107「黒幕」
アラジンとプリムはサンドリア王国の玉座の前でブレックス国王に謁見していた。
「その者が聖女か?」
「そうだ。名をプリムと言う」
「魔水晶は?」
「この通り」
アラジンが袋から魔水晶の塊を見せるとブレックスの目つきが変わった。
「さすがだな。伊達に盗賊はやっておらんか」
ブレックスは片手を上げてクロードに合図を送る。
すると、アラジンがプリムと魔水晶を引き寄せた。
「おっと、これはやれないぜ」
「どう言うつもりだ?」
「交換条件と行こう」
「交換条件?」
「そうだ。聖女と魔水晶合わせて30億ゴールドだ」
「30億ゴールドだと!バカな!我が国の国家予算の5分の1だぞ!」
クロードは目を見開いて驚愕の声を上げる。
サンドリア王国の国家予算は150億ゴールドになる。
それはヴェールズの貿易収入があるから他のどの国よりも多い。
敵対するヴェズベルト王国でさえ100億ゴールドに満たないのだ。
「国王様。やはりこいつは信用できません。この場で成敗しましょう」
「ここで私をやっても構わないが、困るのは国王ではないのか?」
「どういう意味だ?」
アラジンの言葉にブレックス国王は考え込む。
そしてしばらくすると口を開いた。
「30億とは大きく出たな。しかし、この聖女が本物かどうかわからないのでは払うことは出来ない」
「それは私に戦いをしろと言うことか?」
「理解が早いようだな。聖女と魔水晶を手に入れた今、我が国はヴェズベルトの軍事力を上回っている。そなたにはヴェズベルトに侵攻する部隊を率いてもらいたい」
「国王様!こんなどこぞの馬の骨かわからない輩に我がサンドリア王国の部隊の指揮を任せるのですか!」
クロードが目を見開いてブレックス国王に噛みつく。
「無論だ。私は聖女の力を見てみたいのだ。それに策士としての手腕も見てみたい。応えてくれるよな、アラジンよ」
「いいだろう、取引成立だ」
これでクロードの意識は国費に向いた。
30億ゴールドと法外な資金提供を申し入れたのだから無理はない。
ブレックスの関心はすでに聖女に向かっている。
もちろん30億ゴールドなど端から払う気もないから悠長にしているのだろうが。
寝首をかくのはこちらだ。
ヴェズベルトに侵攻した段階で盗賊団達に騒ぎを起こしてもらう。
そうすればクロードは鎮圧に尽力を向けるはずだ。
しかし、ヴェズベルト侵攻で兵力を欠いているので防衛も微々たるものだろう。
その混乱に乗じてサンドリア王国を奪取する。
サンドリア襲撃の指揮はドミトスにしてもらうつもりだ。
アラジンが用意した戦術を遂行すれば簡単にサンドリアは落ちる。
ブレックスの首を刎ねればサンドリアも終わりだ。
アラジンはこの上ない興奮に包まれながら不敵な笑みを浮かべた。
サンドリア城の作戦会議室に各騎士団長が招集されていた。
もちろんヴェズベルト王国へ侵攻するための重要な作戦会議。
アラジンはテーブルに海図を広げて説明をはじめる。
「サンドリアが侵攻すればサウスブルーでヴェズベルトと鉢合うだろう。先の戦いでは補給を確保していなかったことで敗戦した。だから、今回は補給部隊を中間点に配置する」
「補給部隊にさく人材は我が国にはないぞ」
「それでも補給部隊を設ける。長期戦においては補給が要になるものだ」
アラジンの言葉に騎士団長達は言葉を飲み込む。
それはいっかいの騎士団長では考えもつかない作戦だったからだ。
基本、サンドリア王国の騎士団は戦力をみんな攻撃に集中させて来た。
それは他のどの国に比べても3万と少ない兵力のせいもあるからだ。
攻撃の兵力を欠けば敗戦は目に見えている。
故に攻撃に兵力を集中させて来た歴史があるのだ。
「ならば、攻撃部隊の兵力はいかほどか?」
「そうだな……城の防衛も必要だから5千といったとこか」
「5千と!そんな少ない兵力で10万を誇るヴェズベルトとまともにやり合えるものか!」
これだから素人は困る。
兵力と勝利とは比例しないのが戦と言うものだ。
数が多ければ多いほど指揮に乱れが生じる。
ひとたび混乱でも起きれば、それは大きな波となって部隊を飲み込む。
そうなってしまえば立て直すことも一苦労になる。
しかし、兵力が小規模ならば意思統一も図りやすい。
細かな変化にも即座に対応できる。
それにこちらには奥の手があるのだ。
「アラジンよ。そんな兵力で勝機はあるのか?」
「もちろんだ。こちらには聖女と魔水晶がある。聖女の力は一個部隊を一瞬で消滅させるほどの威力はある。10万の兵力をものともしないだろう」
まあ、10万と言ってもヴェズベルトがどの程度の兵力を投入して来るのか。
こちらの兵力が少なければ、それに合わせて兵力を裂いて来るかもしれない。
そうなればそうなればで都合が良くなるのだが。
「それで陣形はどうするのだ?」
「扇の構えで行く。聖女を中心に各部隊を扇状に部隊を配置する。前方の3隻は魔法部隊。その両脇に騎士団を配置する。聖女はその後ろだ」
「扇の構え?」
「敵の攻撃を前方の魔術師部隊が対応する。その隙に両脇の騎士団部隊が回り込む。そして敵部隊を取り囲むように包囲するんだ。これで敵は逃げ道を塞がれて混乱を起す。そこへ聖女の力で一掃する」
「なるほどな。さすがは策士だ」
アラジンの作戦にブレックスは満足気に大きく頷く。
しかし、この扇の構えにも弱点はある。
それは全ての部隊を対象に出来ないと言うことだ。
おそらく包囲できるのは先発隊のみ。
一度、作戦を実行すれば、こちらの手は読まれてしまう。
それでも作戦が成功すれば相手に心理的な不安を抱かせることが出来る。
勝機は、そこにあるのだ。
戦の勝利と言うのは全滅させることではない。
いかにこちらの犠牲を少なくして相手を怯ませられるかがカギ。
圧倒的な力を見せつければ、一瞬で戦気を奪うことが出来る。
それが聖女の力で果たせるのだ。
「何か質問のある者はいるか?」
「その作戦はあくまで机上のことだろう。果たして、そううまく行くものか」
「これは手厳しいな、騎士団長さん。しかし、どの作戦も机上で行うものだ」
アラジンに上げ足を取られて顔を顰めるクロード。
そんなクロードを見て他の騎士団長も言葉を噤む。
その場は既にアラジンが掌握していたのだ。
「それでは具体的な配置を決めよう。魔法部隊には第一と第二宮廷魔術師部隊を配置。両脇の騎士部隊は第二と第三騎士団を配置する。聖女部隊は私が直接指揮をとる」
「ちょっと待て。私の部隊がいないではないか」
「悪いが騎士団長さんには城の防衛をしてもらう」
「城の防衛だと!」
「それも立派な仕事だ」
クロードは前に出した手を握りしめる。
クロードには城の防衛に徹してもらわないと都合が悪い。
盗賊団が混乱を起してクロードが鎮圧に動く。
その隙にサンドリア城を襲撃して全責任をクロードに負わせる。
これでクロードは免責される。
自分に否定的な意見を持つ者の存在を許さない。
少しの意見の食い違いでも徹底的に排除する。
そうすることで求心力を高めて行く。
それがアラジンの政治手腕だ。
「補給部隊は誰が指揮するんだ?」
「補給部隊には第三宮廷魔術師部隊をあてる」
「それでは城の防衛は第一騎士団だけってことか?」
「それだけで十分だろう。騎士団長様?」
「言われるまでもない」
クロードは拳を握りしめながら答えた。
作戦はアラジンの元で行われ各部隊は戦の準備をはじめる。
全面的にアラジンを信用した訳ではないがブレックス国王が認めている以上、反論はできない。
国王の意見は絶対なのだ。
それがアラジンには魅力的に映った。
サンドリア王国を奪取できれば自らが国王になれると。
ブレックスのような低俗な王ではなく絶対的な王として。
そして果てには世界を支配すると言う目標を掲げていた。
クロードは城の自室に籠っていた。
部下の騎士達を追い出して侍女たちまでも追い払う徹底ぶり。
それは落胆に染まる自分の姿を見せたくなかったからだ。
「盗賊上がりの分際で私を愚弄するなど、あってはならないことだ。国王も国王だ。あんな奴を信用するなんて」
やはり経験値の低い国王では権力に縋りつくしかないのだろうか。
これはサンドリア王国はじまって以来の危機だ。
このままではサンドリア王国はアラジンのものになってしまう。
それだけは避けなければならない。
サンドリア王国の歴史を汚さないためにも。
しかし、どう対抗すればいいのか。
アラジンを亡き者にするのが手っ取り早いが今は警護がついている。
城内も戦争の準備で慌ただしい。
そんな隙は伺いしれないだろう。
ならば、戦いを敗北させることが一番だ。
サンドリア王国にとっては痛手になるが国は救える。
それにブレックス国王の出鼻をへし折れる。
そうなれば少しは私達の意見も聞くはずだ。
クロードは時間を見て他の騎士団長達を自室に招いた。
もちろん人払いをして。
「クロード、これはどう言うことだ?」
「みんなに集まってもらったのも他でもない。ヴェズベルト侵攻についてだ」
「何か問題でもあるのか?」
「アラジンの作戦を遂行してもらわないでほしい」
クロードは他の騎士達に自分の考えを説明した。
考えすぎだと言う者もいたがおおむね話は理解してくれた。
「アラジンから、この国を守るんだ」
「しかし、それでは我が国のダメージが大きすぎる。他に作戦はないのか?」
「……ない」
クロードの言葉に他の騎士達は絶望を抱く。
戦いの敗北は国の敗北でもあるからだ。
先の戦いで屈辱を受けて来たが今回はそれ以上になる。
各国から非難され、国民達からも蔑まされ。
国王は敗北の責任を負うことになる。
二度の失敗は処刑に値するだろう。
そうなればサンドリア王国は滅びる。
最悪の事態にならないためにも次の国王を早急に立てて宣言する必要があるのだ。
「それで次の国王は誰を推すのだ?」
「マーカス第一王子を」
「マーカス様はまだ12歳だぞ。国王が務まるものか!」
「それでいいんだ。マーカス様を国王に祀り立てて実権は我らが握る」
「国王を傀儡にするつもりなのか?」
「この国のためだ」
クロードの判断に他の騎士達は静かに頷いて答える。
そこにいた誰もが目の前の人選に目を輝かせた。
国政を掌握すると言う暴挙たる決断に疑う余地もない。
国王の独裁から逃れて民主的に変わる布石になるのだ。
「それで私達は何をすればいい?」
「アラジンの指揮に反旗を翻すんだ」
「命令を無視すると言うことか」
それでもあからさまに命令を無視したのではこちらの意図が読まれてしまう。
だから、あくまで命令を実行している振りをする必要がある。
そして戦闘状態になってったら混乱をしたと言うていを作り撤退する。
「しかし、それではこちらの被害も大きくなってしまう」
「それもいたしかたない。これは全てサンドリア王国のためなのだ」
他の騎士達はクロードの顔を見やり頷く。
しばし沈黙に包まれた後、クロードが口火を切った。
「サンドリア王国のために!」
「「サンドリア王国のために!」」
クロードと騎士達は剣を翳して誓いを立てた。
その頃、プリムはサンドリア城の浴場にいた。
聖女ということでブレックスが手配したのだ。
牢獄に比べたら天と地と程の差があるが落ち着かない。
なぜならば傍には侍女達が控えているからだ。
「体ぐらい自分で洗えるよ」
「いけません。私達がお洗いします」
「クフフフ。くすぐったい。くすぐったいてっば」
プリムはされるがままに侍女たちの洗礼を受ける。
人に体を洗われるのは赤ちゃんの時以来だろうか。
あの時はお母さんが丁寧に洗ってくれたのだ。
目に石鹸が入らないように頭を洗ってくれたり、優しく背中を洗ってくれたり。
今では懐かしい想い出だ。
「お母さん、元気にしているかな」
「お母さんに会いたいのですか?」
「会いたいに決まっているじゃん」
「ならば国王様の言うことを聞くことです。国王様の言うことを聞いていればお母さんには会えますよ」
侍女は不安げなプリムを慰めるように優しく言った。
侍女達の言葉をどこまで信じていいのかわからない。
悪い人たちには見えないがブレックスを崇拝している。
その時点でアウトだろう。
でも、今はその言葉ですら励みになった。
これから何をされるのかはわからない。
けれど、それを越えた先にはお母さんが待っている。
そう思えるだけでプリムの小さな心は勇気づいた。
「さあ、上がりましょう。あまり湯船に浸かっているとのぼせてしまいます」
「わかったよ」
プリムは侍女たちに連れられて脱衣所へ向かう。
そして侍女たちにタオルでこすられながら水気をとってローブを身に纏う。
その足で支度部屋に通された。
「さあ、これをお召しになってください」
「なにこれ?」
「ドレスです」
「いいよ。私は自分の服があるから」
「あんな小汚い服ではいけません。あなたは聖女様なのですから」
半ば強引に侍女達にドレスを着せられるプリム。
そして鏡の前に姿を映すと見たこともないプリムいた。
純白のフリルがいっぱいついたドレスでもウエストが閉まっている。
これならばどこへ出してもおかしくない出来栄えだ。
こう言う姿をしているのがお姫様なのだろう。
ふと、そう思った。
「これもつけてください」
「何、このキラキラしたの?」
「アクセサリーです。聖女様なのですから身に着けていて当然ですよ」
侍女達が装飾の施された小箱からアクセサリーを取り出す。
ひとつは金色のネックレス。
ところどころに小さな宝石がちりばめられている。
もうひとつは銀の髪飾り。
宝石こそないが純銀製でキラキラと輝いていた。
いくらおこずかいをはたいても買えないような装飾品に少し心が上がる。
プリムは鏡の前でくるりと回転して確かめる。
どこからどう見てもお姫様だ。
その様子を見て侍女達が嬉しそうな顔をしていた。
と、支度部屋の扉がノックされる。
「私だ。入るぞ」
ブレックス国王が部屋に入って来ると侍女たちはさっと脇に避ける。
これが国王の威厳なのだろうか。
そんなことを想っているとブレックスが言った。
「うむ。上出来だ。どこから見ても見劣りしない。そなたはこれから聖女として振る舞うんだ」
「聖女って言われても……」
「聖女ではピンと来ないか。ならば、お姫様として振る舞うんだ」
プリムはブレックスのアイデアに小首を傾げる。
聖女にしてもお姫様にしても庶民のプリムにとっては雲の上のような存在。
イメージが全くわかない。
言葉使いも変えないといけないのかな。
ワラワはとか。
そんなどうでもいいようなことが頭に浮かんだ。
「では、皆に挨拶に行くぞ」
「わっ、ちょっと待ってよ」
ブレックス国王はプリムの手を強引に引っ張って玉座の間へ連れて行く。
玉座の間では両脇に跪いた騎士団長達が並んで聖女の到着を待っていた。
ブレックス国王はプリムの手をとってレッドカーペットの上を歩いて行く。
それは結婚式で新婦の父親が新婦を連れて歩くかのような姿で。
そして玉座の前に来ると振り返って告げた。
「皆のもの顔を上げ」
ブレックスの声で一斉に騎士団長達が顔を上げる。
「この者が我が国の救世主となる聖女プリムである。そしてこれが魔水晶だ」
ブレックスがプリムを紹介すると脇にいたアラジンが袋から魔水晶を採り出した。
騎士団長達の間からどよめきが湧き起る。
それは黒紫色に輝き怪しい光にやられたからだろうか。
プリムの純白のドレスとは対照的な色合いだった。
「決戦の時は近い。皆、心してかかれ」
「「はっ!」」
騎士団長達が一斉に敬礼をして応える。
同時にアラジンが口元を緩ませてニヤリと笑った。
「私をどうするつもり?」
「どうもこうもないさ。お前は私の言うことだけ聞いていればいい」
「それじゃあ答えになっていない」
「そんなに聞きたいのか。なら、教えてやろう。お前は聖女としてヴェズベルト侵攻に参加してもらう」
「戦争をするつもりなの?」
「そうだ」
アラジンの言葉を疑うようにプリムは二度見した。
しかし、アラジンは本気のようだ。
顔色ひとつ変えることなく前を見据えている。
その瞳はサンドリア王国の勝利を確信しているかのようだった。
「私は戦争なんかしないからね」
「お前に選択肢はない。私の言う通りにするだけだ」
「そんなこと言ったって私が何もしなければ無理でしょ」
「お前は私に従うるざるをえない」
「嫌よ。戦争なんて嫌だからね」
プリムは激しく首を横に振って拒む。
すると、アラジンが足を止めて脅しをかけて来た。
「お前の大事な母親の命を賭けてもか?」
「お母さんに何をしたの!」
「何もしていないさ。ただ、私の息のかかった暗殺者に見張らせているだけだ」
「お母さんを殺すつもりなの?」
「それはお前次第だ」
アラジンの脅しはハッタリでないことはすぐにわかった。
アラジンの瞳には迷いが感じられなかったからだ。
氷を刺すような冷ややかな目つきで触れた者を氷と化しそうな雰囲気がある。
生きとし生けるものを全てのみ込むような雪のような冷たさに。
プリムはアラジンの恐ろしさのひとつを目の当たりにした。
「わかったわよ。従うわ。その代りお母さんには手を出さないでよね」
「約束しよう」
アラジンが約束を守るのかわからないけれど今は従うしかない。
機会を見て逃げ出せたら迷わずお母さんの所へ戻ろう。
プリムはそう心に決めた瞬間だった。
「逃げようなんて思うなよ。見張りはちゃんといるのだからな」
一瞬、アラジンの言葉に身が凍ったがすぐにほどけた。
プリムの考えを読まれた訳ではないことに気づいたからだ。
あくまでアラジンは可能性として言っただけ。
でなければ考えられない。
アラジンもただの人間なのだ。
そのことが唯一プリムの救いでもあった。




