110「山賊、再び」
ここに来るのは2度目だ。
1度目はガルドのミスで山賊に捕まる羽目になった。
あの時はクルの街までひとりでジャイアントアントの胃袋を売りに行ったのだが。
それも今では懐かしい想い出だ。
「グルンベルグ城を出てから一度もモンスターに出くわさなかったのがツイていたわね。もう、国境付近よ」
「国境はいいが、ここに来ると思い出すよ。山賊に捕まったこと」
「あれはガルドが見張りを怠っていたからでしょ」
「仕方ないだろう。眠気には逆らえなかったのだから」
眠気よりも酒のせいだろう。
あの時は雨降りで土砂をどける力仕事をしたから余計に疲れて。
その後の温泉と酒ですっかり出来上がっていたからな。
今回は酒も入っていないし力仕事もしていない。
見張りを頼んでも居眠りすることもないだろう。
「日が落ちて来たわね」
「また、野宿でしょうか?」
「夜の山道を行くのは危険だからな。この辺りで夜を明かしてから山を下りよう」
見慣れた広場に馬車を止める。
この場所は以前に来たことがある場所と同じ所だ。
温泉を造った時の穴がぽっかりと空いている。
「ここって前に来た場所よね」
「そうだ」
「なら、山賊達もいるかもよ」
「山賊ぅ。また、捕まるの?」
プリシアが小首を傾げて私を見やる。
「そうならないようにちゃんと見張りをすれば大丈夫だ」
「なら、ガルド次第ってことね」
「俺次第ってどう言う意味だよ?」
「言葉通り、そのままよ」
今回はマリア―ヌがいるから心配はしていない。
メンバー一警戒心が強く肩見放さず剣を傍に置いている。
宿屋で眠る時にも、そのスタイルは変わらない。
いつ何時、危険に見舞われてもつぶさに対応できるように訓練されているからだ。
それはヴェズベルト騎士団なら誰もが身に着けていること。
騎士団は派遣されれば宿屋でゆっくり出来ることなどない。
馬車の近くで野宿をして夜を明かすのだ。
「それじゃあ私達は料理をするから、タクト達は温泉を頼むわ」
「穴は前のやつが使えるから温泉はエリザがやれよ」
「なら、タクトとガルドは料理を手伝って」
「わかった」
私とガルドは馬車の荷台から食材を降ろしてルーンに渡す。
ルーンは食材を選びながらメニューを考える。
その間に私とガルドは食材の下処理をはじめた。
「こんなの男の仕事じゃない」
「仕方ないだろ。他にやる人がいないんだから」
「それよりマリアーヌはどこへ行ったんだ?」
「山賊がいないか周辺を見に行ったよ」
「それなら俺もそっちがよかったな」
ガルドはブツクサ文句を言いながらジャガイモを洗う。
その姿はまるで川で芋を洗うアライグマのようだ。
プリシアはその横で鍋の湯加減を見ていた。
馬車から離れた森の中を抜け崖のまでやって来る。
山賊がいないかと言うよりもヴェズベルト王国に放った伝書鳩が戻って来るのを待っていた。
伝書鳩なら5日程度でグルンベルグ王国とヴェズベルト王国を往復できる。
しばらく空を眺めていると使いにやった伝書鳩が戻って来た。
「ベストタイミングだな」
マリア―ヌは伝書鳩の足から手紙を外す。
そして、働きを労うように伝書鳩にエサを与えた。
この伝書鳩がマリア―ヌの元に戻って来れた理由を言うと魔石の力がある。
魔石を二つに割るとお互いに引きつける性質がある。
伝書鳩の首に魔石の片方を取り付け、もう片方をマリア―ヌが持つことで居場所を特定できる仕組みなのだ。
この世界で伝書鳩を使っている者はみんな同じ仕組みを利用している。
難点なのは二者間の間でしか利用できないと言うことだ。
「これはエミリアの字……サンドリアが侵攻をはじめただと!」
手紙には以下のように記されていた。
”サンドリア軍が侵攻をはじめた。
我がヴェズベルト王国はそれに対抗する。
再びサウスブルーで決戦になるだろう。
プリム様は戦場に投入されるはずだ。
プリム様の救出を速やかにされたし”
プリム様が戦場に投入されたのならば前線に立つはずだ。
エミリアのことだ。
むやみやたらと攻撃はしないだろうが、サンドリア王国の攻撃次第では変わる。
今すぐ駆けつけてプリム様を救出したいのだが、今はまだサンドリア王国にすら入っていない。
マリア―ヌはいたたまれない感情を抱いて唇を噛み締めた。
「もう少し早く動いていたら」
マリア―ヌは拳を握りしめて地面を殴りつけた。
悔しさだけが込み上げて来る。
今さら後悔しても後の祭りなのだ。
「エミリアがわざわざプリム様の救出を急がせて来たのは何か手だてがあると見ているからか」
マリア―ヌの知らない所でプリム様救出の準備をしてくれているはず。
アンナ女王様のことだから既に手配はできているのだろう。
ならば、それに応えることが自分の使命。
ヴェズベルト王国第一騎士団長としての誇りがマリア―ヌを突き動かしている。
プリムを救出することはヴェズベルト王国の一大使命。
全ては、お慕いするアンナ女王様のために。
マリア―ヌは、そう決意して立ち上がった。
「これをアンナ女王様の所へ運んでくれ」
マリア―ヌは伝書鳩の足に手紙をつけると夜空に放った。
「マリア―ヌ、どこまで行っていたんだ?」
「もう、料理は出来上がっているわよ」
「すまぬ。少し遠くまで行き過ぎた」
マリア―ヌが椅子代わりの丸太に腰を下ろす。
「で、山賊はいたのか?」
「影形すら見えないかった」
「山賊達も馬鹿じゃないから他へ場所を移したのかもよ」
「確かに。ここじゃあ行商人達もあまり通らないからな」
ガルドはルーンが作った肉入りスープライスを掻きこみながら答える。
自炊して来た経験が長いので料理の幅も広がった。
それにドワーフからもらった冷凍器が役に立っている。
普段は持ち込めない生モノも今回の旅では持ち込めた。
おかげで料理の幅が広がって私達の舌を満足させた。
私達は食事を済ませてから温泉でひと風呂浴びて疲れを癒す。
馬車での移動が長かったので、すっかり体が凝っていた。
温泉は私とガルドが先に入り、エリザ達は後に入った。
「それじゃあ見張りの順番を決めましょう」
「ガルドはすぐ居眠りするから一番最初がいいんじゃない?」
「そうだね。またガルドの失態で山賊に捕まったら嫌だし」
「みんなして何だよ。俺だって好きで居眠りした訳じゃないんだぞ」
ガルドは不満顔でエリザ達を睨みつける。
まあ、前回の失態があるから仕方ないのだけど。
これから野宿するたびに言われそうだな。
「それじゃあガルド、エリザ、私、ルーン、マリア―ヌ、プリシアの順番にしよう」
「私は仮眠だけでも大丈夫だが」
「それじゃあマリア―ヌが疲れちゃうよ」
「いざと言う時はマリア―ヌに頼るからちゃんと休んで」
「わかった」
マリア―ヌはしぶしぶ納得して頷く。
「じゃあ、私達は休むからガルド。見張りを頼んだわよ」
「居眠りなんかしないでよ」
「俺に任せておけ」
ガルドの言葉をどれだけ信じていいのか疑問だが。
お言葉に甘えて先に休むことにした。
ガルドは焚火の火をみながら辺りを警戒する。
タクト達が休んでから20分は経ったろうか。
辺りはすっかり静まり返り鈴虫の鳴き声が響いていた。
「ふわぁ~。見張りって言うのも退屈だな」
ガルドは足を投げ出して体を横にする。
「まあ、山賊もいないことだし少しくらい眠っても」
急にガルドに睡魔が襲って来る。
ご飯もたらふく食べでお腹いっぱいになったからだ。
ここで眠ったらタクト達にまたどやされるが睡魔には敵わない。
ガルドはウトウトしながら重くなる瞼と葛藤していた。
それも束の間。
すぐにガルドは眠りに落ちた。
すると、森の中から山賊達が這い出て来る。
馬車の荷物を確認してからタクト達を取り囲む。
その気配を感じ取ったマリアーヌは剣に手をかける。
山賊達が間合いに近づいて来るまで息を潜めて。
そして、山賊のひとりがナイフを手にした瞬間、
「甘い!」
マリア―ヌの剣が山賊の腕を断ち切った。
「ギャァァァ!う、腕が!」
腕を落とされた山賊は唸り声を上げながらのた打ち回る。
その声で私達は目を覚ました。
「山賊か!」
「やだ。取り囲まれているじゃない」
「ガルド。起きなさいよ。山賊だよ」
「う、う~ん。山賊?」
ガルドは寝ぼけ眼で辺りを見回した。
山賊は見ただけでも30はいる。
以前、私達を襲って来た山賊のようだ。
すると、山賊達を掻き分けながらひときわ大きい山賊のお頭が立ちはだかる。
「お前達、有り金を全部置いていけ」
「何だよ。あの時の奴じゃないか」
「お前達、俺様を知っているのか?」
山賊のお頭は小首を傾げながら尋ねて来る。
以前、襲った者の顔を忘れるなんて都合のいい奴だ。
やったものはすぐに忘れるけれど、やられたものはいつまでも覚えている理論通りだ。
「そんなことはどうでもいい。私達に牙を向けたことを後悔させてやる」
マリア―ヌは剣を構えて切っ先を山賊のお頭に向ける。
その気迫に押されて山賊のお頭は後ろにたじろぐ。
山賊のお頭も馬鹿ではないのだろう。
マリア―ヌとの力の差を実感しているようだ。
マリア―ヌは剣を向けながらジリジリと詰め寄る。
すると、山賊のお頭が地べたに伏して頭を下げて来た。
「わ、わかった。俺様達が悪かったよ。金はいらないから許してくれ」
マリア―ヌは剣を振り下ろして山賊のお頭を見降ろす。
「骨のない奴め」
と、マリア―ヌが踵を返した瞬間を見計らって山賊のお頭が切りかかった。
一瞬、時が止まったのだろうか。
マリア―ヌが振り向きざまに剣を振り上げて山賊のお頭の腕を断ち切るのが見えた。
それはスローモーションのごとくひとコマ送りで展開された。
「ぐわぁぁぁ!腕がぁ!」
山賊のお頭の悲痛な叫び声で我に戻る。
今見た光景は何だったのだろうか。
そんな考えも覚ますかのように山賊のお頭は悶え苦しむ。
マリア―ヌは血飛沫を振り払うと山賊達に向けて言った。
「次の相手はどいつだ?」
みるみるうちに山賊達の顔が青ざめて行く。
正気を失ってただ立ち尽くす者や武器を放り出して命乞いをする者までいる。
まるで悪魔にでも睨まれた子羊のようだ。
マリア―ヌが剣を向けて詰め寄ると山賊達は混乱して方々に逃げ出した。
その慌て振りは尋常じゃない。
巨大地震に見舞われたかのようだ。
30名ほどいた山賊もすっかり逃げてしまい、その場には山賊のお頭だけが取り残されていた。
「畜生、あいつ等逃げやがって」
すると、マリア―ヌが山賊のお頭の元へ近づいて問い詰めた。
「お前、誰に頼まれた?」
「何のことだ」
「私達を襲うように頼まれたのだろう」
マリア―ヌの指摘に山賊のお頭の顔が曇る。
「マリアーヌ。どう言うことだ?」
「この程度の輩がわざわざ私達を襲うなんておかしいではないか。誰かに頼まれでもしないかぎり襲撃なんてしないだろう」
「……」
それはそうだが。
それならば誰に頼まれたと言うのだ。
私達を狙って得をする者など心当たりがない。
サンドリア王国の手の者だとしたらない線でもないが。
まだ、こちらの動きには気づいていないだろう。
だとするといったい誰が。
「言え!」
「俺様は何も知らないよ」
「これでもか」
マリア―ヌは山賊のお頭の腕の切り口を踏みつける。
グギャァァァと言う山賊のお頭の悲痛な叫び声が辺りに響きわたる。
これでは尋問と言うよりも拷問だ。
私はマリア―ヌの肩を掴んで引きはがした。
「何をする、タクト?」
「これじゃあ拷問じゃないか。そこまでして聞き出すことでもないだろ」
「タクトは甘い。こんな輩に情けをかけるなんて。もし、仮に私達の知っている者が黒幕だったらどうするつもりだ?」
「そ、それは……」
マリア―ヌの心配は最もだ。
もし、私達の知っている者が黒幕ならば、この先もこんなことが起こるだろう。
寝首を描かれる前に正体を明かしておくことは身を守るための鉄則だ。
だけど、やり方は他にもあるだろう。
「黙っていないで言え!その方が楽になれるだろ」
「俺様は知らない。頼むから助けてくれ」
結局、マリア―ヌの拷問は続き山賊のお頭は何も言わぬまま死んで行った。
騎士としては正しいことをしたのかもしれないけれど、私達は受け入れられない。
マリア―ヌはひとり平気な顔をしていたが、私達はいたたまれない気持ちを抱くことになった。




