111「睨み合い」
サウスブルーの沖合。
母艦を中心に隊列を組んで侵攻するサンドリア艦隊。
前方、5キロメートルの所にヴェズベルト艦隊を確認する。
「軍艦12隻に補給艦2隻か。大した出迎えじゃないか。5キロメートルまで近づいて待機せよ」
アラジンは望遠鏡でヴェズベルト艦隊を確認すると船員に指示を出す。
ヴェズベルト艦隊の隊列は正面4隻の両側面4隻ずつの山の構え。
母艦はおらず補給艦の2隻を後方に配置してある。
指揮官が乗っている軍艦はとりわけ大きいヴェズベルト国旗を掲げている正面の船だ。
山の構えは攻守ともに優れた陣形だ。
正面の艦隊で攻撃を受けつつ、両側面の艦隊で相手を包囲する。
仮に正面が突破されても両側の艦隊が壁になる。
さすがはヴェズベルト。
数では圧倒的にサンドリア艦隊が不利だが、こちらには聖女がいる。
恐るるに足りぬ。
サンドリア艦隊は5キロメートルまで来ると軍艦を止めてヴェズベルト艦隊と睨みあう。
すると、一艘の小舟がヴェズベルト艦隊からやって来た。
「私はヴェズベルト王国第二騎士団長のエミリア・マグワース。ここは我がヴェズベルト王国の海域である。速やかに退去されたし!」
エミリアは大声を張り上げながらアラジンに警告をする。
それに応えるようにアラジンが船先に立つと大声で返事をする。
「私はアラジン。サンドリア艦隊の指揮官だ。そなたの申し出は受けられない。これより子の刻に侵攻を開始する!」
「それは我が国と合いまみえると言うことか!」
「子の刻に侵攻を開始する!」
「くっ」
エミリアは拳を握りしめてアラジンを睨みつける。
そして船を迂回させるとヴェズベルト艦隊へ戻って行った。
「あれがヴェズベルトの指揮官か。第二騎士団長をよこすなんて舐められたものだ」
アラジンの中には敗戦の文字はない。
ヴェズベルトが大群で攻めてこようとも打ち破れる自信があるのだ。
もちろんそれは聖女の力によることが大きいのだが。
それ以外にも策士として自身も裏付けにある。
アラジンが手にしている戦術帳にはありとあらゆる戦争での戦術が記述されている。
今回、採用した扇の構えも小隊で大隊を打ち破る戦術のひとつなのだ。
「さて、どうするか」
最初から聖女の力を使って圧倒的な力を示す方が相手の心を折りやすい。
しかし、それでは面白くない。
わざわざ連れて来たサンドリア軍にも働いてもらわなくてはな。
クロードの息のかかった者達は数を減らしておく必要がある。
サンドリア王国の奪取のための障害になるからな。
クロードは出し抜いていると思っているようだが出し抜かれているはブレックスだけだ。
おそらく戦争の責任を追及してブレックスを退位に追い込むことが目的だろう。
まあ、その前にサンドリア王国は落ちているのだがな。
「ドミトスよ。計画を任せたぞ」
アラジンはサンドリア王国の方の空を見て想いを馳せた。
数日前。
ナイトメアのアジトにはアラジンの息のかかった盗賊団が結集していた。
「アラジン様は明日、ヴェールズを立たれる。我らの計画を速やかに進行する時だ。アラジン様の立てた戦術通りに行えばサンドリア王国は落ちる。全てはナイトメアのために!」
集会場でドミトスが叫ぶと盗賊団は武器を掲げて呼応する。
そして歓声と共にアラジンコールが湧き起る。
ドミトスは盗賊団のリーダを連れて会議室に向かった。
「作戦の最終確認を行う。まず、第一部隊はヴェールズを、第二部隊はマルセイを、第三部隊はアキストレアを襲撃。サンドリア軍が各地に部隊を派遣して王都の防衛が手薄になったら、第四部隊と第五部隊で王都を襲撃する。狙いはブレックスの首だ」
「作戦はわかったが、人員の配分はどうなるんだ?街を襲撃するにも人手がいるぞ」
ドミトスの説明を受けて第一部隊のリーダーが困惑顔で質問をする。
「人員は全部で500だ。王都の襲撃には300は必要だ。だから残りの200で街の襲撃を任せる」
「200と言うことは一部隊あたり70弱か……」
「もう少し増やしてくれ。俺達もサンドリア軍とやり合うのだからな」
ドミトスは難しい顔をして考え込む。
確かに街を襲撃する部隊の人員が少なければ、すぐに鎮圧されてしまう。
かと言って王都を攻める人員を少なくすればブレックスの首を落とすのにまでには至らない。
アラジンは、こう言う場合どのように考えるだろうか。
ドミトスはアラジンのことを思い出してアラジンの考え方を巡らせる。
アラジンはいつでも最適解を選んで来た。
状況が変わっても柔軟に戦術を変えて対応する。
アラジンの傍で見て来たからわかるのだ。
アラジンに告げられたのは戦術のみだ。
他の判断はドミトスに一任していた。
それはドミトスを信じているからこその采配。
ならばその期待に応えなければ。
街の襲撃はあくまで陽動。
出来るだけ時間を稼いでかく乱させてもらう必要がある。
まずはサンドリア軍の注意を惹きつけることが重要だ。
「よし、わかった。街の襲撃部隊は100ずつにする」
「それでは王都の襲撃が200になってしまうではないか」
「陽動でサンドリア軍を惹きつければ200で十分だ。あくまでブレックスの首が狙いなのだからな」
第四部隊のリーダーと第五部隊のリーダーはごねていたがドミトスの決断通り話はまとまった。
「では、第一部隊から第三部隊はそれぞれの街へ向かえ。街に到着後、襲撃にあたれ」
「わかった。王都の方は任せたぞ」
「第四部隊と第五部隊は私と来い」
それぞれの部隊は指示通り各街へ向かった。
ヴェズベルト艦隊では騎士団がエミリアの帰還を待っていた。
相手への警告も指揮官たるエミリアの仕事。
騎士団のリーダーは甲板に集まり、エミリアの報告を待っていた。
エミリアは小舟を軍艦につけ縄梯子で上まで上がって来る。
「エミリア様。いかがでしたか?」
「警告は無視された。子の刻より戦闘開始だ。お前達、戦闘配備を急げ!」
エミリアが指示を出すと船員達は戦闘の準備をはじめる。
砲撃手は砲弾を装填を行い、騎士達は武器を手にする。
遠隔攻撃は魔法もあるが砲撃は魔法以上の範囲をカバーできる。
故に海上戦では主力となる攻撃方法となっている。
「それでプリム様の姿は確認できましたか?」
「プリム様は確認できなかったが、おそらくあの母艦にいるはずだ」
「それでは」
「母艦は残し、他の軍艦を殲滅する」
エミリアはテーブルの上に海図を広げる。
「サンドリア艦隊は軍艦が5隻だけだ。正面の3隻が主力で両側の2隻は強襲用だ。正面を突破すれば陣形を崩せる。第一艦隊は強行突破を行う。第二、第三艦隊は補給艦を守りつつ後方支援に回れ!」
「はっ!」
たったの6艘だけでヴェズベルト艦隊に向かって来るなんて身の程知らずも甚だしい。
鉄壁の守りを誇るヴェズベルト艦隊の陣形は崩せないだろう。
この陣形はヴェズベルト王国に幾度も勝利をもたらして来た。
今回もまた、ヴェズベルトに勝利をもたらせてくれるに違いない。
エミリアにとってこれが初陣になる訳だが恐怖や不安は全くない。
サンドリア艦隊を撃破することとプリム様を救出すると言う使命にかられていたからだ。
程よい緊張感と確固たる自信が漲って来る。
あの指揮官、アラジンと言ったか。
どれほどのものか確かめてやろうではないか。
「プリム様。もうしばらくの辛抱です」
エミリアはサンドリア艦隊を眺めながら決意を固めた。
その頃、サンドリア王国は不穏な空気が漂いはじめていた。
いつも吹いている風はぱたりと止み、陽炎が城の周りを取り囲む。
クロードはテラスから砂漠を見やりながら拭えない胸騒ぎに襲われる。
「何だ、このもやっとした嫌な感じは」
クロードは自分の胸を掻きむしるように掴む。
こんな感覚は今まで感じたことがなかった。
戦争に出る時も相手の首を刎ねる時も迷いなど微塵もなく。
しかし、今胸に湧き上がって来る感情はクロードに焦りを抱かせる。
何かに追われているかのような切迫感に包まれる。
クロードは急くように会議室へ足を向けた。
「おい、今戦況はどうなっている」
「ヴェズベルト軍と接触したと言う情報が入っています」
「相手の戦力は?」
「軍艦が12、補給艦が2です」
「14隻か」
クロードは含み笑いを浮かべる。
やはり、この戦力差ではサンドリア軍に勝ち目はない。
ヴェズベルトが投入してきた軍艦は、おそらく歴戦の英雄艦だろう。
主砲を8門を備えたヴェズベルト屈指の主力艦で、これまで幾つもの戦いを制して来た。
先のサウスブルーの戦いもこの軍艦によってサンドリアは敗戦に追い込まれたのだ。
一度あることは二度あると言うが、サンドリアの敗北は間違いないだろう。
ククク。狙い通りだ。
聖女の力がどれほどの力を持っていたとしても戦わない兵士がいれば負けは確実。
アラジンの焦りようが見て取れると言うものだ。
すると、会議室へひとりの騎士が駆けこんで来た。
「何の騒ぎだ?」
「報告します。ヴェールズが盗賊団の襲撃を受けています!」
「盗賊団だと……こんな時に。街の警備兵で抑えろと伝えろ」
「しかし、今いる警備兵だけでは足りません。盗賊団は100ほどいるそうです!」
「盗賊団のくせに100か……」
クロードは腕を組んで難しい顔を浮かべる。
ヴェールズに常駐させてある警備兵は20あまり。
普段、問題も起こらない平和な街だけに警備は少なめにしてある。
それに今は戦時中。
ヴェールズに派遣している騎士達も全てサウズブルーに向かわせてある。
盗賊団を制圧するにはサンドリア城から新たに騎士を派遣する必要がある。
今サンドリア城を守っているのは第一騎士団1000と傭兵部隊1万、宮廷魔術師5000のみだ。
その他の人員は諜報活動のため各地に派遣してある。
盗賊団を制圧するには騎士団の派遣が急務。
「わかった。騎士100と傭兵300を派遣する」
そこへ、他の騎士が慌ただしく駆けこんで来る。
「クロード様!報告があります!」
「今度は何だ?」
呆れた様子のクロードとは違い、騎士は目を血走らしている。
今にでも飛びかかって来そうなくらいの慌て振り。
嫌な予感しかしていなかったクロードだが話を聞いてみることに。
「マルセイの街が盗賊団の襲撃を受けています!」
「また、盗賊団だと!何が起こっているんだ!」
クロードは疑るような目つきで騎士を睨みつける。
騎士は直立不動のまま大きく肩で息をしている。
この騎士が嘘を報告する理由はない。
ヴェールズに続いてマルセイまでも。
ただの偶然かはたまた何らかの繋がりがあるなのか。
それよりも今は戦時中だ。
盗賊団ごときに関わっている暇はない。
「マルセイに騎士100、傭兵300を派遣しろ!」
力でねじ伏せてやる。
盗賊団ごときが我がサンドリア軍に歯向かうなどあってはならないことだ。
この国では力こそ正義なのだ。
力のない者は力のある者に支配される。
力のある者が権力を握るからこそ国は成ったって行く。
力なきものは忠誠を誓い、力ある者へ尽力を尽くすのが礼儀だ。
そんな歴史を繰り返して来たサンドリア王国だからこその法則なのだ。
すると、クロードの不意を突くように別の騎士が駆けこんで来た。
「クロード様!」
「今度は何だ?」
クロードの感情を逆撫でるかのように別の騎士は報告する。
「アキストレアの街が盗賊団の襲撃を受けています!」
「またか!」
いったい何が起こっていると言うのだ。
ヴェールズ、マルセイに続いてアキストレアも。
盗賊団がサンドリア王国に戦争でも仕掛けて来るつもりなのか。
いずれにせよ、今は盗賊団を相手にしている場合じゃない。
「よし、アキストレアにも、騎士100、傭兵300を派遣する。盗賊団を根絶やしにしろ!」
「「はっ!」」
いっそうのこと全ての騎士を派遣して盗賊団を根絶やしにしたいのが本音。
盗賊団と言うものはひとりでも残しておくと次々と湧いて出て来るゴブリンの様なものだ。
ひとりひとりの力は弱いが集団になると力を増す。
知恵があるぶんゴブリンよりも厄介だ。
まあ、騎士団とは比べ物にならない戦力差があるのだが。
「他の街も襲撃される可能性がある。各街にそれぞれ騎士100と傭兵300を派遣せよ!」
これで城の防衛に携わる兵力は格段に落ちる。
しかし、今は城の防衛よりも盗賊団を狩ることのほうが肝要だ。
戦時中を狙ってサンドリア王国を混乱させようなどと。
ブレックス政権に反対する民衆達が活力を与えるようなもの。
しかし、それはそれでチャンスでもある。
ブレックスが盗賊団に打ち取られたのならばわざわざ手を汚すこともなくなる。
しかし、城の防衛を一任されている立場では、それは受け入れられない。
ブレックスが打ち取られたとしても盗賊団の侵入を許した責任を問われることになるのだ。
「誰の差し金かわからないが、私の計画を邪魔をする奴は皆殺しだ」
クロードは苛々しながら机を小刻みで叩く。
それは子供の頃から癖になっていたクロードの仕草だ。
思うように進まないことがあると、それがストレスとなって癖を発症させる。
それを知ってか知らずか騎士達は青い顔をしながら身を竦めていた。




