118「暗殺集団」
馬車は夜通し走り続けてサンドリア王国とグルンベルグ王国の国境まで来ていた。
サンドリア王国から脱出するにはヴェールズから船でシグを目指すのが一番だ。
しかし、ヴェールズにはサンドリア軍が常駐していたので来た道を戻る選択をした。
「この峠を越えればグルンベルグ王国だ」
「長旅で疲れたのではないですか、プリムさん?」
「牢屋に比べたら大したことはないわ」
プリムは足を摩りながら私を見やる。
プリムは捕まっていたままの格好をしている。
白いローブを一枚はおり、足は裸足だ。
どこかでプリム用の服を新調しないとな。
ここから一番近い街はクルの街だが服飾店はなかった。
グルンベルグに王国入ってからにしよう。
「プリム、すまないがもう少しだけそのままの格好でいてくれ」
「気を使わないでよ、タクト。私、全然、気にしていないから」
プリムははにかみながらニコリと笑顔を向ける。
「タクト。このまま峠を越えるつもりか?シグの街によって補給した方がいいんじゃないのか?」
「ブレックス国王も馬鹿じゃない。聖女と魔水晶を奪われたとなったら各地にサンドリア軍を派遣するはずだ。すでにクルの街にサンドリア軍が常駐しているかもしれない。補給はグルンベルグ王国に入ってからにしよう」
おそらく既に各街はサンドリア軍が到着しているはず。
私達がサンドリア城から逃げ出すのと警備兵が気づくのはほぼ同時だったからな。
時間的な貯金は全くない。
それに加え伝令を伝える伝書鳩よりも足が遅くなるから先回りされていることが予想される。
既に港も国境も封鎖されていると見て間違いないだろう。
「国境が封鎖されていたらグルンベルグ王国には渡れないだろう」
グルンベルグとサンドリアの国境は過疎地域の上、山岳地帯でもある。
わざわざそんな辺境の地へサンドリア軍を派遣するとも思えない。
ガルドの心配は最もだが私はそれほど不安を抱いていなかった。
国境まで来るとそれは明らかになった。
思っていた通り国境にはサンドリア軍の姿はなかったのだ。
ブレックス国王の視点は港へ向かったのだろう。
まあ、そう考えるのが普通なのだが。
「ここで休憩をとろう」
「ここって山賊に襲われた場所よね。大丈夫なの?」
「ここを縄張りにしていた山賊はもう狩ったから大丈夫だ」
私は馬車を止めて野宿の準備をはじめる。
私とガルドは薪拾いと火熾し。
エリザとプリシアは温泉造り。
ルーンは料理の準備。
マリア―ヌは周辺の警戒。
プリムは休憩していてもらうことにした。
プリムは手伝いたいと言ってきたがきっぱりと断った。
何せ長い投獄生活で疲弊していたからだ。
そんなプリムに手伝いなんてさせられない。
野宿の準備は私達に任せて横になってもらった。
「タクト。温泉が出来たわよ」
「それじゃあプリムに先に入ってもらおう。投獄生活でろくに風呂にも入れなかったのだろう」
「私は後でいいよ」
「遠慮するなって。俺たちは後で入るから」
「エリザ達も一緒に入っちゃえよ」
「そうさせてもらうわ。プリム、行きましょう」
プリムはエリザ達に連れられて温泉へ向かった。
エリザ達は服を脱ぎ捨てると温泉に浸かる。
久しぶりの感覚に生き返るような気持ちが湧き上がる。
お湯を肩に掛けながらエリザが吐息をこぼす。
「はぁー。やっぱり温泉はいいわね。体の芯から温まるわ」
「エリザの温泉造りも様になったね」
「毎回、毎回、造っていれば嫌でもうまくなるわよ」
ルーンは桶にお湯を汲むとプリムの髪を梳かしながらお湯をかける。
「随分と油髪ですわね。お風呂は何日ぶりですか?」
「何日ぶりだろう。忘れちゃった」
プリムは気持ちよさそうな顔をしながらルーンに髪を洗われている。
その様子を見ていると母親に髪を洗われている娘のようだ。
まあ、ルーンはそれほど年齢は行っていないけどね。
「私も体を洗ってあげる」
エリザは石鹸を泡立てるとプリムの体を洗い出す。
プリムは終始、キャハハと笑いながらエリザにされるがままになっていた。
「ルーンもエリザも胸大きいね。私も大きくなるかな?」
「なるわよ。すぐにね」
プリムはない胸を見てからプリシアをチラッと見る。
「何よ、その目は」
「別に」
「なんかムカつく」
プリシアは湯船に顔を埋めてふてくされた。
プリムもプリシアもこれからなんだから心配しなくてもいいわ。
ルーンももっと大きくなるだろうしね。
私とガルドは焚火の様子を見ながら森へ偵察に出掛けたマリア―ヌを待つ。
恐らくマリアーヌはヴェズベルト王国に伝書鳩を飛ばしに行ったのだろう。
”プリム様と魔水晶を無事に救出。
グルンベルグを経由してヴェズベルトに帰還する。
使いの者を派遣されたし”
とか書いて。
すると、マリア―ヌが森から戻って来た。
「マリアーヌ、どうだった?」
「周辺の森の中には誰もいなかった。人がいる気配すらなかった」
「なら、今回は大丈夫だな」
ガルドは足を投げ出して体の力を抜く。
緊張が解けてリラックスできるのは久しぶりだ。
このところ逃亡生活を続けていたから気を張っていた。
私も足を投げ出して横になった。
「こうして火を見ていると心が安らぐな」
「心の底から洗われるようで悩みごとも忘れさせる」
「マリアーヌにも悩みごとがあるのか?」
「それはどう言う意味だ、ガルド」
「別に変な意味はない。言葉の通りだ」
確かにマリアーヌの悩みごとには少し興味がある。
マリア―ヌは愚痴もこぼさないし文句も言わないから余計に関心が向く。
まあ、マリア―ヌの悩みごとはプリムやアンナ女王のことだけだろうがな。
「私はプリム様に好かれてはいないのだろうか。プリム様を救出した時、プリム様はマリア―ヌ?と私のことがわからないような顔をしていた。その顔を見たら体の力が抜けてな。私の想いは空回りしていたのだと悟ったよ」
思った通りプリムのことだったか。
確かにマリアーヌはプリム救出に命を懸けて来た。
それが伝わっていないのは虚しささえ覚える。
だが、それは仕方がないこととも言える。
何せマリアーヌはヴェズベルト王国の第一騎士団長なのだから。
プリム救出もすべてはヴェズベルト王国のため。
アンナ女王のためなのだ。
それを知ってプリムは喜ぶはずもない。
「いつかは伝わるよ。マリア―ヌの想いも」
「そうか。そうだな。タクト、悩みを聞いてくれてありがとうな」
マリア―ヌの口からありがとうの言葉を聞けるとは意外だった。
今までの旅の中で私達の距離もだいぶ縮まったようだ。
しかし、これでグルンベルグ王国へ戻ったらマリア―ヌ達とはお別れだ。
マリア―ヌは使命を果たすためプリムを連れてヴェズベルト王国に戻る。
それは仕方ないことなのだが、少しだけ寂しい。
すると、覆面をした十数名の盗賊がこちらにやって来た。
「何だ、お前らは!」
「聖女と魔水晶はどこだ?」
ガルドとマリアーヌは剣を抜いて構える。
ただの盗賊風情が聖女と魔水晶のことを知っているとはどういうことか。
サンドリア王国の手の者だろうか。
それにしては騎士らしさが微塵も感じられない。
覆面をして顔を隠しているが動作から見てもゴロツキのようだ。
「聖女と魔水晶なんて知らないよ。他をあたってくれ」
私は鎌をかけて言ってみた。
しかし、盗賊達は剣を引き抜いて攻撃体制をとる。
「やるしかないようだぞ」
「はじめからそのつもりだ」
ガルドとマリアーヌは剣を構えながら間合いを計る。
そして、盗賊が右足を踏み出した瞬間、一気に間合いを詰めた。
「もらった!」
盗賊は剣の腹でガルドの攻撃を受け止める。
すかさずマリアーヌが横から剣を払う。
「おっと」
盗賊は後ろに飛びのいてマリア―ヌの攻撃を交した。
「少しはやるようだな。だが」
ガルドは高く飛び上がると大剣を打ち下ろす。
その攻撃にすぐさま反応した2人の盗賊がガルドの攻撃を受け止める。
盗賊達はガルドのパワーに押されて後ろまでずり下がる。
瞬間、もう一人の盗賊が飛び上がりガルドに向かって剣を振り下ろした。
見事な連携攻撃だ。
こいつはただの盗賊ではないぞ。
ガルドは寸の所で体を転がして攻撃を交した。
「ガルド。こいつらはただの盗賊じゃない。気をつけろ」
「もちろん承知よ。久しぶりに歯ごたえのある奴と出会ったな」
ガルドとマリアーヌは剣を構えて攻撃体制に入る。
マリア―ヌはガルドに目配せをして合図を送る。
すると、ガルドはコクリと頷いて答えた。
次の瞬間、ガルドとマリアーヌが一斉に飛び出す。
ガルドは左から、マリア―ヌは右から攻める。
盗賊達はすかさず円状に集まり防御態勢に入る。
「そんなことをしても無駄だ!」
ガルドは一気に間合いを詰めると大剣を大きく振り払う。
その一撃が盗賊の体を掠めて盗賊は大きく吹き飛ばされた。
「いっちょあがり」
「私もいることを忘れるな」
ガルドに気をとられていた盗賊にマリア―ヌの一撃が入る。
マリア―ヌの剣は盗賊の肩を捉えて風穴を開けた。
盗賊達は体制を整え攻撃体制に入る。
すると、盗賊達のリーダーらしき人物が一歩前に出る。
「やっぱりお前達は面白いぜ。本気を出してやるよ」
そして剣を引き抜くと柄をくるりと回して剣を鞭のように変化させた。
「あの武器は!」
あの武器は確かグルンベルグ軍の訓練場で見た剣だ。
マリア―ヌに絡んで来た来た首狩りのジースの武器。
何でこんなところにいるんだ。
盗賊に成りすまして。
グルンベルグ軍から追い出されて盗賊に成り下がったのか。
それにしては聖女と魔水晶のことを知っているのはおかしい。
しかも、私達はここを通ると睨んで待ち伏せしていたようだが。
「お前の狙いは何だ、ジース?」
「バレちゃ仕方ないな。そうだよ俺は首狩りのジースだよ」
ジースが覆面をとると他の盗賊達も一斉に覆面をとる。
どの盗賊を見てもグルンベルグで見た訓練生達だった。
「俺達はダゼル国王から命令されて聖女を抹殺しに来たんだよ。聖女を抹殺すれば俺達は大金持ちだ」
「ダゼル国王だと!」
ダゼル国王が聖女の抹殺を命令するとはどう言うことだ。
プリム救出に手を貸してくれていたのではないのか。
聖女の存在はグルンベルグ王国にも脅威になる。
だから、聖女を抹殺してなかったことにしようとしているのか。
だとするならば、納得できる。
裏切られたような嫌な気分になるが。
所詮、ダゼル国王も政治屋だってことだな。
「相手がグルンベルグでも関係ない。私達はプリムを守る!」
「無論。最初からそのつもりだ」
マリア―ヌはジースに切っ先を向ける。
ジースは鞭に変わった剣を振り回しながらタイミングを見計らう。
「こいつは私の手で抹殺する」
「なら、俺は他の雑魚を始末するぜ」
マリア―ヌはジースと、ガルドは他の者達と対する。
「何だよ、姉ちゃん。俺に怯えて攻撃できないのか。そりゃそうだな。なんて言ったって俺は首狩りのジース様だ」
「戯言はそれだけか」
「戯言かどうかはこれを食らってから言いやがれ!」
ジースは振り回していた剣を鞭のように振るいながらマリア―ヌに攻撃を加える。
瞬間、マリア―ヌは横に飛びのいて一撃を交すと、
「これで決める!」
刺突をジースの肩に向けて放った。
すぐさまジースが反応し身を翻す。
そして、
「甘いんだよ!」
剣を振り回してマリア―ヌに一撃を加えた。
「くぅ……」
マリア―ヌは寸の所で攻撃を交すが後ろに吹き飛ばされる。
ジースは剣を振り回しながら次の攻撃のタイミングを伺う。
「ヴェズベルト王国の騎士団長も大したことないな」
マリア―ヌの攻撃が見切られている訳ではない。
ジースの剣に柔軟性があるのだ。
鞭のように撓る剣相手では間合いをとるのも難しい。
懐に入り込めば容赦なくジースの剣の餌食になるのだ。
ならば、どう戦うのだ、マリア―ヌ。
「お前を少し見くびっていたようだ。本気を出させてもらう」
マリア―ヌは剣を鞘に納めると直立不動で構える。
「何だ?もう、降参か?だが、許してやらないぜ!」
ジースは剣を大きく振り回すと遠心力を味方にして一撃を加える。
瞬間、マリア―ヌはジースの剣の太刀筋を遡るように駆け出す。
そして、剣を鞘から引き抜くと同時に一気に間合いを詰めて。
「終わりだ!」
ジースの額に向かって刺突を放った。
マリア―ヌの刺突はジースの額を貫いて頭を突き抜ける。
すると、ジースの頭から血飛沫が飛び散り辺りを赤く染めて行った。
「今の攻撃は?」
「我がヴェズベルト騎士団に伝わる秘技ゼロ式だ」
敵の攻撃を交しつつ一気に間合いを詰めて距離ゼロの所から刺突を放つ。
これならばどんな剣の使い手も攻撃をかわせない。
確実に敵を仕留めると覚悟していないと放てない。
恐るべしヴェズベルト騎士団。
マリア―ヌがジースと戦っている間にガルドは他の盗賊達を始末していた。
「ふー。こんなところでジースと会うとはな」
「やはりグルンベルグ王国は聖女暗殺を企てて来たか」
「これじゃあグルンベルグ王国に戻っても捕まるんじゃないか?」
「それはないだろう。あくまで暗殺を企てて来たんだ。表立って私達を拘束することはしないだろう」
しかし、これで私達のダゼル国王を見る目も変わって来る。
ダゼル国王はあくまでグルンベルグ王国のために行動するだけ。
魔獣討伐も私達の力を利用するためのものだ。
それでも魔獣は脅威であることに変わりがない。
いずれ共に戦うことになるだろうが。
「どうしたの、タクト。そんなに怖い顔をして?」
「何でもない。それよりエリザ達は今まで温泉に入っていたのか?」
「そうだよ。こっちが騒がしかったけどね」
呑気なものだ。
私達が盗賊団と戦ている間に温泉を満喫していたとは。
まあ、プリムがいなかったことはよかったのだが。
私達は息のある盗賊をひとり縛り上げると、馬車に乗せてその場から離れた。
もちろんダゼル国王に真意を問い詰める時に証言者になってもらうためだ。
ダゼル国王はあくまで白を切るだろうが、それでもこちらに優位に働く。
プリム達を無事にヴェズベルト王国に帰すまでは切り札を握っていないとな。




