119「プリムの帰還」
プリム救出作戦当日の深夜。
自室で休んでいたクロードに所へ思いもかけない報告が届く。
「クロード様。聖女と魔水晶が奪われました」
「何だと!」
クロードは慌てて飛び起きて自室を後にする。
地下牢はこじ開けられた形跡がありプリムの姿がなくなっている。
宝物庫も同じで魔水晶の欠片も見当たらなかった。
「犯人を捜しだせ!聖女も魔水晶も取り戻すんだ!」
クロードは肩を怒らせながら部下達に指示を与える。
こんなところで聖女と魔水晶を奪われるなんてサンドリア王国はじまって以来だ。
このままでは私に責任が負わされてしまう。
どんな手段を使っても聖女と魔水晶を取り戻さなければならない。
時間的に見ても、まだ犯人は近くにいるはずだ。
「城の周辺をくまなく探せ!」
しかし、犯人はどうやって城に忍び込んだのだ。
警備は厳重に行っていたはずだ。
ネズミ一匹入り込めないはず。
ならば、誰か手引きする者がたとしか考えられない。
裏切り者が警備兵の中にいると言うことか。
疑いたくはないが、おそらくそうであろう。
翌朝、調べてみると警備兵がひとり欠けていることに気づいた。
金でも積まれて逃亡に手を貸したのだろう。
今さら、逃げた警備兵を捕まえてもはじまらない。
それよりも犯人を捕まえる方が先だ。
クロードはサンドリア王国の全ての港と国境を封鎖するように伝令を出した。
玉座の間でブレックス国王が苛立ちならがクロードを叱責していた。
「サンドリア王国はじまって以来の失態だ。この始末、どうケリをつけるつもりだ?」
「我が命に代えてでも聖女と魔水晶を取り戻します」
「お前の命などどうでもいい!それよりも聖女と魔水晶を取り戻せ!」
「既に港と国境を封鎖してあります。サンドリア王国から逃げ出すことは出来ません」
クロードの言葉にブレックス国王は口を噤む。
そしてひとり苛立ちながらクロードに死の宣告をした。
「聖女と魔水晶が戻らなかったら、お前を処刑する。責任はとってもらわないとな。処刑されたくなかったら必ず聖女と魔水晶を取り戻すんだ!」
クロードは奥歯を噛み締めながらブレックス国王の言葉を聞いていた。
そもそもサンドリア城の警備が減ったのはブレックス国王がサウスブルーに侵攻したからだ。
戦争など仕掛けるから盗賊に付け入られて街を襲撃されてしまうのだ。
おかげでサンドリア軍を各街に派遣することになってしまった。
そしてこの始末だ。
この責任はそもそもブレックス国王にある。
責任をとらせるならブレックス国王を退陣に追い込むべき。
しかし、他の大臣達の了承がないとそれも敵わない。
今の立場のクロードには打つ手は残されていなかった。
「必ずや聖女と魔水晶を取り戻してみせます」
クロードは玉座の間を後にして作戦本部へ向かった。
作戦本部へは各地に派遣した騎士達から情報が届いている。
しかし、目ぼしい情報は得られなかった。
「なぜ見つからないんだ!港も国境も封鎖しているはずだぞ。まだ、サンドリア王国に潜んでいると言うのか」
クロードはテーブルに両手をついて大きく項垂れる。
そこへグルンベルグ国境付近に派遣した騎士達から情報が入った。
「クロード様。グルンベルグ国境付近で盗賊の変死体が見つかりました」
「盗賊の変死体だと?そんなことはどうでもいい!聖女と魔水晶の情報をよこせ!」
「しかし、変死体の近くにキャンプをしていた形跡が残っていました」
「それだ!馬車を出せ!私もそこへ向かう!」
クロードは部下に馬車を用意させてグルンベルグ国境を目指した。
国境まで辿り着くと派遣した騎士達が周辺の調査をはじめていた。
しかし、もぬけのからで犯人らしき者の足取りは掴めていないよう。
クロードはジースの死体から殺害方法を導き出す。
「こいつは刺突で一撃だな。単なる冒険者ではできない技だ。手練れがやったとしか思えない」
だとするならば犯人のひとりは剣技に長けた人物と言うことになる。
刺突を得意とする騎士と言えばヴェズベルト騎士団があげられる。
ヴェズベルト騎士団には必殺技や奥義にない秘技を継承している。
この男を仕留めた技はおそらくゼロ式だろう。
それよりもヴェズベルト騎士団が聖女と魔水晶を奪ったことになる。
しかし、騎士団だけで、これだけの柔軟性がとれるものなのか。
他に仲間がいると見た方がいい。
「犯人の足取りはどうだ?」
「おそらくグルンベルグ王国に渡ったと思われます」
グルンベルグ王国に渡られたのなら厄介だ。
これ以上、干渉する訳にはいかない。
下手に干渉しようとするものならばグルンベルグ王国と戦争が起きてしまう。
ここは一旦引くべきか。
しかし、手ぶらで戻れば間違いなく処刑されてしまう。
と、ジースの懐からグルンベルグの紋章を見つけた。
「これはグルンベルグの紋章。どう言うことだ?」
グルンベルグ王国も聖女と魔水晶を狙っていたと言うのか。
あり得ない線ではない。
しかし、グルンベルグ王国とヴェズベルト王国は友好条約を結んでいるはず。
無闇に聖女と魔水晶を奪うことはしないだろう。
だとするならば……。
聖女と魔水晶を抹殺するつもりだったのか。
そう考えれば納得も出来る。
聖女と魔水晶の存在はグルンベルグ王国でも脅威になる。
ヴェズベルト王国に渡る前に聖女と魔水晶をなくしてしまえば脅威もなくなる。
おそらくダゼル国王はそう考えたのだろう。
これはいい情報を手に入れた。
ブレックス国王にはダゼル国王が犯人に手を貸したと伝えておこう。
そうすればブレックス国王の怒りはダゼル国王に向かうはずだ。
グルンベルグ王国とは不仲になるが致しかたないだろう。
「お前達、盗賊をひとり残らず馬車に積め。サンドリア城へ戻る」
クロード達サンドリア騎士団は遺体を馬車に積むとサンドリア城へ戻って行った。
国境から馬車を走らせること1週間。
タクト達は無事にグルンベルグ城へ戻って来た。
もちろんマリア―ヌとプリムも一緒だ。
タクト達はラクレスに促されるまま玉座の間へ向かう。
「よく戻ったな、策士タクトよ。それで聖女と魔水晶は無事なのか?」
「はい、この通り無事でございます」
タクトは後ろに跪いていたプリムを紹介する。
「この者は聖女プリム」
「こ、こんにちは。プリムです」
プリムは恐縮しながら自己紹介をする。
ダゼル国王はにこやかな表情を浮かべる。
「聖女と言う割には随分、幼いのだな」
「プリムは聖女レイチェルの孫娘です。まだ幼いですが力は本物です」
ダゼル国王は舐め回すようにプリムを見やるとため息をこぼした。
「それよりもダゼル国王に聞きたいことがあります」
「何だ?」
「この者を知っているでしょうか?」
タクトの合図でガルドが生き残った盗賊を前に押し出す。
ダゼル国王は盗賊を見やると視線をラクレスに向けた。
「はじめて見る者だな。そやつがどうしたのか?」
「私達はグルンベルグ国境付近でこの者達、盗賊団に命を狙われました。まあ、聖女と魔水晶を連れているのだから狙われても仕方ありませんが、盗賊のひとりジースと言う男はグルンベルグの紋章を身に着けていました。これはいったいどう言うことでしょう?」
私の詰問を受けてダゼル国王の顔が曇る。
同じようにラクレスは顔を曇らせて視線をわざと外した。
その様子から見ても認めたと言うことははっきりしている。
これ以上、プリム達に危害を加えないようにダゼル国王に釘を刺さなくては。
「な、何のことか私は知らないな。ラクレス、知っているか?」
「私も知りません」
ダゼル国王とラクレスはあくまで白を切るつもりだ。
すると、生き残りの盗賊が口を開いた。
「俺達はその男に頼まれたんだ。聖女と魔水晶を抹殺したら大金をもらえるって」
生き残りの男はラクレスを指さしながら訴えた。
「これでハッキリしましたね」
「私を追い詰めて何が要求だ、策士タクトよ」
「プリム達の安全です。プリム達が無事にヴェズベルト王国に戻るまでは身の安全を保障してもらいたいだけです」
「聖女と魔水晶をヴェズベルトに渡したらどうなるか知ってのことか?」
「もちろんです」
ダゼル国王は顔をしかめながら私を睨みつける。
これだけ追い詰めればダゼル国王に成す術もなくなる。
ダゼル国王と私達の関係は冷ややかになるが仕方がない。
これも私達を出し抜こうとして仕掛けて来たダゼル国王の責任だ。
ダゼル国王はしばしの沈黙の後、静かに口を開いた。
「わかった。今回はお前達の勝ちだ」
「約束してくれますよね」
「我がグルンベルグ王国の名に懸けて聖女と魔水晶は無事にヴェズベルト王国に届けよう」
ダゼル国王は終始、苦虫を噛み潰したような顔をしていたが約束をしてくれた。
アルタイル王国へはダゼル国王の打診で特別に通行が許可された。
私達は玉座の間を後にすると久しぶりに街へ繰り出した。
もちろん宴会が目的だがプリムの服を新調することも忘れていない。
服の新調はエリザ達に任せて私とガルド、マリア―ヌは先に酒場へやって来た。
「おい、マスター。この店で一番うまい酒をジャンジャン持ってきてくれ」
「おいおい。ひとりでそんなにも飲むつもりか?」
「今夜はパーティーなんだ」
「そう言うことね」
私達は8人掛けの大きなテーブルを陣取る。
そのテーブルを埋め尽くすように料理と酒が並べられる。
もちろん料理は持ち込み。
街の大衆食堂でテイクアウトしたものを持って来たのだ。
この世界の酒場は酒を楽しむだけの所のため料理はあまりない。
あっても肴になる程度の軽食だけだ。
そこへプリム達が合流する。
「お待たせ」
「おっ、来たか……って何だよその格好は?」
プリムはフリルのついた緑がかった白色のドレスを着ている。
見るからにどこぞの貴族のお姫様といったような格好だ。
「私は嫌だって言ったんだけどエリザ達が」
「プリムは主役なんだから、これくらお洒落しないとダメだわ」
「そうですわ。これでも控え目にしたぐらいですから」
それで控え目なのか。
場違いなのは言うまでもない。
酒場にいた他の客もプリムに釘付けになっている。
プリムは頬を赤らめてまんざらでもない顔をする。
まあ、最後の夜くらい派手に行ってもいいか。
なんて言ったって今夜はプリムのお別れ会なのだから。
ルーンはみんなのグラスに酒を注ぐ。
「それじゃあ乾杯しよう」
私はグラスを取って立ち上がる。
習うようにみんなもグラスを取って立ち上がった。
そしてお互いに顔を見合わせる。
「何に乾杯するの?」
もちろん、プリムの無事に。
けれど、”プリムの無事に”とい言い回しも変なものだ。
せっかくのお別れ会なのだからビシッと決まる台詞の方がいい。
何にしよう。
私はしばらく考え込んでから、叫んだ。
「無事に戻って来たプリムに乾杯!」
「「乾杯!」」
私が音頭をとるとみんながグラスを合わせて応える。
酒場にいた他の客達もグラスを合わせて乾杯をしてくれた。
「このお酒、美味しい」
「だろ、なんて言ったってこの酒場で一番うまい酒だからな」
酒を一口飲んで満足そうな顔を浮かべるプリムにガルドは誇らしげに言う。
あたかも自分が用意したと言わんばかりの態度だ。
まあ、注文を出したのはガルドだから間違いではないのだが。
「プリムもお酒、飲めるようになったんだ?」
「今夜はパーティーだから」
「美味しいよね、このお酒」
「プリシアは、お酒に弱いんだからほどほどにしておけよ」
「無粋なことを言わないでよ、タクト。今夜は特別な日なんだからいいじゃない」
プリシアは挑発するかのようにグラスの酒を一気に飲み干す。
そんなペースで飲んでいたらすぐに酒が回ってしまう。
少しは後始末する側のことも考えて欲しいものだ。
間違いなくプリシアの介抱は私の役目だろうな。
そんなことを心配している私の横でガルドは料理を貪りながら酒をがぶ飲みしている。
お気楽なものだ。
「なんか言ったか、タクト?」
「いいや何でもない」
「タクトも食えよ。うまいぞ」
私達は雑談を交えながら酒と料理に舌鼓を打った。
テーブルの上の料理がなくなると、マリア―ヌがおもむろに立ち上がり酒場の奥へ入って行く。
そしてクリームで彩られたホールケーキを持って来た。
ケーキの上には”お帰り、プリム”とチョコレートでメッセージが描かれている。
マリア―ヌはケーキをプリムの前に置くと優しく言った。
「お帰りなさいませ、プリム様」
「これを私に?」
「マリアーヌのアイデアだ」
「あ、ありがとう、マリア―ヌ」
プリムは頬を赤らめながらぎこちなくマリア―ヌにお礼を言う。
その顔を見てマリアーヌの目から光るものがにじみ出て来た。
プリムがマリア―ヌにお礼を言うのははじめてだ。
サプライズが、よほど嬉しかったのだろう。
プリムは目を潤ませながらケーキに釘付けになっている。
ルーンは手際よくケーキをとりわけるとみんなに配った。
「さあ、食べてみて」
プリムにみんなの視線が集まる。
プリムはフォークでケーキを切り分けるとパクリと口に運んだ。
フワフワで甘い食感を口の中で味わいながら咀嚼する。
そして、
「美味しい」
と言って満面の笑みを浮かべた。
プリムのお別れ会は夜遅くまで続き、翌朝、目覚める頃にはすっかり酔いも冷めていた。
宿屋の前にはグルンベルグ王国の国賓用の馬車が停車している。
先頭と後方に2台ずつ護衛の騎士専用の馬車。
ダゼル国王がわざわざ手配した馬車だ。
「今までありがとう。みんながいてくれたから今の私があるの。みんなのことは忘れないわ」
「元気でな」
「元気でね」
「ヴェズベルト王国に着いたら手紙をください」
「私も忘れないからね」
「楽しかったよ」
私がプリムに右手を差し伸べるとプリムは頬にキスをし来た。
その瞬間、エリザの顔が歪んだのは否めない。
プリシアも羨ましそうな顔をしながら私にキスをせがんで来た。
私はしがみついて来るプリシアを剥がしながらマリア―ヌに挨拶をする。
「マリアーヌ、今までありがとう。マリア―ヌがいてくれたから、ここまでこれたと思っている」
「それはお互い様だ。タクト、感謝する」
私とマリアーヌががっちりと握手をした。
そしてプリムとマリアーヌは馬車に乗り込みヴェズベルト王国に向けて旅立った。
私達はプリム達の馬車が見えなくなるまで手を振って見送った。




