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第7話 夜の怪談

第7話


 人は非日常を求める。

 いつもと変わらぬ平穏な日常が続く大抵の人にとって、それは普段では味わう事のない刺激を受けられる娯楽の一つと言っても過言ではない。

 世の中は広い。常に死と隣り合わせの職業もいろいろ存在すれば、ほとんどの人が知らず知らずの内に巨大な悪と闘っているヒーローなど、漫画やアニメなどの様な人物が存在するかもしれない。しかし、それはあくまで可能性の話であって、存在したとしても現在の地球上に存在する人類のごく一部だろう。つまり、裏を返せば大抵の人はそうではないのだ。そうではないから大抵の人として何事もない、いつもと変わらぬ平穏な日常を続けているのだ。そんな平穏な日常を続けられる事がどれほど幸せな事かを気づかずに……。

 毎日、つまらない勉強を強いられているただの高校生、俺こと円戸津もそんな大抵な人の一人に変わりないのかもしれない。

「退屈だ。非日常を味わいたい」

 学校の昼休み。ふと、そんな言葉が口から漏れた。

「急にそんな事を言われてもなあ……」

 隣でハンドグリップで握力を鍛えながら、金剛は頭を悩ませる。

「じゃあ、WWEでも見るか? ディーヴァのビキニマッチや下着マッチなんて結構いいぞ?」

 WWEなあ〜……。

「ただただエンタメ要素が強すぎてあれをプロレスとして見れないんだよなあ〜、俺って」

 聞いた話では、ただのレスリングをするなら出場しないなんてレスラーがいるって聞いたぞ。

「いや、そうは言っても世界で一番売れているプロレス団体だからな。WW Eって」

「新日本プロレス以外はプロレスじゃねぇ!」

「ふざけんなよこの野郎! 全世界のプロレス団体に謝れって! 越中さんが新日本に移籍していなかったらお前の顎目掛けてヒップアタック決めてやっていたぞコラーッ!」

 一触即発の空気。

 いつヒップアタックが来てもいいように、バックドロップやジャーマンのカウンターを考えていると、

「それならキャットファイト系のAVを見た方が良いのではないですか?」

 ふと、そんな爽やかな声が俺たちの間に割って入る。

「おお、白井か。うん? その手に持っている黒い袋は?」

「これは僕のお気に入りの女優の新作です。今はネットでダウンロードとかありますが、やはり実物の方がいいんですよね。コレクションとしても楽しめますし」

 後でお貸ししましょうか? と言いながら袋から出したAVを手渡してきた。

 手に取って見ると、それは人妻役の女優が見えない幽霊にいろんな意味で襲われているワンシーンだった。


「これだあああッ!」


 思わず新作AVを見ながら叫んでしまった俺は、クラス中の視線を釘付けにしていた。女子からの視線が妙に痛かったのはきっと錯覚ではないだろう。



 時間は流れ、同じ日の深夜二時の丑三つ時。日付が変わっているから同じ日と言っていいのかは判断に迷うが、まあ午前二時。

 俺の部屋に集まったのは、金剛と白井、そして俺の三人。

「ということで、怪談だ」

 ただの怪談なら明るい昼間にも出来るが、夜の丑三つ時に話す怪談ならそれは一気に俺たちを非日常の世界へと誘ってくれるだろう。雰囲気が違うと同じ話でもその恐怖は格段にレベルを増す。

 雰囲気づくりのため、百物語を真似て用意した三人分の蝋燭に火を付けた俺は、部屋の明かりを消す。

 真っ暗の暗闇に浮かぶ三つの小さな炎を囲み、長い夜が幕を開けた。



「これは、僕が実際に体験した話です」

 トップバッターは白井。雰囲気づくりのためか、話し方が怪談風になっていて嬉しい。

「僕が前の学校にいた時の話です。学校行事でマラソン大会があると言う事で少し前から夕方になると毎日近所を走っていたんですよね……その日は体調が凄く良かったのか、走っていても全然疲れなかったので、隣街まで走ってみたんですよね。でしばらく走り続けていると、辺りが暗くなり始めたので『そろそろ帰ろうかな』って思ったんですよ。そこで、『あっ、そういえば』と。先ほど公園を通り過ぎた事を思い出した僕は、そこで休憩してから帰る事にしたんですよ。公園に着く頃にはもう辺りは真っ暗になっていて、人っこ一人いない状態でした。昼間の賑やかな公園とのギャップで『嫌だな〜、怖いな〜』と思いながら園内のベンチに座ったんですよ。近くに自動販売機があったのでジュースを飲みながら。そして少しすると『うん?』と人の気配を感じたんですよね。辺りに人がいないのは確認済みです。でも確かに人の気配はする。『あれ?』って思いながらもう一度辺りを見回すと、僕の座っているベンチの隣に、さっきまで誰もいなかったはずの場所に、黒い人が座っていたんですよねぇ〜……怖くなった僕はとっさに気付かないふりをして下を向いたんですよ。

その時はもう頭がパニックになって、どうしたらいいか分からなくて、意を決して視線だけを横に向けると……」


「「(ごくりっ)」」


 向けると……。

「そこにはもう誰もいなかったんです」


「「(ふぅ〜)」」


「『良かった〜、見間違いか〜』と胸を撫で下ろしたのですが、先ほどまで黒い人が座っていた場所に黒い鞄が置いてあったんですよ。『忘れ物では?』と思ったのですが、気味が悪かったのでまだ近くにいたかもしれませんが、交番に届けました。そしてお巡りさんに事の経緯を話し終えると、お巡りさんは鞄の中身を確認するためにその場で開けました。そこに入っていたのは……」


「「(ごくりっ)」」

 入っていたのは……。


「なんと……麻薬だったのです」


「「はっ?」」

 思わず金剛とハモってしまった……麻薬?


「僕って見た目が外国人要素の方が強いので、取引相手と間違えたらしいのです。もしあの時、下手に声をかけて相手に『こいつ、取引相手じゃない』と思われたら僕は今頃口封じでここには存在しなかったのかもしれません」

 ふぅっ、と蝋燭を消して白井の怪談は幕を閉じた。閉じたが……、

「なあ、白井」

「はい、なんでしょうか?」

 俺は火が吹き消された事により、見えなくなった白井の顔を見つめながら問う。

「それ、怪談?」

「なんだ、その芦原英幸(あしはらひでゆき)みたいな質問は?」

 金剛をスルーしながら、

「幽霊は? 怪奇現象は?」

「いえ、怖さや怪しさを感じさせる物語の総称が、怪談だってネットに書いてありましたので……麻薬の取引現場に出くわしてしまって、運が悪ければ捕まっていたと思うと怖くないですか?」

「いや、確かに怖いけどよ……」

 なんだろう……言いくるめられたというか、なんか釈然としない……まあ、いいか。

「じゃあ、次は金剛。頼む」

「おう、とっておきの怪談があるぞ」

 金剛は何度か咳払いをすると、声の調子を整える。

「これは今から約五年くらい前、俺がとある番組のロケで有名な心霊スポットに肝試しをした時の話です」

「待て待て待てっ!」

 これはさすがに止めさせてもらうぞ! 五年前⁉︎ 番組のロケ⁉︎ ありえねぇだろ、小学生だろ⁉︎

「お前、まさか……」

「な、なんだよ……」

 顔をそっぽに向けて全く視線を合わせようとしない金剛。暗闇の中、白井の声が答えを射抜く。

「金剛さん、タレントさんの話をパクりましたね」

「…………ふぅっ」

「あっ、この野郎、蝋燭の火を消して無理矢理に話を終わらせやがった!」

 でも、こうなったらもう俺が話を始めるしかないしな……。

「では円さん、最後のフィナーレをお願いします。言い出しっぺ、楽しみにしていますよ」

 なぜかハードルを上げてくる白井。俺の怪談じゃない発言にもしかして少し怒っていたのか? ……はあ、しようがないか。

「じゃあ、行くぞ。俺の最高に怖い怪談を! うんっ、うんうんっ」

 声の調子を整え、

「題名は……『黒の恐怖』」


 

 ………、

 ………、

 ………、

 話し終えて。

「「幽霊は? 怪奇現象は?」」

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