記憶のない少女
どこまでもどこまでも広がる砂漠。
見渡す限りの砂の中、ポツンと小さなオアシスがあった。
砂漠を渡るキャラバンも訪れない外れた場所にあるオアシスには、似つかわしくない立派なお屋敷が一軒建っていた。しっかりとした煉瓦で組み立てられた屋敷は、鉄でできた美麗な門扉に囲まれており、容易に中に入ることはできない。
そもそもこんな砂漠の見捨てられたオアシスを尋ねる人などいないのに。
はぁ、とため息をついて、私は窓の外から、美しく整えられた柴と、薔薇の生垣、そして噴水を眺める。
そして、ゆっくりと客間のベッドからシーツを剥ぎ取りながら頭の中でつぶやく。
この屋敷は、変だ。
こんな砂漠の真ん中に、いくらオアシスがあるからといって緑の芝と刈り込まれた生垣、季節ごとに目を楽しませてくれる花々が育つだろうか。煉瓦造りの家もそぐわない。そんなことを考えながら洗い場に到着すると、他の洗濯物もまとめて洗い桶の中に入れ、井戸の水をジャージャーと流し入れる。
徐に腕をまくり、洗い桶の中に入れたシーツを握り、ゴシゴシとこする。
この洗濯だって、ほぼ自分のためだ。一応、この家の主人がいつ泊まりに来ても良いように、ということで週に一度は必ず客間を磨き上げるが、そんなに頻繁にここを訪れることはない。
こんな砂漠で水の無駄使いなのでは?
またはぁ、とため息をついて乱雑に黒いお仕着せで手をゴシゴシと拭いて、洗い桶の水を洗い場と定められた区画にまく。
でも、1番変なのは、私だ。
いつからこの屋敷にいて、何のためにここにいて、なぜ出ていかないのかもわからないのだから。