100「進化」
東の空が明るくなりはじめる前からマリア―ヌの稽古を受けていた。
黒紫刀を手に入れてからは、ほぼ毎日の割合で稽古をしてもらっている。
元ヴェズベルト王国の第一騎士団長だけあって内容は厳しい。
ほぼ立ち合いが基本だが、時たま基礎訓練もしていた。
「それだけか、タクト」
「まだまだ」
私は黒紫刀を模した木刀をマリア―ヌに向ける。
マリア―ヌは剣を下に下げて静観に構える。
隙がない。
それが正直な答えだ。
見るからに隙だらけのように見えるが、それは素人目線だ。
剣を極めた者ほど動きに無駄がないもの。
ただの直立ポーズも構えのひとつなのだ。
私は呼吸を整えてリズムを図る。
そして、
「これで終わりだ!」
マリア―ヌ目がけて一気に間合いを詰める。
しかし、マリア―ヌが微かに動くと、
「わっ!」
私の刀が宙を舞っていた。
見えなかった。
それが正直な感想だ。
マリア―ヌの戦い方はこれまでにたくさん見て来たが、それでも捉えられないほど鮮やかな太刀筋だ。
さすがは第一騎士団長。
「今日はこのへんにしておこう」
「まだやれる」
「元気があるのはいいが気合だけでは剣術はできないぞ」
「わかってる」
「ならばもうひと手合わせをするか」
私とマリアーヌが剣を構えたところにガルドが大あくびをしながらやって来た。
「何だよ、朝っぱらから稽古か。ふわぁぁぁ」
「邪魔をするな、ガルド」
「エリザ達が朝飯にしようだってよ」
「もう、そんな時間か」
「仕方がない。今日は諦めるよ」
私は剣を降ろすとガルド達といっしょに宿屋へ足を運んだ。
クラルスの街の宿屋は食堂が併設されていて、いつでも食事が出来るようになっている。
食堂に入るとエリザ達が料理を眺めながら待っていた。
「もう、タクト。遅いんだから」
「悪い悪い。稽古に夢中になっていたからな」
「毎日毎日稽古って。タクト、剣士にでもなるつもりな訳?」
「剣士にはならないが、日頃の鍛錬が必要だからな」
「そうだ。修業ってのはな毎日やらないといけないんだ。タクトもやっとわかって来たようだな」
ガルドは胸を張って最もらしいことを言って来る。
その横でエリザがツッコミを入れた。
「ガルドは怠け過ぎじゃない。ちょっとはタクトを見習って」
「俺はいいんだよ。何言ったって強いからな。ガハハハ」
まあ、確かにガルドは強くなった。
出会った頃は剣に操られているような頼りない太刀筋だったからな。
最弱冒険者と周りから罵られるぐらい弱かったのだ。
それが今となっては見違えるほど成長してパーティーの重要なポストになっている。
今じゃ、ガルドを外した戦術は立てられない。
「確かにガルドは強くなった」
「もちろん私達もでしょ?」
「そうだな。みんな強くなったよ」
「それもこれもタクトさんのおかげですわ」
「まあね。私達だけじゃここまでは来れなかったし」
「と言うことで乾杯と行こうぜ」
ガルドが調子に乗って酒瓶を手に取る。
それを抑えるように私とプリシアが酒瓶を巻き上げた。
「朝から飲んでどうするんだよ」
「つい、いつものノリで」
ガルドは悪びれたように顔を赤くしながら謝る。
ガルドから酒をとったら何も残らないかもしれない。
毎晩、晩酌だけはかかさないから酒を飲むことが癖になっているのだろう。
アルコール中毒だけには注意してもらいたいものだ。
私達は雑談をしながら食事を済ませてギルドへ向かった。
クラルスのギルドも木製の建物でアットホームな雰囲気があった。
中に入るとそれは顕著で受付嬢はラフな格好をしていた。
「何だかギルドじゃない雰囲気だな」
「そうね。お洒落な服飾店みたいだわ」
「だろう。これも俺のアイデアだ」
またガルドがホラを吹いている。
よほどみんなから認められたいのか。
わかった、わかったと心の中で頷きながら掲示板を見やる。
マッドゴーレムにサーベルタイガー、ゴブリンロードと見慣れないモンスターの依頼が張り出されてあった。
グラハム地方のモンスターは比較的弱いモンスターが多い。
駆け出しの冒険者達にはウケて、みんな初めはグラハムから冒険をはじめるのだ。
なのでクラルスの街も駆け出し冒険者達が多いはずなのだが。
周りを見渡しても駆け出し冒険者達の姿はない。
私は受付嬢に訳を聞いてみた。
「この街には駆け出し冒険者の姿を見掛けないがどうしたんだ?」
「それは強いモンスターが出没するようになったからです。以前はこの街も駆け出し冒険者で賑わっていたのですが、魔獣キマイラが目覚めたと言う情報が入って来ると一変しました。強いモンスターが出没するようになって駆け出し冒険者達のは逃げるように街を離れて行きました」
「こんな辺鄙な街でも魔獣の影響を受けているとは」
「辺鄙とは余計だ!」
マリア―ヌの心無い言葉にガルドは強く否定する。
それは置いておいて、魔獣の存在が他のモンスターに影響を及ぼしているとは予想していた通りなのだが。
マッドゴーレムやゴブリンロードなどの進化形のモンスターが出没すると言うことはどういうことなのか。
大抵自分よりも強いモンスターが現れたら、弱いモンスターは生息場所を追われて行くものだ。
そう考えるとマッドゴーレムもゴブリンロードも魔獣に生息場所を追われて来たことになる。
しかし、そもそもモンスターの進化形が現れるなんてことは普通はあり得ない。
いくら経験を積んだからと言っても冒険者達が進化することはないように。
剣士は剣士のまま。
弓使いは弓使いのまま。
魔法使いは魔法使いのままなのだ。
人間でさえ進化しないのにモンスターが自ら進化するとは考えにくい。
だとすると、他から何らかの力を加えられたことになる。
それが魔獣によるものだと考えるのに至ったのはさほど時間がかからなかった。
「とにかくだ。新たなモンスターが出没するようになったのなら情報収集が必須だ。新たなモンスターに対応できる戦術を立てなければならない。また、ガルド達の強化をお願いするかもしれない」
「俺はいつだって準備は出来ているぜ。どんな奴でもかかって来いだ」
ガルドは胸筋と上腕二頭筋を膨らませて凄む。
「で、どんな特性を持ったモンスターなんだ?」
「マッドゴーレムは衝撃耐性を備えている。いわばゴーレムの強化版と言ったところか」
衝撃耐性を持っているモンスターはこれまでにも戦ったことがあるから、そんなに脅威ではない。
ただ注意しなければならないのは土魔法を使うということ。
モンスターで魔法を使う相手はマッドゴーレムが初めてだ。
どんな魔法を使うのか、どれほど強力なのかは今の段階ではわらかない。
「ゴーレムより厄介ってことはわかったわ」
「ゴブリンロードは武具を身に着けている。ゴブリンの戦闘能力を上げたようなモンスターだ」
しかも大きさが倍になっている。
普通のゴブリンは1メートル前後なのだがゴブリンロードは2メートルもある。
ただ単に武装したゴブリンと言う訳ではなさそうだ。
中には魔法を使うものまでいる。
相変らず炎系の魔法に弱いことは助かるが。
「弱点があるなら戦いやすそうですね」
「弱点があればだが、サーベルタイガーは弱点がない。耐性もないから戦いやそうなのだが注意は必要だろう」
それに5メートルの大きさなのに素早いと言うところが特に注意する必要がある。
鬼蜘蛛戦の時と同じように剣技も魔法をかわされるかもしれないからだ。
この手の相手にはルーンの時の魔法が効果的だ。
「あと共通しているのは知性が普通なことだ」
知性が低ければ本能のまま行動するだけなのだが、知性が高いと考えて攻撃して来る。
こちらの弱点をつくような戦い方を好み、自分の特徴を最大限生かした戦い方をする。
幻獣や魔獣程のクラスになると知性が非常に高く、人語を理解し話すものまで出て来る始末。
クロス城の地下で会った幻獣麒麟がいい例だ。
まあ、幻獣や魔獣クラスになると知性だけでなく、耐性や攻撃にも注意しなければならないのだが。
「いずれにせよ、これからはそう簡単には進まないってことだな」
「そう言うことになる。まあ、マッドゴーレムもゴブリンロードもこれまでのモンスターとそうは違わないから大丈夫だと思うが」
「けれど、準備だけはしておくってことですね」
みんなの理解がよくなって来たようだ。
これまでの戦いの経験から戦術の必要性を実感したからだろう。
戦術を立てるには準備が必要不可欠だ。
何もないところからは戦術は立てられない。
なので突発的なことに出くわした時は気をつけなければならない。
これまでの経験からでしか戦術は立てられないからだ。
その立てた戦術が効かなかった時、最後の一手の逃げを用意しておく。
逃げることも戦いに勝つ上では欠かせない一手なのだ。
「まずはどのルートを通ってグルンベルグ王都へ行くかだな」
私はテーブルにグルンベルグ王国の地図を開く。
今いるクラルスの街はグルンベルグ王国の南西にあたる地点。
グルンベルグ王都は東に行った地点にある。
馬車で1週間の距離だ。
最短のルートを選ぶならばゴブリンロードが出没するリースの森を抜けなければならない。
時間に余裕があるならばリースの森を迂回してサラスの草原を抜けるルートがある。
こちらはサーベルタイガーが出没する。
どちらを選んでもさほど支障は来さない。
グルンベルグ王都まで辿り着くためには最初の街ニーズに寄る必要がある。
途中で補給を受けないと持たないから。
「それじゃあジャンケンで決めましょう」
「ジャンケン?」
「私が勝ったリーンの森を抜けるルート、タクトが勝ったらサラスの草原を抜けるルートで」
「そんな適当に決めてもいいのか?」
「どちらのルートを選んでも大した時間差はない」
最短ルートを選ぶのが普通なのだが、必ずしも短時間で抜けられると言う訳でもない。
ゴブリンロードが出没することになれば、それなりに時間はかかるだろう。
「それじゃあ行くわよ」
「「最初はグー。ジャンケンポン!」」
私は手を開いてパーを。
エリザは人差し指と中指を立ててチョキを出した。
「私の勝ちね」
エリザは嬉しそうにプリシアとハイタッチをしている。
ただのジャンケンなのだが敗北感が強い。
してやられたような何とも言えない感情に包まれた。
「タクトはジャンケンに弱いんだな」
「まあ、負けもいい経験になる」
ガルドとマリアーヌが励ましとも言えない言葉をかけて来る。
それが余計に敗北感を強まらせていた。
「それじゃあリーンの森を抜けるルートを行きましょう」
私達は駅舎で馬車を借りるとリーンの森を目指して旅立った。
もちろん多めの食料と水を持って。
食材は冷凍器で凍らせてある。
こちらも抜かりはなしだ。
長い旅の経験から、すっかり板についていた。
今度の旅も快適なものになるはずだったのだが。




