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106「訓練」

「遅い!」


マリア―ヌは苛立ちながらテーブルを叩く。

食器がガチャンと揺れてティーカップの紅茶が波紋を作る。


「落ち着け、マリア―ヌ」

「これが落ち着いていられるか!もう、3日も経つのだぞ!何でプリム様の情報が集まらないんだ!」

「まだ調査中なんだよ」


なだめるように言う私にマリアーヌは食って掛かる。


「調査中だと!グルンベルグの騎士団は腑抜けばかりでないのか!」

「それは不躾ですね。こちらも総力をあげて調査しているのです」


と、落ち着いたようすでラクレスが客間に入って来た。


「お前達は本当にプリム様を助けようと思っているのか!」

「もちろんですとも。我が国としても重要な案件ですからね」


胸ぐらを掴んで来るマリア―ヌに涼しい顔で答えるラクレス。

その顔を見る限り本気さが伝わって来ない。

ただ、ダゼル国王は全面協力を約束してくれた。

今は、その言葉を信じて待つしかない。


「それよりみなさん。魔獣討伐隊の候補生の訓練を見に行きませんか?」

「候補生の訓練?」

「そうです。いずれ皆さんにも魔獣討伐隊に加わってもらうのですから。予習と言うことで」

「そうだな。ここにいても息ぐるしいだけだし、気分転換を兼ねて行ってみよう」


私は紅茶を飲み干して立ち上がるとガルド達も同じように立ち上がった。


「あなたはどうしますか?」

「私には関係ないことだ」

「そうですか」


すると、プリシアがマリア―ヌの手を引いて誘いかける。


「マリアーヌも行こう。ここにいてもやることはないんだしさ」

「そうよ。元ヴェズベルト第一騎士団長の目で確かめてよ」

「しかし」

「皆さんも、こう言っていますしいっしょに行きましょう」


プリシア、エリザ、ルーンに連れ出されマリア―ヌはしぶしぶ部屋を出て行く。

今のマリアーヌには何より息抜きが必要だ。

ひとりでこの部屋に籠っていたらよからぬ方向に考えが及ぶ。

私達の静止を無視してひとりでプリムを探しに行くといい出すはず。

ヴェズベルト王国だったらまだやりようがあるが、ここはグルンベルグ王国だ。

土地勘も頼れる者もいない場所でひとり人探しなど米粒を箸でつまむようなものだ。

今はプリムのことから離れさせるのが一番だ。


「話はまとまったようですね。それでは案内します」


私達はラクレスに連れられて訓練場へ足を運んだ。





訓練場は街外れの広大な敷地を整備したもの。

寄宿舎が併設されていて騎士団や候補生達が利用している。

第一区画から第五区画に分かれており、訓練の内容ごとに区別されている。

第一区画が最も広く実戦を兼ねた訓練をこなす。

第二区画は騎馬戦の訓練。

第三区画は剣技の乱取り。

第四区画は補給の訓練。

第五区画は基礎体力をつける訓練が行われている。


「訓練と言ってもいろいろあるんですね」

「グルンベルグ王国の騎士になるには様々な訓練をこなす必要があるんです。実戦で戦っている騎士達も同じ訓練をこなします。訓練を怠ると命に関わることになりますからね」


それは騎士だけではない。

私達、冒険者にも言えることだ。

冒険者達が怠けて酒ばかり飲んでいたら鈍ら剣士になってしまう。

実戦と言う名の訓練を積み重ねて来たからこそ、私達は強くなれた。

私達が冒険者である限り、それはこれからも変わらない。


「あそこにいるのが候補生です」


ラクレスが指を指した方を見やると人だかりが出来ていた。

訓練と言うよりも何か揉めているようだ。

指導している騎士を取り囲んで冒険者達が騒いでいる。


「何だ何だ。喧嘩か?」


ガルドは遠慮なく第三区画に入って行く。

その後を私達も続いた。


「お前達、どうした?」

「ラクレス様。こいつらが言うことを聞かなくて」


指導していた騎士が縋るようにラクレスに泣きつく。


「何だ、お前らは?」

「控えろ。こちらはグルンベルグ王国第一騎士団長のラクレス様だ」

「第一騎士団長だと?」

「なら、強いってことだよな」


質の悪い冒険者達がラクレスに絡む。

顔を近づけて舐め回すように挑発して来る。

ラクレスは顔色ひとつ変えず澄ました顔をしていた。


「これが魔獣討伐隊の候補生か。笑わせる」


マリア―ヌが鼻で笑うと質の悪い冒険者が絡んで来た。

マリア―ヌが呆れるのも無理はない。

ここに集まっている冒険者達は冒険者と言うより山賊だ。

おおかた金に釣られて志願して来たのだろう。

そんな奴らも含めて一から鍛え上げようと言うのだからダゼル国王も腹が座っている。

小さな子供なら鍛えがいもあるが、大人になったこいつらに鍛えがいは残っているのか疑問だが。

騎士団の訓練は一朝一夕に務まるほど簡単なものではない。

大の大人が泣き叫ぶほど厳しくて辛いものなのだ。

こいつらは根をあげてすぐに逃げ出すのがオチだ。


「何だよ姉ちゃん。聞き捨てならないセリフだな。その奇麗な顔で表に出られないようにしてやるぞ。ヒャハハ」

「その辺で止めておけ。相手なら俺がしてやる」

「何だお前?」

「俺はガルドだ。剣士をしている」


ガルドはマリア―ヌの前に立ちはだかると質の悪い冒険者に凄んだ。


「お前みたいな木偶の坊に用はないんだよ。俺はこの姉ちゃんと話しているんだ」

「何だよ。怖気づいたのか?」

「怖気づいただと!ふざけるな。首狩りのジースと言われた俺様が怖気づくことなどあるものか!」


ガルドの挑発に乗るなんて、何て軽い奴なんだ。

そんなのでよくこれまで冒険者をやって来れたな。

これは戦う前から結果が見えているようなものだ。


「なら、俺と勝負をしろ」

「いいだろう。あとで吠え面をかくなよ」


ガルドとジースが向き合うと取り囲むように人だかりが出来る。

聴衆のほとんどはジースに声援を送り、その場を盛り上げる。


「いいの、タクト?」

「ガルドの好きにさせよう」


ラクレスも止めることなく傍観に徹している。

こんなことは日常茶飯事なのか顔色ひとつ変えない。

ついでにガルドの実力を見ようって腹なのか。

まあ、ガルドの勝ちには変わらないが。


「ほら、来いよ」


ガルドは大剣を構えながらジースを挑発する。

ジースも剣を構えならタイミングを見計らう。


「それじゃあ遠慮なく行かせてもらうぜ」


ジースは剣の柄をグリッと回すと剣が分裂して鞭のような姿に変える。

そして鞭を振るうかのように剣を振り回す。


「何、あの剣!」


エリザがその武器に驚愕しているとマリアーヌが説明をして来た。

マリア―ヌの話ではあの武器は剣と剣を鎖で繋いで鞭のように扱えるようにしてある武器だ。

剣の柄を回すと元に戻り剣としても扱えるらしい。

複雑なつくりで扱いにくいため、ほとんどの剣士は選ぶことはないのだが希に扱う者もいると言う。


「そんなへなちょこな武器でやろうってのか?」

「お前にはこいつはかわせないぜ!食らえ!」


ジースは馬に鞭を入れるようにガルドに剣を放つ。

すかさずガルドは大剣で受け止めるが、ジースの剣の軌道が変わってガルドの体を掠めた。


「くぅ」

「オラオラオラ!」


ジースは鞭を乱れ打つかのように剣を振り回りながら何発もガルドに攻撃を加える。

その度にガルドの体に切り傷が着いて行った。

それはかまいたちにでも巻き込まれたかのような激しさだ。

ジースは凶器に満ちた笑みを浮かべながら連撃を放つ。

ガルドは成す術もなく耐えるのみだった。

しかし急所はうまく外している。

さすがはガルドだ。

けれど、大剣と変幻自在の鞭のような剣とでは歩が悪い。

一撃の強さは大剣の方が上だが、連続で攻撃を放つとなれば鞭のような剣の方が上だ。

しかも大剣で受けようものなら鞭のような剣は剣に絡みついて軌道を変える。

太刀筋が読みにくい武器だ。


「もう、それで終わりか?勝負するんじゃなかったのか?お前のような奴が俺に敵うなんてことはないんだよ。ヒャハハ」


ジースは笑いながら斬撃を乱れ打つ。

それはまるで動かない馬に鞭を入れているかのよう。

ガルドは連撃を受けて膝を折る。

プリシアが不安げな顔で私の袖を掴んだ。


「ガルド、負けちゃうのかな?」


これでは一方的だ。

すると、ガルドが攻撃を受けながら立ち上がる。


「おいおい。勝手に俺を負けにさせるなよ。勝負はこれからだぜ」

「強がりはよせ。お前に反撃する余地はない」

「それはどうかな」


ガルドがそう言うと攻撃を受けたタイミングで大剣をぐるりと回す。

そして鞭のような剣を絡めて巻き取った。

考えたな、ガルド。

鞭は棒を絡み取るように撒き付く特徴がある。

それで遠くのモノをはじいたり取れたりするものだ。

ガルドは大剣で攻撃を弾くのではなくわざと受けて絡みつかせた。

そうすることで鞭が外れないようにしたのだ。


「これなら攻撃できないだろう?」

「ちぃ」


鞭のような剣は大剣に絡みついて外れない。

変幻自在なところが裏目に出たようだ。

すると、ジースが武器を離して近くの冒険者の剣を引き抜いた。


「勝負はこれからだ」


終わったな。

次の瞬間、ガルドは一気に間合いを詰めて大剣の柄でジースの腹を突いた。

ゴフッと息を吐きながら地面に倒れ込むジース。

その様子を見ていた周りの冒険者達が呆気に取られて沈黙する。

あまりに素早くて何が起こったのかわからないのだろう。


「さすがですね。伊達に戦いを続けて来たのではないようですね。大変心強いことです」


ラクレスは満足気な様子で拍手しながらガルドに近寄る。

ルーンの回復魔法を受けていたガルドはおもむろに立ち上がった。


「こんな奴らに本当に魔獣討伐隊が務まるのか?」

「それは私達の訓練次第ですよ」


ラクレスは訓練に自信を持っているようだが、この程度の者に訓練をしたところでたかが知れている。

ダゼル国王は本気でこいつらを魔獣討伐隊に編成するつもりなのか。

正気の沙汰とは思えない。

よほど兵力にことを欠いているのか。

これなら騎士団だけで魔獣討伐隊を編成した方がよほどいいと思えるが。

ダゼル国王には他に狙いがあるのか……。


「グルンベルグも大したことはないな。この程度の奴らの力を借りようだなんて」

「この者達も鍛えれば強くなります。あなた方が強くなったようにね」

「よほど自信があるようだが、その根拠は?」

「それは完成してからのお楽しみですよ」


ラクレスはニコリと笑いながらそう答えた。

その言葉に嘘偽りはないよう。

確固たる自信が言葉の端々から伝わって来る。

しかし、肝心なところを話さないのは気にかかる。

魔獣討伐と言えば数多の強者でさえ苦戦を強いられる。

成り者上がりの冒険者達が渡り合えるほど簡単ではないのだ。

ラクレスは何を企んでいるのか。


「それで魔獣討伐隊は全部でどのくらいいるんだ?」

「我が国の騎士団だけでも3万はいる。そのうちの1万ずつ騎士、弓兵、魔法使いと分かれている。遠近バランスのとれた配備だ」

「3万もいれば魔獣討伐なんて簡単じゃないのか?」

「兵力だけで倒せるほど魔獣討伐は簡単なものではない。3万をもってしても苦戦は強いられるだろう」


ラクレスの冷静な言葉にガルドは現実を突きつけられる。

魔獣が火を噴けば一個小隊は簡単に灰となる強さを持っていると言われている。

いくら頭数を増やしたところで到底魔獣には対抗できない。

先の聖戦でも多くの騎士達が犠牲になったほど。

魔獣討伐に狩り出されたほとんどの騎士が戦死したと言う。

そんな強敵に対抗するには、腕の立つ冒険者が必要だ。

しかし、ここに集まった冒険者がこれでは。


「魔獣と渡り合って勝算はあるのか?」

「はっきり言って……ない」


その言葉にその場にいた誰もが固唾を飲み込む。


「おい!そんな話は聞いてないぞ」

「俺は金目当てで参加しただけだ。勝ちの見込みのない戦いはしない」

「抜けさせてもらうぜ」


すると、冒険者達が騒ぎ始めた。

どこまで腰抜けぶりを晒すのか。

冒険者としての誇りはないのか。

”それよりも命が大事なんだよ”と言い返されそうな雰囲気だ。


「逃げるのならば止はしない。しかし、100万ゴールドと名声を失うことになるのだぞ。それでもいいのか?」

「……」


ラクレスの言葉に黙り込んで考え込む冒険者達。

自分の命と金、名声を天秤にかけているようだ。

もちろん普通の人間ならば命を選択するのだが。

この冒険者達は迷わず金と名声を選んだ。


「約束は忘れるなよ。俺達ひとりひとりに100万ゴールドだからな」

「それはもちろん約束する。キミ達の働きぶりを楽しみにしているぞ」


ラクレスはニコリと微笑みながら第三区画を後にした。

私達もラクレスの後を追って立ち去る。

ガルドに敗北したジースは悔しがりながら地面を叩いていた。


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