126「アトスの策略」
グルンベルグ軍が合流した頃。
アトスはアルタイル城のテラスから、その様子を伺っていた。
「グルンベルグ軍の加勢か。アルタイル軍も地に落ちたものだ」
しかし、これではこちら側が不利になってしまった。
グルンベルグ軍は2千弱あまり。
けっして大きな兵力ではないが、アルタイル軍の士気が高まる。
それでもアルタイル城の攻略には手を焼くだろう。
アルタイル軍を打ち破る必要はない。
あくまで時間を稼げればいいのだ。
ならば、防戦に徹して一切こちら側からは仕掛けない戦術で行こう。
そうすれば難攻不落のアルタイル城と相まって鉄壁の守りを誇れる。
すると、若い騎士団長達が駆けこんで来た。
「アトス。グルンベルグ軍が合流して来たぞ。どうなっているんだ?」
「どうもこうもない。見ての通りだ」
「見ての通りって。随分、余裕じゃないか?」
「今更、慌てても仕方ないだろう」
「それはそうだが」
アトスの言葉に若い騎士団長達は言葉を噤む。
グルンベルグ軍の加勢は予定外だが計画は実行するのみ。
今さら引き返す選択肢は残されていないのだ。
クーデターを起こした以上、最後まで突き進むのが道理だ。
まだまだ若い騎士団長達には覚悟が欠けるようだ。
アトスは若い騎士団長達に気合を入れる。
「アルタイル軍がグルンベルグ軍の力を借りたとしても我々に勝機はある。この難攻不落のアルタイル城は落とせはしない。我々の底力を見せる時だ!」
「そうだな。俺達はマクミニエル政権を打倒するために立ち上がったのだ。マクミニエルを打倒し政権を奪い取るんだ!」
アトスは剣を掲げると若い騎士団長達も同じように剣を掲げる。
そして剣の切っ先と合わせると気合を入れ直した。
「「我がアルタイル王国のために!」」
それでも奥の手を考えておく必要がある。
もし、アルタイル城が攻略されそうになった時のためにも。
使えるのは大砲だ。
アルタイル城は防衛のため大砲を8門備えてある。
正面に4門と左右に2門ずつ。
脱着可能な移動式の大砲だ。
一方でアルタイル軍もグルンベルグ軍も大砲は持って来ていない。
そこがつけ入る隙になる。
アルタイル軍が中門を打ち破る時が来た時に大砲で反撃をする。
まさかアルタイル軍も大砲で反撃して来るとは思っていないだろう。
しかも至近距離で大砲を放つことになるのだ。
予想外の攻撃を受ければアルタイル軍も混乱して徹底をするはず。
「まだまだ落とさせんよ、このアルタイル城はな」
アトスは騎士達に大砲を城の中庭に配置させる。
左右の1門ずつを外して2門準備する。
もちろん砲弾も準備していつでも撃てる用意をさせる。
そして反撃のタイミングを砲撃手達に伝えた。
アトスが指示を出さなくても反撃できるように手はずを整えておく。
それはマクミニエルの首を狩りに行くための準備でもある。
後は過激派の到着を待つだけ。
すると、伝書鳩がアトスの元へ戻って来た。
アトスは伝書鳩から手紙を外し目を通す。
手紙にはこう記されてあった。
”明日の昼に集結する予定。アルタイル城を見降ろせる丘より進軍する。数は全部で5千ほど。うち、銃撃部隊が3千、戦士が2千あまり”
「5千か。上々じゃないか。それに銃撃部隊を3千用意できたことは喜ばしい。これだけの火器があればアルタイル軍などもろともしないだろう」
銃はドワーフの技術によりもたらされた最新の武器。
長距離の射程を誇り、誰でも扱えると言う利便性がある。
対モンスター戦には火力が劣るが対人間戦に対しては絶大な効果をもたらす。
重装備部隊の盾を貫くほどの威力がある。
これならばアルタイル軍の鉄壁の守りも簡単に崩せるだろう。
「フフフ。勝利の女神は我らに微笑んだようだ」
アトスは勝利を確信しながら不敵な笑みを浮かべた。
その頃、マクミニエル国王はひとり苛立っていた。
椅子の肘掛をしきりと叩きながら手をこねくり回す。
その緊迫した様子を見ていた騎士達に緊張が走る。
そこへ伝令を伝えに行った騎士が戻って来る。
「グルンベルグ軍を追い返したのか?」
「申し上げにくいことですが、グルンベルグ軍は参戦します。クーデターを制圧することを約束してくれました」
「お主はそれを聞いておめおめと戻って来たのか!」
「はい……」
マクミニエル国王は目の前のテーブルを蹴飛ばし怒りを露わにする。
「これはアルタアイル王国はじまって以来の大失態だ。わざわざダゼルに借りを創るような真似を犯すとは!お主達にはわらんのか!この危機が!」
こいつらでは話にならない。
アトスはどこへ行っているのじゃ。
この緊急時に姿を見せないとはアトスもワシを出し抜いているとでも言うのか。
腹立たしい。
マクミニエル国王は狂乱したようにティーカップを投げつけて破壊する。
その様子を見ていた騎士達の顔から血の気が引く。
これではまるでおもちゃをお預けにされた駄々っ子のようだ。
違うのはマクミニエル国王が老人だと言うことだ。
マクミニエル国王は一通り怒りをまき散らすと椅子に腰かけて呼吸を整える。
「アトスを……アトスを呼べ」
「アトス様は以前行方知れずです」
「聞えなかったのか?ワシはアトスを呼べと申したのじゃぞ」
マクミニエル国王の突き刺すような冷徹な視線に騎士は黙り込む。
そして何か思い出したように慌てて部屋を出て行った。
これでグルンベルグ軍がクーデターを制圧した日にはダゼルに頭が上がらなくなる。
おそらくダゼルは今後のことも考えて交易の自由化を持ちかけて来るに違いない。
ダゼルにとってもドワーフの技術は手に入れておきたいところだろう。
そうなってしまえばワシが守って来た特権が足元から崩れることになる。
ドワーフ達の支持を失うことになればワシの求心力も落ちて行く。
それではますます過激派の思う壺になるってものだ。
それだけは避けなければならない。
あくまでクーデターを制圧するのはアルタイル軍でなければならないのだ。
明日には派遣していたアルタイル軍が合流する。
数では圧倒的にアルタイル軍に分があると言うもの。
あくまでグルンベルグ軍は2千弱程しかいないのだ。
アルタイル軍が指揮をとれば自然とグルンベルグ軍は補助に回ることになる。
そうしてグルンベルグ軍を追いやれば表向きはアルタイル軍が制圧したことになるはず。
マクミニエル国王は騎士に新たな伝令を伝えさせる。
指揮はアルタイル軍がとれと。
しかし、その伝令はタクト達の元に届くことはなかった。
何故ならば伝令を伝えに行った騎士はグルンベルグ軍の加勢に賛成だったからだ。
翌朝、派遣していたアルタイル軍が到着するとアルタイル城の攻略に向かう。
同時にグルンベルグ軍の後発隊も到着し合同部隊が出来上がった。
総数約2万5千。
一度目の交戦で敵部隊は千ほど数を減らした。
現段階では兵力7千あまりだ。
これで勝たない訳がないだろう。
誰もがアルタイル城の攻略を信じていた。
しかし、三度に渡る交戦にも敵は耐えて見せた。
正門こそ破壊されてしまったがアルタイル城は悠然と聳え立っていた。
「さすがはワシの造った城だけのことはある。だが、皮肉なことじゃ。自らがアルタイル城を攻略しなければならなければならなくなるとは」
マクミニエル国王はグラスの酒を煽る。
昨日とは違い今日はいつもの冷静さを取り戻している。
それでも酒に頼らなければ自我が保てないほど追い込まれていた。
唯一の心の支えでもある側近のアトスが行くへ知れずのまま。
こう言う状況に追い込まれた時はいつもアトスが的確な助言をくれたものだ。
アトスはマクミニエル国王に忠実で真摯に使えて来た。
だからこそ、今まで政権を維持できたことは過言でもない。
晩年を迎える頃になると、その傾向が強くなって行った。
マクミニエル国王は体調を崩しがちになっていたからだ。
自分でも後継者がいないことが最大の問題であると自覚している。
そのため自分を支持しているドワーフから王位継承者を選出しようとまでしていた。
しかし、保守派の大臣達の反発にあい白紙に戻ってしまったのだ。
「国王様、それ以上は控えた方がいいのでは」
「お主はワシに命令をするつもりか!」
マクミニエル国王は側室の助言を無視して酒を煽る。
「酒だ。酒を持って来い!」
こうなってしまえばもう誰にも止められない。
側室達は静かに部屋を出ると仕事場に戻って行った。
もう、マクミニエル国王を支持する者は、この要塞にはいないだろう。
主君の荒れ暮れようを目の当たりにすれば誰でも、そう思うことだ。
アルタイル軍とグルンベルグ軍の突入の後、アトスは次の一手を考えていた。
思っていた以上に合同軍が働きを見せたことに正直、驚いている。
まさか、奥の手を使うことになるまで追い込まれるとは。
グルンベルグ軍が加わったことで戦い方が一変した。
それまでは力のごり押しの戦術をとっていたのに、より戦術的になった。
それはグルンベルグ軍の指揮官が洗練されているからだろうか。
いずれにせよ次の戦術を考えないとアルタイル城が落とされてしまう。
過激派が到着するまでは時間を稼がねば。
既に奥の手を見せてしまったので同じ手は通用しないだろう。
それでも大砲で合同軍の足止めは出来る。
大砲で後方支援をしつつ騎士団を先行させる。
魔術師部隊は敵の魔法に対抗させて、プリ―スト部隊は騎士の回復にあたらせる。
弓部隊は後方支援を任せる。
あくまで守りに徹することで時間を稼がせることが目的だ。
それ以上の戦略は必要でない。
おそらく次の交戦の時に過激派が到着するだろう。
銃撃部隊の攻撃で合同軍は混乱に落ちる。
2万5千ほどの数の兵士がいるのならばなおのことだ。
人数が多ければ多いほど統制はとり難くなる。
そうなれば合同軍の統制もとれなくなるだろう。
そしてアトスは秘密通路を通りマクミニエル国王の首を取りに行く。
マクミニエル国王の首を狩れば勝利は掴んだのも同然だ。
「さて、後はマクミニエルの首を取るだけだ」
マクミニエル国王が潜んでいる場所は特定出来ている。
秘密通路の先は王都の外れの別荘に行きつくからだ。
マクミニエル国王はほとんどの兵士をこちらに向けて来た。
そのためマクミニエル国王の護衛は薄くなっている。
それに加えマクミニエル国王はアトスに絶大な信頼を寄せている。
アトスであれば簡単にマクミニエル国王に近づくことが出来るのだ。
アトスの徹底した忠誠と行動でマクミニエル国王の信頼を買って来た。
それは全てマクミニエル政権を打倒するため。
長きに渡る戦略だったが、これで実を結ぶと言うもの。
「我々の明日は近い」
そもそもアトスが過激派に加わったのはマクミニエル政権の強引な政策に反発したからだ。
アトスの家庭は貧しくて明日の食でさえ手に入れることが困難だった。
そこへマクミニエル政権が打ち出した税の引き上げ。
ほとんどの貧しい家庭は崩壊し、親は子供を身売りに出した。
生き残るためには仕方なかったことと言え、アトスは自分を捨てた両親を恨んだ。
そして人身売買の先で過激派のリーダーと出会う。
過激派のリーダーは新たな仲間を集めている最中で身売りされた子供達を掻き集めていた。
過激派のリーダーは人情的な一面を持っていて身売りされた子供達にも人として接してくれた。
食事は3食、毎日与えてくれて着る服まで新調してくれた。
ようやく人らしい生活を手に入れた子供達はおのずと過激派のリーダーを信頼して行く。
その上で子供達を新たな兵士として鍛え上げて行く。
それは過激派のリーダーが考えた育成方法だったのだ。
アトスは子供達の中でも頭角を現して行って過激派のリーダーの信頼を勝ち取った。
過激派のリーダーにはとことん忠誠を見せて与えられた仕事は着実にこなす。
何よりも仲間を尊重し、仲間が危機に陥っていたら命をかけて守り抜く。
そんなアトスの姿勢が評価され、過激派の新たなリーダーとして昇格して行った。
ちなみにアトスを救った過激派のリーダーはアルタイル軍との交戦の時に仲間を庇って亡くなった。
今ではアトスを支持する仲間ばかりで団結されるまでに至った。
マクミニエル政権の打倒は過激派みんなの悲願でもあった。
それが故にアトスと共に立ち上がってくれたのだ。
「さあ、行こうぞ。新たな未来へ」
アトスは両手を広げて空に想いを馳せた。
過激派部隊はアルタイル王都の5キロ圏内までやって来た。
仲間の中には女子供もいるので到着が少し遅れている。
過激派部隊を指揮しているグランは仲間達の士気を上げる。
「アルタイル城までもうすぐだ。みんな頑張れ!」
ここへ来るまで夜通し歩き続けて来たので兵士の疲労も伺える。
そのため部隊を3つに分けて交代交代で休息をとって来た。
とかく銃撃部隊は疲労が仇となりやすい。
神経を集中させて銃を撃つので少しのズレが致命的になる。
幾度の訓練を重ねて来た兵士でさえ同じなのだ。
「もう、歩けないよ」
「頑張りなさい。アトス様が待っているんですよ」
子供の兵士が、その場に座り込むと女兵士が喝を入れる。
それを見かねたグランが子供を馬車に乗せた。
「甘やかさないでください。この子のためになりません」
「今は、そんなことを気にしている場合じゃない。約束の時間までにアルタイル城に辿り着くことを優先させるんだ」
グランに諭されて女兵士は納得する。
そして先を急いだ。
訓練はこなして来たが子供はやはり子供だ。
本来ならば子供の力など借りずに済ませるのがいいのだが。
しかし、過激派は少数部隊だから人手がいる。
戦える者には武器を持たせて戦ってもらう。
それが我々過激派の理なのだ。
そうして来たことで5千ほどまでに拡大することが出来た。
精鋭部隊とまでは行かないが、それに匹敵する戦闘力は有しているだろう。
それに子供が兵士となっていれば敵の油断を誘える。
その隙をついて相手を仕留めることも出来るのだ。
子供兵士さまさまだと言える。
そんなことを考えているうちに部隊はアルタイル城を見渡せる丘までやって来た。
「この丘を越えればアルタイル城だ。戦闘の準備をはじめろ!」
馬車で休んでいた兵士達も飛び起きて戦闘の準備をはじめる。
銃撃部隊は砲身を掃除してから銃に弾を込める。
弾はドワーフ製の装甲を貫く鉄甲弾だ。
この弾ならば重装備部隊の盾も鎧も貫ける。
戦士達は布でドワーフ製の戦斧を磨く。
大人の戦士達は大型の戦斧。
女子供の戦士達は小型の戦斧だ。
大型の戦斧は破壊力が抜群で横にすれば盾にもなる。
小型の戦斧は非常に軽くブーメランとしても使うことが出来る。
そのため小型の戦斧は二つ持っている。
「まずはアトス様の指示通り銃撃部隊が先行する。敵を混乱させてから戦士部隊で追撃をする」
グランの説明をしっかりと頭に叩き入れる兵士達。
それはアトスが掲げたマクミニエル政権の打倒を果たすためだ。
アトスの期待に応えるためにも作戦は失敗出来ない。
我々過激派の悲願であった政権の奪取するために。
迷いを持っている者はこの場にはいない。
大人の兵士も女兵士も子供兵士も。
その場にいた全ての兵士達が心を一つにした。
あとは作戦を実行するのみだ。
グラン達は丘の影に隠れながら静かに進軍して行った。




