146「魔獣ポセイドン戦③」
アラジンが叫ぶと海中から戦士の亡霊が姿を現す。
その数は数千、いや数万とも呼べるほどたくさんいる。
みんなサウスブルーで命を落とした戦士達の魂だ。
「何が起こっている。何なんだ、こいつら達は」
クロードは救命艇の周りに浮上している戦士の亡霊を見やる。
どれもこれも肉体を持たない魂だけの存在。
天国に召されぬままサウスブルーを彷徨っていたとでも言うべきか。
その中に知っている騎士の姿を見つけた。
「オリバー!おい、オリバー!」
クロードはオリバーの亡霊に呼びかける。
しかし、オリバーの亡霊は答えることもなく、ただ宙に浮いている。
その顔に生気は宿っておらず憎しみに満ちた表情を浮かべていた。
アラジンは海上に現れた戦士達の亡霊を見やりながら満足気な顔を浮かべる。
魔槍ヘルスピアは死者の魂を操れる能力がある。
彷徨える死者の主となって新たな使命を与える。
そうすることで死者の魂は永遠に主の僕となるのだ。
さて、どう料理をしてやろうか。
こちらには戦士の亡霊が3万いる。
その内の2万が騎士、1万が魔導師だ。
戦力としては申し分ない。
しかも既に死んでいるので不死身だ。
一気にかたをつける方法もあるが、ここはじわじわといたぶりながら始末するのがいいだろう。
「さあ、行け!我が僕達よ!」
アラジンの合図で2万の騎士の亡霊は魔獣ポセイドンへ向かって駆けて行く。
駆けて行くと言う表現よりも飛んで行くと言った方が正しいだろうか。
剣を振り抜くと魔獣ポセイドンへ向かって冥王剣を放つ。
それは連撃のごとく魔獣ポセイドンの体を捉えた。
魔獣ポセイドンは空間ごと切り裂かれる。
すると、魔獣ポセイドンがトライデントを振り回して騎士の亡霊を払い飛ばした。
それでも騎士の亡霊は立ち上がり繰り返し冥王剣を放つ。
「まだまだ、これだけではないぞ」
続いてアラジンは魔導師の亡霊に魔法を放たせる。
空が漆黒色に染まると暗黒の稲光が空を走る。
そして暗黒の雷は轟音と共に魔獣ポセイドン目がけて降り落ちた。
無詠唱で放てる属性の無い最上級クラスで唯一無二の魔法。
名づけるとするならば”悪魔の叫び”とでも言うべきか。
魔獣ポセイドンは直撃を受けて動きを止めた。
「フハハハ。どうだ1×1万倍の悪魔の叫びのお味は?」
魔獣ポセイドンは白い煙を上げながら沈黙している。
そして体に亀裂が入ると脱皮して肉体を再生させた。
「何度、再生しても無駄だ。こちらは不死身の戦士なのだからな」
魔獣ポセイドンは騎士の亡霊を見やりながら赤い瞳を光らせる。
そしてトライデント海面上に突き立てて第三の目を開いた。
すると、背後から巨大な津波が生まれ騎士の亡霊を飲み込んで行った。
「懲りない奴だ」
それでも兵士の亡霊は消えることなく海面上に浮かんでいる。
亡霊は実態を持たないので物理攻撃も魔法攻撃も効かない。
そのため魔獣ポセイドンの巨大津波もすり抜けてしまっていたのだ。
しかし、攻撃をする時だけ実体を持つ特性がある。
その時が亡霊にダメージを与える唯一の機会なのだ。
「これでわかったろう。お前には勝ち目がない」
アラジンは魔獣ポセイドンを見つめながら次の一手を考える。
魔獣ポセイドンの主力攻撃は水龍閃と天海支柱、それに巨大津波だ。
どれも戦士の亡霊には通じない。
第三の目で魔法を無効化させることもできるようだが特別な付加効果もない悪魔の叫びには意味がない。
厄介なのは脱皮による再生だ。
肉体を消滅させない限り何度も再生して来るだろう。
1×1万倍の悪魔の叫びで魔獣ポセイドンを沈黙させることは出来た。
しかし、消滅させるまでには至らなかった。
普通に魔法を倍増させて攻撃するだけではダメだと言うこと。
となれば魔獣ポセイドンの急所を狙う必要がある。
どんなモンスターにも弱点は存在する。
それは魔獣とて同じこと。
この邪眼を持ってすれば造作もないことだ。
アラジンの肉体はもはや魔槍ヘルスピアのもの。
それが故に新たな力を得た。
そのひとつが邪眼でモノの本質を見極める能力を持っている。
魔獣に対しても人間に対しても弱点に加え、心まで読むことが出来る優れもの。
アラジンは真っ赤な瞳を輝かせて魔獣ポセイドンの弱点を見極める。
「ふん、なるほどな。お前の弱点は、その眉間にある第三の目か」
弱点がわかればどうと言うことはない。
2万の騎士の亡霊を進軍させ動きを止める。
そして、1万の魔術師の亡霊で悪魔の叫びを放たせる。
さすれば再び魔獣ポセイドンは沈黙するだろう。
そうしたら魔槍ヘルスピアで、その目を貫いてやる。
「さあ、戦いのはじまりだ。我が僕達よ、魔獣ポセイドンを切り裂け!」
アラジンの合図で2万の騎士の亡霊が魔獣ポセイドンへ向かって駆けて行く。
鞘から剣を引き抜き魔獣ポセイドンへ向かって冥王剣を放つ。
剣先が空間を切り裂き魔獣ポセイドンの肉体に傷をつける。
魔獣ポセイドンはトライデントを振り回しながら騎士の亡霊を払いのける。
それでも騎士の亡霊の攻撃は止むことなく、次々と冥王剣を放っていた。
「一撃のダメージは小さくても、幾重にも重なればダメージは大きくなる。地味だが効果的な攻撃方法だ」
それを表すかのように魔獣ポセイドンの動きが鈍くなりはじめる。
いくら強大な力を持っている魔獣と言えど2万を誇る騎士の亡霊を相手では。
すると、魔獣ポセイドンが語りかけて来た。
「オロカナニンゲンヨ。オマエノノゾミハナンダ」
「ここへ来て命乞いか。魔獣も地に落ちたものだな。まあ、いいだろう。贐に教えてやる。私の望みは戦いだ。戦いほど至高なものは他にはない」
「ショセンハチニヌラレタシュゾクカ」
魔獣ポセイドンは力任せに騎士の亡霊を勢いよく振り払う。
それでも食らいつく騎士の亡霊達を制止させアラジンは魔獣ポセイドンと話をはじめる。
「人間は力を求める。それは世界の覇権を掴むため。それは強大な権力を手に入れるため。目的は様々だが、そこにあるのは私欲だけ。私は、そういう愚かな人間に力を与える。代わりに肉体と精神を支配して服従させるのだ」
「カミニデモナッタツモリカ」
「死神だけどな」
そう、魔槍ヘルスピアは求めた者の欲望によって生み出された神器なのだ。
力を欲する人間達は幾度となく聖槍グングニルを求めた。
世界の覇権を掴むため、魔獣を倒すため。
しかし、聖槍グングニルを操るには未熟で魔槍ヘルスピアに取り込まれてしまった。
肉体と精神を支配され死ぬまで戦いに明け暮れた。
生き血を啜ると言われる魔槍ヘルスピアにとって人間の醜い戦いはこの上ない餌となった。
今までにどれほどの人間の生き血を啜って来たことだろうか。
計り知れない。
唯一、聖槍グングニルを制したことが出来たのがエルフ王ことドエル・ド・ミクスだ。
それ以外には他に誰もいない。
ドエル・ド・ミクスには邪心も慢心もなかった。
心はまっさらでエルフの生き死ににも思慮を巡らせてはいなかった。
無とも言える心境に達していたのだろう。
もし仮にエルフを助けたいと言う想いを持っていたのならば魔槍ヘルスピアに取り込まれていたはずだ。
聖槍グングニルは世界を救う救世主ではない。
扱う者を試す審判者なのだ。
「そう言うお前は何なんだ。封印されていたにも関わらず目覚めて。人間を抹殺するつもりなのか?」
「ニンゲンハワレラヲキョウイトミナス。シカシソレハニンゲンガヨワイカラダ。ワレラハセカイガコンランニオチルトアラワレル。ソレハセカイヲセイジョウニモドスタメダ」
「魔獣が世界を正常に戻すだと。これは恐れ入った。散々殺戮をした上で言える言葉か。お前達は過去の遺物だ。聖戦の時に消えるべきだったんだよ」
魔獣が現れなければ聖戦は起こらなかった。
多くの犠牲者を生み出さなかっただろう。
しかし、人間達の争いは終わらない。
世界の覇権を狙うブラッド・ウォーが、それを表している。
ある意味、魔獣ポセイドンが言うことも間違ってはいない。
人間達の脅威となり戦争から意識を逸らすことで戦争を終わらせる。
荒療治だが暴走している人間達には有効に働いた。
だが、力を持ってして戦争を終わらせることなどあり得ない。
一時的に終わらせることは出来ても新たな憎しみを生みだす。
憎しみは時間をかけるほど増大されて行き、そしていつか爆発する。
逃れられない輪廻を人間達は繰り返して来たのだ。
まあ、私からすれば美味しいことはこの上ない。
人間が争いを続けてくれれば、生き血を啜れるからな。
「これ以上は話しても無駄だ。さあ、はじめるぞ」
アラジンは魔槍ヘルスピアを掲げて攻撃の合図を送る。
すると、制止していた騎士の亡霊達が動き出し魔獣ポセイドンに襲いかかる。
雪崩れ込むように冥王剣を放ち魔獣ポセイドンの肉を切り刻む。
魔獣ポセイドンはトライデントを振り回しながら集る騎士の亡霊を振りほどく。
しかし、騎士の亡霊の数が多くて対応しきれていない。
このまま押せば勝利はアラジンのものだ。
ただ、今度は封印だけには終わらせない。
肉体も魂も散りとなるくらいまで消滅させる。
魔獣の存在は、この世界には必要でない。
力が拮抗するような状況でなければ戦いは続かないからな。
それには魔獣の力は強すぎるのだ。
人間達同士で争いをしていた方が戦争は長く続く。
そうなれば魔槍ヘルスピアの存在は確たるものになるのだ。
「これで終わりにしてやる。魔術師達よ、悪魔の叫びを!」
魔術師の亡霊達は一斉に悪魔の叫びを放つ。
暗黒の稲妻が魔獣ポセイドン目がけて降り落ちる。
瞬間、魔獣ポセイドンは海に逃げ込もうとしたが騎士の亡霊に阻まれて悪魔の叫びの直撃を受けた。
魔獣ポセイドンは、その場で沈黙している。
後は魔槍ヘルスピアで第三の目を貫くだけ。
アラジンは魔槍ヘルスピアを片手に魔獣ポセイドンへと駆け寄る。
そして、天高く飛び上がると、
「死ね!」
魔槍ヘルスピアで魔獣ポセイドンの第三の目を貫いた。
すると、魔獣ポセイドンの眉間からエネルギーが放出される。
それは黒赤色の血飛沫となって魔槍ヘルスピアへと吸い込まれて行く。
まるで魔獣ポセイドンの生き血を啜るかのような光景だ。
これが魔槍ヘルスピアの本来の姿。
相手のエネルギーを吸収して己の力に変換することで強さを増す。
戦いが続く限り魔槍ヘルスピアは強くなって行くのだ。
「ココマデトハ」
魔獣ポセイドンは喉を振り絞るように声を発する。
それは終焉を迎えた蝉の声のようだった。
「さあ、消えるがいい」
「コレデ。コレデオワルトハオモウナ」
魔獣ポセイドンは全てのエネルギーを吸収されて消え去った。
「これでひとつ害悪がなくなった」
アラジンは魔槍ヘルスピアの血しぶきを振り払うと亡霊達を冥府に戻した。
魔獣はポセイドンだけではない。
全部で4体存在する。
魔獣ポセイドン、魔獣キマイラ、魔獣ヒュドラ、魔獣フェンリルと。
俗に四天王と呼ばれている。
その一柱である魔獣ポセイドンは消滅させた。
残るは3体。
その内の一体である魔獣キマイラはグルンベルグ王国にいる。
噂によればグルンベルグ軍が魔獣キマイラ討伐に動いていると言う話だ。
アラジン自ら魔獣キマイラを消滅させに行くこともできるが、ここはグルンベルグ軍に任せておこうと思う。
何せ策士タクトが軍を率いているらしいからな。
実力を図るいい機会だ。
残るは魔獣ヒュドラと魔獣フェンリルだ。
魔獣ヒュドラの生息場所はおおかた見当がついているが、魔獣フェンリルに至っては全く手がかりがない。
魔獣ヒュドラは大蛇の姿をした魔獣。
頭が9つあり毒を吐くと言われている。
ドラゴンの化身ともささやかれるほどの強敵だ。
一方、魔獣フェンリルは巨大な白狼の魔獣だ。
知性が非常に高く魔法を操ると言われている。
どちらも強敵であることには変わりがない。
魔獣ポセイドンと同じように苦戦を強いられるであろう。
「まずは居場所がわかっている魔獣ヒュドラを消滅させに行くか」
アラジンはひとまずサンドリア王国に戻ることにした。
新たな戦いに臨むためにも何かと準備が必要だ。
その為にもブレックスには役立ってもらわなければならない。
魔槍ヘルスピアを手にした今となってはサンドリア王国などどうでもいいこと。
今のアラジンには戦いしか興味がないのだ。
それは全て魔槍ヘルスピアの意志。
深淵の底へ落ちたアラジンの精神は眠ったままなのだ。
再びアラジンの精神が肉体へ戻ることはないだろう。
アラジンの肉体が死を迎えれば話は別だが。
その時にはアラジンは死んでいる。
いずれにせよアラジンには未来はないのだ。
目の前で起こった出来事に驚愕しているクロードはあんぐりと口を開けたまま。
何が起こったのか思考を巡らせて頭を整理する。
アラジンが聖槍グングニルを掲げたら変形して別の武器になった。
すると、アラジンから禍々しい覇気が流れ出して別人へと変貌した。
アラジンは海中から死者の亡霊を呼び出し操った。
亡霊達はアラジンの指示通りに動き魔獣ポセイドンと戦った。
そして、アラジンは変形した槍で魔獣ポセイドンの眉間を突き刺し消滅させた。
これは現実なのか幻なのかはわからない。
目の前で起こった出来事が現実ではありえないことだったからだ。
死者の亡霊を操るなど悪魔の所業としか思えない。
だとするならば、アラジンは悪魔にでもなったのか。
あり得ない話ではない。
アラジンから出ていた禍々しい覇気は人間のものではなかったのだから。
アラジンは聖槍グングニルに取り込まれたと考えるべきか。
神器と呼ばれている聖槍グングニルに、そんな力があること自体が驚きだ。
聖槍グングニルは人間を助けてくれるものではなかったらしい。
とにもかくにも、このままアラジンを野放しにしておくことは出来ない。
魔獣を消滅させることはありがたいが、それだけで終わるとは思えないからだ。
クロードの背中に拭えない恐怖が走る。
「おい、このままサンドリア王国に戻るぞ」
「このままサンドリア王国に戻るって本気ですか!サンドリア王国までどれだけ離れていると思っているんですか!」
「これはお願いではない。これは命令だ!」
「無茶を言わないでください。食料もないのにサンドリア王国まで戻れる訳ないじゃないですか。辿り着いたとしてもミイラになっていますよ」
クロードも無茶を言っていることは自覚している。
救命艇で海を渡ろうとなど普通は考えもしないことだ。
しかし、今は一時を争うのだ。
アラジンが再び動き出す前に捉えなければならない。
これはサンドリア王国だけでなく世界の問題なのだ。
「運が良ければ商船に出会えるはずだ」
サンドリア王国のウェールズからヴェズベルト王国のシグまでの交易は続いている。
魔獣ポセイドンが出現したのでサウスブルーを迂回するルートを通っているが。
救命艇で、そこまで辿り着くには潮の流れに乗るしかない。
あいにく西から大陸に向かって大潮がサウスブルーを裂くように流れている。
大陸にぶつかると二手に分かれるのだが、一方はサンドリア王国へ、もう一方はヴェズベルト王国に向かって流れている。
商船は、その潮の流れに沿って通っているのだ。
なので潮に乗れば確実に商船と出会えると言う算段だ。
できればサンドリア王国の商船と出会いたいが、この際、助かればどうでもいい。
救助できたサンドリア軍の兵士達は100名ほどだが衰弱している者が多い。
このままほっておいたら死んでしまうだろう。
クロードはサンドリア王国の第一騎士団長として部下を助けなければならない。
そのためにもクロードの決断は重いのだ。
「みんな揃ってサンドリア王国に戻るぞ!」
クロードの叫びに暗い顔をしていた騎士達は応える。
助けてもらうのではない。
サンドリア王国の騎士として助かるのだ。
最後にモノを言うのは気持ちだけ。
ただ、それだけで未来はどうにでもかわるのだ。
クロードは身を持って承知していた。
だからこそ、部下達に気合を入れたのだ。
アラジンを止めるため、世界を救うために。




