120「新たな火種」
時間は遡り、サンドリア王国とヴェズベルト王国の戦争が勃発した頃。
アルタイル王国ではサウスブルーに派兵するかの議論が行われていた。
国内の過激派を鎮圧していたいマクミニエル国王は反対派。
マクミニエル政権を打倒したいアトスは賛成派で。
議論は膠着状態に陥っていた。
「国王。我が軍もサウスブルーに派兵しましょう。すでにグルンベルグ王国は派兵しております」
「しかし、国内の情勢の方が心配じゃ。派兵でもしたら過激派が仕掛けて来るかもしれん」
アトスの進言にマクミニエル国王は首を横に振る。
「国王、これは世界の覇権を狙うチャンスでもあるのですよ。戦争の仲裁に入れば、どちらの国にも貸しを創ることができる。グルンベルグ王国はそれを狙って派兵したのです。我らが何もしなければグルンベルグ王国に全てを持って行かれますよ」
それは重々にわかっておる。
マクミニエル国王とて世界の覇権は手が伸びるほど欲しい。
しかし、過激派の動向が心配なのだ。
今でこそ過激派を鎮圧しているが城の防衛に余力は残されていない。
全勢力を持って過激派を制圧している状態なのだ。
戦争の仲裁に兵を派遣するとなったら最低でも5千は必要だろう。
アルタイル王国の兵力は最大で7万だ。
その内の半数が過激派の鎮圧にあたっている。
それ以外にも諜報活動に1割、街の警護や国境警備に1割、補給に1割と。
城の防衛は2万ほどに限られているのだ。
そんな逼迫した状態で派兵など出来はしない。
「この際、サンドリア王国とヴェズベルト王国の戦争には目を閉じるのじゃ」
これでいいのじゃ。
この場に集まった若い騎士団長や大臣達は反対するだろうが。
これもアルタイル王国のためなのじゃ。
アトスは小さく舌打ちをするとマクミニエル国王に食いかかる。
「国王、何を弱気になっているのです。我がアルタイル王国が更なる高みを目指すチャンスですよ。この機会を逃したら後悔するだけです。過激派など我ら騎士団が制圧してみせます。派兵を」
すると、会議に参加していた若い騎士団長が口々に派兵を求めて来る。
アトスの意気込みに感化されたようだ。
優秀なアトスに任せておけば過激派の制圧も可能だろう。
それでもマクミニエル国王の心の底から来る震えは治まらない。
マクミニエル国王が本能から派兵を見送ることを望んでいるからだ。
この不安は誰に話してもわかってもらえるものではない。
国王と言う孤独な立場にある者には、みな同じ不安を抱えるものだ。
いつ政権を奪われるかわからない状態に常時、追い込まれている。
過激派のように政権に反対する者達がいつ襲って来るかもわからない。
そんな恐怖とひとり向き合いながら政権を担わなければならないのだ。
「お前達の気持ちはわかった」
「それでは」
「わかったが派兵はせぬ。これは決まったことなのじゃ」
マクミニエル国王はひとり立ち上がると会議室を後にした。
その背中を鋭い眼差しで睨んでいるアトスに気づくこともなく。
会議の数時間前。
アトスは自室に籠り作戦を考えていた。
サンドリア王国とヴェズベルト王国の戦争はアトス達過激派にとってチャンスになる。
アルタイル王国がサウスブルーに派兵をすれば過激派を鎮圧している力も弱まる。
そこへ過激派をアルタイル城へ突入させればマクミニエル政権を打倒することが出来る。
ただ、問題はマクミニエル国王の決断だ。
このところ体調がすぐれないせいか保守的になっている。
マクミニエル国王が首を縦に振らない限り派兵は出来ないのだ。
「この機会を逃すのは惜しい。何としてでもマクミニエルの首を縦に振らせなければ」
アトスひとりの力では覆すことは出来ない。
ならば、騎士団長達をこちらに取り込んでおくのが正解だな。
年寄りの大臣達はマクミニエルと同じで保守的に考える。
一方で、能動的な若い騎士団長ならば引き込められる。
”世界の覇権を握れるチャンス”と言うエサを掲げれば納得するだろう。
アトスは若い騎士団長達を招集して説得した。
すると、狙い通り若い騎士団長達は首を縦に振りアトスの支持に回ることになった。
そして、派兵会議は開かれた。
「この度、みなに集まってもらったのは他でもない。サンドリア王国とヴェズベルト王国がサウスブルーにて戦争をはじめた。隣国同士の戦争だ。我らもただではすまされないだろう」
アトスの言葉に大臣達の顔が曇る。
「戦火が飛び火する前に戦争を中止させなければならない。そこで我がアルタイル王国もサウスブルーへの派兵を検討したいのだが」
「こんな国の状況で派兵するだなんて正気か」
「派兵でもしたら過激派は抑えられなくなるぞ」
「戦争はやりたい奴にやらせておけばいいんだ」
思っていた通りの反応を返して来る保守派の大臣達。
まるでブタが鳴き叫んでいるかのように興奮している。
そんな大臣達を尻目にアトスは続ける。
「冷静に考えてみてください。戦争を仲裁することは我が国にとって有利に働きます。サンドリア王国にもヴェズベルト王国にも貸しを創れるのですから」
アトスは視線をマクミニエル国王に向ける。
マクミニエル国王は終始、俯きながら難しい顔を浮かべている。
「私はアトスに賛成だ。このまま指を咥えているなんて出来ない」
「我らアルタイル王国の力を世界に見せる時だ」
「世界の覇権を、この手につかむんだ」
若い騎士団長達はアトスに加勢をして来る。
若い騎士団長達と年老いた大臣達の意見が拮抗する。
しばし会議は膠着状態に陥った。
口火を切ったのはアトスだった。
しかし、マクミニエル国王は首を縦に振らない。
グルンベルグ王国を引き合いに出して攻めてみるがなしの飛礫だ。
それほどまでに心理的に追い詰められているようだ。
閉塞的になってしまえば何を言っても無駄だろう。
しかし、マクミニエルが首を縦に振らないと作戦を開始できない。
それに賛成派の若い騎士団長達の手前もある。
ここで引く訳にはいかないのだ。
アトスは責め立てるようにマクニミエルに迫る。
それでもマクミニエルは派兵を頑なに拒んだ。
会議室を後にするマクミニエルの背中は前よりも小さく見えて。
マクミニエル政権の終焉を表しているようだった。
アトスは会議室に残った若い騎士団長の話を聞いていた。
若い騎士団長達は皆、派兵に賛成してくれている。
野心的で向上心がある者達だけに世界の覇権は魅力的に映るのだろう。
アトスとて、それは喉から手が伸びるほど魅力的なものだ。
しかし、ここで燻っていてもはじまらない。
「もう、老人たちには任せておけない」
「これからは我らの時代だ」
「主導権を握るんだ」
若い騎士団長達は思いのたけを口にする。
長い間、老人達に従って来ただけに燻るものがあるのだろう。
圧倒的に老人達の数が多いので若い騎士団長達の意見は挫かれて来た背景がある。
その度に若い騎士団長達は苦渋を飲んで来た。
しかし、それもこれまで。
これからは若い騎士団長達に主導権を握らせるのだ。
「迷いはないようだな。軍を動かすことでいいのだな?」
アトスの問いかけにお互いの顔を見合わせる若い騎士団長達。
ゴクリと唾を飲み込み、お互いに目配せする。
ここで若い騎士団長達を囃したて軍を動かす方向へ誘導すれば新たな作戦が出来上がる。
弱気なマクミニエル政権に打って変わって若い騎士団長達が軍を動かせばクーデターになる。
過激派を動かさずともマクミニエル政権が内部分裂を起してくれれば都合がいい。
「それは……」
「臆病風にでも吹かれたか。これはチャンスなのだぞ。このままマクミニエル国王に政権を任せていても衰退して行くだけだ」
「アトスの言う通りだ。アルタイル王国は我らの手で守らなければならない」
「老人達にはこの国は救えない」
アトスが鎌をかけると若い騎士団長達は思いのたけ言葉を口にする。
いい感じに高ぶって来たようだ。
若い騎士団長達をクーデターの首謀者にすれば都合がいい。
マクミニエル政権と軍との間に対立が起こり国内は内戦状態に陥るだろう。
国民達は内戦に虐げられ過激派が鎮圧にあたれば国民の信頼も買えると言うものだ。
アルタイル城を占拠して全ての責任をマクミニエルに負わせる。
そうすればマクミニエルは処刑となりマクミニエル政権が終わる。
「マクミニエル政権を打倒して我らが正しかったことを証明するんだ」
アトスの言葉に感化されて若い騎士団長達はいきり立つ。
簡単なものだな、騎士という輩は。
直情的で自信家が多く、プライドが高い。
故に操りやすいとも言える。
アトスにとってこの程度の策略などいとも簡単に行えるのだった。
「新たなアルタイル王国のために!」
アトスは拳を掲げて鼓舞すると若い騎士団長達もそれに呼応した。
これでアルタイル王国を占拠するシナリオは描けた。
後は過激派と連絡を取り連携するだけだ。
アトスは自室に戻ると各地の過激派達に連絡をとった。
各地に潜んでいる過激派は全部で3千。
女子供も加えれば5千はくだらない。
女子供と言っても泣き叫んでいる訳ではない。
男達と同じように武器をとり前線で戦うのだ。
ただでさえ戦闘員が少ない過激派だけに女子供達の戦力は貴重だ。
「この戦いは三つ巴の戦いとなりそうだ。マクミニエルと若い騎士団長達がお互いにつぶし合ってくれれば、我らの勝機も生まれると言うもの。政権をとるのは我々、過激派だ」
アトスは確信めいた言葉を口にする。
それはおごりではなく緻密に練られた作戦があるからだ。
明後日、若い騎士団長達はサウスブルーに向けて派兵する。
その数はおそらく5千ほどだろう。
ミッドガル地方は内陸部にあるため陸伝いでサウスブルーを目指すことになる。
最短ルートはサラーニャを抜けるルート。
派兵をすれば、もちろんすぐにヴェズベルト王国が反応するだろうが。
それも狙いのうちだ。
我々が動いたと言うことをヴェズベルト王国に知らしめることが出来る。
まあ、それだけで停戦することはないだろうが。
その一方でアルタイル王国はクーデターが起こる。
若い騎士団長達とマクミニエル政権とがぶつかり合う。
もちろん内戦状態に陥ることになる。
数で誇るマクミニエル政権に分があるのは否めないが。
若い騎士団長達も負けはしないだろう。
お互いにつぶし合ってくれればいい。
そして国内が不安定状態になる。
国民達は戦争から逃れるため国外逃亡を図るはずだ。
そこへ我々過激派の登場だ。
マクミニエル政権も若い騎士団長達も制圧する。
そうすることで国民達の信頼を買える。
国民はおのずと我々過激派につくだろう。
そして全ての責任をマクミニエルに負わせる。
マクミニエルは公開処刑され長きに渡ったマクミニエル政権が終焉を迎える。
「完璧だ。私の描いたシナリオに穴はない」
しいて言えば隣国がどう動くのかが問題と言えるな。
サンドリア王国もヴェズベルト王国も戦争状態だから、それどころではないだろう。
問題はグルンベルグ王国の動向だ。
グルンベルグ王国もサウスブルーに派兵はする。
その上でアルタイル王国にも派兵をするのかがカギになる。
派兵をすれば、もちろん現政権であるマクミニエル国王につくはずだ。
マクミニエル国王はグルンベル王国グからの支援を受け入れるだろう。
ただでさえ政権が危ういだけに藁にでも縋る思いのはず。
しかし、その行為は明らかに内政干渉だ。
内政干渉だと叫んで拒むこともできるが。
まあ、グルンベルグ王国は大義名分を掲げて暗に伏すだろう。
「問題はグルンベルグ王国だな。国境を封鎖して入国を拒否するのがいいだろう」
アトスは手紙に今回の作戦を認める。
過激派の仲間達には行動するタイミングが重要だと言うことを伝える。
アルタイル王国が内戦状態に陥って国民が国外逃亡しはじめてからのタイミングで。
その時はアトスから直々の合図を送ると言うことを最後に添えておく。
それまでは若い騎士団長達のフォローをしなければな。
アトスは伝書鳩に手紙を括り付けると空へ向けて放った。
「後はクーデターの準備だ」
アトスは自室を出ると寄宿舎へ足を向ける。
それは若い騎士団長達側につく騎士達を募るためだ。
現政権に反旗を翻すのだから並大抵の覚悟では出来ない。
騎士達を鼓舞するためにも作戦の概要を説明する必要があるからだ。
寄宿舎の大広間に騎士達が集まっている。
若い騎士団長達を支持する者達の集まりだ。
アトスは壇上に登ると作戦の概要を説明する。
「ここに集まってくれた皆に感謝を伝えよう。我ら騎士団長達は団結しサウスブルーに派兵することに決めた。これはマクミニエル国王の考えに反することだが、アルタイル王国の今後を思えばの判断である。サンドリア王国とヴェズベルト王国の戦争を仲裁して世界の覇権を狙う。それはアルタイル王国に多大なる恩恵をもたらせてくれることだろう」
すると、騎士のひとりが不安げに質問をして来た。
「しかし、それはクーデターを起こすと言うことでは?」
「無論、そう言うことになる」
その言葉に辺りが静まり返り騎士達の動揺が浮かび上がる。
お互いに顔を見合わせたりゴクリと生唾を飲み込んだりと反応は様々。
まあ、マクミニエル政権に反旗を翻すのだから仕方ないことだが。
すると、若い騎士団長のひとりが口火を切った。
「お前達はマクミニエル国王に、この国を任せてもいいと思っているのか?弱気なマクミニエル国王に仕えていれば、アルタイル王国は滅亡して行くだけだぞ。今こそ、我らの力を見せるべきではないのか?」
「それは……」
騎士達もうすうす感じていたことなのだろう。
これからの政権を担うにはマクミニエル国王は年を取り過ぎていると言うことに。
このままほっておいてもアルタイル王国に未来はない。
ならば、騎士達の手で未来を勝ちとるほうが得策だと。
「クーデターを起こせば我々は反逆者だ。敗戦すれば間違いなく処刑されるだろう。だが、マクミニエル国王を打倒し政権を奪取出来たなら我々の正義が証明される。強要はしない。我らの考えを支持してくれる者だけついて来てくれればいい」
アトスが断言すると騎士達の背中がじわっと熱くなる。
そしてしばしの沈黙の後、騎士達の中から声が上がった。
「俺はアトス様を支持する」
「俺もだ」
「アルタイル王国の未来を勝ちとるのだ!」
「アルタイル王国の未来は俺達の手にかかっているんだ。やってやるぞ!」
騎士達は口々に思いのたけを叫ぶ。
辺りのボルテージは最高潮になりアトスコールが湧き起った。
これで下準備は整った。
後は作戦通りに行動させるだけだ。
「みんなありがとう。アルタイル王国の未来のために!」
「「アルタイル王国の未来のために!」」
辺りは歓声と拍手で包まれた。
ここにいる全ての騎士達の意志が統一された瞬間でもあった。
そして明後日、派兵することが決まった。
数は5千。
第三騎士団長が率いることになる。
残った者達はクーデターの要因となる手はず。
人員はおよそ8千ほどが集まった。
アルタイル王国の7万にくらべたら少ないが、それで十分だ。
なぜならば、大臣達を人質にとるからだ。
大臣達を人質にとられたらマクミニエル国王とて強気には出られないだろう。
これでクーデター側の勝利となる。
そう説明して騎士達を納得させた。
騎士達はアトスの作戦を鵜呑みにして勝利を確信する。
その場にいる誰もが勝利に疑いを持つことはなかった。
これで役者が揃った。
マクミニエル政権と反逆者達。
そして救世主となる過激派一同。
アトスは不敵な笑みを浮かべて勝利を確信した。




