第3話 夜の使者
第3話
放課後。
今日はお気に入りのラノベの発売日のため、俺はたまに訪れる本屋へと足を運んでいた。
「おっ、あったあった」
ラノベ売り場には『今月の新刊』と大きなポップを掲げられたコーナーに、それは置かれていた。
Amazonなどの通販で大抵の物が揃う昨今。
なぜ俺はわざわざ本屋へと足を運ぶのかというと、それにはちゃんとした理由がある。
店舗特典だ。
店舗特典とは読んで字の如く、決められた店舗で購入しなければ入手できない特典のことだ。またの名を、店舗限定特典ともいう。
これが遠いところにしかない店舗だったら面倒くさいとか、そこまで欲しくないとか、いろいろ考えるところだが、今回に限ってはそんなことを言っている場合じゃなかった。
今巻の店舗特典はクリアファイルだ。
A4とかA5とか、名前は分からないがラノベくらいのサイズのクリアファイルだ。
正直に言って、俺はこのサイズのクリアファイルは使わないし、いらない。
それでも欲しかった。理由は一つ。
クリアファイルに描かれているキャラクターだ。
そのキャラクターは主人公の高校の先生で、伊達眼鏡に巨乳。腰くらいまでに伸ばしたストレートの黒髪に大人の色気がムンムンに漂わせたクールビューティだ。主人公を一人暮らしのアパートに連れ込むこともしばしばあり、その時の無防備っぷりがもう〜〜〜羨まけしからん!!
そんな俺の嫁が今回の店舗特典で黒のセクシーランジェリー姿で主人公に迫る場面のイラストがクリアファイルに描かれている。
どうしても欲しかった俺は電車で往復二時間離れた別の街の本屋に来ていた。明日も学校だが、欲しいものは欲しい、出来れば早く欲しいのだから仕方がない。
結局、電車を降り、駅から徒歩十数分の本屋に入った俺は、無事にラノベを買えた。
後は早く家に帰ってこの新刊を読むだけか……新刊には先生出てくるかな?
俺はそんな期待をしながら帰路を歩いていた。
日は既に沈み、紅ではなく黒が空を支配していた。その空の下では電気が本屋の周りを優しく照らしている。
ぐうぅ〜〜……。
腹の音が盛大に鳴った。まあ、昼飯を食べてから既に五時間くらいが経つからな。電車で帰ると一時間掛かるし、マックか吉野家でも寄るか? 家に晩飯が用意されていても、一食分くらいなら食えるし。でも金がなあ〜……どうしようかな〜。
なんて考えて歩く速度が落ちたからか。
「ウゲっ!?」
「ぐっ!?」
次の瞬間、ドンッ! と背後から強い衝撃に襲われ、俺はそのまま前に倒れてしまった。
相手も驚いたのか、小さな叫びを上げ、尻もちをついた。
「痛ぇな、ちゃんと前を向いてあるけ!」
振り向きざまに怒鳴ると、そこにいたのは一人の白髪の外国人の男だった。
歳は20代前半で、異世界ファンタジーの魔法使いのような身体全体を覆う灰色のローブを着ており、見るからに不健康そうな青白い顔をしており、頬骨がくっきりと浮き出ている。
……コスプレ? 今日、この街でコスプレイベントなんてあったっけ?
コスプレをしていることもあり、彼の姿はまるで悪の魔法使いのようだった。
俺がそんな彼の格好に呆けていると、
「ちっ、どけ!!」
その外国人は素早く立ち上がると、どこかへ走り去ってしまった。
彼の姿はローブが保護色になったのか、暗い闇の中に溶け込むように消えていった。
「なんだ、アイツ?」
男が走り去った方向を呆然と見つめていると、
「おい、怪我はないか!?」
さっきの外国人と変わるように現れたのは、これまた外国人だった。
年齢は俺と同じくらいの少年で、金髪の青目の超イケメン。日本人が考える白人のイメージの見本のような少年だった。
さっきの男が魔法使いなら、この少年は騎士のようなプレートアーマーに身を包んでおり、その顔からは必死さが伺える。
「あ、ああ。俺は大丈夫だが……」
「それは良かった。悪いが今の男はどっちに行ったか教えてくれるか?」
「あっちだけど……」
「分かった、恩にきる!」
そう言って、彼もまた闇の中に消えていった。
「なんだあれ? 別にアニメ好きの外国人は歓迎だけど、周りのことは考えて欲しいものだよな。まあ、本当に怪我はしなかったから別にいいけど」
俺は落とした買ったばかりのラノベの入った袋を持つ…………うん?
「なんか重さに違和感が……ッ!?」
その瞬間、心臓の鼓動が聞こえた。ドクンドクンッ! と脈打つ鼓動が速くなり、俺に現実逃避をさせる。自然と固唾を飲んでしまった。
ゆっくりと……袋を開ける。
袋の中には、入っていたはずのラノベとクリアファイルではなく、見覚えのない木箱が入っていた。
瞬間、俺の頭につい数十秒前の光景がフラッシュバックした。
その光景は、悪の魔法使い風の男が走り去って行く際、これと似た袋をローブの中に入れる光景だった。
あの魔法使い風の男は後から来た騎士風の男から逃げていたから荷物の重さの違いに気付かなかったのか? ……いや、今はそんなことはどうでもいい。
俺は家に電話を掛ける。
「もしもし母さんか? 今日は友達の家に泊まることになったから。ああ、分かっているよ……じゃあ」
スマホをポケットにしまった俺は、暗い闇の中へ消えて行った謎の二人の跡を追いかけた。
月明かりが綺麗な夜だった。満月のおかげで視界は良好。
時刻は午後十時を過ぎたところか。
田園風景が広がる閑静な住宅街をも離れた緑生い茂る山の中、開けた地にて、二人は対峙していた。
二人の間には緊迫としたなんとも言えないプレッシャーが満ちており、体感気温がジリジリと下がっていくのを感じる。
決して二人は互いから目を離さない。二人共分かっているのだ、少しでも油断したらその瞬間に殺られるということを。
そんな中、先に口を開いたのは魔法使い風の男だった。
「ふっ、流石は王女直属の専属騎士のブライと言ったところだな。我を追ってわざわざ異界まで来るとは、諦めが悪いとみえる」
「黙れ、フッツ! 姫様を傀儡にした罪、万死に値する! カナイン王国騎士の誇りにかけて、貴様を討つ!」
魔法使い風の男はフッツ。騎士風の男はブライというらしい。
フッツは奇妙に歪んだ口元から笑い声を漏らす。
「フフフッ、それにしても王女直属の専属騎士と言っても所詮はやはり子供。怒りで吸血鬼相手に夜を舞台に戦いを挑むとはな。それとも夜の支配者に勝てるとでも思ったカアァァァッッッ!!」
咆哮が木々を揺らし、又は間をすり抜けて波紋する。
その瞬間、吸血鬼の目が紅く輝いた。白髪だった髪は一瞬で金髪に染まり、犬歯と爪が鋭く研ぎ澄まされる。身体付きが大きく変わった。彼の着ていたローブの上からも分かる程に筋肉が発達し、オーラのようなものがその屈強な肉体を包んだ。
そんなフッツの変貌を目の当たりにしても、ブライは臆さなかった。それどころか、好機とみたのか、素早く剣を抜くとフッツに斬りかかったのだ。
二人の間の距離は一瞬でなくなり、フッツをブライの剣が襲う。
それに対してフッツの取った行動はとても単純だった。
右手の人差し指を前に出す。それだけで、ブライの剣はまるでフッツの爪に吸い寄せられるように交差した。
それだけで分かる圧倒的な力量差。周りに人がいたら絶対に勝てるはずがないと誰もが口を揃えるかもしれない。しかし、ブライは諦めなかった。
「俺は誓ったんだ、姫様を守るって! 知っているか、フッツ! 貴様に噛まれて傀儡に成り果ててしまった姫様は今もなお地下の牢獄に幽閉されている! だから俺は貴様を倒す! 貴様を倒して、姫様を貴様の呪縛から解き放つために! だから、俺は負ける訳にはいかないんだあああっっっ!!!」
「フンッ、吠えるな負け犬が!」
「ぐうぁッ!!」
フッツがもう片方の手をブライに振り下ろす。その瞬間、ブライは剣を構え直し、どうにかその攻撃を受け止めたが、その想像を絶する衝撃によって大きく後方に飛ばされた。何メートル飛ばされたかは分からないが、背中から木に強打されたことにより彼は地面に落ちた。木には大きな凹みが生まれており、ブライの身体へのダメージが痛い程に分かる。
「ぐはっ!」
内臓を痛めたのか、盛大に吐血をするブライ。それでも、彼の目からは闘志が消えることはなかった。
そんな彼を、コウモリの翼で飛行して追いかけてきたフッツが見下ろす。
「いくら鍛えようと所詮は人間。我に敵うという幻想を持ったこと自体が間違いだったのだ。稀に我らを超える人間も現れるが、奴らは異能に恵まれていただけに過ぎない。このようになッ!!」
フッツは何もない空間を右手で握り締めた。虚空を掴むと言った表現が正しいのかもしれない。
確かに彼の手は何も掴んではいなかった、それは変わりない。しかし、それは半分本当で、半分嘘だった。
「ぐあっ!!」
ブライが急に苦しみだす。
ブライが自分の首を掻きむしり始めたのだ…………いや、あれは自分の首にまとわり付いた見えない何かを必死に外そうとしているようにも見える。
「ハッハッハッ!! そのような脆い肉体の無能者が一体どのようにしてこの我を討つと言うのだ? 定命の者よ。さあ、教えてみろ」
「ぐあっ……ぐうぅ……」
ブライは何も言えなかった。フッツの超常の力で圧迫され続ける首には酸素が入らず、まともに呼吸も出来ない状態なのだからそれは仕方のないことだった。
明らかな挑発行為にただ呻き声を上げることしか出来ないブライ。
「フンッ、興がさめた」
フッツは左手をブライへ向ける。その先に現れたのは、巨大な氷の塊だった。人間を潰すには十分過ぎる大きさの氷塊の弾丸が無慈悲にブライを狙う。
「死ね」
そして放たれた氷塊は一直線に飛んでいき、横たわるブライに激突する。まさにその時だった。瀕死状態だったブライの身体が黄金のオーラに包まれたのは。
「なに?」
訝しげに顔を歪ませたフッツ。次の瞬間ーー金色の光が一閃したと思った瞬間ーーボトンッと、何かが落ちた音が聞こえた。
「ぐうあっ!?」
それは先程まで虚空を握り締めていたフッツの右腕だった。
「言ったはずだ。俺は貴様を倒すと」
「っ!?」
一閃。
二閃。
三閃。
一瞬、黄金の光が見えたと思った瞬間にはフッツの手足は既にブライによって斬られている。その度に聞こえてくるのは、手足が地面に落ちる音とフッツの悲鳴だった。
そして、とうとう四肢をなくしたフッツは地面に崩れ落ち、瀕死の状態に陥った。
「グアアアアァァァァァッッ!!」
そこにいたのは、つい先ほどまで余裕な表情をした吸血鬼ではなかった。
痛みに顔を歪ませ、悲痛な叫びを上げながら、失った四肢を闇雲に振り回す吸血鬼の姿だった。
「限界突破ーー聖騎士形態ーー正と義、光を背負い、今、闇を斬るッ!」
圧倒的な力で相手を見下す者がいた。それは吸血鬼などという魔物ではなく、たった一人の人間の姿だった。
「これで最後だ」
月光よりも眩い黄金の光を放ちながら、ブライは静かに告げる。
圧倒的にフッツの劣勢。四肢を斬り落とされ、絶望的なまでの力の差を思い知らされる。しかし、そんな中、
「フフフッ、なるほど。そういうことか、だからだな」
フッツは不気味に笑っていた。今にも殺されそうになっているのにも関わらず、先程のような苦痛に満ちた表情が嘘だったかのように、今の彼の顔は余裕に満ちていた。
その顔から一体何を感じ取ったのか。優勢だったブライは後方に大きく飛ぶとフッツから距離を取る。
次の瞬間、さっきまでブライが立っていた場所にはフッツの斬り落とされた両手足が地面に突き刺さっていた。
「くっ……」
「やはりな。貴様、その姿では貴様自身の身体への負担が掛かるのだろう? だから隠し、切り札に取っておいた。違うか?」
「…………」
まるで歌うようなフッツの言葉に、ブライは何も言えなかった。
「図星か。なら、やはら貴様の負けだ」
疑いが確証へと変った瞬間、それはフッツの勝利した瞬間でもあった。
目を更に紅く光らせると、地面に刺さった四肢が勝手にフッツの胴体へと繋ぎ合わさっていく。その光景は時を巻き戻したようにも感じられた。そして、身体が元に戻ったフッツは、立ち上がる。すると……あれは目の錯覚か? 次第に彼の身体が巨大化していくように見えた。いや、あれは目の錯覚なんかではない。
「吸血鬼とは死を克服した人間の上位に立つ種族。人間は限界を超える力を使用すると、肉体がその力に耐えられずに自壊する。だか、吸血鬼はそれに及ばない! 自身で傷を癒すことのできる我は貴様らはと違い、永遠と限界突破ができるのだ! 死してなお生きる我の強さには、生物の常識は通用しない!」
その姿を見ただけで、ただでさえ肌寒かったのに更に肌寒くなったような悪寒が身体全体に走り抜ける。
それは吸血鬼の巨人であった。身長は10m以上であることは確実だが、詳しくは分からない。周りの木と比べても、今のフッツはその二倍はゆうに超えていた。
「ハーハッハッハッ!! 見よ、我が姿を! 崇めよ、我が力を! 跪け、我が不死に! 貴様の限界突破の制限時間内にこの我を討てるのか? まあ、この姿では力のコントロールが難しくてな。貴様の制限時間まで保つかな? フンッ!!」
「くっ!」
巨大化したフッツは足を上げると、それをそのまま振り下ろした。
ズドンッ! と大地が揺れ、ブライはバランスを崩す。そして、バランスを崩し身動きが取れなくなったブライに容赦なく蹴りを放った。その蹴りはブライに突き刺さり、大きなクレーターを作りながら遥か後方、俺の前まで飛んできた……はっ!?
「ぐはっ!!」
「お、おいっ!」
「うん? なんだ、貴様は?」
やっべ! 見つかっちった!
血のように真紅に輝く二つの目が俺を見据える。俺の目とフッツの目が合うが、その間に割り込む影が現れた。
それはブライだった。
「に、逃げろ!」
黄金の光のおかげで即死にはならなかったのか。それでも瀕死状態のブライはボロボロの身体に鞭を入れ、俺に言う。
「早く逃げろと言っている! 聞こえないのか!」
立っているだけでも奇跡なようなものなのに、無関係の俺を逃そうと必死になっている。
実際、俺は思っていたんだ。このブライって騎士は、どこぞのヒーロー気取りのボンボンだと。
姫様のために戦うってのはまあ許せる。姫様(美少女)と付き合いたいのは俺も同じだしな。だ・け・ど・だ。やられそうになったら黄金の光でパワーアップするだの、イケメンだの。どこぞの時代遅れの騎士物語の主人公だって言うんだよ! って思っていたんだ。
ファンタジー世界にいるちょっと見た強くて、凄く見た目がいいボンボンのお坊ちゃんで、厨二病をごしらせたやつだと思っていたんだ。
だけど実際は違った。フッツが俺に気を取られた瞬間に逃げれば良かったものを、その選択肢を選ばずに、足手まといの俺を逃す選択をした。
こいつは本物の聖騎士だ。
その時、俺は目の前に立ち塞がる巨大な邪悪を目にしながらも、それから俺を守ろうとする小さな背中を見て、こう思っちまったんだ。
ブライ……カッコいいじゃねぇか。
ピカッッッッッ!!!!!
その瞬間、俺の持っていた袋が輝いた。その袋は俺が二人を追いかけてここに来た元凶である木の箱が入った袋だった。
「め、目があっ!!」
俺を直視していたフッツが苦悶の声を漏らす。
「ま、まさかこの光は!」
背中越しに、信じられないものを見るブライの声が聞こえた。
「え? どゆこと?」
「君、それは一体!?」
「あ、ああ。これはさっきフッツとぶつかった際に入れ替わっちまった荷物だけど……?」
「木箱か!?」
「ああ、そうだけど?」
「なら、話は早い! その木箱を開けるんだ! 早く!」
「あ、ああ!」
急かされるように俺は袋から木箱を取り出す。光は木箱から溢れて出ており、間近の俺は直視出来ずにほぼ手探りで木箱の蓋を開けた。すると、更に光が増した。
「こ、これは?」
「どこだあぁっっ!! どこにいるうぅっっ!!」
目の痛みが引き、視力が戻ってきたのか。フッツが藪から棒に地面を蹴り始めた。
「早くッ! それに触れろおぉ!」
「わ、分からないが、おう!」
実態の掴めない光の正体を掴んだ瞬間、俺の頭に不思議な光景が流れて出した。
それは、巨人の光景だった。巨人が、今俺の目の前にいる巨大な吸血鬼のような化け物と闘っている光景だった。
その巨人は、鎧を纏っていた。角張った鎧に白を基本とした身体。ところどころに黄金の装飾がされている。甲冑の奥に存在する目は鋭いが悪意は一切感じられず、背中には口を下に向けた大きな筒を二本背負っている。
それはまるで巨人と表現するよりは……。
「そこかあああああッッッッッ!!!!!」
そして、俺の頭にある言葉が浮かんだ。
「力を貸してくれ、『太陽』ッ!!」
「なに!?」
光源が小さく丸まったと思えば、一気に大きく膨らみ、その中から姿を表した。
もう一つの新たな太陽の誕生を想像させるそれは、異界の人間を吸血鬼や邪悪な者たちから守るために造られた巨人。
吸血鬼の弱点である太陽の名を与えられ機械人形。
「テレポートッ!」
叫んだ次の瞬間、俺は『太陽』のコックピットに座っていた。
視界にある数多のボタンの知識が次々と脳内に蓄積されていく。
手に持つレバーの感触を確かめながら、モニター越しにこちらを睨み付けるフッツを睨み返し、俺は叫んだ。
「円戸津と『太陽』ッ! それが今からお前を倒す者の名だ、覚えておけ!」