116「アラジンの提言」
サンドリア王国の玉座の間にはただならぬ空気が漂っている。
先日の盗賊団による街の襲撃事件に関してクロードが報告をしていた。
「各地で発生していた盗賊団による街の襲撃は全て鎮圧しました。街の損失は小規模。既に修繕の手配を済ましてあります。民衆もとりわけ混乱した様子はなく平常を取り戻しています」
「それでどこの盗賊団なのだ?」
「それが謎の盗賊団で素性がわかりません」
クロードらしからぬ答えだ。
拷問でも加えればすぐに口を割るだろうに。
それが出来ない理由でもあるのか、それともその必要がないと考えているのか。
クロードは黙ったまま報告書を見ている。
いずれにせよ戦時中を狙ってサンドリア王国を混乱させようなんて盗賊団も考えて来たものだ。
サンドリア王国にいる盗賊団は数知れないが、アラジンの率いていたナイトメアが最大派閥だった。
だが、アラジンがブレックス国王についた今、ナイトメアは消滅したようなもの。
ならば、街を襲撃して来た盗賊団は、どこの派閥なのか。
盗賊団が寄り集まって新たな盗賊団を立ち上げたとも考えられる。
クロードの報告によれば盗賊団はサンドリア城も狙って来たと言うことだ。
サンドリア王国を混乱に陥れ、その混乱に乗じて我が首を狙う作戦だったようだ。
戦術は悪くはないが、まだまだ詰めが甘い。
200ほどの数で我がサンドリア城を落とそうだなんて思う方が無謀だ。
舐められているのか、もしくは、盗賊団が追い詰められていると見るべきか。
「捕らえた盗賊を拷問にかけて聞き出せ」
「その必要はないかと」
「どう言うことだ?」
クロードは確信めいたように自信ありげに話す。
「盗賊団を指揮しているのはアラジンだと思われます。ブレックス国王に近づいたのもこの国を乗っ取るだめだと」
「アラジンが?」
「アラジンは盗賊上がりの人物です。かつてはナイトメアを指揮してヴェールズを狙っていました。その事から考えてみても首謀者はアラジンかと」
あり得ない線ではない。
アラジンがやって来た時から不信感は抱いていた。
盗賊風情が直々に聖女奪取の話を持ちかけるなど普通はないことだ。
ヴェズベルト王国から聖女を奪って来て信頼を買う。
そして、隙を狙って首を落とそうと考えても不思議でない。
アラジンと言う男ならやりそうなことだ。
しかし、それを承知した上でアラジンに指示を与えた。
アラジンはうまく出し抜いていると思っているようだが、それは逆だ。
アラジンを利用しているのはこちらなのだからな。
すると、玉座の間にひとりの騎士が慌てた様子で入って来る。
「アラジン様が戻られました!」
「アラジンがか?」
ブレックス国王は肘掛に右手の乗せて顔を上げる。
そこへアラジンがやって来てブレックス国王の前で跪く。
「ただいま戻った」
「それで首尾はどうだ?」
アラジンはおもむろに立ち上がると報告をはじめる。
「戻ったのは我が母艦一隻のみ。他の軍艦は全て撃沈された」
「何だと!」
クロードは目を見開いてアラジンに掴みかかる。
「どう言うことだ、アラジン!説明しろ!」
「言った通りだ。ヴェズベルト軍と衝突しようと進軍したところで魔獣ポセイドンが現れた。聖女の力で対抗したが弾き返された。サンドリア軍は魔獣ポセイドンを討ち取ろうと攻撃をはじめたが魔獣ポセイドンの前にひれ伏した」
魔獣ポセイドンが現れたのは予想外だった。
聖女の力をもってしても防げないとは。
しかし、我が軍は魔獣ポセイドンに怯むことなく戦いに挑んだことはいいことだ。
まあ、全滅させられてしまえば元もこうもないが。
「アラジンの戦術をもってしても魔獣ポセイドンは止められなかったのだな」
「そう言うことになる」
アラジンはひとり動揺しているクロードを横目で見やった。
これでヴェズベルト軍に敗戦したことにはならないが、予定が狂って来た。
魔獣ポセイドンがサウスブルーに出現したのなら、これ以上ヴェズベルト領海には出来侵攻ない。
国境付近も高い山脈に覆われていて陸路でヴェズベルトに侵攻することは難しい。
せっかく聖女まで手に入れてこのざまとは。
「ククク。フハハハ」
「どうされたのですか、ブレックス国王様?」
「これが笑えずにいられるか。わざわざヴェズベルトまで乗り込んで聖女を奪って来たのだぞ。それが魔獣一匹の出現で全てパーになるとは」
魔獣だ。
作戦の邪魔をしているのは魔獣ポセイドンだ。
それを排除すれば作戦が続行可能だ。
魔獣ポセイドンを排除してヴェズベルト王国に侵攻する。
これ以外にサンドリア王国の道はない。
ブレックスは勢いよく立ち上がるとクロードに指示を出す。
「魔獣ポセイドンを討伐せよ!」
「しかし、今はそれよりも敗戦の責任をアラジンに取らせることの方が先では?」
「私に逆らうと言うのか、クロードよ」
「い、いいえ」
クロードは拳を握りしめながら俯く。
その様子を横目で冷ややかに見つめているアラジンの姿があった。
すると、アラジンがブレックス国王に提案する。
「それなら私に考えがある」
「考え?」
「国王なら知っているよな、先の聖戦の話を」
「無論だ」
「先の聖戦ではエルフ王が持ちだした聖槍グングニルの力で魔獣を封じ込めることが出来た。ならば、今回も聖槍グングニルを使って魔獣を封じ込めるんだ」
「だが、聖槍グングニルはエルフ王国に保管されているのだろ。どうやって持ち出すのだ?エルフ王は人間達に否定的だぞ」
「もちろん奪って来るのさ。聖女を奪って来たようにな」
盗賊上がりのアラジンならば聖槍グングニルを奪って来れるかもしれない。
しかし、エルフ王も黙って渡すとは思えない。
聖槍グングニルはエルフ達にとっては神器そのものだ。
神を崇めるように聖槍グングニルも称える。
エルフにとっては神のような存在だ。
それを簡単に手放すことはしないだろう。
自慢の騎士団を率いて抵抗することが予想される。
そうなったらエルフ王国と戦争になるかもしれない。
ヴェズベルト王国が健在の今、他の国と争いになることは避けたい。
「騎士団は派遣できぬぞ」
「その方が私にとっても都合がいい」
「ひとりで聖槍グングニルを奪って来ると言うのか?」
「騎士団長のお前には出来ないが、私には出来るのだ」
アラジンが蔑むようにクロードを見やるとクロードは唇を噛み締めた。
これでアラジンが聖槍グングニルを手に入れて来たら、我が軍はより強くなる。
聖槍グングニルに聖女と魔水晶、それに策士と。
若干3万の軍勢でも10万を誇るヴェズベルト王国には引けをとらないはずだ。
これはサンドリア王国の春が見えて来たと言うもの。
「アラジンよ。そなたに聖槍グングニルの奪取を任せた」
「承知した」
「クロードは対魔獣戦のための軍部の強化を任せる」
「……」
「どうした、クロード。聞こえなかったのか?」
「……い、いいえ。承知しました」
クロードは拳を握りしめたまま小さく頷いた。
クロードは自室に鍵をかけてひとりで籠る。
部下の騎士も侍女達も追い払って。
ソファーに腰を下ろしテーブルの書類をぶちまける。
これが怒らずにいられないだろうか。
クロードが立てた戦略は全てアラジンに無効にされた。
アラジンに敗北の責任をとらせることもブレックス国王を退陣に追いやることも。
「アラジンの奴め!」
恐らくオリバー達同士はアラジンによって滅ぼされたのだろう。
魔獣ポセイドンの出現も嘘かもしれない。
御大層な理由をつけて責任を逃れるために。
せめて盗賊団とアラジンとの関係を明らかに出来れば、国家反逆罪としてアラジンを拘束できる。
やはり盗賊団を拷問にかけて吐かせるべきか。
しかし、あの盗賊団のリーダー格のドミトスと言う男は口を割りそうになかった。
黒幕から脅されていれば口を割らすことも簡単だが、黒幕を崇拝していたらそれも敵わない。
信者ほど厄介なものはないのだ。
「アラジンは聖槍グングニルを手に入れてサンドリア王国を乗っ取るつもりだ。何とか阻止しなければ」
暗殺部隊を派遣してアラジンを抹殺するのが一番だが、今は事後処理で派遣できる人材はいない。
ほとんどの騎士は街の再建に駆り出されている。
それにブレックス国王からの軍部強化の準備もしなければならいない。
クロードがアラジンにかまけている暇はないのだ。
同士達がいなくなった今、ブレックス国王に退陣を迫ることも敵わない。
息のかかった大臣達も今回のことで尻込みをしはじめた。
国王を退陣に追い込むためには多くの同士達の賛同が必要だ。
また、一から同士を増やして行かなければならない。
「こちらの作戦は見事に打ち破られたが、アラジンの作戦は阻止してみせる。サンドリア王国は譲るものか」
クロードは自室を出て牢獄に足を向ける。
それは捕らえたドミトスを拷問にかけるためだ。
拷問室にドミトスを括り付け人払いをして二人きりになる。
「さあ、お前達のリーダーを教えてもらおうか。リーダーは誰だ?」
「……」
「そう簡単には話さないよな。なら、これではどうだ」
クロードはナイフでドミトスの腕を切りつける。
ドミトスは顔を歪ませて痛みに耐える。
傷口から赤い血がドロドロと流れ出した。
「さあ、話す気になったか?お前達のリーダーは誰だ?」
「……」
ドミトスは口を噤んだまま顔を逸らす。
この程度では口を割らないか。
さすがに鍛えられていることだけのことはある。
そこいらの盗賊と訳が違うようだ。
もっと突っ込んだ質問に変えた方がいいかもな。
クロードはドミトスの腕にナイフを突き立てて質問をする。
「お前達のリーダーはアラジンだよな?」
「そ、そんな男は知らない」
ビンゴ。
アラジンと言う言葉に反応を変えて来た。
それにアラジンが男だってことも特定している。
アラジンは仮名で女だってことも考えられるのにも関わらず。
やはり黒幕はアラジンと見て然るべきか。
しかし、もっと確かな証拠が必要だ。
「お前達のリーダーはサンドリア王国を乗っ取る計画を立てたのだろう?」
「それを知ってどうするつもりだ」
「やはりそうか」
間違いない。
アラジンはサンドリア王国を乗っ取るためにブレックス国王に近づいた。
そして聖女と魔水晶をヴェズベルト王国から奪取して来ることでブレックス国王の信頼を買った。
ヴェズベルト侵攻はブレックス国王の指示だが、全滅はアラジンの計画だろう。
オリバー達が指示に従わなかったので撃沈させたと見るべきか。
クロードはナイフの柄をグリグリと回す。
「うゎぁぁぁっ!くぅ……」
ドミトスはたまらずに唸り声を上げてもがく。
「アラジンが悪いんだよ。私達の崇高な計画を邪魔するからな」
「す、崇高な計画だって?くはっ」
クロードはナイフを引き抜くと舌でぺろりと血を舐める。
「この敗北でブレックスは退陣するべきだったのさ。既に次の国王候補も確保していたのだけどな。全てはお前達のリーダーであるアラジンによっておじゃんになったんだよ!」
クロードは怒りを払うかのようにドミトスの逆の腕にナイフを突き立てる。
ドミトスは唸り声を上げながら痛みに耐える。
「フッ、さすがは……アラジン様だ」
ドミトスは顔を歪めながら薄っすらと笑った。
これで黒幕がアラジンであったことははっきりした。
このことをブレックス国王に報告することは待っておいた方がいいだろう。
今、ブレックス国王の関心は聖槍グングニルのことだけだ。
その聖槍グングニルを奪取して来るのがアラジンなだけに、アラジンと盗賊団の関係を暴露したところでたかが知れ入ている。
それにもうブレックス国王に従えることもないだろう。
従ったところで何の利益にもならない。
それよりもブレックス国王の退陣を迫るための足固めが必要だ。
まずは大臣達を説得してこちらに引き込む必要がある。
ブレックス国王が無謀な戦争を仕掛けようとしているとわかれば大臣達も納得するだろう。
そのためにはサンドリア王国の戦力を削ぐことが必要だ。
まずは聖女と魔水晶を始末しよう。
新たな力がなくなればサンドリア王国の戦力は落ちる。
聖槍グングニルが残るがアラジンが奪取できるとも限らない。
それは後々、アラジンもろとも処理すればすむことだ。
クロードは踵を返すとドミトスに告げる。
「お前達の処刑は明後日。楽しみにしておけ」
処刑は公開処刑にする。
それはサンドリア王国に歯向かった報いと他の盗賊達に恐怖を植え付けるためだ。
その言葉にドミトスは大きく項垂れた。
その頃、ヴェズベルト王国では緊急会議が催されていた。
会議室に各騎士団長、宮廷魔術師団長、大臣達の面々が顔を合わせている。
アンナ女王は上座に座り、エミリアの報告を受けていた。
「サンドリア王国との衝突は魔獣ポセイドンの出現により阻まれました」
会議室がどよめきで包まれる。
お互いの顔を見合わせながら耳を疑る騎士団長達。
大臣達は顔を青くして頭を抱え出す。
その動揺を鎮めるかのようにアンナ女王が口を開いた。
「それでプリムは、聖女は確認できましたか?」
「サンドリア王国の母艦に乗っていたことは確認できました」
「そうですか」
アンナ女王はほっとしたような、だけど不安げな顔を浮かべる。
プリムが無事であることはよかったけれど戦場に投入されたことはいただけない。
聖女の力を確かめるためブレックスが指示を出したのだろうと言うことは予測できた。
「それでサンドリア軍はどうしたのですか?」
「魔獣ポセイドンの出現前に交戦するところだったのですが、サンドリア軍はお互いに攻撃しあってつぶし合いました」
「同士討ちをしたのですか」
「そうです」
サンドリア軍はいったい何を考えているのか。
お互いにつぶし合って何になるのか。
こちらを油断させるためのものとも考えられないこともないが、エミリアの報告を聞く限りではそれはありえない。
だとするならばサンドリア王国もアルタイル王国と同じで内部で分裂しているの可能性がある。
強引なブレックス政権に反対をする者も多いはずだ。
「それでサンドリア軍はどれほど残ったのですか?」
「母艦だけです」
聖女の力で全ての軍艦を沈めたと見るべきだ。
思っていた以上にプリムの力は確かなよう。
さすがはレイチェルの孫娘だ。
プリムを救出したのなら正式にヴェズベルト王国の聖女として活躍してもらおう。
「魔獣ポセイドンとは交戦したのですか?」
「聖女の力を使ったようですが、弾き飛ばされました」
「やはり一筋縄では行かないようね、魔獣は」
アンナ女王は両手を組み大きくため息をこぼす。
しかし、サウスブルーに魔獣が出現したことでサンドリア王国との壁が出来た。
これで闇雲にこちらに侵攻して来ることはないだろう。
「こちらの被害は?」
「軍艦が3隻。兵は1500」
「予想以上に被害が大きいわね」
これが魔獣に抵抗した報いなのか。
今はまだ動いていないようだけれど、魔獣が動いたとなればもっと被害が拡大するはず。
その前に何か対策を立てなければ。
それにはプリムの力は必要不可欠だ。
「マリアーヌから何か連絡は届いていますか?」
「サンドリア王国に入国したこととプリム様救出に尽力を注ぐことだけです」
「そうですか。無事、サンドリア王国には渡れたようですね。後はマリア―ヌを信じるだけね」
「マリアーヌ様ならば、必ずプリム様を救出してくれるはずです」
エミリアの力強い言葉にアンナ女王はほっと安堵の顔を浮かべる。
マリア―ヌならやってくれるとアンナ女王も信じていたからだ。
アンナ女王はおもむろに立ち上がると皆に告げた。
「魔獣ポセイドンが目覚めました。我が国に侵攻して来るのも時間の問題でしょう。その前に魔獣対策を立てて魔獣ポセイドンを討伐するのです」
「しかし、魔獣を相手にどうやって戦えばいいのですか?」
「相手は魔獣だぞ。ちょっとやそっとのことじゃくたばらない」
「ヴェズベルトももうお終いだ」
大臣達は口々に不平不満をぶちまける。
それも無理はない。
聖戦を経験した者は、ここにはいないのだから。
それに先の聖戦ではエルフ王が聖槍グングニルを用いたことで魔獣を封じ込められた。
唯一、魔獣に対抗できる聖槍グングニルも今はエルフ王国に保管されている。
私達が出来ることは聖女の力で魔獣を止めることだけ。
「私達には聖女がいます。今はまだ囚われの身ですが、マリア―ヌが必ず連れて帰ります。それまで私達が頑張るのです」
「本当に連れて帰って来られるのかよ。相手はサンドリア王国だろ?」
「貴様!それでもヴェズベルト王国の大臣か!マリアーヌ様が信じられないのか!」
エミリアが愚痴をこぼした大臣の胸ぐらを掴みあげる。
いきり立つエミリアを制止てアンナ女王が皆に告げた。
「ここで私達が手をこまねいていて何になるのです。魔獣は確かに脅威ですが、私達が力を合わせれば対抗できるはずです。なんと言っても私達はヴェズベルト王国を背負っているのですからね。民衆達も、それを望んでいます。今こそ立ち上がる時です!」
すると、アンナ女王の言葉に賛同して他の騎士団長達も口々に叫ぶ。
「我々はヴェズベルト王国の騎士団だ。魔獣に屈することはない!」
「我らの力で魔獣を封じ込めて見せようぞ!」
最後までぐずっていた大臣も立ち上がって拍手をする。
「皆の決意は固いようね。心強いわ。私達、ヴェズベルト王国の明日のために!」
会議場は割れんばかりの拍手が沸き起こる。
それはアンナ女王の宣言に賛同したことを証明するものだ。
来たる魔獣討伐に向けてヴェズベルト王国が一丸となった瞬間だった。




