112「聖女の力」
睨み合いから一時間。
太陽が傾き陽時計が子の刻を知らせる。
この時代の時計は陽時計が主流だ。
太陽は一定の周期で昇降する性質あるため航海では重要視される。
しかし、曇っている日や夜は役に立たないのが玉に傷だが。
「時間だ。出撃の合図をならせ!」
アラジンが片手をあげて合図を送ると砲撃手が空へ向かって信号弾を撃ち上げる。
しかし、艦隊は動かずにその場にとどまっている。
「どうした。敵を目の前にして怖気づいたのか。もう一度、信号弾を撃ち上げろ!」
再び砲撃手が空へ信号弾を撃ち上げるが、艦隊は沈黙を保っていた。
ふむ、クロードか。
クロードが騎士団に働きかけて作戦を無視しろと指示を出しているようだ。
おそらくこの場にいる騎士団は皆、意思疎通をしていると思われる。
だとするならば、この場にいるアラジン以外の者は全て敵だ。
アラジンを出し抜こうとして考えた作戦のようだが詰めが甘いな。
所詮、騎士は力による主従関係に囚われる生き物だ。
従わないのならば従うように仕向ければいい。
「砲撃手、左陣の攻撃艦に向けて砲撃せよ!」
「味方艦ですよ!」
「聞えなかったのか。攻撃艦に向けて砲撃せよ!」
アラジンの無茶苦茶な指示に砲撃手は、その手を止める。
すると、アラジンが剣を抜いて砲撃手の首元にあてた。
その冷たい感触に砲撃手の背中にどっと汗が噴き出す。
「やれ!」
砲撃手に断る術もなく、言われるがまま砲身を左陣の攻撃艦に向ける。
そして、
「放て!」
アラジンの掛け声とともに引き金を引く。
砲弾は真っすぐに飛び、左陣の攻撃艦の傍5メートルの所に落ちて爆発する。
爆発で水しぶきが空へ昇り攻撃艦の甲板を濡らす。
攻撃艦からは驚きとどよめきの声が巻き起こった。
左陣の攻撃艦を指揮している第二騎士団長のオリバーは突然の砲撃に驚愕の表情を浮かべる。
その砲撃はヴェズベルト艦隊からではなく、味方であるサンドリア艦隊から攻撃を受けたからだ。
第二騎士団の他の者達も同様に驚きを隠せずにいる。
甲板の上で慌てふためきながら砲弾が弾けた海を見やっていた。
「これでは話が違う。我々はアラジンの作戦を無視するだけと聞いている。それなのに攻撃を受けるなんて。着弾こそ免れたが、もし船にでも当たっていたら……考えただけでも恐ろしい」
今の砲撃は威嚇射撃と見るべきか。
しかし、威嚇にしては着弾点が船に近すぎだ。
この艦を沈めるつもりで砲撃したのだとしたら対応を変えなければならない。
自分達がやられてしまえば作戦どころではないからだ。
アラジンは本気で我々の船を沈没させるつもりだとしたら。
まだ決断するには早い。
アラジンの次の出方を見極めなければ。
「皆の者、静まれ!これは誤発だ。落ち着け!」
オリバーの言葉に騎士達はお互いの顔を見合わせて落ち着きを取り戻して行く。
すると、二射目が母艦から発射された。
防弾は攻撃艦に直撃して船腹に大きな穴を開ける。
同時に攻撃艦を大きく揺らし、船内に浸水を起した。
騎士達は慌てて甲板に駆けあがって来る。
我先に我先にと騎士であることも忘れて逃げ惑っていた。
「アラジンは本気で、この艦を沈めるつもりらしい。ならば我々も対抗しなければ」
戦争に勝つことよりも今は生き残ることの方が重要だ。
味方同士の討ち合いで敗北したとなれば末代までの恥じとなる。
サンドリア王国はじまって以来の失態なのだから。
オリバーとクロードは戦友とも呼べるくらい親しい間柄だ。
年齢も同じで騎士団に入隊した時期も同じ。
見習いだった頃からいっしょに訓練をこなし騎士道を極めて来た。
お互いに夢を語り訓練に励む毎日。
関係がより深めたのは戦場へ派遣された時だ。
前線に配置された二人は敵と剣をまじ合わせる。
剣技に長けていたクロードは次々と敵をなぎ倒して行く。
オリバーもそれに続けと前進した、その時だった。
敵の奇襲攻撃を受けてオリバーは絶対絶命の危機に。
その時、クロードが敵を薙ぎ払ったのでオリバーはピンチを逃れた。
オリバーにとってクロードは命の恩人なのだ。
その借りを返したくてクロードに従えて来た。
クロードの無茶な発言にも反対もせずにつき従う。
そうすることで借りを返そうとして来たのだ。
しかし、幾度、クロードに貢献しても負い目は感じたままだった。
それは命よりも重いものはないからだろう。
オリバー自身、そのことをよくわかっていた。
だから、
「皆の者、静まれ!サンドリア王国の名に懸けてアラジンを抹殺せよ!」
クロードの作戦を中止してアラジンと戦うことを選んだ。
それが正解だったのかはすぐに知ることになる。
サンドリア艦隊の動向を伺っていたエミリアは衝撃を受ける。
それは目の前でサンドリア艦隊が同士討ちをはじめたからだ。
これは計算にはなかった出来事だ。
あくまでヴェズベルト艦隊を油断させるための演出とも考えられたが、母艦の放った砲弾が軍艦に直撃している。
騎士団の慌てようから見ても、その可能性は低かった。
「何を考えているのだ、サンドリア軍は。我々を無視して同士討ちをはじめるなど」
これはチャンスと捉えるべきか。
このまま同士討ちをさせておいて戦力が削がれたところを狙う。
そんなやり方は騎士道に反するが、これは戦争なのだ。
勝利を収めた方が正義となる。
この戦、我々の勝ちだな。
エミリアは心の中で勝利を確信した。
「敵は同士討ちをはじめている。我々は、この場で待機だ。敵の様子をみて攻撃を開始する。それまで戦いの準備をしておけ!」
初陣で勝利を収めることなど滅多にない。
大抵は途中撤退を余儀なくされる。
それだけ戦争は難しいものなのだ。
騎士道を極めて来たエミリアにとって、この作戦は心から喜べるものではない。
騎士は真っ向から勝負を挑んで勝利を収めることを思い描いていたからだ。
それが騎士道を極めた者のとるべき道だと信じている。
しかし、戦争は美談など必要としない。
どんな卑怯な手を使って勝ったとしても正義であることには変わりないのだ。
エミリアは矛盾を抱えていた。
それで判断を誤るほどではないが、それでも胸に燻るものを抱えていた。
マリア―ヌのように非情になれれば楽なのだが、エミリアはそこまでの覚悟はない。
騎士としてはまだ半人前であると本人も自覚している。
だからこそ、この戦いで勝利を掴むことに固執しているのだ。
「アラジンと言う男も大した奴ではなかったな。だが、プリム様は捕らえられたままだ。油断はできない」
アラジンがヴェズベルト艦隊に向けて聖女の力を使って来るはずだ。
その時がチャンスと見るべきだろう。
聖女の攻撃を受けていない艦隊を横付けして船に乗り込む。
騎士達でアラジンを取り押えれば、こちらの勝ちだ。
アラジンと言えども数多の騎士を相手に出来る訳ではないからな。
エミリアは頭の中で作戦を考えながら同士討ちを見守った。
左陣の攻撃艦の砲撃を受けて船が大きく揺れる。
アラジンの母艦と攻撃艦の砲弾の撃ち合いとなっている。
他の艦隊は同士討ちを見守りながら沈黙を保つ。
自分達の艦に飛び火することを恐れてのことだろう。
すでに、この時点でクロードの作戦は破たんしていた。
「ようやくやる気になったようだな。しかし、我が艦に砲撃して来るとは呆れたものだ」
殺られる前に殺る。
全うな考えだが相手が悪すぎることに気づいていない。
愚かと言う言葉がよく似合っている。
愚か者には愚か者に相応しい最後を送ってやろう。
せめてもの贐だ。
「ここへ聖女を連れて来い!」
アラジンが合図をすると騎士が船室からプリムを引きずり出して来る。
プリムは純白のドレスを見に纏い頭に銀の髪飾りをつけている。
首には母からもらった白銀の十字架を大事そうに下げている。
見るからに聖女と呼べる姿をしていた。
「離してよ!私は何もしないから!」
プリムはアラジンと食い殺すかの勢いで睨みつける。
アラジンはその目を見て満足気に笑った。
「さあ、見せてもらおうか。聖女の力とやらを」
「私は何もしないって言っているでしょ!」
「それは母親を見殺しにするってことだな」
アラジンがプリムの顎をくいっと上げて脅しをかけるとプリムは口を噤んで涙目になる。
「お母さんには手を出さないで!」
「なら、聖女の力を見せろ」
「くぅ……」
アラジンは騎士達にプリムを柱に括り付けるように指示する。
間違っても海に逃げられないように足枷をつける徹底ぶり。
カイザルと違ってアラジンは用心深い性格なのだ。
アラジンはプリムを甲板に出したら海に逃げると予想していたのだ。
プリムの考えは見事に打ち破られてアラジンの言うことを聞くことになった。
「さあ、聖女の力を見せてみろ」
仕方なくプリムは白銀の十字架を胸の前で握りしめて祈りを込める。
体の中から湧き上がって来る魔力を十字架に集中させる。
すると、プリムの足元に白銀の魔法陣が浮かび上がるとキラキラとした粒子がプリムを包み込む。
そして白銀の十字架に寄り集まると魔水晶に一閃の光を放った。
一閃の光は魔水晶で増幅されて膨大なエネルギーと変わる。
次の瞬間、魔水晶が黒紫色に輝いたと思ったら、左陣の軍艦に凄しい圧力がかかる。
それは巨大な何かで上から押しつけられているような力。
軍艦は大きく揺れて海の中へと沈み込む。
しかし、浮力が反発をしてかろうじて船を海面上に留めていた。
「これが聖女の力か。素晴らしい!」
アラジンは満面の笑みを浮かべながら聖女の力に魅了される。
それは思っていた以上に強大な力だったからだ。
この力があれば一国を支配することも簡単だろう。
あわよくば世界を支配できるほどの力を持っている。
だからこそ、アンナ女王も聖女に執着していたのだ。
聖女の力は、けっして他者に渡してはならない。
そうヴェズベルト王国では言い伝えられて来たのだ。
「フフフ。フハハハ。この力があれば私の願いも叶えられる。さあ、あの軍艦を沈めてみよ!」
その声に反応するかのようにプリムは魔力を注ぎ込むのを止めた。
軍艦は圧力から解放されて大きく海面上で揺れ動く。
騎士達も自由になった体を確かめていた。
「なぜ、止める?」
「私は人殺しにはなりたくないからよ!」
「フフフ。ハハハ。人殺しになりたくないってか。笑わせる。お前は聖女となった時から人殺しの運命を背負っているんだ。聖女の力は爆弾と同じだ。大きければ大きいほど世界に破滅を生み出す。逃れられない運命なのだよ」
必死に抵抗するプリムを嘲り笑うかのようにアラジンが言い放つ。
それでもプリムは歯を食いしばって抵抗する。
「逃れられない運命なんてないわ!運命は自分で創るものだもの!」
「運命を創るだと?お前のような子娘に何ができると言うんだ?」
「何もしないのが私の抵抗よ!」
プリムはきっとアラジンを睨みつける。
「ならばお前の母親には死んでもらおう。私がこの伝書鳩を解き放てば仲間がお前の母親を殺す段取りになっている。いいのだな」
「くっ……卑怯者!男だったら正々堂々と勝負しなさい!」
「お前の戯言に付き合うのもこれまでだ。さあ、あの軍艦を沈めて見せよ」
仕方なくプリムは再び白銀の十字架に魔力を集中させる。
すると、足元に魔法陣が浮かび上がり一閃の光を魔水晶に放った。
魔水晶は黒紫色に輝き、軍艦に凄しい圧力をかける。
軍艦は海面ギリギリの所まで沈み込む。
甲板の上に立っていた騎士達は這いつくばりながら甲板に押し付けられていた。
浮力と圧力が拮抗し船に亀裂を走らせる。
同時に中央から船が割れて二つに裂けた。
軍艦の上にいた騎士達は海へと放り出される。
必死に船の残骸に捕まろうとするが重い鎧に阻まれて海へと沈んで行く。
地獄絵図のような凄惨な光景が目の前に広がった。
「素晴らしい!さすがは聖女だ。この力があれば。さあ、次はどいつだ?」
アラジンは不敵な笑みを浮かべながら他の軍艦を見やる。
他の軍艦の騎士団長達も目の前の光景に呆然とただ立ち尽くしていた。
騎士団長達の背中にどっと汗が溢れ出す。
それは目の前にいる非情な悪魔を捉えたからだ。
アラジンに逆らえば第二騎士団長と同じ目に合わされてしまう。
本意ではないが助かるためにはアラジンの指示に従うしかない。
そう騎士団長達は判断していた。
騎士団長は白旗をあげて敗北を宣言する。
しかし、アラジンは他の軍艦も沈めるようプリムに指示を出した。
「ここにいる軍艦を全て沈めよ!そうすればお前の母親を助けてやる」
「約束よ!」
「ああ、わかっている」
プリムは追いつめれば追い詰めるほど言うことを聞くようだ。
幼いながら自分の命を投げ出す覚悟は持っているようだが、母親の命を捧げるまでの勇気はない。
それがアラジンにつけいる隙を与えていた。
プリムが再び魔力を集中させると右陣の軍艦に凄しい圧力がかかる。
そして船を粉々に破壊して海の藻屑へと変えた。
一隻、また一隻と軍艦が海に沈んで行く。
その様子を満足気に眺めながらアラジンは嘲笑していた。
命からがら何とか生き延びたオリバーは海の藻屑と化したサンドリア艦隊を見やる。
それはあまりにも唐突で衝撃的な出来事だった。
聖女の力を目の前にして恐怖と悪寒が体を襲う。
それは圧倒的で非情であらゆる抵抗を受け付けないほどの力で。
天変地異でも起こしたかさえ思わせるほどだった。
「これでサンドリア軍も終わりだ」
オリバーは木片に捕まりながら絶望を吐き捨てる。
残りの軍艦は全て破壊され母艦しか残っていなかった。
これを敗北と言わないで何と言えるだろう。
味方に打ち落とされることは前代未聞の出来事だ。
生き残った騎士達でさえ正気を失っていた。
「クロード、作戦は失敗だ。後はお前に任せた」
そもそもクロードの立てた作戦に無理があったことは否めない。
なにせ戦場で戦わない選択肢を選ぶ戦術を立てたのだから。
戦場に立てば嫌でも戦闘には巻き込まれる。
それはクロードもわかっていたはずだ。
なのにあえてこの戦術を立てたのは、アラジンが脅威に映っていたからだろう。
アラジンは突然、フラッとやって来てブレックスの信頼を勝ち取った。
聖女と魔水晶を奪取して来ると言う離れ業をやってのけて。
誰もが最初は信じていなかったがアラジンはそんなことも気にせず。
宣言通り聖女と魔水晶をブレックスの前に差し出した。
それはクロードに脅威を抱かせるきっかけとなった。
打倒ブレックス政権を掲げて準備を進めて来たのに、とんだ邪魔が入ったのだ。
アラジンの目的は定かではないが、作戦に支障を来す存在であることには間違いない。
クロードの作戦はこれで終わってしまったが、まだチャンスは残されている。
それはクロード自信に任せるしかないようだ。
「生き残った者の救助が最優先だ!みんな、手を貸せ!」
オリバー軍艦から落ちた小舟に捕まりながら騎士達に指示を出した。




