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待ちに待ってない断罪の時間

 やるとなったら遊びでも全力を尽くすのがわたしだ。自在に涙を流す事だって可能なのだ。演技力は、まあ。

 これでも小さい頃は、舞台女優に憧れたこともあったりなかったりしたのだから、そこそこ出来る、と思う。


 一人の小柄な少女を庇うようにして立つ四人の令息たち。

 殿下がいきり立って、ご自分の婚約者であるご令嬢の名を呼ぶ。続いて側近二人も同じように婚約者を呼ぶ。

 そして。

「リーオロッサ・シュメルツタット」

 我が婚約者の銀髪眼鏡が、抑揚のない静かな声でわたしを呼んだ。

 はいはい、今行きますよ。


 要は、あの編入生、くりくりおめめの小動物系令嬢レイチェルちゃん。あの子が大なり小なりの苛めをされていた。

 彼女に惚れこんで盲目になった殿下ほか側近の騎士と伯爵子息は、自分たちの婚約者を疑ったわけだ。いや、疑ったというよりは頭から決めつけた。苛めの首謀者だと。

 レイチェルちゃんが涙ながらに、核心をついた事を言わないまでも匂わせるだけで、あの盆暗たちは簡単に乗せられ踊らされた。

 いいのかそれで。仮にも王家と、由緒ある家の子息が。


 報告を聞いたときはあまりにもアレすぎて、殿下たちも遊んでるのかと納得したくらいだ。レイチェルちゃんを弄ぶなんて、なんて悪い殿下たち。なんて。

 婚約者様がゆっくりと首を振って否定したのを見た時は、そんな彼を否定したくなった程にアレすぎて乾いた笑いが出た。

 えぇ、殿下方、本気なんだ。


 ぼんやり過去を思い返しながら、わたしはいつもの表情でただなりゆきを見守っていた。このままじっとして事が終わるのもいいけど、どうせなら思いっきり暴れ――いや、遊びたい。

 学園デビューならぬ、断罪デビューをする事になるやもしれぬ。


 制服のスカートの前で指を握り込んだ手が、高揚と期待に震える。

 これは遠い東方の言い方で『武者震い』と言うのだそうだ。武者とはこちらで言う騎士とか兵の事らしい。旅行好きで、仕事でも世界を飛び回っている叔父さんが教えてくれた。

 ふむ、確かに今のわたしの心境は戦場に赴く前の兵のようではないか。怯えによる震えではない身体の震えをそう表現するのは、東方のお国柄らしい面白い言い回しだと感心する。

 心の声まで堅苦しい感じになってしまった。気持ちを作るのは大事。


 意識を場に戻して、少し離れた眼前の婚約者を見ると、彼は呆れた目をわたしへ向けていた。どうでもいいうんちくをつらつら考えているな。なんて思っているのでしょう。

 いいじゃない。わたしの出番まで暇なのだから。


 わたしと同じように呼ばれて、それぞれの婚約者に詰られているご令嬢たちは、静かに怒りを滲ませながら冷静に反論したり、急な事で唖然としたり、取り乱して感情的になったり。

 まあ殿下の婚約者であらせられる彼女はさすがというべきか。表面上は非常に落ち着いている。ただもう今回の事で決定的に見切りをつけたんじゃないかな。

 大分前から彼女は、殿下に失望して見限っていると聞く。放っておいたのに、こうして冤罪ふっかけられたら、そりゃ呆れるやら怒るやらだよね。

 そもそも嫉妬で苛めって。馬鹿じゃないのか。男ってどうしてこう、女は自分を愛してやまない、気を引きたいのだと思い込むのだろうか。

――いや、実際レイチェルちゃんは苛められているのか。

 多分、わたしたちに目が行きがちなのをいいことに、鬱憤を晴らしてやろうとしている、そこらの令嬢たちの仕業だろうけど。


「リーオロッサ。貴女はどうです? このレイチェル嬢に非常に稚拙な嫌がらせをしましたか」

 おっと。来た! わたしの出番来た!


 鉄面皮で無表情な眼鏡、だと思われがちな婚約者のルークだけど、実際そんな事はなくて。案外感情が顔に出る。こうして感情の伴わない視線なんて向けられた事は、記憶にない。

 冷たくもなく、人に無関心でもないのだ。


 珍しい表情に内心ほくそ笑みながら、わたしもいつもの無表情の仮面を外さない。

「身に覚えは御座いません」

「レイチェルがそう言っているのだ! お前たちがやったに決まっている!」

 すると証拠はあがっていると声高に宣言する殿下。

 でもその、破かれた教科書とか物を失くしたとかって、証拠にすらならないんじゃない?


 あれ、殿下本気?

 レイチェルちゃんがそう言ったからって、だからこれが証拠だって。本気で言ってる? ヤバくない? この殿下。

 それともわたしの常識が間違ってる?

 横目でご令嬢たちを確認するとお三人とも唖然としていた。うん。目の前のルークも無表情で苦い顔をしていた。

 無表情なのに、なんて思うなかれ。目は口ほどに物を言うらしい。

「そしてリーオロッサ・シュメルツタット! 貴様には姦通罪の容疑がある!」

 殿下が叫ぶ。


――はい?

 かんつうざい、って、あれか。浮気、不貞。

 不貞とはふてえやろう――うん。ごめん。そんな遠くから睨まないで。婚約者様。

 そうよね。

 不貞やろう。って意味なんだから、駄洒落になってないわよね。


 うーん、もしかしてあれかな? 叔父さんが懇意にしている貨物船の船員さんたちから、お土産貰った時の事かな?

「そ、んな……そのような事実はありません」

 ちょっと詰まるところがミソね。

 そうそう。その時に味噌っていう調味料を貰ったのよね。スープに溶かしたりとか、魚の切り身に塗り付けて焼いても美味しいらしいわ。

 今叔父さんたちの間で密かに人気らしい。

「ふん! その美貌と、なんだ、その、年に見合わぬ身体で沢山の男を誑し込んだのだ! ルークに対する当てつけのつもりか!?」

 いや、当てつけって言っちゃってますがな。お前の婚約者浮気してるぞ、って言ってますがな。


 わたしは俯いて震える。という体で、次の演技への布石を打つ。つもりだった。

 足元から這い上がる冷気にはっとして、わたしは顔を上げた。

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