第一話 同僚3
「どうだ?こういうのゾクゾクしねぇか?こういう特別な体験をできる人間は少ない上に珍しいからな」
平原は頬をポリポリと掻きながら口を開いた。
「まあ、そうですかね…この手の依頼は良くありますよ。事故物件に住んでいて毎晩出てくる女の幽霊の正体が知りたいとか、近所の公園の公衆電話に入ってこちらを見てくる幽霊の正体が知りたいとか、トンネル通った時に付着した手形の正体が知りたいとか。今回の依頼はその類に近いですからね」
あからさまに嫌な顔をした西山に気づいた平原は一瞬目をそらした後にもう一度言葉を続けた。
「事故物件はともかく浮遊霊に関しては基本的に対処できないのですが、今回は職場に出るタイプなので解決はできると思いますよ。ただ何年も追っかけてきたのに結果を知ってこのレベルだったのか!と文句言われても僕からはどうしようもできませんからね?…では早速解決に入っていきたいと思います」
自分の体験を大したことない扱いした平原に対して完全にそっぽを向いてしまった西山を見てため息をつきつつ、カウンターから出てきた。平原は細長い脚で優雅に歩くと、一台の黒電話を持って再び戻ってきた。西山はその黒電話を見ると機嫌が直ったかのように平原に話しかけた。
「それがオマエの商売道具か?その黒電話どこにも繋がってないのにどうやって使う気なんだよ」
「これも友人に貰った不思議な黒電話なんです。これを使ってあなたの気になる幽霊に通話を繋げてみましょう。じゃあそうですね…職場内に繋げる電話はありますか?」
西山は自分の机に置いている固定電話の番号を言うと、それを使って黒電話のダイヤルを回し始めた。
「若いのによくこの使い方を知っているな。俺のところの新人はオマエと同い年くらいなのに、ケータイが折れるわけないでしょとか言って笑ってたぞ?あ、そういえばあの霊の服装に関して思い出したんだが、俺が若い頃に着ていた服装と同じだな。そう考えると余程古いころからいるのかもしれん」
そんな西山の独り言を聞き流しつつダイヤルを回していた平原の手が止まった。そして受話器に耳を当てると長く綺麗な指を口元に持っていき…
「少し静かにしていてください」
と言って黙らせた。豆電球のような明かりのみ部屋。二人が黙れば時計の針が鳴らすカチカチという音のみとなってしまう。西山がつばを飲み込む音がわずかに聞こえた。
その時だった。
『…もしもし』
線が繋がっていない黒電話から男の声が聞こえた。ザーザーと鳴っている雑音の中からわずかに聞こえる無機質な声に西山は目を見開いた。平原は話しかけた。
「お電話を取っていただきありがとうございます。僕は平原崇境と言います。本日あなたと話をしたいとおっしゃる方がいるのですが、お話していただけますでしょうか?」
通話の相手は少し考えるように黙ると、不気味な雑音と共に答えが返ってきた。
『…わかりました……大した…話はできま…せんが……』
その言葉を聞いた平原は押し付けるようにして西山に受話器を渡した。受け取った西山は恐る恐る受話器に耳を近づける。
「もしもし…」
さっきの威勢はどこに行ったのか、すっかり怯えてしまっている西山は弱々しく声を出した。
『…その声……年中自販機で…おしるこ買ってる人…』
受話器から耳を一度離した西山は、平原に向かって言った。
「事務所に出てくるのは、この人で間違いないです」
次は電話の相手の過去編になります。