113「魔獣ポセイドン」
サウズブルーの海域に残った軍艦はサンドリア王国の母艦とヴェズベルト艦隊のみ。
アラジンは全てのサンドリア艦隊を聖女の力で破壊してしまったのだ。
海面には放り投げだされたサンドリア軍の騎士達が漂っている。
必死に残骸に捕まりながら救助が来るのを待っている。
騎士の鎧と剣が邪魔になって、ほとんどの騎士は海の底へ沈んでしまった。
この戦いは戦争がはじまって以来の大きな転換点となる戦争だ。
なぜならば味方同士で討ち合う悲惨な戦争になってしまったのだから。
サンドリア王国の歴史に新たな汚点が生まれた。
そんなことも気にも留めずアラジンは満足気な顔を浮かべている。
何せ戦闘にかまけてクロード派の騎士達を葬り去ることが出来たのだから。
これでアラジンの目標は近くなった。
それ以上にアラジンは別の目標を描いていたのだが。
「フフフ。これで邪魔者はいなくなった。これからが本番だ。ヴェズベルト艦隊に向けて進軍せよ!」
「しかし、我が艦隊、一隻ではどうもできません。わざわざ死にに行くようなものです」
「お前の意見は却下だ。進軍せよ!」
アラジンには自信があった。
聖女の力を持ってすればヴェズベルト艦隊も打破できると。
しかし、それは過信でもあった。
聖女の力は広範囲をカバーできるものではない。
複数の軍艦に攻め込まれたらすぐに包囲されてしまう。
船に乗船されたらアラジンと言えどもひとたまりもない。
それを全て知ったうえでもアラジンは進軍を止めなかった。
だからアラジンは指揮官の乗っている軍艦を目標にしたのだ。
指揮官さえ倒せばヴェズベルト艦隊の指揮はとれなくなる。
そうなれば勝利は確実だ。
「正面の中央の軍艦に向けて砲撃を開始せよ!隊長艦を落とせば我々の勝利だ!」
アラジンが気合を入れると、それまでびくびくしていた騎士達が奮起しはじめる。
アラジンの的確な戦術と聖女の力を持ってすればヴェズベルト艦隊を撃破できると考えたからだ。
聖女の力を行使したことは結果的に母艦の騎士達の士気を高めることにも繋がった。
戦場においては士気を高めることは戦局を左右させるほどに重要なことだ。
士気の持ち方次第では少数でも大隊を相手に出来るもの。
それはこれまでの戦いの歴史でも証明されて来た事実だ。
「隊長の首をとった者には栄誉と報酬を約束しよう!心してかかれ!」
アラジンは甲板に集まった騎士達に気合を入れると騎士達は色めき立つ。
我先に我先にと敵の隊長の首をとらんとした勢いだ。
こうなってしまえば後は騎士達に任せることができると言うもの。
最終的に命を投げ出せる覚悟がある者が勝つものだ。
ヴェズベルト艦隊は両サイドの軍艦を展開しながら進軍して来る。
反撃ののろしを上げて砲弾を一斉に放つ。
砲弾がアラジンの乗った母艦を掠めると船が大きく揺れる。
それでも砲弾を掻い潜りながら進軍を止めない。
多勢に無勢の様相を極めて来た、その時。
海面を真っ二つに割るように海が裂けて行く。
すると、海中から魔獣ポセイドンが姿を現した。
その大きさは50メートルほどあるだろうか、母艦に匹敵する大きさだ。
「あれは何だ!」
両艦隊は進軍を止めて船を停止させる。
さもなければ真っ二つに裂けた海底へ飲み込まれてしまうからだ。
「あいつは魔獣ポセイドン。こんなところで出くわすとはな」
「魔獣だって!何でこんなところに魔獣がいるんだ!」
ひとり落ち着いているアラジンの横で騎士達はどよめきの声を上げる。
無理もない。ここにいる騎士達は魔獣をはじめて見るのだから。
しかし、これはチャンスだ。
聖女の力と魔獣とどちらが上か確かめるためのな。
結果次第によっては今後の目標も変わって来る。
アラジンはプリムに聖女の力を使うように脅しをかける。
「さあ、本番だ。お前の力で魔獣をねじ伏せろ!」
「そんなのできる訳ないじゃない。相手は魔獣よ!」
「聖女の力を持ってすれば魔獣など一捻りだ」
「そんなこと言われたって」
「お前がやらなければこっちがやられるだけだ」
プリムは素直に従った。
そして再び白銀の十字架に魔力を集中させる。
白銀色の魔法陣がプリムの足元に浮かび上がるとキラキラとした粒子が十字架に集まって行く。
そして一閃の光を放ち魔水晶を黒紫色に輝かせた。
次の瞬間、魔獣ポセイドンに凄しい圧力がかかる。
圧力に押されて魔獣ポセイドンは海に沈み込みはじめる。
力を込めて必死に抵抗しているが圧力には逆らえないよう。
その様子を見ていた騎士達からどよめきの声が上がる。
中には魔獣を倒したと言わんばかりに飛び上がって喜ぶ者まで現れる始末。
「効いている。聖女の力を持ってすれば魔獣など敵ではない」
アラジンの中の自信は確信に変わった。
聖女の力は相手に凄しい重力を生じさせる力。
塔の上からリンゴを落としたように重加速させるような力が加わる。
それはもがけばもがくほどに強まって行く。
目の前の魔獣ポセイドンももがきながら重力に押しつぶされている。
地球上のすべての万物が重力の影響を受けているように。
魔獣ポセイドンも重力の餌食になっている。
この聖女の力からは何人たりとも逃れられないだろう。
「ハハハ。魔獣よ、聖女の力の前に滅せよ!」
次の瞬間、魔獣ポセイドンを中心に波動が駆け抜ける。
それは円弧となって海面上に波風となって広がって行く。
すると、重力に逆らいながら魔獣ポセイドンが聖女の力を弾き飛ばした。
「聖女の力を跳ね除けただと!やはり、魔水晶の原石ではこれが限界か」
「オロカナニンゲンドモ。ワレニハムカッタコトヲコウカイスルガイイ」
魔獣ポセイドンが持っていたトライデントで海面を叩くと大波が生み出される。
それは超巨大な津波となって円弧上に広がって行った。
母艦は大波を被りながら海面上で大きく揺れ動く。
ヴェズベルト艦隊の船も海面上で大きく波を打っていた。
アラジン達は船の縁にしがみつき大波をやり過ごす。
それでも波に飲まれて海へ投げ出される騎士の姿も数多くあった。
「これが魔獣の力か。さすがだ」
これ以上、この海域にとどまるのは得策ではない。
長居すれば間違いなく魔獣に滅ぼされる。
聖女の力をもってしても防げなかったのならなおのこと。
アラジンの目的は果たせた。
クロードの息のかかった者達を始末し、聖女の力も確かめることが出来た。
ヴェズベルト艦隊など端から眼中になかったのだ。
これでサンドリア王国に戻っても問題ない。
戦争は魔獣ポセイドンの出現により撤退を余儀なくされたことにしておけばいいからだ。
まあ、サンドリア王国に戻ってもブレックスはいないのだがな。
「主舵いっぱい!この海域を離脱する!」
アラジンを乗せた母艦は180度回転するとサウスブルーの海域から去って行く。
追撃して来るヴェズベルト艦隊もなくすぐに離脱出来た。
目の前に進軍してくるサンドリア軍の母艦を見やりながらエミリアは指示を出す。
いくら聖女の力を持っているからと言って一隻で立ち向かって来るなど随分舐められたものだ。
敵艦は間違いなくエミリアの軍艦に向けて攻撃して来るだろう。
最初にエミリアを倒して指揮を乱すつもりだ。
「敵艦は我が軍艦を狙って来る。両サイドの軍艦は展開して広がり、敵艦を包囲せよ!」
エミリアのとった作戦は確かなものだ。
自らの軍艦がおとりになり敵を引きつける。
その間に他の軍艦で敵の周囲を包囲するのだ。
これならエミリアの軍艦が沈められても敵は逃げられない。
肉を切らせて骨を断つように敵艦を仕留めることが重要なのだ。
狙い通り敵の軍艦はこちらに目がけてやって来た。
「砲門解放!敵軍艦を目掛けて放て!」
エミリアの指揮で砲撃手たちがアラジンの母艦に向けて砲撃をはじめる。
対抗するようにアラジンの母艦からも砲撃が届いて来た。
と、目の前の海が二つに割れるように裂かれて行く。
そして海中の中から見たこともない魔獣ポセイドンが姿を現した。
「何だ!」
エミリアはすぐさま艦隊を停止させ様子を伺う。
すると、アラジンの母艦から白銀の光が立ち上る。
「あれは聖女の光!」
そして黒紫色の光を放ちながら魔獣ポセイドンに圧力をかけた。
みるみるうちに魔獣ポセイドンは海の中へ押しつぶされて行く。
必死に抵抗しているようだが、それでも圧力の方が優っているようだ。
「これが聖女の力なのか……」
エミリアは呆気にとられながらしばしの間呆然と佇んでいた。
この力を持ってすれば魔獣ポセイドンなど足元にも及ばない。
アンナ女王様が聖女にこだわっていたことも納得できる。
この力が我が軍に加わればこの上ないほどの力になる。
そればかりか隣国をけん制できることになる。
安易にヴェズベルト王国を攻めて来ようとする国はなくなるだろう。
ブレックスのような愚か者はいなくなる。
アルタイル王国のマクミニエルも、グルンベルグ王国のダゼルも誰も歯向かえない。
そうなればヴェズベルト王国が世界の覇権を握れるかもしれない。
エミリアは腹の底から湧き上がる興奮に包まれていた。
しかし、そんな余韻も束の間、魔獣ポセイドンが反撃を開始した。
「オロカナニンゲンドモ。ワレニハムカッタコトヲコウカイスルガイイ」
気合で聖女の力を打ち払うと持っていたトライデントで巨大津波を起す。
「衝撃波に備えろ!」
巨大な波は円弧上に広がって海上のモノを飲み込んで行く。
エミリア達は船の縁にしがみつきながら必死に耐え凌ぐ。
それでも数十名の騎士は海に投げ出されて溺れていた。
すると、アラジンの母艦が180度回転し撤退をはじめる。
「サンドリア軍が撤退して行くぞ。我々の勝ちだ!」
逃げていくアラジンの母艦を見て騎士達が歓喜の声を上げる。
これでヴェズベルト艦隊の勝利は決まったが、まだ目の前の魔獣ポセイドンが残っている。
攻撃が効くのかはわからないが、何もしなければ全滅させられる。
そう判断したエミリアは攻撃の指示を出した。
「展開していた両サイドの艦隊はそのまま魔獣を取り囲め!そして全砲門を解放して魔獣を目掛けて放て!」
エミリアの指示通り両サイドの艦隊は魔獣ポセイドンを取り囲むように配置する。
そして砲身を魔獣に向けて一斉に砲撃を開始した。
砲弾は魔獣ポセイドンにヒットし大爆発を起こす。
魔獣ポセイドンは数多の砲撃を受けながら耐えていた。
推している。
これならば勝機はある。
そう判断したエミリアの考えが間違っていることにすぐに気づかされた。
魔獣ポセイドンはトライデントを構えると軍艦に向けて水龍閃を放って来た。
水龍閃は軍艦を貫き船体に大きな風穴を開ける。
軍艦は浸水してすぐに沈没して行く。
騎士達は救命ボートに乗り込み海に逃げ出す。
それでも多くの騎士が軍艦と共に海の藻屑となって行った。
「何だあの力は!これが魔獣の力と言うのか!」
「エミリア様、ここは危険です。撤退しましょう」
「しかし……」
このまま魔獣ポセイドンをほっておいたらもっと被害が拡大するだろう。
だからと言って今のヴェズベルト艦隊に対抗するすべもない。
魔獣ポセイドンとの力の差は明らかになっているのだ。
逃げるのも勇気。
エミリアは騎士道で習ったことを思い出す。
エミリアの判断で次第で路頭に迷う騎士達が決まるのだ。
戦いで勝利を収めることも必要だが、それ以上に騎士達の命運も大事。
戦いに勝ったとしても騎士達が犠牲になってしまったのなら、それは本当の意味での勝利ではないのだ。
戦いは撤退しても体制を立て直せば何度でも出来る。
しかし、騎士達の命はひとつしかないのだ。
迷っている場合ではない。
今は一刻も早く決断する必要があるのだ。
「この戦域から離脱する!撤退の信号弾を上げよ!」
エミリアの軍艦は180度回転すると撤退をはじめる。
それに習うように他の艦隊も撤退をはじめた。
しかし、魔獣ポセイドンの追撃は止まず。
撤退している艦隊に向けて水龍閃を放って来た。
「左陣、第二艦隊がやられたぞ!救命ボートを出せ!」
「救出は後回しにしろ!今は撤退することが優先だ!」
救命ボートを降ろそうとする騎士を止めてエリザが言い放った。
その判断は間違いでない。
騎士道に則って考えれば溺れている騎士達の救助が先だが、今は状況が違う。
この海域にとどまれば魔獣ポセイドンの餌食になってしまうだけなのだ。
エミリアは身を切られるような思いをしながら決断したのだ。
魔獣ポセイドンのいる海域から離れると追撃は止んだ。
しかし、14隻あった内の3隻が犠牲になってしまった。
3隻だけでとどめられたことを喜ぶべきなのか。
魔獣と戦えば、まず全滅は間違いないからだ。
騎士の数で1500名は海の藻屑となってしまっただろう。
生き残っている者もいるようだが自力で海域の脱出はできないだろう。
力尽きてすぐに死んでしまうはずだ。
エミリアはいたたまれない気持ちに包まれた。
全ては自分の謝った判断から起こった出来事だ。
あの時、すぐに撤退を選んでいたら、こんな犠牲を出さずにすんだろう。
アラジンの判断の方が正しかったのだ。
それでも生き延びたことに感謝しなければならない。
これは犠牲になった者達が作り出してくれたと。
エミリアと騎士達は姿勢を正すと海に向かって敬礼をした。
「お前達の意志は我らが受け継ぐ。静かに休んでくれ」
しばしの間、艦隊は静寂に包まれた。
それは戦死した者達の弔いと敬意を示してのものだった。
アラジンは船室で紅茶を飲みながら次の展開を考えていた。
聖女の力はわかったし、クロードの息のかかった者達も抹殺出来た。
後はドミトスの働き次第だが、ブレックスの首をとるまでには至らないかもしれない。
そうなれば自ずと作戦は変わって来る。
「まずはブレックスにどう報告をするかだな」
サンドリア艦隊は母艦を残して全滅させてしまった。
これを魔獣ポセイドンとの戦いの結果とすれば納得するだろうか。
魔獣の脅威を示せるし、何より責任を逃れることが出来る。
母艦に乗っている騎士達は金を積んで口止しておけば問題ないだろう。
問題は聖女であるプリムだ。
プリムは全てを知っている。
母親を殺すと脅しをかければ黙っているだろうが、いつ口を割るかもわからない。
その前にブレックスを暗殺しておく必要がある。
その役目はクロードに担ってもらおう。
敗戦になったことでクロードは責任をブレックスに追及するかもしれない。
しかし、同調してくれる他の騎士団長は既にいない。
となれば、実力行使を選ぶことも十分に考えられる。
クロードのことだ、間違いなくブレックスを暗殺するだろう。
そして政権を奪取するはずだ。
しかし、暗殺を公にすればクロードも国家反逆罪として抹殺出来る。
私は高みの見物と行こうじゃないか。
「ククク。クロードよ、私の掌で踊ってくれよ」
アラジンは不敵な笑みを浮かべながら紅茶を飲み干した。




