143「遠征③」
ガルド達は先ほどと同じように魔獣キマイラの双頭の龍を引きつける。
双頭の龍は毒ガス攻撃でガルド達を翻弄する。
騎士達が毒ガスにやられて行く中、レイムはひとりいきりたっていた。
先ほどプリシアに助けられたことが負い目になっているからだ。
当たらない爆裂剣を放っては双頭の龍をけん制する。
「レイム!そんなに前に出るな。奴の思う壺だぞ!」
「これくらい大丈夫です、先生。プリシアさんの借りを返さないと」
「俺達はこいつを倒すことが目的じゃない。エリザ達の詠唱が終わるまで時間を稼ぐだけだ」
ガルドにしては冷静な判断だ。
舎弟にあたるレイムの姿を見て昔の自分を重ねたのだろう。
少し罰の悪そうな顔をしている。
レイムはガルドに諭されて後退して行く。
それでも魔獣キマイラの攻撃範囲内で油断は出来ない。
「しかし、こうも高低差があると戦い憎いぜ」
双頭の龍はガルド達の頭上から攻撃を仕掛けて来る。
天を制した者が勝利を収めるように空にいる敵とは戦い憎いのだ。
一方で獅子は炎を吐きながらエリザ達に迫ろうとする。
そこへプリ―スト達が詠唱を終えて魔法を放った。
「「天より降り注ぎし光、星光の束となりて、かの者を守らん『プロテクション!』」」
エリザ達魔術師の足元に金色の魔法陣が浮かび上がると光の壁が競り立って行く。
それは幾重にも重なりながら堅牢な光の壁を築いた。
魔獣キマイラの獅子が吐いた炎が光りの壁に阻まれる。
しかし、先ほどとは違って激しく光の壁が揺れていた。
「やはり1×50倍のプロテクションではこんなものか」
強度は先ほどの半分。
炎に耐えられる時間も半分と考えた方がいいだろう。
その間にエリザ達魔術師部隊の魔法が間に合えばいいのだが。
プリシア達弓部隊は魔獣キマイラの獅子に狙いを着けて攻撃をはじめる。
しかし、魔獣キマイラの獅子はもろともすることなく炎を吐き続けている。
どうやら先にエリザ達魔術師部隊を潰しに来る作戦のようだ。
さっきのドラゴンブレスの攻撃を受けて作戦を変えたのだろう。
「エリザ、魔法はまだか?」
「まだ半分も行っていないわ」
これではプロテクションが持ちそうにない。
さっきから激しく揺れて亀裂が走りはじめた。
この防壁を突破されるのも時間の問題だろう。
すると、ルーン達プリ―ストの詠唱が終わる。
「タクトさん、準備が整いましたわ!」
「よし、スピカの魔法で魔獣キマイラの耐性を無効化してくれ!」
ルーン達プリ―ストは声を揃えて一斉に魔法を放つ。
「「宇宙の星々より生まれし光、神聖なる清流となりて、かの者を結びを解き放て『スピカ!』」」
魔獣キマイラの足元に白銀色の魔法陣が浮かび上がると巨大な泡が魔獣キマイラを包み込む。
そして泡が圧縮して行くと魔獣キマイラを形どってコーティングさせた。
一見すると何の変哲もないように見えるがスピカの効果は有効だ。
それを表すかのように艶めいていることが効いている証拠なのだ。
見た目は地味だが効果は大きい。
なんて言ったってスピカは補助魔法の上級魔法なのだ。
「これで全ての耐性がなくなった。ガルド達の攻撃も効くはずだ!」
「そうとわかればお見舞いしてやるぜ。奥義『大旋風!』」
ガルドは大剣を水平に保つと自らの体を回転させる。
そして魔獣キマイラの左足に向かって斬撃を食らわせた。
斬撃は魔獣キマイラの肉片を飛ばしながら奥まで食い込んで行く。
前回、攻撃したよりも深く大剣が突き刺さった。
それでも魔獣キマイラのダメージは小さいよう。
魔獣キマイラは尻尾を大きく振り回して左足に纏わりつくガルド達を弾き飛ばす。
「少しは効いているようだな」
「次は私の番だ。奥義『次元裂波!』」
ガルドに続くようにラクレスが奥義を放つ。
ラクレスの放った槍は覇気の渦を作りながら魔獣キマイラの肉片をまき散らして行く。
赤い血飛沫が飛び散る中、槍部隊がラクレスに続いて水渦衝を放つ。
槍部隊の放った刺突は水流を纏い渦を作るように深く突き刺さる。
その攻撃は連撃の如く、次々に槍部隊が入れ替わり放って行く。
それは見事なほど連携がとれている。
さすがはグルンベルグ軍槍部隊。
ガルドは関心しながら、その様子を眺めていた。
それでも魔獣キマイラは攻撃の手を緩めない。
双頭の龍を巧みに操りガルド達を翻弄した。
「これじゃあ体力勝負だぜ。エリザはまだか?」
「あと少しよ。もう少し頑張って」
「レイム、踏ん張れるか?」
「大丈夫です、先生!」
「なら、行くぜ。ウォォォォ―!」
ガルドは大剣を掲げながら魔獣キマイラに突進して行く。
それに続くようにレイムも並ぶ。
そして二人で息を合わせて爆裂剣を放った。
二人の放った爆裂剣は魔獣キマイラの傷口を捉えて爆発を起こす。
それでも魔獣キマイラはものともしない様子で反撃して来た。
魔獣キマイラの尻尾がガルドとレイムを弾き飛ばす。
ガルドとレイムは足を踏ん張って回転を止めた。
「レイム、いい攻撃だったぜ」
「先生こそ」
ガルドとレイムが視線を合わせてお互いを確認すると。
エリザ達の詠唱が終わった。
そして、再び1×100倍のドラゴンブレスを放った。
「「古より戻りし蒼き龍、時の川を遡りて、空間の海を渡る、その力で永遠の約束を『ドラゴンブレス!』」」
魔獣キマイラの足元に青色の巨大な魔法陣が浮かび上がると空が雲で覆われる。
そして雲の切れ間から青いドラゴンが顔を出して凍てつく冷気を吐き出した。
魔獣キマイラはドラゴンブレスの直撃を受けて一瞬で氷像と化す。
「よくやったエリザ!それでは全軍撤退だ!」
ガルド達は攻撃の手を止めて撤退をはじめる。
負傷した兵士を担ぎながら雪原を歩いて行く。
この場所で回復魔法を使うことも考えたが、それでは魔獣キマイラに隙を与えるようなもの。
今、優先すべきことはこの場からの撤退だ。
安全圏内まで逃げたら負傷者を回復させよう。
ルーン達プリ―スト部隊もエリザ達魔術師部隊もいっしょに撤退をはじめる。
ドラゴンブレスの魔法の効果は魔法を止めても一定の間続く。
その間に全て撤退するのだ。
しかし、私が見込んでいたほど時間は稼げなかった。
魔獣キマイラは奥の手を使って来たのだ。
「おい、あれを見ろ!魔獣キマイラの獅子の口の中が光り輝いているぞ」
「何だと!」
見ると魔獣キマイラの獅子の口の中にエネルギーが集中しはじめる。
それはオレンジ色の光を放ちながら中心へ中心へと圧縮されて行く。
そして凍結していた氷にヒビを入らせた。
「不味い。みんな避けろ!」
私の叫ぶのと同時に魔獣キマイラは高粒子砲を放った。
辺りがオレンジ色に輝いたと思ったら一瞬で山が吹き飛んだ。
グルンベルグ軍の兵士を巻き込みながら爆風が放射状に広がって行く。
私達は成す術もなく爆風に吹き飛ばされてしまった。
その衝撃であちこちの山から雪崩が発生する。
追い打ちをかけるように雪崩に巻き込まれて散り散りになってしまった。
「おい、大丈夫か?返事をしろ!」
ガルドが雪の上から仲間達を探している。
ほとんどの兵士は雪崩の下敷きになって埋もれている。
私とラクレス、ガルド、レイムは運よく近くにいたのですぐに助かった。
「あのタイミングであんな手を使って来るなんて卑怯ですよね」
「それよりも今は他の仲間達を助けるんだ」
私達は周りにいた兵士達を雪から助け出す。
ひとり、またひとりと兵士達は助けられたがエリザ達の姿がない。
雪崩に埋もれた人を救うには時間が限られている。
時間をかければかけるほど生存が遠ざかるのだ。
エリザ達魔術師部隊とルーン達プリ―スト部隊は後方にいたからもっと離れているのかもしれない。
すると、後方にこんもりと積もっていた雪の中からプリシアがひょっこりと顔を出した。
「ぷはーっ!死ぬかと思った」
「プリシア!大丈夫だったのか?」
「私がこんなことで死ぬことないよ」
プリシアは雪に埋もれていたとは思えないくらい元気だ。
こんな局面に立たされても楽観的なことはある意味素晴らしい能力だ。
私達はプリシアも仲間に加えてエリザ達の行方を探した。
捜索を開始してから一時間。
魔術師部隊とプリ―スト部隊の兵士達は見つかったが、エリザとルーンの姿がない。
雪崩に巻き込まれて深い雪の底にいるのだとしたら見つけるのも一苦労だ。
焦燥感が私達の間に広がる。
やり場のない怒りが心の底から込み上げて来た。
「何で見つからないんだ!これだけ探したんだぞ!」
「落ち着け、策士タクト。ここで私達が焦っても何にもならない」
「しかし、ラクレス。エリザ達は私達の助けを待っているんだぞ」
ひとりいきり立つ私をなだめるようにラクレスが諭す。
それでもやり場のない怒りは冷めることはなかった。
「それなら魔術師部隊の人達に雪を溶かしてもらうのは?」
「炎の魔法でか?」
「温泉を造れるくらいなんだから出来るでしょ?」
「しかし、エリザ達の居場所がわからないのでは魔法の使いようがない」
「それもそうか……。いいアイデアだと思ったのに」
プリシアはガックリと肩を落としてシュンとする。
ここは地道に探すしかない。
すると、ラクレスが犬ぞりの犬を連れて来た。
「犬は嗅覚が鋭い。魔術師エリザとプリ―ストルーンの匂いがわかれば探せるはずだ」
「その手があったか!プリシア、エリザ達の荷物はないか?」
「エリザとルーンがつけている香水ならあるよ」
「それだ!」
私はプリシアの手から香水をはぎ取ると犬に嗅がせる。
そして犬を連れながらエリザ達の居場所を探した。
ラクレスの狙いは的中して10分もしないうちに二人を見つけ出した。
しかし、二人はすっかり冷え切っていて低体温症になっている。
私は助かったプリ―スト達にエリザ達の回復を頼んだ。
その頃には魔獣キマイラは姿を消していて跡形もなかった。
あの強烈なエネルギー砲を放って体力が消耗してしまったからなのか。
私達の敗北を見届けたからなのか。
いずれにせよ全滅は避けられられた。
これからグルンベルグ王都に戻って戦術の練り直しだ。
その前にエリザ達を助ける。
プリ―スト達は負傷者を並べると魔法の詠唱に入る。
回復魔法のキュアレストならばエリア内の負傷者を完全回復できるのだ。
魔法をかけられるプリ―スト達は30名程度。
それに対して負傷者は300人を超えていた。
他の100名ほどは今も行方知れず。
今頃、雪の下で凍え死んでいるだろう。
リザレクションを使えば生き返らせることが出来るが、どこにいるのかもわからない。
ラクレスは総責任者として部下を見捨てることに決めたのだった。
それは身を切られる思いだっただろう。
それでもラクレスは決断を下さなければならないのだ。
プリ―スト達がキュアレストを放つと負傷者の傷が癒えて行く。
そして低体温症にかかっていたエリザ達も意識を取り戻した。
「エリザ、ルーン、大丈夫か?」
「タクト、そんなに悲しい顔をして何かあったの?」
「何かあったじゃないよ。エリザ達は死ぬところだったんだぞ」
「私はタクトさんが必ず助けてくれると信じていましたわ」
「それは私のセリフ。タクト、ギュッとして」
エリザは私の肩に手を回して抱き着いて来る。
私は少し照れながらもそっとエリザを抱き寄せた。
すると、今度はプリシアが焼きもちを焼きはじめる。
「ちょっとエリザ。タクトから離れなさいよ!」
「プリシアはさっきしたでしょ。今度は私の番よ!」
「お三人方は相変わらずですね」
「私もか?」
ルーンはエリザ達を見やりながらクスクスと笑う。
まあ、何にしてもエリザ達が助かったことは安心した。
グルンベルグ軍の兵士100名の死は心苦しいが、戦いなのだから仕方がない。
すると、急に空が鈍色に染まりチラチラと雪が降って来た。
「マズイな。山が荒れるぞ。日没前に下山するんだ」
私達は隊列を組み直すとサミトスの街へ向けて旅立った。
しかし、思うように足が進まない。
魔獣キマイラが起こした雪崩によって足場が悪くなっていたからだ。
犬ぞりを先行させて進んでいるが道に迷ってしまいそうな荒れようだ。
アレギスタ連山が、ここへ来て猛威を振るって来たのだ。
「おい、タクト。こんな天気じゃ前に進むのは危険だ。どこかで休憩をしよう」
「ダメだ。今、足を止めたらかえって迷ってしまう。まだ、明るいうちに下山するんだ」
「しかしよ。こんな状況じゃ体力が持たないぞ」
私は足を止めてラクレスと相談をする。
ラクレスは後発隊が到着するまで待つのもアリだと言って来た。
しかし、それでは時間ばかりが経ってしまう。
みんなの体力の消耗も激しいし、凍えてしまうかもしれない。
吹雪にでもなれば後発隊もおいそれと前へ進めないだろう。
すると、前方から灯かりいくつか見えた。
目を凝らすと一日遅れでやって来た後発隊だった。
後発隊は私達に気づくと駆け寄って来る。
そして、ラクレスに報告を済ませると先発隊と合流をした。
後発隊は気を利かせて食料をメインに運んで来ていた。
私達は身を隠せそうな山に部隊を集めると軽い食事を済ませる。
魔獣キマイラとの戦闘で疲弊していたためパンのひとくちでさえ至極の料理のように感じる。
これが生きていると言う喜びなのだろう。
ガルドは物足りなそうにしていたがレイムは頬を丸くしていた。
これで魔獣キマイラの実力は計れた。
炎と毒ガス攻撃に鞭のような尻尾。
この攻撃は侮れないほどの威力がある。
それに加えて、あの高粒子砲だ。
あの攻撃をまともに食らえばグルンベルグ軍は間違いなく全滅させられるだろう。
山でさえ吹き飛ばしてしまうほどのエネルギーなのだ。
防御面では魔法耐性と衝撃耐性。
硬い鱗が装甲の役割を果たしている。
プリシアの酸倍弾で溶かせることがわかったが、それには大量の酸倍弾が必要だ。
移動式大砲の砲弾なら十分に役割を果たせそうだ。
その為にもまずは魔獣キマイラをこのアレギスタ連山から移動させなければ。
「策士タクトよ。グルンベルグ王都に戻ったら作戦会議をするぞ」
「わかってる」
魔獣キマイラを討伐するための戦術を考える必要がある。
それは確実に着実に討伐するだけの緻密な戦術でなければならない。
グルンベルグ王国の明日のためにも世界の未来のためにも。
私達は休憩を終えるとサミトスの街へ戻った。




