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終末ワインシリーズ

【終末ワイン】 ドクトルボーイ (16,000字)

作者: まさかす

需要もないけど、シリーズ7作目の短編です。

 寿命。人の命の長さ。それを人は知る事が無い。知る事が出来ない。知らないからこそ、明日を未来を信じ、生きていく。自分が明日、死ぬという事がわかっていたら? 死ぬ事が決まっていたとしたら、人はどういう行動を取るだろうか。


 4月30日 厚生労働省終末管理局

 月末の今日、1カ月毎に実行される『終末通知』の葉書を作成するプログラムが起動した。今月は、8001通の通知葉書が作成された。作成された終末通知葉書は、管理局職員により機械的に郵送の手続きが粛々と行われた。


 ◇


 19歳の寺島幹久(てらしまみきひさ)は実家で両親と暮らしながら、医学部の大学生として日夜勉学に励んでいた。

 

 小学生の頃の幹久は、体育や美術といった成績は芳しくは無かった物の、勉強が好きだった事もあり常に上位の成績を納めていたと同時に、人を助けるといった医者に憧れ医学を志した。中学高校の時には高額な月謝を要する塾にも通い、医学部に進む為に勉強のみしていた。小中高では同級生が遊んでいる姿を見ても一心不乱に勉強に励んだ。


 幹久が現在も住んでいる実家は定食屋を営んでいた。築40年を超える古びた木造2階建ての自宅を兼ねる定食屋は、近所で働く会社員等からの人気もあり、繁盛はしていたが裕福と迄は言えなかった。だが両親は子供の教育費には糸目も付けずに捻出し、医学部を目指す子供の為に夜遅くまで仕事に励んだ。


 その甲斐もあり、幹久は念願の国立大学医学部に合格した。医学部へ入る者の殆どが裕福な家庭に育つ者が多い中、幹久の場合には両親共働きの定食屋に於ける稼ぎだけで医学部に通うのは困難であったため、奨学金を貰いながら日夜勉強に励んでいた。


 50歳を少し超える両親の頭髪には目立つ白髪も増えていた。父親は酒や煙草をやらなかった。母親は無駄遣いをせぬようにほとんど化粧もせず、お洒落な服や靴、鞄といった物もほぼ買う事はなかった。そんな姿を毎日のように目にする幹久は、自分達の事には一切お金を使わず、自分の為に一生懸命働く親に楽をさせたいという目標も加わり、更に勉強に励んだ。 


 その定食屋は午後9時に営業を終える。両親が後片付けを終えると午後10時を過ぎ、遅めの夕食を夫婦揃って居間で取りつつ寛いでいると、「ただいまあ」と玄関から声が聞こえた。


「お帰り。ご飯は食べた?」

「あーまだ。軽く食べたい」 


 母親は自分の食事を途中で切り上げ、定食屋での残り物を使って幹久の為に生姜焼きを用意した。


「こんな遅くまで大変ね。でも、お医者さんを目指すんだから体調には気をつけてね。医者のなんとかっていうじゃない」

「ああ。大丈夫だよ。それにまだ医師じゃ無いし。じゃあ、いただきます」


 幹久は夕食が用意された居間のちゃぶ台の前に座り、母親の手料理を食べ始めた。幹久の隣に座っている父親は既に夕食を食べ終え新聞を読んでいた。母親は幹久の向かいに座り、既に冷めてしまった夕食を再び食べ始めた。


 幹久は母親の手料理に対して特に感想も言わずにもくもくと食べ、全てを食べ終えるとすぐさま2階の自分の部屋へと戻り、早速机に向かった。そして日付が変わった午前2時過ぎまで一人机に向かって勉強をした。


 翌日、母親は7時に起床し、幹久と父親の為に朝食を作っていた。幹久には食パンを焼いたその上に目玉焼きを乗せた簡素な物。幹久は朝食時間をあまり取りたくないとの理由で、いつも朝食は簡単に食べられる物を母親は用意した。


 幹久はパンが焼きあがった頃に起き、着替えを終えた状態で朝の挨拶もそこそこに居間の畳に座ると、母親がちゃぶ台の上に用意した朝食を口へと運んだ。幹久は朝食を5分程で食べ終えると早々に大学へと向かった。それと入れ替わるようにしてパジャマ姿の父親が居間へとやって来ると、母親の手により用意された朝食を食べ始めた。父親にはご飯と焼き魚と味噌汁。父親はパンが好きではないので和食を用意する。母親としては面倒ではあるものの、毎日の事なので習慣化しており文句1つ言わずにやっていた。


「お母さん。新聞取ってきて」

「はいはい、わかりました」


 居間のテレビを見つつ、箸を口へと運んでいるだけの父親からのそんな言葉に、母親は文句を言わずに玄関脇の郵便ポストへと新聞を取りに行った。


 母親が郵便ポストから新聞を取り出すと、新聞と一緒に郵便ポストに入っていた1枚の紙がヒラヒラと舞い落ちた。母親は地面に落ちた紙を拾うと何だろうかと裏と表をじっと見た。すると、母親は持っていた新聞を地面に落とした。


 父親が居間で朝食を食べていると、玄関の方からガタガタっという音が聞こえた。父親は聞きなれない音を不審に思い、「おーい、どーした。何かあったかあ。大丈夫かあ」と、玄関に向かってそんな声をかけたが何らの返事もなかった。


 父親は眉間にしわを寄せながら面倒臭そうに立ち上がると玄関へと向かった。すると、玄関の小上がりに座り込んでいる母親の姿が目に留まった。


「おい、どうかしたのか? 気分でも悪いのか?」


 背中を向けて俯き加減に座っている母親に声をかけたが、母親は何の反応も見せなかった。父親は眉をひそめると共に母親の肩に手を置き、「おい、どうかしたのか? どこか具合でも悪いのか?」と再度声を掛けた。


「……あ、お父さん」

「おい、どうかしたのか? 返事もしないで。具合でも悪いのか?」


「あ、いえ、大丈夫……」

「ならどうした?」


「……あの、これ」


 母親は小声でそう言って、手に持っていた紙を父親に差し出した。父親は「何だそれ?」と、差し出された紙を手に取った。


 正午過ぎ、午前の講義のみ出席してきた幹久が帰宅してきた。


 幹久が家の前まで来ると、実家の定食屋は閉まったままだった。平日の昼の時間なのに営業していない事を不審に思いながらも、幹久は店の脇の路地を通って、路地に面する玄関へと向かった。


 幹久が玄関ドアの取っ手を回すと、ドアには鍵が掛かっておらずにすんなりと開いた。店は閉まっているのに玄関の鍵は開きっ放しという状態を不審に思いながらもそのまま中へと入ると、そこから見える居間の照明が灯っているのが見えた。


 幹久はその場で「ただいまあ」と声に出してみるものの一切返事は無かった。幹久は不安を覚えると同時に急いで靴を脱いで家の中へと入っていった。


 幹久が照明の灯ったままの居間へ入ると、そこにはちゃぶ台を挟んで、俯いた状態で向かい合わせに座る両親の姿があった。


 ちゃぶ台の上には父親の物であろう食べかけの朝食と、葉書くらいの大きさの紙が置いてあった。


「お父さん、お母さん、ただいま。ねえ? どうしたの? 聞こえてる? 何かあったの?」


 その幹久の声に母親がピクリと反応し顔を上げると、立ったままの幹久へと視線を向けた。


「……あ。お帰り。ごめんね。気がつかなかったの。今日は早いのね」

「ああ。今日は午前中のみだったんで帰ってきた。何かあったの? 店も開けてないし」


 幹久の言葉に父親は俯いたままに無反応を示し、母親も再び俯いた。


「ちょっと、お父さんもお母さんもさ。いったいどうしたの?」


 再度の幹久の言葉に少し間を置いて、ようやく父親が顔を上げた。


「幹久。ちょっと、そこに座らないか?」

「ん? まーいいけど。今日中にレポートまとめないといけないんで早くしてくれると有難いんだけど」


 幹久はそう言いながらちゃぶ台の前、父親と母親の間に座った。幹久が座るとちゃぶ台の上に置かれた1枚の紙に目が留まり、幹久は「何これ?」と言いながら紙を手に取った。


 幹久はそれが葉書である事がすぐに分かった。裏側に記されている差出人には『厚生労働省終末管理局』との記載。幹久は訝しみながらも葉書を裏返した。葉書の宛先欄には『寺島幹久様』と自分の名前が記載され、その宛先の左横には目を引く赤字で『終末通知』と記されていた。幹久はそれが自分に対する死亡宣告の葉書である事に直ぐに気が付いた。


「……この葉書ってさ……もうすぐ俺が死んじゃうって事?」


 葉書をじっと見つめながら言った幹久のその言葉に、母親が堰を切ったように泣き出した。父親は無言のままに歯を食いしばり、涙を堪えるかのようにして目を強く瞑った。


 暫くの間、無言のままに葉書をジッと見つめていた幹久は、終末通知の葉書が圧着ハガキである事に気が気付き、葉書の端を摘まんで開いた。


『あなたの終末は 20XX年 6月 25日 です』


 見開いた葉書の中、幹久の目に飛び込んで来たのは大きな文字で記載されたそんな文言で、5月6日である今日に対して幹久の終末日、幹久の命が消える日までは約1カ月半と少しを意味する日付が記載されていた。


「あと1ヶ月半位しか生きられない……って事か……」


 幹久が呟くよういった。それからの数分間、居間には母親の嗚咽を交えた泣き声と、父親の鼻をすする音だけが聞こえていた。更にそれから数分後、父親が意を決したように顔を上げると口を開いた。


「そういえば電車で5つ先くらいの場所に『終末ケアセンター』ってのがあったと思ったんだが……幹久、行ってみないか?」


 幹久は俯き加減に手紙を見つめたまま、父親の言葉に何の反応もしなかった。そんな中で俯き泣きじゃくっていた母親が顔を上げると、母親は泣きながらも精一杯の笑顔を作り、「そうね、それがいいかもね」と、幹久に向かってそう言うと、幹久は溜息交じりに「今更そんな所に行く意味があるの?」と呟やくように言った。


「ん? うん、それは分らないけど……でも、そういう施設があるって事は何か意味があるんじゃないのか? どうだ? 行ってみないか?」

「……まあ、別に行ってもいいけどね」


 3人は昼食を取らずに家を後に、最寄りの駅へと向かって歩いていた。道中3人は一切の会話も無いままに、父親を先頭に母親と幹久が続いてゆっくりと歩き、父親は時折心配そうに後ろを振り返った。


 そして電車に揺られる事20分。3人は目的の駅へと到着すると、そこから更に20分程歩いた。


 そして今、3人の目の前にはもう少し古びていれば史跡とでも言えそうな、総石造りと見紛う3階建ての大きい建物が建っていた。一見、西洋の神殿を思い起こさせるような石柱が建物の周囲をぐるりと囲み、その頭上を屋根瓦で覆うといった和洋折衷の建物。父親は「随分と立派な建物だなあ」と、ようやく見つかった会話の糸口というつもりで幹久と母親の方を向いて言ってみたが、幹久と母親は何の反応も見せなかった。父親は俯き短く嘆息し、すぐに顔を上げると建物の方へと向き直った。


 歩道に面したその建物の玄関は、低めの段差と奥行きの長い5段の階段を上った先にあり、3人は父親を先頭に階段を1歩1歩ゆっくりと上った。そして全面ガラスの玄関口までやってくると、両引き戸の自動ドアがゆっくりと開き始めた。


 音も無くスーッと開かれた自動ドアを通って中へと入ると、そこから10メートルほど離れた正面の上部に「受付」と書かれたブースが3人の目に留まった。横幅約5メートルといった素っ気無いそのブースには、制服と思しき明るいグレーのブラウスに濃いグレーのリボンタイといった装いの2人の女性が座っていた。


 2人の女性は玄関口の3人に気付くと、座ったままの姿勢で3人に向かって軽く頭を下げた。それを見た父親と母親はすぐに軽く頭を下げたが、幹久は俯き加減に床を見ていた。そして3人は、2人の女性が座る受付へとまっすぐに向かった。


 受付の前までやってきた3人に対し、2人の女性は「いらっしゃいませ」等と声をかけるでもなく、ほんの少し口角をあげた表情で以って3人を迎えた。


「あの……息子が終末通知の葉書を貰いましたもので、こちらに来たのですが」


 父親は少し小声ぎみにそう言って、手にしていた終末通知の葉書を受付の女性に見せた。


「少々お待ち下さい。担当をすぐに呼びます」


 受付に座る女性がそう言ってどこかへと電話をかけ始めると、父親は終末ケアセンターの建物内を手持無沙汰にぼんやりと眺め始めた。幹久は俯き加減に大理石の床をジッと見つめていた。母親はそんな幹久を悲しげな表情で見つめていた。


 何らの賑わいを見せないその建物は想像以上に質素で味気無く、高い天井の受付付近には、受付に座る女性のか細い声だけが静かに響き渡っていた。荘厳な雰囲気に父親は気圧され空気が重いと感じた。


 3人が受付付近で待つ事数分。コツコツと、ゆっくりとした足音が響いてきた。その足音は徐々に近づき、3人の1メートル手前まで来て止まると、3人に向かって(うやうや)しく頭を下げた。


「初めまして。私、井上正継(いのうえまさつぐ)と申します。どうぞ宜しくお願い致します」

 

 整えられたショートヘアに銀縁眼鏡、濃いグレーのスーツとそれより薄いグレーのネクタイを着用し、スーツの上からでもすっきりとした体躯が見て取れる、20代後半と思しきその男性は、手に持っていた3枚の名刺を父親、母親、そして幹久のそれぞれに向かって両手で差出した。


 井上は終末通知の件で来た人を担当する終末ケアセンターの職員である事、職務としてはカウンセラーのような立場であると、3人の顔を見廻しながら説明した。


 簡単な自己紹介を言えた井上は「では、こちらへどうぞ」と、3人を先導するように受付横の廊下を歩き始め、父親を先頭に幹久と母親がそれに続いた。


 そして幹久達3人は、部屋に入った正面が広大な庭を望む全面透明ガラス、残り3面の入口扉を含む壁全面が曇りガラスという、秘匿性も遮音性も感じない10畳程の広さの中に、銀色に鈍く輝くステンレスで出来た長方形のテーブルと、そのテーブルを挟んで3つづつの計6つのステンレス製の椅子が置いてあるという質素で簡素な打合せルームへと案内された。


 部屋に入った直後、父親は正面の大きいガラス越しの庭に目を留めた。ガラス越しの向こう側には、綺麗に整備された一面芝生の庭が広がり、3階にも届きそうな高い木が奥も見通せない程に沢山生えていた。そして一面芝生の地面には、多くのベンチとイスがテーブルとセットで置いてあった。


 所在なさげな母親、溜息ばかりをついて無関心な様子の幹久。そしてぼんやりと庭に目を取られていた父親に向かって「そちらにお座りください」と、井上が声を掛けつつ向かいの椅子を手で指し示すと、3人はそれに従い、井上の向かいの椅子へと腰掛け、それを見届けた井上も椅子に腰かけた。


「では最初に顔写真付きの身分証明書となる物と、終末通知の葉書をご確認させて頂いて宜しいでしょうか? 万が一にも別人の方と言う事が無いように確認が必須となっておりますので」 


 井上の言葉に、父親は手に持っていた終末通知をテーブルの上、井上の方へと向かって差し出した。幹久は面倒臭そうにズボンの後ろポケットから財布を取り出すと、中から顔写真付きの学生証を取り出し、終末通知の横に並べるようにして井上に差し出した。


 差し出された終末通知の葉書と学生証を前に、井上が「拝見させて頂きます」と一言いって手に取り目視で確認すると、持参していたタブレット端末のカメラで、終末通知の見開いたページの中に記載されているバーコードを読み取った。


「確認致しました。有難う御座います。それではこちらの施設他について説明させて頂きます」


 井上は笑顔でそう言って、終末通知の葉書と学生証を幹久に返すと、タブレット端末を3人に見えるように傾けた。そのダブレットの画面上にはグラフデータが表示されていた。


「この終末通知を受け取った方の中で、実に2割近くが悲観して飛び降り等の自殺をしてしまうようです。1割位の方は自暴自棄になり事件を起こすという事例もあるようです。又1割近くの方はこの葉書が届かないか見ていないかのようです。

 それ以外の方の多くが、とりあえず終末ケアセンターにお越し頂いて、私達職員とお話させて頂いております。お話をさせて頂いた内訳では、40代位までの方で奥様や小さいお子様がいらっしゃる方は、終末日近くまでご夫婦で過ごし、直近にこちらの施設にきて安楽死を望まれる方が多いですね。ご高齢のご夫婦の方ですと、ご自宅で最期を迎えたいと仰る方が多いですね。

 単身者の男性の場合、年齢関係無く、早急に安楽死を選択する方が多いですね。女性の場合ですと、ぎりぎりまで旅行や食事等を経験した後に安楽死をするという傾向でしょうか。それ以外で言えば、経済的に厳しい方は早めに安楽死なさる傾向にありますかね」


 父親と母親の2人は井上の滑舌の良い淡々とした説明を黙って聞いていたが、「その情報はもうすぐ死ぬという私に何か関係があるんですか?」と、幹久は上目遣いに井上を見ながら口を挟んだ。


「どういう事でしょうか?」

「私に無関係の人達の最期の話が私に関係あるのでしょうかと質問しています。他の人がどう最期を過ごしたかという事が私にとって何の役に立つんでしょうかと質問しています」


 そんな幹久の物言いに父親は何も言わなかったが、母親は「ちょっと幹久……」と、困った顔をした。


「何故このような事をお伝えするのか、ですか? そうですね。折角こちらにいらした頂いた訳ですし、他の方達の事を聞いた上で、残りの時間をどう使うかの参考として頂くという事で、良くも悪くもお伝えしている、と言う事ですかね」


 幹久は納得した訳では無かったが、それ以上何も言わずに嘆息し俯いた。


「では説明を続けさせて頂きます。終末通知が発行された段階で、クレジットカード等の信用取引は出来なくなっておりますのでご注意ください。今後は現金取引のみとなります。口座引き落としのカードでしたらご利用なれます」


「そんなのはどうでも良いんすよ。聞きたいのは安楽死についてなんすけどね」


 幹久は自分が持っていないクレジットカードについての話をされた事で苛立ちを覚え、口悪く井上に質問した。普段はしないそんな幹久の物言いに、母親は何も言わずに幹久を憐れんだ顔で見つめた。


「なるほど、では安楽死の説明になりますが、国が定めた方法は服毒になります」


 服毒という言葉に母親は「えっ? 毒ですか?」と、目を見開き聞き返した。


「あっ、毒を服用すると言ってもマンガみたいなドクロマークのついた瓶の毒を飲んで苦しみもがいて亡くなるという事ではありませんよ。苦しんでしまうようでは安楽死とは言えませんからね。では少々お待ち頂けますか?」


 井上はそう言って席を立ち、1人部屋を出ていくと建物の奥の方に消えていった。


 数分後、片手でも持てそうな程の大きさの木箱を手に、井上が打合せルームへと戻って来た。井上は木箱をテーブルの上に置きつつ椅子に座ると、3人に対して木箱の中が見えるよう傾け「こちらは終末ワインと呼ばれる物です」と言って見せた。


 井上が持って来た木箱は高級そうではあるものの、使い古された感じの残る長さ30センチ程の蓋の無い木箱。その箱の中には、中身が入っていない事が傍目で分かる、薄茶色で細長い凝った意匠のある瓶が、青いサテン生地のクッションの中で横になって入れられていた。


 父親と母親は不思議そうな眼でそれを見つめ、幹久はどうでもいいという表情で一瞥すると、俯き目を瞑った。


「こちらが安楽死の為の飲料となります。終末通知を受け取った方が、自ら終末を迎える為に用意された劇薬です。厳重に管理が必要なため、終末ケアセンターでしか提供が出来ません。承諾書に永富明様の自筆による署名を頂いた後、当ケアセンター内、且つ職員立会いの下で服用頂けます。といってもこれ自体はサンプルですけどね。本物は本番に時に提供させて頂きます」


 そこへ母親が、「ワインですか? あの、息子はまだ未成年ですが……」と、この期に及んで幹久が未成年である事を気にして井上に訪ねた。


「ああ、そうでしたね。ですがご心配には及びません。ノンアルコールのタイプもありますので大丈夫ですよ」


 それを聞いた母親は、「それを飲んだら苦しまずに……と言う事でしょうか?」と、泣きそうになりながら更に質問した。


「はい。苦しみは一切ありません。こちらを服用直後、強烈な睡魔が襲ってきます。そのまま眠りにおち、徐々に呼吸数が落ち、長くても30分以内に呼吸が完全停止します。こちらを飲まれた方のほとんどが、良いお顔で亡くなっていかれました。ただ解毒剤も無く、即効性がある物ですので、服用後は後戻りは出来ませんけどね」


「まあ、楽に死ねるってのは魅力っすね。ははは」


 幹久はどこか他人事のように口を挟んだ。母親は何も言わずに幹久を憐れんだ顔で見つめた。幹久からすれば、他人を助けようと頑張ってきた自分が楽に死ねる方法を説明されている事が可笑しく皮肉にしか思えなかった。

 

 その後3人は、当然匿名ではあるものの、自分以外の終末通知を受け取った人達の話を井上から聞かされた。というより一方的に井上が話し続けた。


「何か質問等あれば何でも聞いてください」と、ひとしきり話を終えた井上が笑顔で言ったその言葉に、「じゃあ今すぐ、そのワイン飲もうかな」と、幹久が軽口を叩くように言った。


「ちょっと幹久……」と、母親は涙が溢れ出しそうな哀しげな表情で幹久を見つめた。幹久は母親の悲しげな表情を一目見ると、自分の軽口を少しだけ後悔し俯いた。


「当施設では今直ぐでも可能ではありますが、残りの限られた時間を御家族とギリギリまで過すというのも良いかと思います。当施設は時間の制約はありますが、365日稼働しておりますしね。今すぐなどと急ぐ必要は御座いませんよ?」


「ですよね。また何か聞きたい事があったら来てもいいんでしょうか?」

「はい。大丈夫ですよ。門限はありますが365日無休ですので」


 母親は、「そうですか。ねえ、あなたは何か聞く事はないの?」と、まだ一言も口にしていない父親を見ながら言った。


 父親は「……ん? ああ、大丈夫」と気の無い返事をすると、「じゃあ、今日はこれで帰ろうか」と席を立った。母親も「そうね、また何かあったら皆できましょ」と立ち上がり、幹久も無言で席を立った。それを見た井上もすぐに席を立つと、すぐさま打合せルームのドアへと駆け寄り、3人の方を向いて「どうぞ」と言いつつドアを開けた。


 そして父親を先頭に3人が部屋を出ると、そのまま玄関口へと向かった。井上は3人の後を追うようにして玄関口の外まで付いて行った。


「それでは寺島様。私はこれにて失礼いたします。尚、こちらで行う安楽死に於きましては、終末を迎えるにあたっての一つの選択肢でしかありませんので、より最善の最後を選択の上、ゆるりとお過ごしください」


 玄関口を背に井上は笑顔でそう言いつつ頭を下げ、幹久達3人を見送った。


 そして終末ケアセンターを後に親子3人で駅へと向かって歩いていると、ふと父親が立ち止まった。


「ちょっと聞いておきたい事を思い出したから戻るよ」

「えっ? 今から戻るの? それじゃあ、みんなで戻りましょうか?」


「じゃあ僕は先に帰るよ。お父さんとお母さんで行ってきてよ」


 幹久はそう言って背を向けると、1人駅へと向かって歩き出した。


「ちょっと幹久――――」

「一人にさせてあげようよ」


 母親が幹久を制止しようとするのを父親が制止した。母親は渋々幹久の背中を見送り、2人は終末ケアセンターへと戻って行った。


 幹久は1人電車に乗っていた。電車の中では楽しげに話す高校生の集団、子供と楽しげに会話している母親と思しき中年女性、出張帰りかと想像できる大きい鞄をもったスーツ姿の人達。幹久の目には、充実して生きているように感じられた。


 自宅最寄りの駅で下車した幹久が、駅から自宅へ向かって歩いていると、反対側から高校生らしき男女が楽しそうに歩いてきた。


 幹久は女の子と学校内で会話をする事はあっても遊んだという経験はなかった。今まで生きてきた時間の殆どを勉強に費やしてきた。見た目で判断出来る訳ではないが、その高校生らしき男女を見て幹久はふと思う。


 きっとお前達より自分の方が断然努力している。医学の道を目指して頑張っている自分の方がきっと社会の役に立つ。僕とお前らとは違う。お前らなんかより自分の方が世の中に必要なんだ。必要なはずだ。

 なのに、何の努力もせずにそんな風に遊んで社会の役にも立ちそうにもないお前らが楽しく生き続け、人を救う為に努力してきた自分が死を与えられる。自分がしてきた事、努力してきた事が泡と消える。そんな理不尽な事があるのか。単に要領がいいだけの奴が得をすると言うのか。楽しく生きる方が正解だと言うのか。


 自宅に到着した幹久は、居間の畳の上に寝転び天井を見つめながら尚も思う。


 努力とは何だ。20年にも満たない短い生涯の中で一心不乱に努力してきた意味は何だったんだ。公平、平等とは何だ。世の中には自ら死を選ぶ人間がいる。その一方で自分は望まぬ死を押しつけられる。公平、平等という言葉はそぐわないのかもしれないが納得出来る話では無く、若くして望まぬ死を迎える自分に対して理不尽では無いか。一体、何の為に生れたと言うのだ。理不尽こそ真理とでもいうのか。一体、自分は何なのだ。どういう存在なのだ……。


 幹久は自分の命があと2か月弱で潰える事が理不尽に思えてならない。人を救う為に努力してきた自分に死が訪れる事が理不尽に思えてならない。


 幹久は心と肉体が乖離するような錯覚を覚えると同時に、生きている事の現実感を喪失する感覚も覚えた。


 何が現実なのか分からない。そして今生きている事が夢にも思え、世界そのものが自分の妄想で作られた物にすら思えた。


 今が夢であるなら妄想であるなら、あらゆる全てに何の価値も無い。


 幹久はおもむろに起き上がると台所に向かった。そして流し台に置いてある包丁を右手に掴み、裸足のままに玄関口から外に出ると、自宅脇の路地から道に出た。


 4メートル幅程の道にはまばらに人が歩いていた。幹久はそのまばらな人の中、背を向けて歩くスーツ姿の男性に目を留めると、その男性に向かって走り出した。そして勢いそのままに体当たりすると同時に、腰の位置辺りで両手で握っていた包丁を男性へと突き刺した。


 男性は何が起こったのか分らないままにうつ伏せに倒れ込んだ。何か大きい物に背中にぶつけられると同時に鋭利な痛みが一瞬走り、無防備にうつ伏せに倒れた事で胸部と顔面に強い痛みが走った事しか分からなかった。


 男性と一緒に倒れた幹久はすぐさま立ち上がると、うつ伏せに倒れている男性の背中に飛び乗る様にして跨り、男性の腰辺りに刺さったままの包丁を引き抜き、そのまま男性の背中に向けて突き刺した。そして再び引き抜くと、何度も何度も突き刺した。


 その様子を目にした通り掛かりの人達が悲鳴をあげ始めると、近くを自転車で警ら中の警察官の耳にその悲鳴が入った。警察官は悲鳴が聞こえた方へと自転車を漕いだ。そしてその現場を遠目に見た警察官には単なる喧嘩に見えた。


「何をしてるんだっ! やめなさいっ!」


 警察官はそう大声で叫びながら近付いていった。幹久はその声に無反応なままに、既に男性が絶命している事にも気付かず目を見開き口を閉じ、無我夢中で男性の背中を何度も何度も包丁で刺し続けていた。


 警察官が幹久の近くまで来ると、ようやく幹久が包丁という凶器を以って人の背中を刺している事に気付いた。警察官は自転車を放り出し、幹久の背後から制止しようと腕に触れた瞬間、幹久は警察官に向かって無言のままに包丁で薙ぎ払った。

 

 警察官は間一髪の所で包丁を避けると同時に数歩下がると、腰に携帯している拳銃を引き抜き両手で持ち、腰を少し屈めた姿勢で幹久に銃口を向けた。


「何をしてるんだっ! いますぐ包丁を捨てろっ! でなければ発砲するっ!」


 幹久は包丁を握りしめたままに、自分の背後で銃を構える警察官をジッと見つめた。そして警察官を見つめたままにゆっくりと立ち上がり、そのまま警察官に向かってゆっくり歩きだした。


 幹久が手にする包丁からは血が滴り、水色の長袖シャツは返り血で黒ずんでいた。半開きの口からは涎が糸を引くようにして垂れていた。幹久の顔にも返り血が点々と付着し、虚ろな目からはそれを流すかのように薄らと涙が流れ、朱色の涙となっては零れ落ちた。


「もう一度警告するっ! 早く包丁を捨てなさい! 捨てないと発砲するぞ!」


 幹久には現実感が一切無く、何かが終わったような感覚だけがあった。警察官の警告は耳には届いてはいたが頭の中には入ってこなかった。そして軽く背中を丸めた姿勢で1歩1歩ゆらりゆらりと警察官に近付いていくと、警察官はそれに呼応するようにして後ずさりをしていく。


 すると、パンっという乾いた音が夕刻の街に響き渡った。


「これが最後の警告だ! 早く包丁を捨てなさい!」


 警察官は空に向けて威嚇発砲を行ったが、幹久はその発砲音が聞こえなかったとでも言う様にして一切動じず更に近付いて行った。そしてゆっくりと包丁を振りかざすと、言葉にはならない喚き声をあげながら警察官へと向って走り始めた。


 パンッパンッと、夕刻の街に乾いた音が響きわたった。


 幹久は胸に何か衝撃を覚えた。すぐに目の前が暗くなり始め意識が薄れていくが分かった。その薄れゆく意識の中、終末ケアセンターで井上が説明していた事を思い出していた。


『終末通知を受け取った人の行動として、1割が自暴自棄になる』


 幹久は膝を地面に着くと同時に崩れるようにして仰向けに倒れた。そして「そういえば昼飯食べて無かったな」と、そう思うと同時に事切れた。


 終末ケアセンターでは、父親と母親が先の井上と話をしていた。すると母親の携帯電話が不意に鳴った。母親は「すいません」と小声で言いながら体を横にし身を屈め、セカンドバッグの中から携帯電話を取りだした。携帯電話の発信者名には近所で懇意にしている主婦の名前が表示されていた。


「もしもし、今取り込み中なんだけど急ぎの話?」 

「ちょっと! 奥さん! 大変よっ!」


「どうしたの? 何かあったの?」

「奥さんのところの息子さんが人を殺しちゃったのよっ!」


「はっ? ちょっと何言ってるのよ、落ち着いてよ」

「だから人を殺しちゃったんだって!」


「ちょっと何なのよ」

「本当だって! すぐに戻ってよ! 今こっち大変な事になってるのよ!」


「は? いや全然分らないんですけど。息子ならさっき家に戻ったわよ」

「とにかく戻ってきてよ! それに息子さんが警察に撃たれたとか言ってるわよ!」


「ちょ、ちょっと全然わからないけど……じゃあとりあえず戻るから」


 母親は電話の相手が何を言っているのか理解できなかった。息子とは1時間前まで一緒だった。その息子が人を殺し警察に撃たれたと言う話が全く理解できなかった。


 母親の電話の様子を不審に思った父親が「何の電話だ?」と聞くと、母親は電話の内容をそのまま伝えた。すると父親は直ぐに真っ青な顔になり、「すぐに家に帰ろう」と、母親の腕を掴むと早足で終末ケアセンターを後にした。そして終末ケアセンターを出た直後に見つけた空車のタクシーを停めると、直ぐに自宅へと向かった。


 普段は殆ど乗る事の無いタクシーで2人が自宅付近までやって来ると、けたたましく鳴り響くパトカーのサイレンが聞こえ始めると共に、道路には人と警察車両が溢れかえっている状況に遭遇した。


「事件か事故かあったみたいですね。ちょっとこれ以上は行けなそうですが、どうしますか?」


 タクシー運転手に父親は「ここで結構です」と、タクシー代を払うと早々に母親を急かすようにして降車し、自宅方向へと母親の手を引っ張る様にして向かった。


 自宅前の道路には人だかりが出来ていた。その人だかりの前には2人の警察官が立つと共に、道の両端に置かれた警察の自転車を繋ぐようにして黄色い規制線テープで以って封鎖していた。


 父親は母親の手を掴みながら規制線が貼られている直ぐ前へと、人だかりを掻き分け向かった。


 そして規制線の前まで来ると、その付近に立っていた警察官に向かって「何かあったんですか?」と、息を切らしながら父親が問いかけるも、「封鎖中ですので下がって下さい!」と、警察官は声を大にして言うだけで何も教えてはくれなかった。


「あの! 自宅がこの先にあるんです!」

「申し訳ありませんが、今現在ここは封鎖中です!」


「あのっ! もしかしたら息子が事件に関わっているかもしれないんですっ!」

「……それは本当ですか? ちょっとお待ち下さい」


 警察官はそう言って、規制線から約20メートル程先に居た私服の人物の所へと走っていった。そして警察官はチラチラと父親の方を見ながら二言三言、私服の人物と言葉を交わしていたが、父親には全く聞こえなかった。

 

 そしてすぐに、先の警察官がその私服の人物を連れて父親の元へと戻ってきた。


「息子さんが関わっている可能性があると仰っていたようですが、詳しくお聞かせ願いますか?」


 私服の人物は左腕に「機捜」という腕章をつけていた。機動捜査隊と言われ、事件現場にいち早く来る刑事部の遊撃隊の様な組織であった。だが両親は警察の組織の事などはほぼ知らず、単なる警察関係者だと思った。


 刑事は規制線のテープを持ち上げると、父親と母親を規制線の内側へ「どうぞ」と誘導した。


「あの、息子はどこでしょうか?」

「まだ息子さんかどうかは確認しておりませんが、容疑者は警察官の再三による警告に従わず、やむなく拳銃による発砲、そして射殺されました」


「射殺?」

「はい。しかし現状では息子さんかどうか分かっていませんが、どうして息子さんだと思われたのですか?」


「近所の方から息子が包丁で人を殺したと電話が掛かってきて急いで戻ってきたんです」

「そうですか。では申し訳ありませんが、顔を確認して頂けますか?」


 刑事はそういって道のど真ん中、ブルーシートで何かを覆っている所へと両親を案内した。そして刑事は「こちらです」と、しゃがみ込んで両親にだけ見えるようにしてブルーシートをめくった。


 ブルーシートをめくったそこには、目と口が半開きの人間が仰向けに倒れていた。輝きを失った半開きの目からは涙が流れているようにも見えた。右手には血のついた包丁が握られていた。水色だったはず上着はどす黒い血で染まり、地面にも大量の血が流れたであろう痕跡も見て取れたが、既に固まって黒ずんでいた。それは傍目にも絶命している事が見て取れる、先程まで一緒だったはずの息子の遺体だった。


 その数メートル先の奥にもブルーシートが見えた。そのブルーシートの下には殺害された男性の遺体があると、刑事が両親に伝えた。


 ほんの数時間前、一緒にいたはずの息子が既に死んでいる。それも人を殺した上で警察に射殺された。両親は何が起こったのか全く理解できずに喚く事も泣く事も無く、ただただ目の前の光景に唖然とするだけであった。今朝、自分たちの一人息子が近い時期に死んでしまうという終末通知を貰って、その日の夕方には警察による射殺という最期を迎えたという事実が夢のように思えていた。


「息子さんで間違いないでしょうか?」


 刑事が両親に対して質問してはいるが、2人にはその声は届かなかった。


 ◇


 翌日、警察は事情聴取の為に幹久の両親を警察に呼び出そうと電話したが通じなかった。再三電話をするも一切応答は無く、仕方なく刑事が実家を訪ねた。


 刑事は定食屋の脇の路地に面する玄関のチャイムを押したが反応は一切無かった。そして刑事がドアノブを回してみると、鍵は掛かっておらずにドアがすんなりと開き、開いたドアの先の土間には父親と母親の物であろう靴が並べられていた。


 刑事はその場から声を大にして呼びかけるも何の応答も無く、不審に思った刑事はそのまま家の中へと侵入した。


 侵入した刑事が居間までやってくると、欄間に通した麻縄で、2人並んで首を吊っている幹久の両親の姿を発見した。2人は昨日着ていた服のまま吊られ、既に絶命してから時間が経過している事が傍目でも分かった。


 そして、吊られている両親の足元に置かれたちゃぶ台には、一枚のメモが置いてあった。


『息子が大変な事をして申し訳ありませんでした。償う方法が見つからず、このような方法でしかお詫びする事が出来ない事を許して下さい』


 朝に終末通知を受け取り、それから1日も経たないうちに殺人を犯し、幹久は射殺という形でこの世を去って行った。そしてその日の日付が変わろうと言う時刻に、両親がこの世を去って行った。


 2日前には前途洋々な将来を思い描いていた家族3人が絶望の淵へ落されると共に、この世から去っていった。


 ◇


 20XX年『終末管理法』制定。

 制定されると同時に、厚生労働省には『終末管理局』が新設された。新設された終末管理局の役割は、当局の管理監督の下で、個人に対して、個人の終末日、つまり亡くなる日を通知する、というのが主な役割である。しかし、あくまでも医療行為、健康診断等の膨大な身体情報を基に、本省のコンピュータシステムで計算した物で有る為、事件事故等、不測の事態で亡くなる場合には無意味である。また大病を患っている、持病がある等の場合にも無意味である。この制度は、健康体の人物を対象とした、福祉の一貫として位置づけられている。


 個人に終末日を伝える方法は葉書とされた。毎月の月末日に、厚生労働省の本省に設置されているコンピュータシステムで終末日を算出し、同時に終末通知の葉書を作成する。作成後は、即刻、郵便として全国へと発送される。対象期間は、月末日から2か月以内に死亡予測が出た個人宛に発送される。


 また、葉書を受領した人達に対する精神ケアの為に、各自治体には『終末ケアセンター』を設置する事も義務付けられた。終末ケアセンターの役割は、通知葉書を受領した人達へのカウンセリング、そして安楽死の実施という、2つが主な役割とされた。


 安楽死の方法は飲料による服毒と定められた。安楽死が目的の為、飲む事によって苦しみを一切伴わず、且つ終末の飲料としても美味しい事も求められた。その要求に対して、飲んだ直後から急激な睡眠作用を誘導、同時に脈拍低下が始まり、数分後に完全な心停止する飲料が開発された。そしてその仕様を邪魔しない味を求めた結果、ぶどうを原料としたワインが開発された。


 財政的にも公的支援が図られる事になる。終末日を迎えた時に負債があれば公費で負担する事になった。そのかわり、終末日は保険金融業界にも連携され、クレジットカードは即時利用停止となる。終末日以降はローンも組めず、銀行の現預金か、現金決済のみとされた。


 終末日以降の自殺での保険金搾取も考慮し、生命保険も停止という措置がなされる。そのかわり傷病での医療費の負担は公費で全額なされる。資産の相続についても軽減措置がなされ、名義変更が必要な家や車と言った資産については、妻子を優先に自治体のシステムで、自動的に名義変更まで行われる。


 遺体の引き取り先が無い、若しくは引き取りを拒否された場合には、自治体により火葬、納骨まで行われる。その際は、自治体の共同無縁墓地へと納骨される。これは行旅死亡人(こうりょしぼうにん)と同様の扱いである。


 終末を通知された人が、自暴自棄になる事も想定され、人は勿論、社会に対して、破壊衝動に駆られる危険性を考慮の上、終末管理局にてそれらの衝動に駆られそうな危険人物の特定も行われる事になった。これも本省の最新のコンピュータシステムで、過去の実績等(事件事故等)の警察情報をデータベース化し、システムにより人物抽出される。これらを担うのは、終末管理局直轄の部門で『終管Gメン』と呼ばれた。終管Gメンは、警察庁との情報を含めた密な連携を取り、対象者の監視拘束を行う。そして一度拘束されると、終末日まで拘束される事になる。それ程の強権を発動する事に対して、賛否は拮抗しているが、終末日の通知は残りの時間を有意義に過ごすという、福祉の一貫であるにも関わらず、個人の身勝手な破壊衝動に対しては、社会の安定を第一に考え、強権を持って抑えるというものである。

 

 終末日を知らせる葉書は『終末通知』と呼ばれた。

 そして、安楽死を行う飲料は『終末ワイン』と呼んだ。


2019年 10月30日 4版 誤字含む諸々改稿

2018年 12月01日 3版 誤記修正、冒頭説明最下部に移動

2018年 10月13日 2版 誤記修正、描写変更追加他

2018年 10月01日 初版

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