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第2話 恋の天使

第2話


 学校の昼休み。

「はあ……彼女が欲しい」

 ラノベを読んでいた俺は、主人公とヒロインのイチャイチャとした男なら誰もが羨まけしからんと唸るシーンを読みながら呟いた。

「彼女なあ……」

 視線はスマホから外さずに、金剛(こんごう)が適当に相槌を打った。

「なあ、金剛」

「なんだ?」

「彼女ってどうやったら出来るんだ?」

「知らんよ、そんなもん。知ってたら自分で彼女を作っているって」

「そりゃそうか……はあ、彼女欲しいなあ……」

 一拍置いて、俺は悟ったような口調に変える。

「あのな、俺って本音を言えば彼女はいらないんだ。ただただ美少女と仲良く過ごしたい、それだけなんだ」

 神様、俺は十分過ぎるラブコメはいりません。だから……だからどうか、この俺に小さな青春を下さい。

 欲を捨てた俺だが、

「それは嘘だろ」

「ああ嘘さあっ!! イチャイチャとした甘々なラブコメをしたい!!」

 こちとら宗教と政治には一番興味がないってことが有名な日本人なんだよ! 誰が神様なんて信じるか、バーカ!

 俺もこのラノベの主人公みたいに超絶美少女と付き合いたい。イチャイチャしたい。ちょっとエロいハプニングにあいたい。

 でも、現実はそんな俺の夢物語には到底及ばない。

 ラノベの物語は、そのラノベの中の世界では本当に起こっていることだ。だけど、この世界はラノベではない、現実だ。

 なんの変哲のない男子高校生にある日、世界指折りと言っても過言ではない美少女と、これから末永くよろしく的な関係が発展することは永遠にないのだ。


 ブゥゥッ、ブゥゥッーー


「うん?」

 そんな自分語りを心の中でしていると、ふと金剛のスマホが鳴った。いや、より正確に言えば『鳴った』と言うよりは、バイブ機能の振動音が彼の手の中で響いたと言った方が正しい。

「電話か……もしもしプロイか? 一体どうしたんだよ? ああ……ああ……ああ〜〜、それなら俺の部屋の棚の上から二、三番目の引き出しだからよ。あったか?ああ、ちゃんと戻しておけよ、ああ……ああ……わかったよ、じゃあな」

 電話を切った金剛に俺は問いかける。

「誰?」

「ああ、プロイだ」

「プロイ? 友達か?」

 初めて聞く名前に頭を傾ける。あれ? プロイってことは、外国人だよな?

「ちょっと待って! お前、外国人と友達になったの!?」

「まあ、友達……なのか?」

 頭を傾ける金剛の答えはあまり要領を得ない。

「え、一体全体どういう関係? ってか、外国人の友達ができたら教えろよ! 超面白そうじゃん!」

「そんなことを言われてもよ……お前と会う前からの付き合いだからなあ……」

「えっ!? 俺とお前ってもう出会ってから10年経つよな!?」

 確か金剛力(コイツ)と出会ったのは小学1年の時、同じクラスになってからの腐れ縁だ。

「小学校入学時は6歳だったからよ……ああ、確かにもう10年経つかあ……早いなあ……もう10年かあ……」

「黄昏るな! ああ、もうっ!」

 今更だが、俺が知っている金剛力(こんごうりき)という男について。

 筋肉隆々で俺よりも頭一個分デカい金剛は将来はプロレスラーになりたいと言っている俺の親友の一人だ。好きな技はヒップアタック。昔聞いたのだが、とある風俗好きなお笑い芸人さんの越中漫談がツボにハマった結果らしい。

 たまにだが「やってやるって!」とか「〜〜だって!」とか「〜〜って!」とか、マジでうるさい時があるので要注意。

 後もう一つ、これが一番重要。

 金剛力という男は凄くマイペースなのだ。

「で、どっちなんだよ?」

「何がよ?」

「幼馴染みの外国人だよ」

「幼馴染みの外国人が何がよ」

「男か女を聞いているんだよぉ! 分かれよ! バーカッ!」

 当時6歳から10年間友達と言うことは、こいつとその外国人は幼馴染みと言うことだ。

 これが男なら、


「なんで俺に紹介しなかったん?」


 で済むがこれがもし女だったら……、

「で、どっちだよ?」

「女だけど?」

「死ね、バーカッ!」

 なんだ、コイツ! 彼女候補いんじゃねぇかよ! 何が『知ってたら自分で彼女を作っているって』だよ! このバーカッ! バーカッ! バーーーカッッッ!!!

 はあ……はあ……はあ…………すう〜……はあ……。

 深呼吸をして頭を一旦冷やす。

「で、あるんだろ?」

「何がよ?」

「外国人の彼女だよ」

「いやいや、彼女じゃないって……エヘヘ」

「ちょっと、その勝ち誇ったような照れ隠しマジでやめてくんねぇ? 首絞めそうだわ」

 こんなゴツいヤツに首を絞める宣言するなんて、まだ頭に血が少しだけ昇っているらしい。

「いいから早く見せろよ」

「何がーー」

「外国人の彼女の写真だよ」

「ああ、ほらよ」

「っ!?」

 金剛から渡されたスマホの画面を見た瞬間、俺は思わず息を呑んでしまった。

 か、可愛い……。

 こげ茶色の健康的な肌。スポーツ好きで焼けた肌が好きな人が好みそうな色だ。汚れなき大きな瞳はまるで宝石のような輝きを放っている。肩まで伸ばした艶やかな黒髪はセミロング。

 一切の化粧と加工をせずにこの顔ならモデル顔負けだ。

 金剛とのツーショットの写真で自撮りのため、ほぼ顔しか写っていない。

 この写真からは、これ以上のことは分からないが、

「本当に外国人か?」

 彼女の姿はぱっと見、日本人にしか見えない。っと、言うことは……、

「アジア人だよな?」

「ああ、タイ人だよ」

 なるほど、納得だ。

「でもどうしてこのプロイちゃん? と仲良くなれたんだ? 小学生って難しい年頃だろ? 異性と話すとなると途端に口籠るし、スカートめくりやスカートの中を覗いたりするのが当たり前の日常で一体全体どうやって仲良くなったんだよ?」

 俺なんか女子は誰も口聞いてくれなかったぞ?

「全男子小学生がお前みたいに欲望に正直になっていると思うなよ?」

 おい、なんだその俺を蔑んだような目は?

「まあ、いいから教えろよ」

 金剛の視線を気にも留めない鋼の意志で無効化した俺は、再び金剛に問いただす。

「うぅ〜ん……わかった。じゃあ、ヒント1」

「いや、ヒントじゃなくて答えを教えてくんね?」

 俺がなんと言おうが、金剛のマイペースは続く。

「彼女はタイ人です」

「……だから?」

「分からないんか? じゃあ、ヒント2な。タイで人気なものと言えば?」

 いや、他の国の流行なんて知らねぇし。しかも10年前の流行なんてマニアじゃあるまいし、覚える訳ねぇよなあ……仏像?

 すぐに投げ出したら金剛が不服になるかもしれないので、少し考えるふりをする。

「これが最後のヒントだ。ヒント3」

 そんな俺を見て業を煮やしたのか、金剛は最後のヒントを出す。

 金剛は椅子から立ち上がると、ポーズを決める。それは日本人なら誰もが知っている超有名ヒーローのポーズだった。

「ライダ〜、変・身!!」

「仮面ライダー?」

「正解」

 頷く金剛の顔はとても満足気だ。

 え? タイでは仮面ライダーが流行ってんの? 初耳だぞ!?

「しかも一号って、そういうのって普通最新ライダーが流行ってんじゃないのか?」

「ふっ、それはにわかの考え方よ。本当のライダーファンなら推しライダーの一人や二人はいるのが普通だろ常考」

「ま、まあな」

 ちなみに俺はBLACKとクウガだ。コテコテとした装飾もなく、無駄なものをなくしたシンプルなフォルムがカッコいい。もちろんストーリーも好きだ。

「これはプロイから聞いた話なんだがよ、タイでは仮面ライダーが何年も前からずっと人気らしいぞ。プロイも親父さんと俺の影響で今では立派なライダーファンの一人だ」

 そう話す金剛からはまるで娘を自慢する父親のような印象を受ける……あれ?

「なあ、金剛」

「うん?」

「プロイちゃんって、もしかしてお前のことを異性としてじゃなくて、仲が良い一ライダーファンとしてしか見てないんじゃね? もしくは兄貴か親父ポジションか?」

「ぶふっ! な、何を言ってやがんだよ! こっちは最初(はな)からそう言ってんだろ、プロイは彼女なんかじゃーー」

「ああ、もうそういうアピールいいや。取り敢えずプロイちゃんに電話してみ、それで全てが分かる」

「す、全てって何がだよ!?」

「プロイちゃんがお前のことを好きかどうかじゃん。安心しろ、俺がさりげなく聞くだけだから、お前の気持ちは一切言わないから」

「で、でも……」

 ゴツい男が、顔を赤くしながらモジモジと手遊びをするとまるで乙女丸出しのオカマのようにしか見えない。

 その姿に一瞬、背筋にゾクリッと冷たい棒を入れられたような感覚になったが、俺は説得を続けた。

「考えてみろ、金剛。こんな可愛い娘なんだぞ、早めにゲットしねぇと、どこの馬の骨に持って行かれるか分からねぇんだぞ? それでもいいのか?」

 …………、

 …………、

 …………、

 しばらくの沈黙ののち、金剛は小さく口を開いた。

「……分かった。聞いてくれ」

「まかせろ」

 俺は金剛からスマホを借りると、アドレス帳を開いて『プロイ』と表示されている番号にかけた。

 そして、何度目かのコールの後、

『もしもし』

 繋がった電話の向こう側からは、若い女の声が聞こえる。タイ人でも幼少期から日本に10年以上住んでいるだけあって、まるで日本人て話しているようなとても流暢な日本語だった。

 もしかして、母国語は忘れているパターンかな? というどうでもいい疑問を頭の片隅に寄せる。

「あっ、もしもし、すみません。俺、金剛力君の友達の円戸津って者なのですが」

『はあ……』

 だから? って感じだ。まあ、そうか。

「突然つかぬことをお聞きしますが、プロイさんって彼氏はいますか?」

『か、彼氏ですか……いえ、まだいませんけど……あの……力は近くにはいませんよね?』

「……えぇ、いませんよ」

 取り敢えず嘘をついておく。

 金剛のいるいないを確認するなんて……コイツに聞かれたくない話でもあるってことか? そしてなんだ、この歯切れ悪い反応は? まだ、ということは片想い? いや、単純に恥ずかしがっているだけか?

 隣の金剛の顔を見ている一方、俺の脳内で根拠のない憶測が飛び交う。俺は彼女を知ったのがついさっきで、彼女と初めて話したのがたった今だ。彼女の性格も分からないし、考えていることも分からない。でも、彼氏がいないことは分かった。つまり、

「俺、金剛に写真を見せてもらって一目惚れしたんで、彼氏候補に入ってもいいですか?」

 これはチャンスだ。

「はっ!? ちょっと待ーー」

 いきなり横から話に割り込んで来た金剛の口を手で塞ぐが、どうやら遅かったらしい。

『え!? 力いるじゃないですか!』

「いえ、今のは金剛力の生き別れの双子の弟の声です」

『え!? 力って弟がいたんですか!? 私、力との付き合いが10年以上経つのに初めて知りましたよ!?』

「え? やっぱり付き合っていたんですか? それも10年以上前から?」

『もお〜、だから日本語は嫌いなんですよ!』

 プロイちゃんの膨れっ面が頭に浮かぶ。ヤバイ、その顔が俺に向けられるところを想像すると口元のにやけが止まらない。

「あっ、ちょっと待ってて下さいね」

 現実には存在しない金剛の弟の話から見事に逸らすことに成功した俺は、一旦戦略的撤退を含めて『消音』をタップした。

 そして、う〜う〜唸る金剛の口から手を離す。次の瞬間飛んで来たのは、金剛の怒号だった。

「テメェ! 他人の女になにちょっかいかけてやがんだよ!」

 お〜お〜、さっきまで彼女ではありませんアピールしていたくせに、今では俺の女発言だ。ここまで順調に行くと恋の天使日和につきる。まあ、恋の堕天使にならないとは誰も言っていないが……。

「ああ! なんとか言えよコラッ!!」

 怒りが有頂天に登った金剛に、俺は諭すように言葉を選ぶ。

「金剛、いいか? よく聞けよ、これは全部お前のためだ。考えてもみろ、初めて電話したヤツにいきなり彼氏候補にして欲しいって言われてOKする女だったら俺はそこで電話を切っていた。そんな尻軽にお前は勿体ないからだ。だから、俺は質問したそれだけだ」

 これは本心だ。俺だってプロイちゃんよりは少し後になるけど、金剛(コイツ)とは長い付き合いだ。もちろん情も移っているし、親友なら幸せになって欲しい。

 俺の言葉からそんな気持ちを察してくれたのか、金剛の怒気が見る見る内に失われていく。

「そうか……お前はそういうヤツだったよな……」

 柔らかくなった声には、もう先ほどのような鋭さはない。しかし、

「でも、これだけは聞かせてくれよ」

「なんだ?」

「俺をプロイと疎遠にさせて、その後でプロイに近づくなんて考えは全くなかったんだよな?」

「…………」

「おいコラ、なんとか言えよ」

 流石俺の親友、俺の考えをよく分かっているじゃねぇか。

「金剛、プロイちゃんはお前が近くにいるとどうにも話せないことがあるらしい。だからこれからは一言も話すなよ?」

「いや、その前に答えをーー」

 俺は金剛の言葉を遮るように『消音』のアイコンを再びタップした。



 電話が終了した頃には、金剛力という一人の男は心ここに在らず、と言った状態だった。

 電話を再開した俺は、まずプロイちゃんに非常識だの、ポリシーに欠けるだの、散々に罵られてたがその口撃になんとか耐えに耐えた結果、彼女の意中の相手を聞き出すことに成功した。

 この結果を聞いて、金剛は白く果ててしまったのだった。

 驚くことに相手は三人。

 一人は藤岡弘、。

 一人は倉田てつを。

 そして、最後の相手は恥ずかしくて言えないと言う。


「まあ、あれだ……藤岡さんや倉田さんには大抵の人間は敵わないんだ。お前は三番目の謎の男に勝てるように頑張るしかないんじゃねぇか……な?」

「………………………………………………………………………………………………ああ」

 それはとても小さな同意で、言ったことが空耳だったと疑ってしまうような、彼の名前には到底似合わないものだった。

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