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108「前兆」

ヴェールズの港がおかしくなりはじめたのはつい最近のこと。

長らくヴェールズの港で働いているマルクにもはじめてのことだった。


「こんなに軍艦に港を占領されちゃあ仕事にならないよ」

「何でこんなに軍艦がいるんだよ?」

「俺に聞かれても知らないよ。ああ、困った。貿易船の入港のスケジュールが詰まっているのに」


頭を抱えて困っていた管理者にマルクは尋ねてみたが理由わからないようだ。

軍艦には騎士団達を含めた港の作業員達が荷物を運んでいる。

これから戦争にも出掛けるのか装備は重厚だ。

マルクは好奇心から軍艦に近づいて行った。


「おい、邪魔だ。どけ!」

「何だよ、いきなり!」


荷物を運んでいた騎士にぶつかりよろけるマルク。

イラッとして言い返そうとした時、親方が止めに入った。


「どうもすみませんね。まだ、新入りで勝手がわかってないものですから。後で言い聞かせますんで勘弁してください」

「ちゃんと言い聞かせておけよ」


親方が頭を下げて謝ると騎士は納得したように荷物運びに戻って行った。


「親方、何だよ。あんな奴に頭なんか下げてさ」

「そうもしないと納得しないだろう。むやみやたらと騎士に喧嘩を売ったら首がいくつあっても足りやしない」


騎士をはじめて見るマルクにはよくわからない。

騎士がどれだけ崇高なものなのかも、国に忠誠を誓っているかも。

しかし、親方のビビりようからしたらすごいことだと言うことは伝わって来た。


「でもよ、親方。何であんなに軍艦があるんだ?」

「おそらく戦争でもおっぱじめるんだろ」

「戦争?」


親方が聞いた話ではサンドリア王国はヴェズベルト王国に侵攻するらしい。

何でも大国ヴェズベルトに対抗できるだけの力を手に入れたとか。

戦争にでもなったらサンドリア王国はどうなってしまうのか。

船乗りの仕事を続けられないかもしれない。

そうなればヴェールズの街は干上がってしまう。

戦火に巻き込まれたとしたらただではすまないだろう。

まあ、幼いマルクにはピンと来ない話なのだが。


「この街も戦争になるのかな?」

「それはないだろう。この街は自由貿易協定で守られている街だ。そう簡単に手は出せないだろう」

「なら、よかったよ。もう、仕事ができないって思っちゃったからね」

「いっぱしの口を聞くようになったな」


親方は満足そうな様子で豪快に笑う。

それは知らない間に成長していたマルクに関心したのだ。

子供は親の知らないところで育つと言うが、マルクも一人前になって来たようだ。

それは親方にとっての楽しみでもあり、誇りでもあった。


「でも、しばらくの間は仕事はお手上げだな」

「こんなに軍艦がいるんじゃ貿易船は入れないしね」

「仕方がない。軍艦がいなくなるまで船の整備をするぞ」


親方とマルクは自分達の船の整備に向かった。





軍艦の甲板から作業の様子を眺めているアラジン。

作業員に指示を出しながら荷物の運搬を急がせる。


「これで食料の運搬は終わりました!」

「それでは次は砲弾の運搬だ。慎重にやれよ」

「はっ!」


アラジンの指示で作業に戻る作業員のリーダー。

サンドリア王国が用意した作業員だけに手際が良い。

一方でヴェールズの港で雇った作業員達は仕事が遅い。

これでも本当にヴェールズの港を守っているのかさえ疑いたくなる。


「アラジン様。第一艦隊が揃いました」

「で、軍艦は何隻か?」

「母艦を含めて6隻です」

「それは上々だ」


攻撃の3隻、強襲の2隻、そして母艦の1隻。

母艦にはもちろんアラジンと聖女が乗る。

攻撃艦よりも騎士達は少ないが、聖女がいるので十分だ。

むしろ聖女の力を発揮させるなら人は少ない方がいいい。

何せ、あの聖女は戦争がはじめてなのだからな。

まあ、これだけあればヴェズベルト王国に対抗できるだろう。

後は第二艦隊の補給艦には3隻を配備する予定だ。

補給を届ける船に補給を受け取りに行く船。

3隻で交互に行えばこと足りると言う計算だ。

想定しているよりも戦いは長引かないと踏んでいる。

聖女の力を目の当たりにすれば、そうなるだろうと言うことは予想できた。


「明日、出航する。準備を急がせよ!」


後はドミトス達がうまくやってくれることを祈るばかりだ。

サンドリア王国には第一騎士団しかいない。

ドミトス達があちらこちらで騒動を起こしてくれれば兵を派遣せざるを得ないだろう。

しかし、下っ端の兵を派遣しても収集をつかせなければ騎士団が動く。

そうなればこっちのものだ。

防衛が薄くなったサンドリア城を襲撃する。

サンドリア城は今まで攻められたことがないために防御力に欠けている。

アルタイル王国のような堀もなければ城壁もない。

ただ、砂に覆われているため今まで侵攻されたことがないのだ。

このために鍛え上げた盗賊団ならば簡単に侵入できるはずだ。

砂上戦でも騎士達に引けはとらない。

そしてブレックスの首を刎ねる。

アラジンが直々に手にかけられないのは不服だが仕方がないだろう。

これもアラジンがサンドリア王国を手に入れるためなのだ。


「フフフ。私の明日も近い。ハハハハハ」


アラジンの高らかな笑い声がヴェールズの港に鳴り響いた。





城の防衛に回されたクロードは自室で祝杯を上げていた。

海図をテーブルの上に広げてアラジンの立てた戦略を確かめる。


「あいつは我らの崇高なる作戦には気づいていないようだ。アラジンにもブレックス国王にも明日はない。この戦いで勝利を納めるのはサンドリアでもヴェズベルトでもない。我々だ」


もちろんこのことは第二艦隊の補給部隊長にも知らせてある。

事前に説明したら反論する者はいなかった。

サンドリア騎士団の誰もがブレックス国王の手腕に疑問を抱いているからなのだろう。

金で力を買うやり方ではロクな人間が集まらない。

所詮、金で買われた人間は簡単に金で裏切るのだ。

部隊の指揮を乱すだけでなく、問題を引きつける。

一利もなく害だけしか生まないのだ。


しかし、この作戦はあくまで極秘事項だ。

ブレックス国王にバレでもしたら国家反逆罪として処刑される。

それは第一騎士団長のクロードでも例外ではない。

騎士団長の全てが反対したとしてもブレックス国王は処刑を慣行する。

ブレックス国王は反逆する者には力で押さえつけるのだ。

それは恐怖政治そのものだ。

まあ、聖女に目を奪われている今のブレックス国王に気づかれることはないのだが。


「戦場で孤立無援となったアラジンはどうでるのか。聖女を立てに取り命乞いをするかもしれない。ハハハ。あいつの考えそうなことだ」


そうなったらそうなったらで都合がいい。

ブレックス国王の注意を向けさせることが出来るし、アラジンを処刑できる。

アラジンがいなくなればとりあえずは国の危機は避けられる。

その後で国王の進退を問えばいい。

いくら独裁者でも従うものがいなければ力は行使できない。

クロード達は既に意志を統一させているのだ。


「さて、アラジンよ。我らの手の中で踊って見せておくれ」


クロードは満足気な顔を浮かべながら酒を煽る。

それは勝利へ向けての祝杯。

次に、この酒を飲むときは政権を奪取して祝杯を上げる時だ。





プリムの情報を集めていたダゼル国王の元に知らせが入る。

それはサンドリア王国に派遣していた調査隊からの知らせだ。

報告は2つあるらしい。

そのどちらも喜々として受け入れられない情報だった。


「ラクレス。調査隊からの情報はいかなるものか?」

「ひとつは聖女と魔水晶は既にサンドリア王国に渡っていることです」

「やはりブレックスが黒幕であったか」


ある程度、予想していた事実に顔を歪めるダゼル国王。

ブレックスが聖女と魔水晶を手にしたのならば戦争を起こす。

狙いはヴェズベルト王国で間違いない。

サウスブルーでの借りを返すつもりだろう。

しかし、兵力ではヴェズベルト王国の方が圧倒的に上。

聖女を戦争に投入しても勝利を納めることが出来るのかは不可思議だ。

ブレックスは聖女の力がどれほどのものなのか知らないのか。

それとも他に勝算はあるのか。

ダゼル国王は片肘でしばし考え込む。


聖女の力は確かにすごい。

しかし、大きな力にはコントロールするだけの器量が必要だ。

ブレックスにそれがあるとは思えない。

ならば、他に頼るべき者がいるのか。

第一騎士団長のクロード・バーンはたしかに力量はある。

しかし、聖女の扱いとなれば話は別だ。

それに聖女も黙って言うことを聞くとは思えない。

反発されるのがオチだ。


「それでもうひとつの情報と言うのは?」

「それはサンドリア軍がヴェズベルトに侵攻をはじめたことです」

「やはりな。聖女と魔水晶を手に入れたブレックスが考えそうなことだ」


しかし、事実上サンドリア軍がヴェズベルトに侵攻をはじめたことは問題だ。

ヴェズベルト王国とは友好関係を築いているグルンベルグ王国としては無視するわけにもいかない。

それに他の国にも、この情報は伝わっているはずだ。

内戦が続いているアルタイル王国が介入をすることはないだろうが。

グルンベルグ王国としても、それなりの対応が必要になる。

それは友好国の支援か、戦争の仲介か。

いずれにせよただではすまない。


「ダゼル国王様。我々はいかがいたしましょう」


直接、戦争に介入すれば、グルンベルグ王国の損失も計り知れない。

かと言って何もしなければ他国に示しがつかない。

世界で力を発揮するためには今以上の働きが必要だ。

今、出来ることは資金援助くらいだが、それでは納得しない国もあるだろう。


「我々もサウスブルーへ向けて部隊を派遣する。それは戦争目的ではなくあくまで仲裁だ」

「しかし、今から準備して間に合うでしょうか?」

「間に合うか間に合わないかは問題ではない。我々が兵を派遣したと言う事実が大事なのだ」


グルンベルグ王国が人身を削って戦争の仲介に出たと言うことで周りの国は納得する。

逆に資金提供だけをしたものなら周りの国の反発を買いかねない。

身を削らずに金だけを出すとな。


「そして混乱に乗じて聖女を暗殺するのだ。聖女がいなくなれば脅威はなくなる」

「タクト達には、どう伝えましょう?」

「聖女がサンドリア王国に渡ったことだけを伝えよ。タクト達に情報を流し過ぎると返って動きづらくなる。我々の行動を悟られぬようにな」

「はっ!」


ラクレスは玉座の間を後にするとタクト達の所へ向かった。





タクト達が客間で雑談をしているとラクレスが暗い面持ちでやって来た。


「何かあったのか?」

「聖女に関する情報が手に入った」

「聖女だと!プリム様は今どこに!」


マリア―ヌは興奮してラクレスに詰め寄る。


「残念だが聖女はグルンベルグ王国にいない。既にサンドリア王国に渡ったようだ」

「サンドリア王国だと!やっぱりか。私達がこんな所で油を売っていたからサンドリア王国に渡ってしまったのだぞ!」

「落ち着けマリア―ヌ。サンドリア王国に渡ったのならばプリムは王都にいるはずだ」

「ブレックス国王が裏で糸を引いていたと言う訳ね」

「そう見て間違いないだろう」


プリムがサンドリア王国にいるならば身の保証は大丈夫だ。

わざわざ価値のある聖女をさらって来たのだから不始末な扱いはしないだろう。

国賓のような扱いをされているかもしれない。

なんて言ったってプリムは聖女なのだから。

それよりどうやってプリムを救出するかが問題だ。

闇雲にサンドリア城に侵入しても警備に捕まるだけだ。

何せ国宝級の聖女を守っているのだ。

厳重な警備が敷かれているに違いない。

だとしても他の手があると言う訳でもない。

ダゼル国王に交渉をお願いしても知らぬ存ぜぬを貫き通すだろう。

何せ極秘に連れ去って来たのだからな。

ここは私達が何とかしないとはじまらない。


「お前達は、これからどうするつもりだ?」

「プリムがサンドリア王国に捕まっているのならばやりようがない。下手に動こうものなら国家を相手にすることになる。そうなってしまったらますますやりようがなくなる」

「タクトはプリム様を見捨てるって言うのか!」

「そうは言っていない。機会を伺うんだよ」

「それは見捨てると言っていることと同じだ!私はひとりでも行くからな!」


興奮しているマリア―ヌをガルドが押さえつける。

その様子を見ていたラクレスが不意に顔を顰めた。

何だ、この違和感は?

ダゼル国王は全面的に私達に力を貸して来たのではないのか。

グルンベルグ王国の紋章入りのメダルを与え、プリムの情報を収集した。

それは一国家が私に手を差し伸べた大きな出来事だ。

私達を同士として認めたからこその計らいなのではないのか。

しかし、ラクレスの表情は、それを裏切るようなリアクションだ。

ダゼル国王も一国王だ。

国のことを何よりも一番に考える。

だとしたら、プリムのことは見捨てるかもしれない。

プリムを救出したところでグルンベルグ王国には何の恩恵もないのだから。

もしかしたら他に情報を持っていて隠しているのかもしれない。


「他にプリムに関する情報はないのか?」

「残念だが、我々が手に入れたのはそれだけだ」


一瞬、ラクレスの目が泳いだ。

間違いない。

ラクレスは何かを隠している。

このところ場内が慌ただしく動いていることと関係があるのか。

訓練場にいた騎士達は姿を消し、魔獣討伐隊の候補生さえいなくなった。

それは訓練に行き詰って立ち去ったとも言えるのだが。

こうも人手がなくなることはない。

私の読みが間違いでなかったらサンドリア王国は戦争の準備をはじめていると見るべきか。

プリムをさらったのもヴェズベルト王国の戦力を下げるため。

そして戦争を起こして聖女を投入することでヴェズベルト王国の敗北を狙おうと考えているのだろう。

グルンベルグ王国は仲裁のために軍を派遣しようとしているに違いない。


「それなら仕方がない。私達は待つしかない」

「待つだと!何を言っているんだタクト!私達が今こうしている間もプリム様は苦しんでいるのだぞ!」

「だからと言ってどうなる。サンドリア城へ侵入するつもりか?それは国家を相手にするってことだぞ。冷静になれ、マリア―ヌ」

「しかし……」


私の言葉に憤りながらもマリアーヌは拳を握りしめて堪える。

マリア―ヌもわかっているはずだ。

闇雲に行動しても何も生まれないと言うことを。


「私達も全力を尽くす。お前達はここで待っていてくれ」

「そうさせてもらう」


私の返事を受けてラクレスは客間を後にする。

おそらくダゼル国王へ報告に行ったのだろう。

私達の行動を逐一監視して把握しておくつもりだ。

ダゼル国王には恨みはないが、プリムのことは私達で何とかする。


「行ったな」

「何、タクト。扉の前に突っ立ってさ」


私はテーブルにつくとガルド達を集める。


「私達の手でプリムを救出する」

「何?待つんじゃなかったの?」

「ここで待っていても何にもならない。私の見たところダゼル国王は情報を隠している」

「情報ってプリムの?」


エリザは小首を傾げながら尋ねて来る。

私はエリザ達にもわかるように考えを説明した。


「なるほどね。それならあり得る話ね」

「ダゼル国王様もグルンベルグを納めていますし、まずはグルンベルグのことを一番に考えるはずです」

「じゃあプリムのことはほったらかしって訳?」

「国王の考えそうなことだ。いつも弱者は虐げられる」

「私は行くぞ。プリム様を助けに」

「もちろん私達も行く。まずはここを抜け出してサンドリア王国に渡ろう」


私達は監視の目を掻い潜ってグルンベルグ城の脱出の計画を立てた。


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