最近のリオの日常
さほど広くもない密室で婚約者と二人きり。
字面だけ見れば、これから何か始まりそうな、桃色な空気になりそうな感じだけど。
「リオ。百枚足りません」
「追加するわ」
わたしは印刷機を操作して紙を滑らせた。
静かな音を立てながら真っ白い紙に印字されていく様子を見る暇もなく、凝り固まった体をほぐすためぐっと伸びをして、生徒会室備え付けの給湯室へ向かった。
ワゴンを押してさっさと珈琲を淹れる一連の流れをこなして、湯気立つカップを二つ、置く。
「ありがとうございます」
彼のソーサーには砂糖みっつとミルクを添えて。
わたしは砂糖ひとつとミルクたっぷりで。
「はー……おいし。ねえ、この豆キルシュタンシェ産なの。どう?」
「ロンゾ商会ですか。悪くないですね。いつものクォーツド産のものより酸味が少なく我々の舌に合うと思いますよ」
「そうよね?絶対王都でも売れるわ。さすが叔父さん」
何となく現実逃避気味に遠くを見る。ああ、こんなのんびりと珈琲を飲んでいられるのも、この一瞬だけなのだ。
「ねえ。アレはそろそろ片が付きそうなの?」
「もう佳境に入っているそうです。五日後修了生の卒業パーティーがあるでしょう?」
「え……まさか……嘘でしょ?」
自分の事じゃないのに血の気が引く思いだ。
事もあろうに一学年上の卒業パーティーでやらかす気なのだ。あの盆暗どもは。
「あんたはどっち側に立つの?」
「勿論殿下側です。呼ぶのでちゃんと出て下さいね」
「えー……嫌よ。先輩たちに挨拶したらすぐに引っ込むつもりだったのに」
「許しません。きちんと演技もして下さいよ。婚約者に縋り付いて泣く捨てられた令嬢風に」
仄暗く嗤うこの眼鏡、趣味悪いわ。
「それであんたは楽しいの?」
「愉しいですね」
ふうん。
わたしは気の無い返事を口の中でして、ふたつのカップを下げた。さて。今日中にこれを片さなければ。