第二話 アタシのカレシ1
次の話になります
平原崇境は誰もいない店内で口を隠さずに大きなあくびをした。長い睫毛を瞬かせながらぼんやりとしている。
「おかしいな…確か今日は依頼があったはずなんだけど」
昨日突然かかってきた依頼電話の確認をするために一度裏に戻ろうとした時だった。
カランカラン
「うわー!何ここ激ヤバじゃん!」
静寂は一瞬で去ってしまう。勢いよく店内に入ってきたのは、眩しいくらいの金髪にダボダボとした服を着た派手な女の子。化粧も濃くて香水の匂いもキツイ。
「え~マジで友達が言った通りカッコイイ人だ!」
カウンターに身を乗り出してくる女の子に平原は思わず一歩後ろに下がってしまう。
「もしかして今回依頼された小野田真由さんでしょうか?」
「そそ、それアタシのこと!真由って呼んで良いよ!お兄さんの名前も教えて」
平原は苦笑いをしながら自己紹介をすると、小野田は「名前難しいね」と言いながらカウンター席についた。喫茶『はざま』の近くには少しガラの悪い高校がある。授業が始まっていてもおかしくないような時間に店に来て何かを食べに来たりするのだ。それを咎めたりすることは無いが、店内で騒がれると店の雰囲気が好きで来てくれる客が帰ってしまうことも多々ある。店の売り上げを取るか、それとも客が安心できる空間を作るか…平原は日々頭を悩ませている。原因として己の顔が一つの理由であるとも重々承知している。来るたびに連絡先の交換をせがまれたり写真を一緒に撮ってほしいと言われているからだ。のらりくらりと避けてはいるが、いい加減やめてほしいと平原は常々思っている。ただ喧嘩は好まないうえに弱いのでしたくないとも。
「ちょっとお兄さん聞いてる?」
「ん?ああ、ごめんね。ちょっと考えごとしてたから」
小野田は頬を膨らませて怒っていたが、平原の反応の薄さに途中でやめてしまった。
「じゃあ小野田さん……真由さん、この紙にサインをして欲しいんだけど良いかな?」
小野田と呼んだ瞬間契約書を受け取る手を引っ込めてしまったので慌てて言い直す。するとニコリと笑って受け取った。
「なにこれ~?友達に教えたらダメなのぉ?まあいいや」
詳細を見ずに一緒に貸したペンで書いて渡してきた。
「じゃあ確認しますね。小野田真由さん、年齢は17歳、近所の高校に通っているって、こんな時間に来ても大丈夫なんですか?」
平原は驚いたように顔を上げると小野田の顔を見た。興味なさそうに髪の毛をいじりながら話してくれる。高校生とは薄々感づいてはいたが、よく考えたらこの時間にいる方がおかしい。
「お父さんはもういないし、お母さんは最近夜になったら知らない男の人と遊んでるから良いもんね~楽しそうだし口も出しにくいや」
平原は突如ぶっこまれたとんでもない情報にむせそうになる。必死に我慢したが、それに小野田は気づいてケラケラと笑った。
「だからアタシはこうやって夜に出歩いて良いの。心配してくれるならここに泊めてくれて良いよ?……冗談だけどね!」
ついていけないテンションに先ほどから苦笑いしかできていない。
「崇境さんこういうテンションついていけないんだ!超面白いんだけど!」
「と、とりあえず依頼について聞いても良いかな?早くしないとどんどん遅くなるから」
ひとしきり笑った後に、ようやく落ち着いた小野田は頬杖をつきながら言った。
「は~楽しかった!じゃあ話すね、どうしてアタシがここに来たのか」