第8話 夢の探偵
第8話
8月某日。
とあるマンションの一室で起きた殺人事件。
被害者の名前は佐藤杏梨。歳は34歳。職業、AV女優。原因は凍死。
「くそっ、全くどうなっていやがるんだっ!」
全く真相に辿り着けそうにない金剛警部が、力任せに自身の頭を掻きむしる。
容疑者は全員で4人。
一人目の容疑者は、モブA。歳は5歳。職業、幼稚園児。
二人目の容疑者は、モブB。歳は25歳。職業、殺し屋。
三人目の容疑者は、モブC。歳は120歳。職業、呆け老人。
そして四人目の容疑者は、白井聖斗。歳は17歳。職業、お笑い芸人(芸名、ミスター・ホワイト)。
父親がアメリカ人で母親が日本人のハーフ。日本のお笑い芸人に憧れて遥々アメリカからやってきた全く売れていない顔を良いだけの新米芸人。
憧れの人は、デーブ・スペクター。
好きなものは、金と酒とギャンブル、タバコ、女、エロ本、AV、風俗、大人の玩具。
嫌いなものは、男と納豆、大して面白くもなく売れてもいないくせに高圧的な態度をとる先輩芸人。
……なるほどなるほど。
「簡単なトリックですよ、金剛警部」
現場に着いて早々に事件の真相に気付いた俺は、そう言いながら背後から彼の肩に手を置いた。
「うん? 誰だ? おぉっ、き、君はっ!」
俺の手を払いながら振り返った金剛警部は、驚愕の表情を露わにした。
俺は世界中の数々の難事件を類稀なる天才的頭脳で解決してきた誰もが知る有名人。
「ある人曰く、リアル工藤新一。ある人曰く、リアル金田一。ある人曰く、リアルL。etc……数々の異名を手にした君の名はッ!」
「うつむくその背中に……テレテレテレテ〜テテテ♪……たったひとつの真実見抜く、見た目は大人、頭脳も大人、その名はーー」
「「「「名探偵、円戸津ッ!」」」」
俺の台詞を奪う形で、モブ達が思わずに俺の名前をハモらせる。
「円君、君はこの難事件の真相が分かったと言うのかね!?」
「えぇ、その通りですよ。金剛警部」
「では、教えてくれ。犯人は一体誰なんだ!」
「真実はいつもひとつ。犯人は……あなただッ!」
俺が少しタメを作って、ビシッ! と容疑者の中を一人を指差した。
「白井聖斗さん……いや、ミスター・ホワイト! あなた以外考えられないのですよ!」
その指先にその場にいた全員の視線が釘付けになる。
「こ、こいつが人妻系AV女優、佐藤杏梨殺人事件の犯人……ッ!?」
と5歳の幼稚園児、モブAが。
「お巡りさん! 早く逮捕して! 俺もこの人殺しに殺される!」
と25歳の殺し屋、モブBが。
「あれ? 元ネタって、信長だっけ? 信奈だっけ?」
と120歳の呆け老人、モブCが。
それぞれ何か一言発したモブ達は、サッ!! とミスター・ホワイトから一歩距離を取る。
そして、俺の意見に反対する者もいた。
「マ、待っテ下さイよ、たんテいさん!」
聞き取りづらい日本語を話す、ハーフ芸人のミスター・ホワイトだ。
「ワタシには、カンペきなアリバイがアリます! 彼女ガ殺さレた時、ワタシは劇場にイマシタ!」
必死の抵抗を見せるミスター・ホワイト。しかし、この名探偵の円戸津がみすみす見逃す訳がない!
「そう、それこそがトリックなのですよ!」
「円君、早く俺にも分かるように教えてくれ!」
金剛警部に急かされた俺は、トリックの説明を始める。
「確かに佐藤杏梨さんが死亡した午前10時35分頃、あなたは劇場にいました。その証拠に、午前10時40分から始まったステージを録画したビデオカメラにはあなたの姿がしっかり捉えられていました」
「じ、じゃア……」
一瞬、安堵の表情を浮かべるミスター・ホワイト。
「しかし、裏を返せば10時35分にあなたが彼女を殺していない証拠にはならないのですよ!」
俺は詰め寄る。絶対にこいつだけは逃しはしない。
「待ってくれ、円君。劇場と殺害現場であるこのマンションは車でも30分以上かかるのだよ? 10時35分〜10時40分、この5分間で往復するなんて不可能だ!」
「それがトリックなのですよ。金剛警部、まずはこれを見て下さい」
そう言って、俺は金剛警部にミスター・ホワイトがこの劇場でネタを披露している映像をスマホで見せた。
「円君、これは?」
「これは僕が彼の先輩芸人から入手した今日の午前10時40分の映像です。そして注目してもらいたいのが、彼のネタです」
「ね、ネタ?」
困惑の声を上げながら、金剛警部はスマホのボリュームを上げる。
「マッ、待ってクだサイッ!!」
『布団ガぁ〜、吹ットんだぁッ!! ハッ!!』
見事にすべっている。
『コーディネートハぁ〜、コーデねーとぉッ!! ハッ!!』
「これは……ダジャレかね、円君」
「そうです、金剛警部。これがトリックの正体なのです! 彼は午前10時35分に佐藤杏梨さんと電話していたことの確認は取れています! 彼はその時、彼女に糞つまらないダジャレを連発し、彼女を凍死させたのです!」
「な、なんだって!? そんなこと、本当にありえると言うのかね!?」
「えぇ、現にさっきから僕と金剛警部、それとミスター・ホワイトしか話をしていません」
「それがどうしたのかね?」
「見て下さい。モブABCがさっきの映像を見た結果、凍死しています」
「な、なんだって!」
金剛警部が俺の指の先を見ると、そこには既に息をしていない3人の新たな被害者の姿があった。
「ほ、本当だ……死んでいる……てっきりモブだから台詞がないだけだと思っていたのに……逮捕だ、この白い悪魔を逮捕だぁ!! 警察の前で堂々と人殺ししやがって!! バスターからのドライバーからのミレニアムからのグラビティで一生再起不能にしてやる!! 締めは勿論ヒップアタックだって!!」
「せいカクには殺シたのはアなたでshow!?」
次の瞬間、ミスター・ホワイトはどこからともなくなだれ込んできた大勢のSATにボコボコにされながら連行されたことにより、事件は幕を閉じた。
「いや〜、今回も大活躍だったな、円君。それにしても、君はどうしてここに?」
難事件が解決したことで機嫌が良くなった金剛警部が、よくやった! と言わんばかりに俺の背中を叩く。
「はい、実は明日、この近くでAV撮影がありまして、遅刻しないようにこの近くのホテルに泊まっていたんですよ」
「なるほど、それで近くを通りがかったと言う訳かね。でも、何故AV撮影の現場に君が?」
「素人枠で選ばれました。ついに応募が通ったんですよ!」
「おぉ、それは良かったじゃないか! で、相手の女優さんは?」
「佐藤杏梨……」
「……………………どんまい」
学校の休み時間。
「って、夢を昨日見た」
「「ふぅ〜ん」」
興味ない、と言わんばかりのカラ返事の金剛と白井だった。