園恋ミノルがお邪魔しましてよ! 〜異世界専門恋愛アドバイザー伝説〜
【ハーレム転生男子に恋するツンデレ魔法使い・ミリアルの恋】
「はぁ……」
私ことミリアル・ディリアーニュは、柔らかい金色の長髪をくるくると指に巻きつけていた。ため息と共に見つめた先にいるのは、この世界には珍しい黒髪の青年。彼は、私が見つめている事なんて露ほども気付かずに、僧侶の女の子と楽しげに話している。
彼の名は、ユウマ。
ニホンという国から来た、コウコウセイだ。
ユウマはある日突然現れ、なんやかんやで魔王討伐の勇者に選ばれてしまった。なんと、彼は世界でただ一人しか使えない光の力の使い手だったのだ。
そしてかく言う私は、この国一番の魔法使い。当然、王からユウマの旅に同行するよう命令が下った。
最初こそ、こんな常識の無いユウマとの旅は面倒臭くて仕方なかった。けれど彼の優しさを知っていくにつれて、私は少しずつ彼を見直すようになっていった。
旅は過酷ながらも楽しく、道中たくさんの仲間ができた。
おっとり系巨乳僧侶、ドジっ子ロリ武闘家、真面目メガネ剣士、魔物の血が半分流れる姉御肌賢者---。
……。
なんで、みんな、女なのかしら!?
いや、仕方ないのよ!?ユウマが助ける子助ける子みんな女の子だったんだもの!
見捨てるわけにいかないし、助けないわけにもいかないし、めちゃくちゃ手伝ったわよ私も!もう剣士あたりから、またこのパターンだなーって思ってたもん!
そんでみんなユウマに惚れるのよ。
武闘家には婚約者がいたけど、ここに書くのも憚られるようなダメ男っぷりを発揮して、見事フラれてたわ。最後なんか、よりにもよってユウマに抱きついて、この人が新しい婚約者なんですーなんてかましてたし。その日一日、ユウマと口をきいてやらなかったけど、鈍感な彼はアタフタしてばっかりで、ちっとも理由に気づかなかったわね。
そう、鈍いのよね、ユウマって。
今だって、僧侶がその豊かな胸をボインボインに腕に押し当ててるのに、全然気づいてないもん。ドラゴンの鱗でできた鎧を勧めた甲斐があったわ。すごく防御力高い。
---本当はわかっているのだ。
私は、今日何度目かわからないため息をついた。
---このままじゃ、私の願いは叶わない。
本当は、二人きりで平和な世界を旅したい。美しい景色を見て、美味しいご飯を食べて、それでもやっぱりユウマは時々抜けてて、一緒に声を上げて笑うの。それだけが、私のたった一つの願いなのだ。
ユウマ。
こっちを見てよ。
なんだか悔しくて、胸がムカムカした、その時だった。
「お邪魔しましてよ!」
突然、耳元で高らかな女性の声が響き渡った。
驚いて振り返ると、赤いスーツに赤縁メガネ、キツいパーマが印象的な背の低い中年女性がそこに立っていた。
「あ、あなたは……?」
「アタクシは異世界専門恋愛アドバイザーの園恋ミノル。早速だけどアナタ、恋、してるわね?」
丸っこい人差し指が私に突きつけられる。あまりの怒涛の展開に脳の処理が追いつかず、思わず頷いてしまった。
「一番長く一緒にいて、彼が弱かった時も支えてきたからこそ、自分は彼のことを誰よりもわかっている。だけど、彼はとても優しい人。アナタのことを差し置いても、困っている女性は無視できない。勿論その優しさも好きだけど、煮え切らないものを感じてしまう---。違うかしら?」
「と、突然現れてなんなのよ!分かったような事言ってんじゃないわよ!」
やっと我に返り、目の前のオバさんに噛み付く。
しかし、園恋ミノルは動じない。呆れたようにため息をつき、言い切った。
「甘い!甘いわね!ブリュマの花蜜より甘くってよ!!」
ブリュマの花蜜とは、この世界で最も甘いとされる甘味料である。
「アナタ、もしかしてまだウジウジしているつもりかしら?」
「私、ウジウジしてなんか……!」
「いーえ!していないならこの状況はどう説明するの?アナタが見ている間に、あちらの巨乳はどんどん思わせぶりに体を押し付けてらっしゃるわ!」
「そ、それは……」
園恋ミノルの圧に押されて、口ごもってしまう。なんなのよ、この人。私だって、本当はちゃんとアプローチして……。
「アタクシに任せなさい」
泣きそうになっている私に、園恋ミノルは言った。
「女性は、強く、気高く、美しく。それでいて、多少強引でなければならない。彼のような鈍感ボーヤに関しては特に、ね」
「……私は、どうすれば……」
「大丈夫、こういうハーレム系で最有力ヒロインが真っ先に取る行動といったら、相場は決まっていてよ?」
彼女は勿体ぶるように天を仰ぐと、私の顎を優しく撫でた。
「---それは、キッスよ」
「きききききキッス!!?」
「そう。これができれば、もうアナタは勝ち馬に乗ったも同然。ああ、しっかり唇にするのよ?頬だとよっぽど上手く魅せないとサブ止まりだわ」
「でも、そんな、私……」
「アナタはツンデレという最強武器の一つを持っている……。普段ツンツンしているアナタがうっかり彼とキッスしてしまい、頬を染めて慌てようものなら、彼はアナタのギャップに釘付けになるに違いないわ!」
「うっかりキッスをするんですか!?」
「ええ。シチュエーションは、そうね……宿に泊まった時なんかでもいいわ。少し疲れたアナタは、うっかり彼に向かって足を滑らせてしまうの。当然抱きとめようとする彼を、筋力に物を言わせて押し倒しなさい。そして唇を奪うの」
「ほとんど犯罪だわ……」
「恋する乙女なんて大体みんな犯罪者よ」
「そんなことないわよ」
だけど、不思議と説得力がある。---そうだ。彼に私の想いを気づいてもらおうと思うなら、ここで足踏みしているわけにはいかないのだ。
ワザとだとバレなければ、いける!
「園恋さん……私、やります!」
「応援してるわ。ええ、アナタならできますとも」
「ありがとうございます。では、行ってきます」
振り返ると、そこにはもう園恋ミノルはいなかった。どこに行ってしまったというのだろう。……いや、そんなことは決まっている。
きっとまた、私のように恋に悩む誰かを救いに行ったのだ。
さあ、手始めに、私の魔法であの巨乳僧侶を蹴ちらさなければ。
ユウマを巡る戦争の地へ向け、私は一歩を踏み出した。
【人間の女奴隷をさらってきた魔王・ザレの恋】
我の名はザレ。魔王である。目標は人間を滅ぼし、魔物だけの王国を繁栄させることだ。
着実に領土も増え、人間側の勢力も削ぎ、まさに順風満帆。向かう所敵なしである。
しかし、そんな我にも悩みができた。
その原因が、今目の前にいる人間の女奴隷・フィリムである。
先日、ちょっとした戯れに奴隷売買をする組織をまるごと潰したのだ。そこにいた奴隷の中から、一人の女を連れてきたのが運の尽き。
これがもうはちゃめちゃに可愛かったのだ。
ねぇ本当に人間なの?実はエルフで天使とかそういうオチじゃない?どうして人間でそんな透き通った肌と長い睫毛に澄んだ空のようなブルーの瞳を持っちゃったの?神ですら君を創った時にはガッツポーズしたの?
とにかく、可愛い。
しかし、我は魔王だ。人間を妻に娶ることなどできない。せいぜい彼女は、勇者たちの前で囮に使うぐらいしか利用価値は無いのだ。
何度も、自分にそう言い聞かせてみてはいたのだが---。
いざ、彼女を目の前にすると全ての目論見が萎れてしまう。だって可愛いのだ。
フィリムはここに来てからずっと怯えているようで、可哀想である。なんとかその心を解きほぐし、なんやかんやで仲良くなりたいが……。
その時だった。
「お邪魔しましてよ!」
誰もいないはずの玉座の後ろから、高らかな声がした。驚いて振り返ると、そこには全身を赤の衣装で統一した人間の女が立っていた。
誰だこの人間さらってきたヤツ。趣味を疑うぞ。
「アタクシは異世界専門恋愛アドバイザーの園恋ミノル。突然だけど、アナタ、恋してるわね?」
ズバリと言われ、慌ててフィリムの表情を確認する。彼女は、なぜか外の景色に気を取られているようで、この人間には気づいていなかった。
「さらってきた奴隷に恋して、できることなら結ばれたい。だけどそれは魔物の禁忌に触れること……。アナタは、自分の心と魔王である身に挟まれて、葛藤している。違うかしら?」
「な、何故それを……?」
「理由は他でもない、アタクシが恋愛アドバイザーだからよ」
「いや、だからなんだそれ……」
厄介な人間が来たものである。とにかく、目障りであれば消してしまえばいい。我は闇の呪文を詠唱しようとしたが、その前に彼女の人差し指が我の口を押さえた。
「おやめなさい。みっともなくてよ」
「……!」
「このままだと、アナタは全てを失うことになるわ。魔物からの信頼も、彼女からの愛も、全て。なぜって?アナタは今、どっちつかずの状況だからよ」
そんなことはわかっている。
我は、魔物の王であるべきだ。しかし、フィリムが可愛い過ぎるのである。殺してしまうのも、囮にするのも、惜しい。だが、彼女の愛は勿論我に向けられてなどいない。
「……まったく、困ったボーヤだこと」
頭を抱える我を見て、人間は笑った。
「アナタも魔王なら、全てを手に入れる覚悟をなさいな」
「全てを?」
「ええ。世界も、彼女の愛も手に入れるの。無理かもしれないと考えるから、恐れが湧くわ。どうせ悩むなら、全てを掴む方法を探しなさい」
「……しかし、わからないんだ」
「何が?」
「人間の奴隷に、どうやったら心を開かせられるのか」
そう。全て手に入れられるなら、とっくにやっている。その方法が皆目見当がつかないのだ。
うなだれた我に、人間は凛とした声で言う。
「そんなの簡単じゃない」
「簡単だと?」
「そうよ。今まで人に虐げられ、誰も信用できなくなったレディーにしてあげられることなんて、相場が決まってるわ」
突然現れた一筋の光明に、我は顔を上げて人間の小さな目を見た。人間は、自信満々に言い放つ。
「それは、料理よ!」
「料理?」
「しかも、魔物用のじゃない、人間の料理。うまくできなくったって構わないわ。大切なのは、彼女の為に、調べ、作ること。できればシチューがいいわね。温かいし絵的にもよく見る」
「貴様が時々何を言っているのかわからん」
「そしてサプライズでやるのよ。長いテーブルに、ポツンと二人だけで座って食べるの。そこで、二人で食べるとこんなに味が違うんだな……とか言って微笑みなさい。そうすれば次の日から一緒に食べてくれるから」
「本当か!?」
「本当も本当よ。よくあるわ」
「よくあるのか……」
「あと、アナタは彼女が魔物に受け入れられないんじゃないかと危惧してるけど、心配しなくていいわ。彼女はアナタよりうまく魔物とやるし、ゆくゆくものすごい力に目覚めるから」
「なんだと」
「だから、アナタは料理に専念なさい。そうすれば、彼女の一番の好物はアナタの作ったシチューになるわ」
「本望だ」
相変わらず、窓の外に気を取られているフィリムの横顔を見つめる。---なるほど。人間の言うことを間に受けてみるのも、一興かもしれない。
「人間、ところで貴様、シチューとやらの作り方は……」
尋ねながら玉座の後ろに顔を向けたが、既にそこには誰もいなかった。
まあ、それもそうだな。ちゃんと自分で調べて、作ってやらないといけない。
他でもない彼女の為なのだから。
我は一つ伸びをすると、フィリムに声をかけてから、足早に書庫へと歩いて行った。