131「エルフ王ドエル・ド・ミクス」
王都の周りは防壁がなく木で出来た柵で覆われている。
堀も見当たらず防御力は低そうだ。
まあ、エルフしか住んでいないのだから争いも起こらない。
平和そのものなのだろう。
しかし、武装している警備兵を見るとそうも思えない。
アラジンは王都の入口で警備兵に制止されていた。
「ミーナ。なぜ人間を連れて来た」
「この人は怪しい人じゃないわ。街の人を救うために薬草を探しに来たのよ」
「薬草を探しに来ただと?」
武装したエルフの警備兵は舐め回すようにアラジンを見やる。
「ミーナが言っていることは本当だ。私は植物学者をしている」
「そうは見えないけどな」
すると、武装した警備兵がミーナを引き寄せてアラジンから遠ざける。
「ミーナはこっちに来い」
「離してよ。アラジンは悪い人じゃないわ」
「おいおい、エルフってのは子供にまで乱暴をするのか?」
「何を!」
アラジンの挑発に反応して武装した警備兵が槍でアラジンの膝を折る。
アラジンはバランスを崩して倒れ込んでしまった。
「乱暴はしないでよ!」
「目を冷ませミーナ。ミーナは騙されているんだ。人間は争いばかりしている愚かな人種なのだぞ」
あながち武装した警備兵が主張していることも間違いがない。
魔獣が目覚めた今でさえ、人間達は顧みることなく対立ばかりしている。
優先順位を間違えてくだらないことにばかりに力を入れる。
人間の愚かさは他人に指摘されなくても重々承知していた。
すると、武装したエルフの警備兵がアラジンを後ろ手に抑え込む。
「お前は、こっちに来い」
「私をどうするつもりだ?」
「議会にかけて審議を行う」
「処刑するためのか?」
「それを決めるのは国王様だけだ」
アラジンは武装したエルフの警備兵に連れられて牢獄へ向かった。
牢獄と言っても鉄格子に覆われた頑丈なものではない。
丈夫な樹とツタで造られている簡易的な牢獄だ。
普段は獣とかを閉じ込めているらしく、格子の端々に獣の毛が着いていた。
「しばらくその中で大人しくしていろ!」
武装したエルフの警備兵は牢獄に閉じ込められたアラジンを確認すると警備へ戻って行った。
「ここへ来ての投獄か。聖槍グングニルは目の前だと言うのに」
アラジンはドカリと腰を下ろして大きなため息を吐いた。
しかし、まだ手がなくなった訳ではない。
この程度の牢獄ならば簡単に脱出することが出来る。
ただ、脱出したとしても逃げ道がないと言うことだけ。
辺りは深い森で覆われていてどこを歩いているのか場所さえわからないのだ。
来るときはミーナの案内があったからこそ王都まで辿り着けた。
聖槍グングニルを手に入れた後のことを考えなければならない。
ひとりで森を抜けることは困難だ。
だからミーナを味方につけておく必要がある。
あいにくミーナはアラジンの嘘を鵜呑みにしたようで警戒はしていない。
アラジンにとってミーナのような子供を騙すことはお手のものだ。
多少心苦しいことはあるが、それも目的を果たすために必要なことなのだ。
そんなことを考えているうちに西の空は茜色に染まっていた。
すると、狩りに出かけていたエルフ達が戻ってきたようで王都が騒がしくなる。
牢獄の前を通り過ぎるエルフ達は物珍しそうにアラジンを眺めていた。
いい見世物になったような気分だ。
それも仕方ないと言えば仕方ない。
エルフ王国にやって来る人間はほんの一握りしかいないのだ。
ましてや王都とでもなれば、ほぼ人間はやって来ない。
森で獣に遭遇する確率より人間に出会う確率の方が低いのだ。
そして、エルフ達は会議をするため中央の広場へ集まる。
牢獄の見張りをしていたエルフも広場へ足を向けた。
「これでエルフ王がどんな決断を下すかが問題だな」
アラジンは手足を投げ出して樹で出来た格子に背中を預ける。
そこへ果実を抱えたミーナがやって来た。
「アラジン、大丈夫だった?」
「今の所ね」
「お腹、空いたでしょ。これを食べて」
ミーナは格子の間から果実を放り投げる。
アラジンは果実を拾うと口に運んだ。
口いっぱいに甘酸っぱい果汁が広がる。
乾いたのどを潤すにはちょうどいい甘さだった。
「どう?おいしい?」
「腹は膨れないが美味しいよ」
「そう。よかった」
ミーナはニコリと満面の笑みを浮かべる。
お腹が少し膨れて安心したのかアラジンは肩の力を抜いた。
「この会議はどうなると思う?」
「これまでにも人間を捕まえたことはあるけれど、みんな追い返されたわ」
「処刑はされなかったのか?」
「別に悪いことをした訳じゃないからね」
ミーナの言葉に少し安心をした。
けれど、聖槍グングニルを奪取したら間違いなく処刑されるだろう。
何せ聖槍グングニルはエルフにとって神のような存在なのだから。
信仰心の高い者達を敵に回すと厄介なこと他ならないのだ。
「アラジンはすぐに開放されるよ。だって街の人達を救うためにやって来たのだから」
「ハハハ……そうだな」
アラジンとミーナは会議が終わるまでおしゃべりをしていた。
エルフ王ドエル・ド・ミクスは上座に構えてエルフ達の会議を聞いていた。
エルフ達は円状に集い、焚火を囲いながらアラジンのことを話し合っている。
「あの人間は信用できない。すぐに追い返すべきだ」
「追い返すだけでいいのか。ここは見せしめに処刑するべきでは」
「しかし、何の罪も犯していない者を処刑していもいいのか?」
「それでは我々が恐怖の対象になってしまう」
そうだ。エルフはただでさえ人間を拒んでいる。
そこへ来て見せしめのための処刑を行えば、エルフは恐怖の対象にされてしまうだろう。
そうなれば人間達はエルフ狩りを行うかもしれない。
人間対エルフの戦争のはじまりだ。
そんなことになっても何の意味もない。
人間の立ち入りを断って来た歴史があるからこそ今のエルフ王国があるのだ。
「あの人間は何をしにここへ来たのだ?」
「ミーナの話によれば薬草を探しに来たらしい」
「薬草なら他の国にもあるだろう。なぜ、ここなのだ?」
「薬草探しは口実で、本当は神器を奪いに来たのかもしれない」
「その可能性は捨てがたいな。今までやって来た人間も同じだったからな」
これまでにも人間達がエルフ王国にやって来た。
それは神器である聖槍グングニルを手に入れるためのものだ。
しかし、聖槍グングニルの奉納されている場所はエルフ達しか知らない。
人間に寝返るエルフなどいないから人間達に場所がばれることはなかったのだ。
まあ、人間が聖槍グングニルを手にしても使いこなすことは出来ないのだが。
「やはり、あの人間を処刑するべきなのでは」
「しかしな」
「何を躊躇っているんだ。我らの力を示すべきだ」
「そうだ。エルフは人間に屈しないことを見せるんだ」
「だが、それでは人間達と戦争になるぞ」
人間とエルフの戦争は歴史的に見ても一度もない。
人間とは交流を持って来なかったからこそ今の平和があるのだ。
人間の世界には介入せず、人間達にも介入を許さない。
全てのエルフ達に徹底させて来たから実現出来たのだ。
中には他国へ渡るエルフもいたが、一度エルフ王国を出たら二度と戻れない。
そのことを覚悟をしてみんなエルフ王国を離れるのだ。
エルフ王国を出たからと言ってエルフの誇りは忘れない。
人間達に屈することなく世界を渡り歩いているだろう。
エルフ王ドエル・ド・スミスは今までエルフ王国を離れた者達を全て覚えている。
それは裏切り者を忘れるためのものではなく、エルフ王としての使命だ。
エルフとして生まれたからこそ、エルフとして死ぬ。
それは全てのエルフに通じる定めなのだ。
「たとえ人間と戦争になっても勝つのは私達だ」
「エルフの誇りを人間達に見せつけてやるんだ」
「みんな落ち着け。何で人間と戦うことになっているんだ。議題はあの人間をどうするかだろ」
「それなら簡単だ。処刑だ」
「俺も処刑がいいと思う」
満場一致をしたところで進行役のエルフがエルフ王の判断を仰ぐ。
エルフ王はしばしの沈黙の後、静かに口を開いた。
「あの人間は生かして帰す」
すると、若者のエルフが反論をした。
「しかし、それでは次の人間を生み出すことになるのでは」
「それでもあの人間は生かして帰す」
エルフ王の決断に奥歯を噛み締める若者のエルフ。
進行役のエルフに制止され、それ以上、反論することはなかった。
「これは国王様のご決断だ。皆の者、従うように」
会議は終了しエルフ達は自分達の家へと戻って行った。
エルフ王は誰もいなくなった広場の焚火を見つめながらため息をこぼす。
エルフ王国に立ち入ろうとする人間は後を絶たない。
それは神器である聖槍グングニルの存在があるからだ。
魔獣が目覚めた今となっては聖槍グングニルの力は必要とされる。
しかし、聖槍グングニルは人間の力では制御出来ないのだ。
そのことを人間達はわかっていない。
誰もが聖槍グングニルを手にすれば世界を制覇出来るとさえ思っている。
神器とは本来、そう言うものではないのだ。
神の力の宿った神器は特別な者にしか扱えない。
神に選ばれた者にしか手に出来ないはずなのだ。
それがどう曲がって伝わり人間達は間違った考えを生み出している。
たとえ人間が聖槍グングニルを手にしても、その力に飲み込まれるだけなのだ。
「人間とは愚かな生き物だ」
エルフ王は漆黒の空を見やりながらひと言呟いた。
漆黒の闇の中で光る星々を希望とするならば、圧倒的に闇は大きい。
そのほとんどは闇と言えるだろう。
だからこそ、星々は見る人に夢を抱かせる。
漆黒の闇を照らすような星になって闇を打ち払う。
しかし、それが出来るのはほんの一握りの者だけ。
多くの者達は闇に飲まれて夢を失うだろう。
人間達が今描いている夢も、あの星々と同じだ。
魔獣と言う絶望的な闇を打ち払うために神の力に縋りつく。
それが間違いであっても受け入れることは出来ずに力を求める。
そして絶望の海に身を投じるのだ。
聖槍グングニルを求め続けている限り、人間達に未来はない。
魔獣は目覚めるべきして目覚めたのだ。
それはこれまで世界を凌駕して来た人間の粛清のため。
人間対魔獣。
果たして世界を取り戻すのはどちらなのか。
アラジンが牢獄の中でウトウトしていると見張りのエルフが戻って来た。
ミーナは外でスヤスヤと眠っている。
アラジンとおしゃべりに夢中になっているうちに眠り込んでしまったのだ。
「おい、お前。国王様の判決が出た。お前は生かして帰すとな」
「さすがはエルフ王だな。懸命なご判断で」
「この野郎、国王様を侮辱しているのか!」
アラジンが嘲るような態度で言い返すと見張りのエルフは食いかかって来た。
「侮辱なんてしていないさ。ただ、他のエルフ達よりも懸命だと思ってな」
「この野郎!」
見張りのエルフは木で出来た格子を強く握りしめながら悔しがる。
アラジンは牢獄の真ん中にいて手が届かないのだ。
すると、眠りこけていたミーナが目をこすりながら目覚めた。
「アラジン、助かるの?」
「何とかな」
「よかった。本当によかった」
ミーナは目に涙を浮かべながら嬉しそうに笑う。
こんな小さな子に本気で心配されていたことは正直、嬉しいものだ。
これまでアラジンについて来た仲間が数知れないが、それは利権を狙ってのことだ。
腹を割って心から信頼できる仲間はほとんどいない。
中でもドミトスだけは珍しくアラジンを慕ってくれた。
忠実な部下で片腕とも呼べる存在だった。
しかし、それも過去の話。
サンドリア王国で聞いた噂話によればドミトス達は処刑されたのだと言う。
ブレックス国王を打ちとることには失敗したが、作戦はおおむね成功だ。
ドミトスの活躍に感謝をしたい。
そんなことを考えていると見張りのエルフがミーナに言った。
「ミーナ。そいつに感化されたのか?」
「そんなのじゃないわよ。アラジンは悪い人じゃないもの」
「それを決めるのは、そいつだけだ。明日、ラギトスに送るからそれまではおとなしくしているんだぞ」
見張りのエルフは、そう言うと持ち場を離れてどこかへ行ってしまった。
逃げ出すなら今夜中でなけれなならない。
何としてでも聖槍グングニルを手に入れなければ。
アラジンは靴のかかとから隠しナイフを取り出す。
そしてナイフで木の格子を切りはじめた。
「何をしているの、アラジン?」
「ここから逃げるんだ」
「どうして?明日には帰れるじゃない?」
ここでミーナに本当のことを言ったら裏切られたと思うだろうか。
薬草を探しに行くと嘘をついてもマグフィニス洞窟の場所はわからない。
自分で探そうものならばすぐに迷ってしまうだろう。
ミーナでなければマグフィニス洞窟の場所はわからないのだ。
アラジンはしばらく黙り込んで熟考する。
「どうしたの、アラジン?具合が悪くなったの?」
聖槍グングニルの力を授かるためにマグフィニス洞窟に行くと言ったらどうだろうか。
神の力を宿した神器だ。
それだけの効果があると思うだろう。
ミーナの話を来た限りではミーナ自身、聖槍グングニルは見たことがないようだからな。
「ねえ、アラジン。アラジンってば」
「ちょっと考え事をしていただけだ。それよりミーナに頼みがある」
「頼みって何?」
「マグフィニス洞窟まで案内してもらいたい」
「何で?」
アラジンはミーナに事情を説明して信じ込ませる。
ミーナも聖槍グングニルに興味を持っていたようですぐに頷いてくれた。
アラジンは隠しナイフで木の格子を破るとミーナを連れてマグフィニス洞窟へ向かった。
あいにく王都は夜だったため他のエルフに見つかることなく抜け出せた。
ただ、ひとりエルフ王ドエル・ド・ミクスを覗いては。
「やはりあの者もただの人間だったか」
エルフ王は破られた牢獄を見やりながらぼやく。
そして、アラジン達を追ってマグフィニス洞窟へ向かったのだった。




