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第1話 黒の恐怖

第1話


「……………」

 俺は息を殺してじっと身構えていた。

 ヤツを見たからだ。

 ヤツを見てしまったからだ。

 一度見てしまったら決して無視することはできない最恐最悪の生物。

 きっと、ヤツを見たら誰でも一瞬は身体が固まってしまう。だから……ソイツは俺の気配を感じ取ったのか、恐るべきスピードでどこかに姿を消してしまった。

 古来より、少なくとも何千年も昔より人類はヤツらと数えるのがバカバカしくなるほどの激闘を繰り広げている。

 それはこの俺、イバラキ高校二年一組、円戸津(えんとつ)だって例外ではない。

 ヤツを見てしまった者の中には、発狂してしまう者、現実を受け入れられない者、恐怖に怯え眠りにつけない者が後を絶たない。

 人類の歴史はヤツらとの長い長い激闘の歴史と言っても過言ではない。なにせ、人類はヤツらを殺すために新たな技術を生み出し、次のステージへと歩みを進めて来たのだから。

 しかし、これは現在進行形であり、決して過去形ではない。そう、人類は何千年も同じ相手に進化し続ける技術で対抗しているのに対し、ヤツらの勢いは止まることを知らないのだ。

 理由はヤツらの生態にあった。

 一つ、驚異的な生命力。

 二つ、小柄でプロボクサーのパンチ顔負けの超スピード。

 三つ、人類に嫌悪感を与える醜悪な姿。

 四つ、無干渉ならすぐにでも地球を征服してしまう程に数を増やす繁殖力。

 そして、五つ。これが最も重要だ。それは……進化し続ける最強の種族。

 イギリスにチャールズ・ロバート・ダーウィンという自然科学者がいた。

 彼曰く、


「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残ることが出来るのは、変化できる者である。」


 と言う有名な台詞がある。

 俗に言う『ダーウィンの進化論』だ。

 本来、進化というものは長い時間を掛けて、ゆっくりゆっくりと身体を生活圏に適応させることを言うのだ。(ポケ○ンやデジモ○などは例外だが……)

 でもヤツらは、人類が対ヤツら用の毒を作ることに成功しても、一定期間でその毒が効かなくなってしまう。

 自分達の弱点をすぐに克服し、より完全な生命体へと近づくため、あっと言う間の短時間で進化してしまうのだ。

 そのことを考えればそれは確かにモンスター級……いや、モンスターの他ならないのかもしれない……。


 人類は果たしてヤツらに勝利する日が来るのか?


 そんな考えが脳裏によぎった。

 ヤツらは人類の住処を我が物顔で侵入し、侵入された住人が気付かぬ間にちゃくちゃくと侵略をしている。


 一匹いたら百匹いると思え。


 遥か昔の人類の先祖がヤツらを滅ぼすために作ったこの言葉を胸に、俺は終わりの見えないゴールを目指すような、そんな何とも言いきれない気持ちに蓋をしめる。

 俺は自室の扉をゆっくりと閉め、ヤツの出入り口を封鎖する。これでヤツを閉じ込めることには成功した。

 次に適当に要らない雑誌を選び、それを丸めて棒状の武器にする。

 右手に持つ武器の感触を確かめるために力強く握り締める。

 気を張り詰め過ぎたのか、少し速まっている心臓の鼓動を元に戻すために、呼吸を整える。

 次はどこに出る? 天井か? 壁か? はたまた床か?

 一度戻した心臓の鼓動が、さきほどよりもペースアップして大きく脳内に響き渡る。

 俺はベッドに腰を掛けながら、精神集中を始める。

 眼を鷹のように鋭く吊り上げ、今か今かとじっと身構える。

 いることは分かったんだ。

 俺のやることはただ一つ、次にヤツが出てきたらこの丸めた雑誌で叩き潰す。ただそれだけだ。

 今は一時休戦。

 俺とヤツとの闘いが再開されたのはそれから二時間後だった。



 二時間後。

 その時は突然訪れた。

 カサカサッ、とヤツが動く音が聞こえた俺はその場所を瞬時に目視する。

「ッ!」

 そこには、ヤツがいた。

 その気持ち悪さで詳細は説明できない。ただそこには、黒いGが俺を待ち構えていた。

「ハッ!!」

 俺は掛け声と共に、力強く握った武器をそのGに向かって全力で振り下ろす。しかし、Gはそんな俺の行動を最初から見切っていたのか、簡単に避けると俺の足元へと寄って来た。

「チッ!?」

 相手の攻撃を避けられる一番の場所は相手の懐というが、まさかGがそれをやるとは!

 俺はヤツの予想以上の行動に思わず背後に飛んでしまった。

 背中が壁に勢いよく打つかり、ガンッ! と鈍い音がした。その鈍痛に堪えながらも俺はヤツから目を逸らさなかった。

 素早く移動しながら黒い光沢と凄まじいプレッシャーを放つ小さなGに畏怖を覚えながらも、俺はヤツを装備したスリッパで踏み付ける。

「クソッ!」

 しかし、俺の踏み付けを飛ぶことによって回避したGは不気味な羽音を鳴らしながら、俺の眼前へと迫る。

 はあ〜気持ち悪ぃ〜っ!!

 俺は再び背後に飛ぶ。しかし、背後にあるのはやはり壁。俺は二度背中を壁に打つける。

 Gは自身が近付くと、俺が後退するのを理解したのか、ドンドン攻めてくる。よく見たらこのG、ボクシングのジャブをした後に前足でクイックイッと曲げて挑発してくる。

 …………このG、完全に俺を舐めてやがる。それに知能が高いっ!

 こんなヤツを逃したら日本中が大変なことになっちまう!

 汚いし気持ち悪いし触りたくもないGを素手を使ってでも倒すことを決意する。俺が日本の最終防衛ラインと化してしまったからにはしようがない。

 まず棒状の武器で飛行中のGを攻撃する。Gはこれを軽々避ける。

 ここまでは計画通り、次に俺は攻撃を避けたことにより油断したGを左手で殴り飛ばした。

 今まで単発攻撃しかしてこなかった俺。知能が高いがゆえに、このGはそれを学習していた。だから俺の攻撃が当たったんだ。やはり所詮は虫、知能では人間には及ぶはずがない。

 殴られた衝撃で壁に叩きつけられたGは足をピクピクと痙攣させながらもまだ動くことをやめなかった。

 大きくても5cmのGに対し、俺は約170cm。この34倍の差の攻撃力は圧倒的だ。この34倍の拳を受けてもなお、生き延びているGの生命力はやはり脅威以外のなにものでもない。

 瀕死の状態のGは白旗を力なく振る。

 降参の合図を掲げるGは、まるで捨てられた子猫のような目を俺に向けた。


 助けてくれ。


 Gはそう言っているように思えた。

 生物とは、生にしがみ付いて生きている。誰だって死にたくはない。

 しかし俺は、

「ふんっ」

 今度こそスリッパで踏み潰した。

 だって、汚いし気持ち悪いし嫌いだし、人間なら当たり前だし。

 そして死んだGをティッシュに包み、トイレに捨てた後、石けんでGを殴った拳、Gが叩きつけられた壁、Gを踏み潰した床を清掃した俺は、清々しい気分でベッドに倒れこんだ。

 長時間の緊張状態から解放された俺は泥のように眠り込む。

 こうして俺とGの二時間以上の闘いは幕を閉じた。



 翌日、俺はカーテンの隙間から差す朝日で目を覚ました。

「ふわあ〜……ねむ……っ!?」

 その日、俺は昨夜に殺虫剤を撒かなかったことを後悔した。

 目覚めのその光景を見て、俺はこんな言葉を思い出した。


 一匹いたら百匹いると思え。


 …………、

 …………、

 …………、

 黒に支配された自室にて。

 ベッドで眠る俺を囲むように配置している九九匹のG達。

 ヤツらは昨日のGの敵討ちなのか、全員が爪楊枝や裁縫で使うような針を装備して俺を完全に包囲していた。

 そうだ、昨夜みたいな闘いで本当に勝っていたら、今も人間とGたちが闘い続けている訳がないんだ。


「う、うわあああ〜〜〜っっっ!!!」


 俺が悲鳴を上げるのと同時にヤツらの攻撃も始まった。

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