王がどんな判断を下すかだけ。
身を切るような思いで真実を話したのだ。
それ相応の対価があってもいいはず。
しかし、アンナ女王は静かに首を横に振り告げた。
「話はわかりましたが、あなたに協力できることはありません。これはあなた方、サンドリア王国の問題なのです」
「そんな……」
クロードは両手を床に突きガックリと項垂れる。
クロードもすんなりとヴェズベルト王国の協力は得られないと思っていた。
しかし、いざ目の当たりにしてしまうとショックを隠せない。
ここはサンドリア王国ではなく敵対国であるヴェズベルト王国なのだ。
助けを求めてもどこにも味方はいない。
自分達で何とかするしかないのだ。
「あなた方の身柄はサンドリア王国へ送還します」
「アンナ女王様!わざわざ敵を見逃すのですか!お考え直しを!」
「いいのです。これ以上、サンドリア王国と対立しても何も生まれません。私達は戦争は望みません。それはあなた方も同じでしょう?」
「崇高なるご配慮に感謝いたします」
クロードは両手をついて深くお辞儀をして敬意を表した。
命だけでも助かったと見るべきであろうか。
本来ならば投獄されていてもおかしくはないはず。
しかし、このままサンドリア王国に戻っても打つ手はない。
同胞達は全て殺されてしまったし、残っている大臣達はあてにならない。
今頃、サンドリア王国を離れる準備をしているはずだ。
どうする……。
「立て!」
マリア―ヌがクロードの顔に鞘を当てて指図をする。
「お前達の身柄は王立病院で預かることになった。だが、下手な真似はするなよ。いつでも私達の目が光っていることを忘れるな」
クロードの両脇を抱えるようにマリアーヌの部下が並ぶ。
そして、マリア―ヌに先導されて王立病院まで戻って行った。
アンナ女王は玉座に座りながら大きなため息をこぼす。
「アンナ女王様、あれでよろしかったのでしょうか?サンドリア王国の第一騎士団長ならば拘束してもよかったのでは?」
「あの者を拘束したところでブレックス国王は何とも思わないでしょう。役に立たなくなった部下はすぐさまに切り捨てる。それがブレックス国王のやり方です」
エミリアの質問にアンナ女王は淡々と述べる。
ブレックス国王は今までにも非道な行いをして来た。
部下を駒のように扱い、役に立たなくなれば切り捨てる。
裏切り者は大臣であろうとも公開処刑をして見せしめにする。
そうすることで民衆達に恐怖を植え付け支配して来たのだ。
しかし、恐怖政治はもろ刃の剣とも言える。
一度崩壊が起これば全て消えてなくなってしまうのだ。
クロードのような者が現れている現状から見てもブレックス政権は長くは続かないだろう。
下手に工作をして反感を買うよりも、そのままにしておいたほうが無難だ。
アンナ女王はそう判断した。
「アラジンと言う男はどうしましょうか?そのまま放置していれば世界が混乱しかねません」
「それが一番の問題ね。おそらくサンドリア軍が魔獣ポセイドンを討伐した噂話を流したのもアラジンと言う男でしょう」
「何が目的なのでしょうか?」
アラジンがサンドリア王国を乗っ取るだけならば噂を流す必要もない。
早々にブレックス国王を始末して政権を奪えばいいだけの話だ。
だが、今だにブレックス国王を生かしている。
それは何かしら役に立つと判断したからとどめを刺さないのであろう。
ならばアラジンの目的は……。
魔獣ポセイドンを討伐したのならば世界に光を与えられる。
人間でも魔獣を倒せると実証したのだ。
さすれば各国は魔獣討伐のため軍事力を強化させる。
もしかしたらアラジンの狙いはそこなのかもしれない。
各国に軍事力を強化させることがこそがアラジンの狙い。
そしてその先にあるのは国同士の対立。
とある国が軍事力を強化させれば隣国も習うように軍事力を強化させるもの。
互いに軍事力を強化させて国の権威を保つ。
しかし、強くなった力は外へと向くものだ。
世界は戦乱へと歩みを進めブラッド・ウォーが再来するかもしれない。
それは避けなければならない。
アラジンが戦争を望んでいるのならばなおのことだ。
「アラジンの目的は世界の混乱と見て間違いないでしょう」
「世界を混乱させて何をするのです?」
「戦争です」
アンナ女王の答えにエミリアは顔を曇らせる。
「エミリア、アラジンの動向を調査し、逐一報告しなさい。アラジンの好きなようにさせてはなりません」
「畏まりました」
エミリアはアンナ女王に敬礼すると諜報部へ急いだ。
ヴェズベルト王国の諜報網を持ってすればアラジンの動向を掴むことも動作にもないこと。
逐一、アラジンの動向に目を光らせていち早く対応する。
それこそが最良の手立てだとアンナ女王は考えていた。
しかし、アラジンはアンナ女王の目論見を全て見通していたのだった。




